【呪術廻戦】血と笑みと瞬間移動   作:祈月4777

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裏切りの錯覚

 

真人は、湿った地下通路を足早に進みながら、

荒く息を吐いていた。

虎杖と七海との戦闘で追い込まれ、

土壇場で領域展開を会得。

七海だけを内包して逆転を狙ったが——そこへ虎杖が侵入。

宿儺の魂に触れたことで、逆に宿儺からのカウンターを受け、左肩を深く斬り裂かれた。

 

それでも——逃げ切れた。

あとはもう一度変形し、脇道の細い配管に潜り込めば、誰も追っては来られないはず。

 

そう思った、その瞬間。

 

――ビリッ。

——瞬間移動の気配。

真人の感知に、鮮やかな呪力が触れる。

紬の呪力だった。

 

真人(……え。紬……? 生きてる……?)

 

胸の奥から、抑えきれない歓喜がこみ上げる。

ほんの一瞬、地下通路の空気が、一カ月前のふたりの時間を呼び戻す。

——だが次の瞬間、その温度は氷のように消えた。

 

真人(……呪力の巡らせ方が前より繊細になってる。

……これ、誰かに稽古つけられてたな)

 

そして、今まさに——その紬が、ボロボロの自分に近づいてきている。

一ヶ月間、何の音沙汰もなかったというのに。

 

導き出される結論はひとつ。

 

真人(……術師側についたのか。……裏切ったな、紬)

 

真人の呪力感知能力は、紬のそれをはるかに凌ぐ。

紬が自分の位置を特定する前に、

この場から姿を消すことは容易い。

 

今の真人は深手を負い、領域展開も使い果たし、残る呪力はわずか。

もし紬が敵であるなら、

ここで交戦するのはあまりにもリスクが高い。

——逃げるべきだ。

 

……だが。

 

真人「…………」

 

その選択肢を、真人は捨てた。

 

自分を裏切った紬が、許せなかったのか。

 

それとも、ここで背を向ければ、自分は紬にとって——

“昔は仲良くしていたけれど、今はどうでもいい存在”に成り下がってしまうと思ったのか。

 

それは、本人にもわからない。

 

ただ、ひとつだけ確かなことがある。

——真人はここで、紬を迎え撃つと決めた。

 

 

一方,真人の実験場のすぐそばに瞬間移動した紬は。

 

紬(あ,しまった……資金も物資も、何ひとつ持ち出せてない)

 

真人の元へ飛んだあとの逃亡生活を見越して立てていた,

一ヶ月かけて積み上げた“高専からの持ち出し計画”——

金庫の現金、食料や衣服、隠し場所まで想定していた準備が、今この瞬間、すべて水の泡となっていた。

 

だが、それでも。

(あの状況じゃ……飛ぶしかなかった)

 

七海に「真人への追撃に協力しろ」と迫られたあの瞬間。

拒否すれば、即座に“裏切り者”の烙印を押されただろう。

 

もう,あそこで逃げるしかなかった。

身一つで来る以外に道はなかった。

 

それよりも、今は——。

(真人……ようやく会える。会いたい……)

 

この先の逃亡生活への不安より、

目の前の再会がすべてを凌駕していた。

最後の味方。師匠であり、悪友であり、恋人のような存在。

“呪術高専”という監獄の中で、ひたすら想い続けた相手。

 

湿った地下通路を進み、角を曲がった先——。

そこに立っていたのは、壁に片手をつき、左肩を大きく斬られた真人だった。

 

紬「……っっ、真人……!!」

 

再会の喜びと、その傷の深さに息を詰まらせ、

紬の声は裏返る。

だが、真人は,怒りとも諦めとも,哀しみともつかない,

歪んだ笑みを浮かべて言った。

 

真人「……そっちについたんだね、紬。俺を殺しに来たってとこか」

 

波打つように真人の右腕が変形を始める。

残りわずかな呪力で形は安定せず、それでも確実に“武器”として形を成そうとしていた。

 

紬「え……」

 

予想外の言葉に、紬は固まり,

思わず自分の手——袖を見て、心臓が凍りつく。

 

紬(あ………っっ……)

 

ーー自分が今着ているのは、呪術高専の制服。

そして、一カ月も音沙汰がなく、ボロボロの真人の前に、

突然現れたという事実。

"裏切り"の状況証拠は、揃っていた。

 

————"裏切り"の状況証拠。

それに気づいた紬は、顔が一気に青ざめ,

唇を震わせながら必死に声を絞り出す。

 

紬「違うの……真人! これは……!」

声は裏返り、息が上ずる。

「五条悟に捕まって、強制連行されて……“従わなきゃ死刑”だって! 拒否権なんてなかったの……!」

 

真人「……へぇ」

 

その返事は、ただの相槌にしては妙に長く、湿った笑みがにじんでいた。

 

真人「じゃあ今も、五条悟に言われて飛んで来たんだ?」

 

声音は問いではなく、揺さぶり。

まるで紬の答えより、反応そのものを観察しているように。

 

紬「……ちがっ……」

 

否定の言葉は出た。だがその先が続かない。

舌戦なら幾度も修羅場をくぐってきた紬が、

五条からの尋問では,即興で架空の呪霊を作り上げ,

真人の存在を隠し通した紬が、

今は言葉を失っていた。

 

あのときは——守るべきは真人だけ。

自分がどう思われるかなど二の次で、冷徹な“戦術的思考”で感情を切り離せた。

 

だが今は違う。

ずっと会いたかった相手に、真っ向から「裏切り者」と刺された衝撃が、

頭の中に盛大なノイズを撒き散らしている。

何を言えば信じてもらえるのか、その合理的思考が働いていなかった。

心臓の音だけが耳の中で爆ぜ、

思考は砂のように指の間から零れ落ちていく。

 

紬「そうじゃ、なくて………」

 

その懇願めいた声色に、真人の思考がわずかに揺れる。

もしかしたら“裏切り”ではなく、何か事情が——そう思いかけた瞬間。

 

真人(…………っ)

 

真人の呪力感知が捉えた,こちらに接近してくる呪力。

重く鋭い呪力の気配。七海だ。

まだ距離はあるが、この場に追いつかれるのは時間の問題。

早急に,紬から逃げるか殺すかして、この場から離脱しなければならない。

もたつく余裕は、もうない。

 

真人もまた,冷静ではなかった。

死んだと思っていた共犯者が、弱った自分の前に、敵の装いで現れ。

わけもわからぬまま“七海の追撃”というタイムリミットを突きつけられる。

 

焦燥が冷静な思考を霧散させ、

視界に映る紬の“呪術高専の制服”と、胸中に渦巻く執着だけが残った。

 

右腕がうねり、肉が伸び、骨が軋む。

瞬く間に、鋭利なワイヤー状の刃が形を成す。

 

真人「……死ねよ、裏切り者」

 

空気を裂く音とともに、

その刃は——紬へと振り下ろされた。

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