「お、お姉様ぁぁぁ!? 何をやっているのよ!?」
「宣戦布告よ。決まっているじゃない」
レミリアとしては、景気づけの一発には些か物足りない。何しろ『ハートブレイク』は、本来であれば巨大な光の槍で星の心臓を貫く技だ。
敵の拠点を惑星諸共破壊するための技であり、穴掘りをするだけの児戯ではない。そもそもこれ自体、『スピア・ザ・グングニル』を原形を留めない程大幅に弱体化させた技である。
とはいえ、まさか自らがこれから支配する予定の幻想郷を破壊する気も無い。だから、威力偵察の範疇に留まるように十分な手加減をした。少なくとも、本人はそういう認識でいる。
「フラン。やっぱり貴方、
「……えー」
レミリアは、長い年月を経て妹がついに完全に狂気を克服したのだと、しみじみと喜色を滲ませた。
フランは誰のせいだ、と冷ややかな目を向ける。
「聞け、幻想郷の神仏妖怪人間共! 今日この時より、レミリア・スカーレットがお前達を支配する! 我が軍門に下らぬ者はかかってくるがいい!」
夜の帳が降り、人々が寝静まろうとした矢先に起きた事件に、幻想郷中が騒がしさを取り戻す。
レミリアはそれを満足そうに眺め、遠くを見つめて呟いた。
「見ているのでしょう? 今度こそお前の骸を晒してやるわ―――ユカリ=ヤクモ」
「ヒエッ」
ばたん、と音を立てて紫が倒れる。
「ゆ、紫様ー!」
侵略者達の様子を、紫はスキマを通して見ていた。折角目を覚まして正気を取り戻したというのに、名指しでの殺害予告を受けて彼女は気絶してしまった。
「駄目だ、このままではどうにもならんぞ。紫様は今回の件、まともに動けそうにない」
結局、倒れた紫は目覚めないまま、一夜明けてしまった。その間、レミリア・スカーレットに動きが無かったのが幸いか。とはいえこれ以上の静観はできない。
「うーん……」
どうやら心労が祟り本格的に参ってしまったのか、紫は魘されたまま起きる気配がない。
「かくなる上は、私の独断で事態を収束するしかないか?」
だが彼女には落とし所が分からない。まさか、主人に無断でレミリア・スカーレットに幻想郷を明け渡すわけにもいかない。かといって、レミリアに勝つ算段など持ち合わせていない。
「幻想郷の中であの一撃を防げる者ですら、限られている。正面からの純粋な火力による撃ちあいになれば、賢者を集めたとしても勝ち目は薄い、か」
無論、紫がスキマを使って攻撃を回避したり隔離するように、能力を使用した戦いならやりようはある。だが、それは向こうも同じ。万能が取り柄の吸血鬼が、まさか単純な火力だけが頼りという事はないだろう。
故に、仮に勝てたとしても辛勝も辛勝。幻想郷は甚大な被害を被ることになる。実際、既に妖怪の山の傍に大穴を開けられている。幻想郷中があのレベルの攻撃が飛び交う戦場になることが予測されるので、余波や流れ弾で一体いくら人間が死ぬことか。最悪絶滅してもおかしくない。そうなれば、幻想郷の存続は危うい。
「停戦……そうだ、ひとまず停戦協定の締結が望ましい。奴の宣言通り、目的が殲滅ではなく占領にあるのなら、壊滅的な被害を出すことは望まない筈だ。であれば、条件次第で乗ってくる」
協議のための段取りで時間は稼げる。少なくとも、紫が再び目を覚ますまでの時間は。
そうと決まれば、レミリアとの接触方法が最大の障害だ。のこのこと顔を出せば、藍といえど問答無用で消し炭にされる可能性がある。軍門に下れと言っている以上はその意思を問うくらいはしてくれそうだが……主人を、八雲紫を妙に敵視しているのが気になる。
「藍様ー!」
「橙か」
二つの尾を持つ猫耳少女が、屋敷へと駆けてくる。藍の式神である、化け猫妖怪の橙だ。
妖怪の山へ文を送った彼女が帰って来た。丁度、レミリア・スカーレットの宣戦布告を目の前で目撃していた筈だ。無事であったことに、胸を撫でおろす。
「良い所に帰って来た。橙、何度も往復させて悪いが、天狗達との会合の段取りを―――」
「天狗達は早々に降伏しました!」
「……」
藍は口を半開きにしたまま固まる。
まずいことになった。
