インフレおぜう様   作:エゴイヒト

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くらえッ!レミリアッ!半径89006m夢想封印をーッ

 

 かつて、あらゆる存在から恐れられた吸血鬼がいた。

 その名は、レミリア・スカーレット。

 この世界を去って今や数百年が過ぎたとはいえ、妖怪達は今もなお、その名に恐怖を覚える。

 怖い物など無いかのように振る舞う大妖怪ですら、いや、寧ろ大妖怪であればある程、その名を聞いただけで借りてきた猫のように大人しくなったり、赤子のように泣きだしたり、しめやかに失禁したり、泡を吹いて倒れたりするのだ。

 若い妖怪や弱小妖怪達は、その様を見て嘲笑う。大妖怪恐るるに足らず、と。

 しかし、100年の冬と呼ばれる時を過ごした大妖怪達は知っているのだ。今、自分達が生きていることが奇跡なのだと―――

 

 

「ただいま、フラン! 元気にしていたかしら?」

「」

 

 冬、再来。

 

「あばばばばばばばばば」

「もう、どうしたのよフラン。そんなに私が帰って来たのが嬉しかったの?」

「なっ、なっ、何でお姉様がここにいるのよ!?」

「お父様が生前課した、スカーレット家当主就任のための試練が終わったからよ」

「お、終わったって……まさか本当に成し遂げたの!?」

「ええ、勿論」

「キャーーー!!」

 

 冗談ではない。

 折角亡き父がレミリアの強大な力を恐れて、試練と称して未知の彼方へ追いやったというのに。

 無理難題をまさか本当にやり遂げて帰って来てしまうとは。

 この姉なら悪魔であることなど関係なく契約を破ることさえ可能だと思わせるが、フランは嘘を疑うつもりもなかった。疑った所で開き直られたらどうしようもないというのもあるが、レミリアは家族には誠実だったからだ。

 きっと本当にやってしまったのだろう、とフランは思った。ご愁傷様、見知らぬ大勢の人々。

 

「ところで、フラン?」

「な、なあに、お姉様」

 

 既に嫌な予感しかしない。

 

「屋敷の周辺に大きな街が見当たらないのだけれど、人間共はどこ?」

 

 不味い。非常に不味い。

 

「え、ええっと……皆、都会に引っ越してしまったのよ」

「おかしなことを言うわね。公国の主の居城以上の都会がどこにあるというの?」

「それはその、時代が違うのよ」

「はぁ……今まで私の代わりにスカーレット家を守ってくれてありがとう、フラン。でも、これで正式に私が当主となった事だし、これからは私に任せて頂戴」

「……何をするつもりなの?」

「安心しなさい、征服と統治は実戦で学んできたのよ。まずは、スカーレット家の再興ね!」

「アア、オワッタ……!」

 

 

 


 

 

 

 人間達は激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐の吸血鬼を除かねばならぬと決意した。

 丘の上に立つ幻の館は実在した。かつてこの土地に存在したスカーレット家という領主の跡継ぎを名乗った彼女は、とんでもない重税を課してきたのだ。

 逆らう者、逃げ出す者は見せしめと称して血を抜かれ、干からびたミイラとなった。

 

 周辺に住む妖怪達は激怒した。

 この時代、妖怪は力を落としているというのに、依然として強大な力を誇示して好き勝手に暴れまわり、人々を脅かす姿に嫉妬した。

 吸血鬼といえど、大妖怪恐るるに足らず。調子に乗った彼らは紅魔館に襲撃を掛けたが、行ったっきり帰ってくることは無かった。

 

 暫くして、行き倒れた妖怪が迷い込んできた。

 名を、紅美鈴。曰く修行の身で、絶えて久しい強者の噂を聞きつけてやってきたという。

 単なる嫉妬からくるものではない、純粋な挑戦者の登場にレミリアは気をよくする。

 

「中々面白い奴じゃない、気に入ったわ」

 

 そう言って、レミリアが直々に相手をしようとした。

 それを、フランが慌てて止める。

 

「ままま待ってお姉様!?」

「どうしたのフラン?」

「ここは私が相手するわ! ほら、姉妹とはいえ当主になった以上、私はお姉様の部下じゃない? こういうの、立場を明確にするいい機会だと思うの。それに、殴り込みを掛けに来て行き倒れるような間抜けな奴、お姉様が出る幕ではないわ」

