紬「座標指定…瞬間移動で飛ぶ位置、ってことだよね」
真人「そうそう。どこにしてみる?」
紬は視線を巡らせ、夕暮れに揺れる風車を見つけた。
紬「……あそこ!あの風車の根元にする!」
真人「ん、いいんじゃない?」
そう言いかけて——真人の目がふっと細くなる。
真人「そういえば君、昨日は俺ごと飛んだよね?俺を対象に含めようとか、意識してた?」
紬「え、いや特には…飛ぶってだけで精一杯だったし」
真人「ふぅん…」
唇に指をあて、数秒の思案。
真人「昨日の瞬間移動の時は、俺と君で手を繋いでたよね。だとすると……自身と、触れているもの?
それが自動的に対象になるのかな?」
「…じゃあ、対象指定の実験も兼ねてみようか」
真人の手が、ためらいなく紬の手を包み込む。
そのまま足元へ視線を落とした先には,
例の通行人の成れの果て。
真人の手により異形と化し,生き絶えた肉体。
真人「じゃあ、やってみようか。場所は風車の根元。
そして……今回、君は、自分と“そいつ”を飛ばすつもりで。
俺は飛ばさないつもりでね」
紬「え、それ……でも、また上空に飛んじゃったら、真人いないと……」
落下死を想像する紬に,真人はあっさりと返す。
真人「へーきへーき。その時は全身に呪力を巡らせればいい。さっきやったみたいに。
呪力による強化は肉体強度も大幅に上昇するから,
事故っても死にはしないよ。
仮に怪我しても、俺ならすぐ治してあげられるし」
その声音には、軽さと妙な安心感が同居していた。
紬「あ、うん……わかった!」
胸の奥で、覚悟がカチリと噛み合う。
紬の中で,呪力が増えていく。
真人「へぇ、"きっかけ"抜きでも呪力を練れるようになったね……上達だ」
真人の掌が、紬の頭の一点にぼわっと熱を宿す。
昨日、空に飛んだあの瞬間と同じ感覚。
紬「瞬間移動……トリガー……そこ!!!」
呪力を一気にそこへ流し込む——
バシュッ!!!
視界が反転。
次の瞬間、——紬の足は地面を踏んでいた。
風車の影の下。ちゃんと狙った位置。
——ただし。
飛んだのは、紬と……真人だった。
紬「やった、成功……!!」
上空に飛ばなかった安堵で、思わずガッツポーズを取る紬。
真人「うんうん、座標指定、ちゃんとできたじゃん、紬」
その声は上機嫌で、どこか楽しげだった。
真人「あの改造人間はついてこなくて、飛んだのは俺と君。つまり、瞬間移動の対象は——自身と、触れている相手。確定だね」
そして——次の瞬間、紬の全身を襲ったのは。
昨日と同じ、術式使用後の重い倦怠感。
紬「……はあっ、ふう……」
足から力が抜け、思わず風車の支柱に寄りかかる。
胸を上下させながら、ふと気づいたことを口にした。
紬「……あ、でも真人。昨日より、ちょっと楽かも。
昨日はもう立ってられないくらいだったけど……
今は、ギリギリ……なんとか」
真人はその様子を見て、満足げに頷く。
真人「うん。呪力操作の成果だね。術式発動の時の呪力ロスが少なくなったってこと。無駄が減った証拠だよ」
紬「……なるほど。呪力操作が上手くなると、
術式の必要MPが減るってことか……。
昨日はマダンテ並みにMPぶっ込んだけど、今日はメラゾーマで抑えた。そういうことだね」
うんうんと自分で納得して頷く紬。
ぽかんとした後、首を傾げる真人。
真人「……えむぴー?? ……まあ、君の変な理屈シリーズは突っ込んでも仕方ないしね」
飄々とそう言いながら、真人は続けた。
真人「でもまだ、一回で呪力切れのライン。二回飛ぶのは無理そうだね。今日は、ここまでかな」
紬「う……」
紬は口をつぐむ。
——本当は、もっと一緒にいたい。
そう言いかけたが、呪力はもう残っていない。
それに、遅くなればまた親がうるさくなる。
頭の中で自分を納得させる。
代わりに、紬は真人の方へ一歩踏み込み、勢いよく言った。
紬「真人! 私、今は一回だけど……
そのうちMP消費、メラミくらいに抑えて!
二回飛べるようになるから!!」
真人「ん、前半はよくわからなかったけど……まぁ、意気込みがあるのはいいことだよ」
紬「——ねぇ、明日も来ていいよね?」
食い気味に問う紬。
真人は、少しだけ目を細めて笑った。
真人「もちろん」
ほんの一瞬、いつもの軽薄さをひそめた声音。
それは、からかいでも社交辞令でもない——
純粋な期待の色を帯びていた。
真人「待ってるよ」
夕暮れの風が風車を回し、カラカラと音を立てる。
その音に紛れても、真人の声ははっきりと紬の耳に届いていた。