放課後、夕暮れ。
再び、あの実験場へ。
真人は、巨大な配管の上に腰を下ろし,
足をぶらぶらさせていた。
その姿は、昨日と何も変わらない。
真人「——おっ、来た来た」
昨日と同じ,軽薄な声。
それを聞いた瞬間、家や学校では氷のようだった紬の心が、じわりと解けていく。
真人「早かったね。……待ちきれなかった?」
紬「まあ、ね」
図星を突かれ、曖昧な返事になる紬。
異形の"元人間"たちは、昨日と同じくゆらゆらと蠢く。
——ただ、その中に、明らかな新顔がいた。
壁にもたれかかった、巨大なでっぷりとした肉塊。
脂肪のように見える塊が、呼吸に合わせてわずかに揺れている。
紬「えと……これは?」
真人「ああ、ひとりの人間をどこまで大きくできるかの実験。君が来るまでに試してたんだ」
紬「うわ、質量保存の法則に全力で喧嘩売ってるじゃん」
真人「そんなの物理法則の話でしょ。魂に質量なんてないからさ。魂を膨らませれば、肉体も膨らむ——当然だよ」
紬「ふぅん……??」
理屈はさっぱりだが,突拍子もないのに妙な説得力がある。
——というより、そういうものだと受け入れた方が話が早い。
紬「大きくできるってことは、小さくもできるの?」
真人「あ〜、そっちは今練習中なんだけどね。でも、一個だけ成功したやつがある」
真人が懐から取り出したのは、指サイズの——
ストーンチョコのような物体。
よく見ると、目や鼻、口に対応するような穴と、
小さな手らしき突起がある。
紬「え、これも……人間?」
真人「そう。これは“ストック”用。持ち運びの手駒にして、戦いの中で元のサイズに戻すんだ」
紬「戦いって……真人、敵いるの?」
真人「そりゃいるよ。“呪術師”——呪いを祓うのを生業にしてる人間たちさ」
紬「呪術師……でもそっか、人間 vs 怪異ってあるあるだもんね。真人は“怪異”側だし」
真人「相変わらず、変な理屈で納得するね、君」
紬「じゃあ……私も真人と会ってるわけだし、“呪術師”に狙われちゃうかな?」
真人「あはは、どーだろ。……でも、会ってるのがバレたら、確かにヤバいかもね」
紬「え、それ困る。……呪術師って普通の人間に紛れてる? 見分け方とかないの?」
真人は,その言葉に,きょとんとした顔を見せる。
だって,今の発言は,明らかに——
真人「え,そうくる?……紬,それってさ…」
一拍おき,紬の顔を覗き込む。
真人「俺が人間の敵って知って,俺の側に付く…ってことだよね?」
低く抑えた声。
真人の,紬の立場を明確に問う発言。
紬は言葉を詰まらせ、視線がわずかに泳いだ。
紬「あ、それは……」
一拍置き、深呼吸をひとつ。
紬が選んだのは——
心のうちを,偽らずに言うことだった。
紬「えと、私……は、
呪術師と呪霊の戦いがどういうものなのかは、
まだわからないし……
戦いに出る覚悟もできてない」
「でも、真人の敵になるのも、
真人と会うのをやめるのも嫌だし……
呪術師に狙われるのも嫌だ。
だから、最低限、呪術師に目をつけられないようには…
しておきたい」
真人「へぇ……」
短い声とともに、真人の口元が緩み。
探るようだった視線が,柔らかなものに変わる。
少しばかり——嬉しそうに。
真人「ま、確かに今の君じゃ、呪術師と戦っても瞬殺されるのが関の山だろうしね。
バレないように隠れとく、ってのは得策かも」
飄々とした調子に戻り、
真人は足をぶらぶらさせたまま続けた。
真人「呪術師の見分け方、だったよね。
呪術師なら、うずまき模様のボタンをつけた黒い制服を着てるのが多いよ。呪術高専っていう、呪術師を育てる学校の制服なんだ」
「……とはいえ、これは必ずしもそうとは限らない。
呪術師だってオフの日は普通に私服だし、フリーの術師なら任務でも私服だったりするしね」
紬「え、じゃあ……私服呪術師は、見分けようがない?」
真人「いや、そんなことはないよ」
真人は配管から軽く飛び降り、紬との距離を一歩詰めた。
裸電球の下、影が重なる。
真人「服装、って言ったのは……
今の君でもできる唯一の見分け方だから。
でも——君がもっと上手く呪力を扱えるようになれば、
相手が術師かどうかなんて、一発で見分けられるようになるよ」
声色がほんの少し低くなる。
それは———
甘い誘いであると同時に、確かな挑発でもあった。