 

 昔より多少加減が利くようになったとはいえ、やはりレミリアに戦わせるのは危険すぎる。

 妖怪共の虐殺を見て、フランは再認識していた。

 根本的なパワースケールが違い過ぎて、初撃の小手調べで決着がつく。いや、殺すのはいい。死体が残らないくらいは、やり過ぎの範疇に入らない。ただ、周囲への被害が甚大に過ぎる。前回の戦闘で紅魔館の壁はいくつか壊れており、妖精達が修復作業中だ。

 ちなみにその時もフランは止めようとしたが、手加減を覚えたから大丈夫だと自信満々だったレミリアは言うことを聞かなかった。壊してしまった後で、他の世界ではもっと固い素材だったと言い訳していた。

 もはやフランは、レミリアの手加減を信用していない。

 

「では、本日よりお世話になります」

「何を言っているのかしら、貴女が世話するのよ?」

 

 当然ながらフランが勝利し、勝者の権利と称して美鈴は門番兼使用人として雇うことにした。妖精達では遅々として進まぬ作業を代わりにやってくれる人材は、喉から手が出るほど欲しい。今まではフラン一人の世話と屋敷の掃除だけで何とかなっていたが、スカーレット家復興を目指す以上、これからは妖精達の手とフランの魔法ではできることに限界がある。それに、レミリアから目を離すことは極力避けたかった。

 

 

 またまた暫く経った頃、今度は魔女が紅魔館にやって来た。

 名を、パチュリー・ノーレッジ。あと、その使い魔である小悪魔。

 彼女は書物を求めて侵入したらしい。美鈴は役に立たなかった。

 

 だが迎えるように玄関ホールに現れたレミリアの姿を見るなり、何かを察したのか、パチュリーは小悪魔を睨んだ。

 

「聞いていないわよ、こんな怪物がいるなんて」

「し、仕方がないじゃないですか! 本の囁き声を辿っただけなんですから!」

「へえ? お前、私が何者か知っているのか」

 

 レミリア・スカーレット帰還の噂は、まだそう広まっていない。いや、情報自体は広まっているのだろうが信憑性に欠けるため、またぞろ弱小妖怪共が大妖怪をいじるためにでっち上げたものだろうと思われていた。

 だが口振りからして、そういった噂自体知っていたわけでもないらしい。にもかかわらず、姿を見るなりレミリアを恐れた。隣にいるフラン相手に臆している様子もないため、単に吸血鬼を恐れている、というわけでもない。

 

「……ええ。その姿、見た事があるわ」

「名前ではなく姿を知っているのか? 私はお前に会った覚えが無いのだけれど?」

 

 そもそも、レミリアは400年以上は姿を消していたのだ。彼女の姿に見覚えがあるということは、見た目通りの子供の頃の彼女を知っていることになる。

 

他の宇宙(・・・・)と交信できる魔導書に、貴方の事が載っていたわ。幾つもの文明を征服した危険生物だってね」

 

 どうやら、全く別口で知ったらしい。パチュリーが知っていたのは、まさにレミリアが姿を消していた間の事だった。

 そもそもレミリアが世界を去ったのも、その手の魔導書を呼んで身に着けた魔法によるものだ。他にあってもおかしくはない。

 

「そんな眉唾物の魔導書に書かれてあったことを信じるの?」

 

 『交信』と言うが、基本的にそういう魔導書は一方的に漂流してきた物だ。そこに書いてある『交信術』の理論によると、情報を送り返すには太陽丸々一個エネルギーに変換する以上の膨大な魔力が必要だという。

 そのため、殆どの魔法使いは誰かが悪戯で書いた出鱈目だと考えている。悪魔との契約方法や魔界への渡航法の方が、遥かに現実的だ。

 

「まさか、本当に存在するとは思わなかったけれど……この魔力量、実際に目にして疑う余地は無いわ」

「それで、お前はこれからどうするつもり?」

「できれば、見逃して欲しいところだけれど……」

「私が、侵入者をのこのこと帰すとでも?」

 

