数週間後。
紬と真人は、すでに例の高級焼肉店に三度足を運んでいた。
二回目の来店時、
他の呪霊客が途切れたタイミングで,例の焼き師と紬&真人は世間話を交わし、気づけば紬と焼き師は連絡先を交換していた。
その日。
ふたりはアパートの一室で、漫画(盗品)を読みふけっていた。
そんなとき——。
スマホの着信音が室内に鳴り響く。
紬「??……誰だろ?」
親とも友人とも絶縁した今、
この生活が始まってから着信など一度もなかった。
真人はそもそも携帯を持っていない。
画面に表示された名前を見て、紬は瞬きをする。
紬「あ、あの焼き師だ。……はいもしもし?」
スピーカーから飛び込んできたのは、聞いたこともないような絶叫だった。
焼き師『紬さんっ!!真人さんっ!!やばいです!!呪術師に追われてます!!!助けてください!!!』
息は荒く、ハァ、ハァと途切れ途切れの呼吸音。
ダッ、ダッと地面を蹴る足音の向こうで、
「待てぇ!」「事情聴取に応じろ!」という呪術師の怒声まで混じっている。
紬「…………え?」
真人「なにこれ」
事態を飲み込めないふたりの耳に、さらに必死な声が届く。
焼き師『呪霊のお客さんを対応してるところを……呪術師に見られてしまいました! 捕まったら、あの店は終わりです! お願いです、どうか!!』
紬「……どうする?」
真人「んー、あの店潰れるのは嫌だし。助けるか」
紬「了解。……場所どこ?」
焼き師『あっ……今、ナリコビルの辺りです! でも走ってて……えっと……うわっ!!』
おそらく、呪術師が足止め狙いで放った攻撃を間一髪で避けたのだろう。悲鳴と雑音が混じる。
紬は即座に窓を開け放ち、真人の手を掴んだ。
紬「ナリコビル……あそこだ」
真人「OK、飛んで」
瞬間移動。対象,紬と真人。目的地,ナリコビル。
———バシュッッ!!
次の瞬間、紬と真人の姿はアパートから掻き消え,
ナリコビル近くの路地に姿を現した。
視界の先——商店街の通りを、あの焼き師が全力疾走している。
制服のまま飛び出してきたのだろう、腰の前掛けは乱れ、息は荒い。
その腕には、小柄な呪霊——例の焼肉店で見かけた常連客の姿。
「ヤキシ……」「ハシッテ……」と、途切れ途切れの言葉を紡ぐあたり、“会計”の概念を理解できる程度の知能はあるらしい。
しかし抱えられるほどのサイズゆえ、戦闘は不得手だろう。
そして焼き師の背後には、二人の呪術師が迫っていた。
「紬さんっ! 真人さんっ! こっちぃぃぃ!!!」
焼き師は紬と真人を横目に認めるや、進路を変えてこちらへ駆け寄ってくる。
「アレって……桐生紬!?」
「ツギハギ……七海さんが言ってた…っ!」
呪術師たちが驚愕の声を上げる中、紬は一瞬の迷いもなく真人の背に飛び乗り、その手を強く掴む。
——バシュッッ!!!
一瞬で、二人は呪術師たちの背後へと“瞬間移動”していた。
振り返る間すら与えず、真人は嬉々とした笑みを浮かべ、
片方の呪術師へ手を伸ばし——触れる。
グニャァァ……グジャッッッ!!!
肉体は一瞬で潰れ、無残な肉塊へと変わり果てた。
同時に真人は片手間にもう一人に足払いをかけ。
「うわっ……ぐ!」
地面に倒れ込んだ呪術師の視界に映ったのは,
冷ややかな紬の瞳,
にやりと笑う真人,そして——
「——はい,お終い」
——ザシュッッッ!!!
ランスへと変形した真人の脚が、その頭部を容赦なく貫いた。
…路地に残ったのは,静寂。
血の匂いだけを残し、呪術師たちの気配は完全に絶えている。
「……はぁっ、はぁっ……助かりました……!」
焼き師は膝に手をつき、全力疾走と極度の緊張で肩を上下させていた。
その腕の中の小さな呪霊客も、「タスカッタ……」と、か細く呟く。
「無事でよかったね」
紬が小さく笑いかけると、焼き師は汗で額に張りついた髪を乱暴に払った。
「ほんと、紬さんと真人さんには足向けて寝られませんよ……! もし捕まってたら、店も……この呪霊のお客さんも、全部終わってました」
真人は肉塊になった呪術師たちを面倒くさそうに蹴りやりながら、軽い調子で語りかける。
「ま、潰れるのはもったいない店だし。……それに、この子も常連だろ?」
「……ヤキシ……マタ、イキタイ」
呪霊客は短い手足をばたつかせ、焼き師の前掛けをぎゅっと掴んだ。
「あぁ……もちろんですよ。またお席、取っておきますから」
焼き師は優しく笑い、そっと呪霊客を地面に降ろす。
呪霊客は一歩、二歩と路地の奥へ歩き、振り返って小さく手を振った。
紬も手を振り返す。その姿が暗がりに消えていくまで。
「じゃあ俺、店戻ります。……本当にありがとうございました!」
深く頭を下げ、焼き師は全速力で走り去った。
残された紬と真人は顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出す。
「……あの人、やっぱ面白いわ」
「だね。明日あたり,また行こっか」
二人の足取りは、また軽くなる。
夜の街の喧騒へ、溶けていった。