真人の隣を求めた紬に対し、
真人は,腹の底から湧き上がる歓喜に任せて笑っていた。
その笑いがようやく収まると、ふっと目を細め——
真人「ほら、こっちきなよ」
紬「わっ……」
ベッドの上で真人が素早く身体をずらす。
肩の傷を撫でていた紬は、その勢いに体勢を崩し、
思わずベッドへとつんのめった。
次の瞬間、すかさず,真人の腕が回り込む。
——ぎゅっ。
真人が紬をそのまま抱きしめる。
紬「ま、真人……」
急なゼロ距離に,紬の心拍数が跳ね上がる。
真人「俺も、あったかい方が傷に効くしさ」
何でもないように、穏やかな声で告げる真人。
その瞬間、紬の胸に広がったのは——安堵だった。
思い出す。
あの日、五条悟に捕まってからのことを。
拘束され、問い詰められ、家庭は崩壊し、
強制的に高専へ連行された。
伏黒や釘崎との衝突、呪霊を斬る時の嫌な感触、大怪我。
そして逃走計画を胸に耐え抜いた、長く重たい一カ月。
気の休まる瞬間など一度もなかった。
“人間”は全員敵だった。
その中で、ずっと恋しかったのは真人だけ。
真人こそが“最後の味方”だと信じて、ただ耐えてきた。
紬「…………っっっ」
紬の方からも、ぎゅうっと真人に抱きつく。
抑え込んでいたものが一気に溢れ出すように、頬を伝う涙が止まらない。
真人「ん…泣いてるの? 寂しかった?」
軽くからかうような声色。
それでも真人は、抱きしめる腕にさらに力を込めた。
——あの時、“裏切られた”と思い込んだ。
“捨てられた”と決めつけて、哀しみが湧き上がった。
けれど紬は、自分を殺さなかった。
それどころか、人を殺してまで助けてくれた。
——今、真人の胸にあるのは。
紬が、ただひたすらに——愛おしいという感情だった。
紬と真人は——
しばらく、互いの温もりを確かめるように抱きしめ合っていた。
真人はふと腕を緩め、軽い調子で口を開く。
真人「そういえばさ、紬。一カ月間、高専に捕まってたって言ってたけど──瞬間移動で逃げられなかったの? 術式封じられてたとか?」
紬「……あー、まあ軟禁はされてたけど……逃げようと思えば逃げられたよ」
紬は少し視線を伏せ、言葉を継ぐ。
紬「でもさ、逃げたらその後は呪術師からの逃亡生活じゃん? だから必要な資金とか物資とか、ちゃんと準備してからのほうがいいと思って……。
家からも追い出されちゃったし……結局、トラブって何も持ち出せなかったんだけど……」
口にして、改めて気づく。
今の自分は、本当に身一つしかない。これからどうやって生き延びるのか──。
真人「……資金? 物資?」
真人はきょとんと目を瞬かせた。
真人「そんなもん、人ん家から取ればいいじゃん。
現にこの家だって、住人の女殺して、今こうして好きに使ってるわけだし」
紬「……いや、それは……。でも、この人いないってバレたら警察来るし、数日で足つくよ」
真人「違う違う。ここに住むって意味じゃないよ。
住む場所なら、夏油が放棄したアパートがいくつかあるから、そこ使えばいいじゃん」
紬「……え?」
真人「なんかさ、拠点として使えるかもって確保したけど、結局使わなかった部屋がまあまああるって言ってた。一室くらい、バレないから大丈夫」
紬は言葉を失った。
──住む場所。逃亡生活の最大の難題だと思っていたそれが、あっさり解決してしまう。
資金や物資の調達も、真人にとっては「盗めばいい」の一言。
紬(……まあ、人まで殺しちゃったし……今さらだよね)
しかも自分の術式《瞬間移動》は、窃盗にうってつけだ。
外から中へ瞬間移動して盗み、再び瞬間移動で逃走。監視カメラにも残らない。
万が一警察に声をかけられても、その瞬間に飛べばいい。
真人「紬さぁ、そんなことで悩んでたなら、さっさと俺のとこ来ればよかったのに」
紬「……いや、でも! これから呪術師に追われるわけだし、実力はギリギリまでつけきってからのほうがいいかなって……」
真人「呪術なら俺が教えられるけど? ……てか紬、呪術師って人手不足なんだから、現実問題、君の捜索に全力割ける余裕なんてないよ?」
紬「………………」
──1カ月耐えた意味、なかったかもしれない。
それどころか、あの吐き気を伴う“肉を斬る感触”を味わい,結果大怪我した初任務も、行く必要はなかったのでは……?
紬「……え、じゃあ……最初から真人のとこ逃げてれば……」
真人「だから、それで良かったって言ってるじゃん」
紬「……泣いていい?」
真人「もっかい泣くの?」