 一触即発。レミリアがその手をパチュリー達に翳そうとしたところで、遮る者があった。

 

「待った待ったお姉様!」

「何よフラン、また? 今度はちゃんと手加減するわよ」

 

 前回が不完全燃焼だったからか、不満気なレミリア。吸血鬼というか妖怪の性なのか、はたまたレミリアの悪癖か。定期的に暴れないと気が済まないようだ。

 

「今までの肉弾戦一辺倒の相手とは違って、今回は魔法使いよ。お姉様ったら、絶対ちょこまか逃げ回ったり攻撃を逸らされるのに業を煮やして、加減を忘れるわ!」

「……」

 

 図星を突かれて否定できないのか、レミリアは口を噤んだ。

 

「それに、殺してしまうのは勿体ないわ。こいつも配下に加えるのはどうかしら? 魔法使いなんて募ってもそうそう来るものじゃない。細々とした魔法は私達には性格上向かないし、居ればきっと便利だわ。あと、そろそろ埃を被っている図書館の管理役も必要よ」

「本当かしら!?」

 

 司書を任されると聞いて、願ってもない展開にキラキラと目を輝かせるパチュリー。

 

「(こいつ、私の気も知らないで……)」

 

 断っておくが、フランは別にパチュリー達の生死には何の興味もない。寧ろ、不躾な侵入者など殺してしまった方がいい。だが、姉に暴れられるのは困る。屋敷丸ごと吹き飛んでは堪ったものではない。いや、それで済むならまだ御の字ではあるのだが。

 

「……そうね。まあ、フランの言う通りだと思うわ。屋敷が壊れた訳でもないし、美鈴は気配遮断の魔法で素通りされただけで傷一つないし、今のところただの侵入者でしかない」

「なら!」

「ただ、その侵入の対価は払ってもらう必要があるわね」

「っ……!」

 

 どこまでいっても、彼女は冷酷無比な吸血鬼。支配者としての面子を保つためにも、なあなあで済ませるわけにはいかない。

 だから、続く言葉にパチュリーは目を丸くした。

 

「貴女、私の遊び相手になりなさい」

「……は?」

 

 言葉通り、見た目通りの幼稚なお願いではない。

 要は、ストレス発散の捌け口を求めていた。

 

「お姉様、屋敷が壊れるようなのは駄目よ?」

「分かっているわ。だから、そこをどうにかしてもらうのよ。できるでしょう?」

「……できない、とは言える状況じゃないわね」

 

 かくして、パチュリー・ノーレッジと小悪魔が紅魔館に居付いた。

 なおレミリアは一度身内になると態度が軟化するので、結局普通に話をする仲になった。

 

 

 それからかなりの時が流れ、人間達は紅魔館にヴァンパイアハンターを送り込んだ。

 勿論、討伐は失敗した。だが人里に降りる姿が度々目撃されるので、どうやら生きてはいるようだ。何なら、屈服したのか従者として働いているらしい。

 

 以上が、レミリア・スカーレットが帰還してから今に至るまでに起こった出来事である。

 

 

 

「そういえば、咲夜。貴方が来るよりも随分前から招集をかけているのだけれど、吸血鬼達が全く応じないわ。返事はどうなっているのかしら? いっそ、私が直々に喝を入れにいこうかしら」

 

 レミリアとフランが姉妹で仲良く食卓を囲む中、常々思っていた疑問を口にした。

 フランが責めるようなジトリとした目でレミリアを見つめる。

 

「お嬢様。今の時代、吸血鬼など殆ど残っていませんよ」

「……どういうこと?」

 

 どうやら、大半はヴァンパイアハンターに狩り尽くされてしまったらしい。吸血鬼もピンからキリまでいるので、弱点を突かれれば人間に遅れを取ることもあるだろう。だがそれにしたって狩り尽くされるとは、俄かには信じがたい。

 

「何でも、数百年前に急激に数を減らしたそうです。噂では世界的な大量死を起こした天変地異の元凶だとかで、人間だけでなく妖怪からも相当恨みを買っていたそうですよ」

「……そう」

 

 同胞が居なくなったのは少し寂しくはなるが、それで狩られるようならそれまでだったということ。

 

「言っておくけど、全部お姉様のせいだからね? 天変地異って、お姉様があの時暴れたのがそういう風に伝わってるってだけだから」

「……悪かったわね。でも、必要な報復だったわ。私情が大いに入っていた事は認めるけれど、スカーレット家に手を出すとどうなるのかを思い知らせたでしょう」

「別に文句があるわけじゃないわ。隠蔽の魔法を使っていたとはいえ、確かにそのおかげで屋敷に攻めてくる輩はいなかったし。それに、私はスカッとしたわ」

 

 フランは笑顔でそう言った。久しく見た妹の心からの笑みと、僅かばかりの感謝の念が籠っているのを感じ取って、レミリアは気をよくした。

 

「だったら、配下は他の妖怪を集めるしかないわね」

「それも、今はちょっと難しいかもしれないわ」

 

 遅れて食堂へやって来たパチュリーが、席につく。

 

「遅いわよ、パチェ」

「遠いのよ、ここ。図書館から食堂までの廊下、もっと短くならない?」

「道が中央ホールを貫通しているので、これ以上縮めると全体に影響が出ます」

「咲夜、ワープドアとか作れないの? ……私が作ってみようかしら」

「セキュリティ上の問題があるのでお止め下さい。それに、パチュリー様の魔法と私の空間操作が競合を起こすと危険です」

「そう。じゃあ今度からはこあに運んでもらうわ」

「ええっ!? 無理ですよぅ。私、本より重い物は持てません!」

 

 私が重いってことかしら、とこあは理不尽な圧を受けた。

 

「それで、難しいってどういうこと?」

 

 レミリアは、脱線した話を元の軌道に戻す。

 

「世界的に、妖怪の数は年々漸減しているのよ。貴方達吸血鬼みたいな知名度の高い種族はともかく、民間伝承でしか語られないような木端妖怪達は弱体化が止まらない」

 

 人間達も技術の発展と共に力を付けてきているし、山や森を切り開くような開拓も進んできた。一定以上の力のある妖怪でないと、居場所を追われるか狩られるか、あるいはその両方を迫られる。

 

「じゃあもう、人間を支配するしかないのかしら」

 

 弱くて短命な人間は扱いが難しい。食糧ならともかく、使用人や奴隷として数を揃えようとすればとにかく金がかかる。

 それに人間を支配しようとすれば、彼我の力量差など顧みずに反抗してくるだろう。この辺が妖怪と違う所だ。

 そうなれば勿論返り討ちにするわけだが、殺しすぎるのは良くない。家畜の一頭二頭殺すのは問題ないが、牧場丸ごとぶっ壊すのは正気の沙汰ではない。

 

「そもそも、そこまでしてスカーレット家を復興させたい理由は何?」

「単なる道楽だわ」

 

 あるいは吸血鬼としてのプライドや見栄のためというのもあるだろう、とパチュリーは見抜く。

 

「……そう。それは妖怪にとっては頗る大事ね」

「ええ。せめて全盛期くらいまでは戻さないと、お父様にも顔向けできないわ」

 

 国中の要人達へ影響力を持っていた、職業貴族ならぬ種族貴族としての在り方。かつての古き良きヴァンパイアを、レミリアは取り戻そうとしているのだ。

 

「なら、妖怪達の理想郷を目指すしかないわね」

「理想郷?」

「人と妖怪が共存する世界。そこは、『幻想郷』と呼ばれているわ」

 





レミリア・スカーレット
種族:吸血鬼
能力:運命を統べる程度の能力
危険度:天元突破超絶極高
人間友好度:極低
主な活動場所:不明

 放射優勢期他の宇宙住処で大人しく暮らし、物質優勢期になると暴れ出す宇宙の帝王。
 異次元の身体能力と魔力を誇り、恒星を片手で掴んで持ち上げ、超光速で銀河を駆け抜け、一声掛けるだけで悪魔を無限に召喚し、自らを天を覆う数の蝙蝠に分解し、さらには素粒子の雲状にまで細かくしトンネル効果で何処にでも入り込み、頭以外が吹き飛ぶ怪我を負っても1プランク秒で元通りになる。
 ―――サウザンド=ヒエーダ『ネオ幻想郷縁起』より
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