即時降伏ということは、まともに条件を練る時間も無かったはずだ。つまり、無条件降伏である可能性が極めて高い。
交渉や条約といった決め事は、最初に出来た例に倣うことが多い。もっとも、小国と結んだ不平等条約が大国にもそのまま通じることはない。相手との立場、力量差が変われば基準も変わってくる。
が、藍には確信めいた予感がある。レミリア・スカーレットは必ず、妖怪の山を例に出して無条件降伏を要求してくる、と。
プライドの塊のような吸血鬼としての性、そして彼女の力量を考えれば、全く的外れな予想ではない。たった一人の妖怪が起こしたという100年の冬は、同じ時代を生きた者といえども、多くの尾ひれがついていると疑う。藍とて例外ではない。
だがもし、全てが本当なら。
「それと、天狗達からお手紙ですよ」
藍はすぐに中身を確認する。迂遠な語り口を読み飛ばすと、内容は概ねこういうものだった。
―――我々はこれよりレミリア・スカーレット様の傘下に入る。今後、レミリア・スカーレット様に仇為す者、態度を明確にしない者が妖怪の山含む天狗領に近づいた場合は、問答無用で排除する。
「考え得る限り最悪だな、これは」
レミリア・スカーレットの軍門に下らない者とは、あらゆる外交を断つ。どのように降伏に至ったのか事情を訊くことも、降伏を破棄して共同戦線を張る要請も、一切受け付けない。
つまり遠回しに、今後も付き合いを続けたければお前も降伏しろ、と言っているようなものだ。
恐ろしいのは、幻想郷中でこういう妖怪達が今後急速に増えるだろうということ。時が過ぎるほど、レミリア・スカーレットの陣営は大きくなっていく。気がつけば周囲は敵だらけ。幻想郷が彼女の手に落ちるのは、まさに時間の問題だ。
とはいえ、大抵の妖怪達にはプライドや、自身の力への生来の自信がある。そうでなくては人間に恐れられることなどできはしない。故にあの光の柱を目撃したとしても、即時の無条件降伏はしないだろう。
その点、天狗は特別なのだ。それは、単に保身に走る種族だから、というだけではない。
彼らは種族柄、妖怪達の中で一番当時を知っている。あの時、有志のレミリア・スカーレット討伐隊に最も多くの兵を出していた。今妖怪の山にいるのは、その時戦場に立つことができないほど弱かった者達だ。
つまり、彼らは知っているのだ。自分達が束になっても敵いはしないと。
「元より、天狗はあの件で唯一生き残った紫様に恨みがある。相手が仇敵のレミリア・スカーレットといえど、協力など望むべくもないか」
最善の目標は、衝突を避け、どちらが下につくわけでもない対等な関係を築くことだった。
だが、今となってはそれも難しい。もっとも有望な方法は、妖怪達とレミリア・スカーレットを衝突させ、その戦争の仲裁役を演じることだった。つまり、負けると分かっていてなお戦い続ける被害者が必要だったのだ。レミリア・スカーレットと因縁がある天狗なら、その筆頭候補になり得ると見込んでいた。
しかし、あてが外れた。そもそも紫が何故か目を付けられている時点でその策は成功するか怪しかったが。
こうなってしまっては自らも矢面に立つしかないが、味方になってくれる勢力は少ない。鬼のような好戦的な妖怪なら一度は戦ってくれるだろうが、強き者を信奉する彼らなら、その後喜んで服従する未来しか思い浮かばない。新地獄の勢力も、降伏せずとも協力してくれるはずがない。
「いや……まだ手はある。我々の価値を示すことができれば、これまで通りの幻想郷を取り繕うことくらいは可能な筈だ」
決断の時は近い。
レミリア・スカーレット襲来から一夜明け。
里の人々は幻想郷の命運に心を乱していた。幻想郷の有力者達が全て解決してくれるだろう、という能天気な考えの者がいないわけではないが、しかし天を仰げばその考えも揺れるに違いない。
空には赤い曇り空が広がっている。昼と夜の区別がつく程度には明るいものの、紅霧が太陽を覆い隠してしまっていた。
「しかし遅いわね。幻想郷の賢者様とやらは」
紅魔館の正門に築き上げた死体の山を美鈴がせっせと脇に追いやる傍ら、咲夜に用意させた野外ティータイムセットでレミリアは一息吐く。
「お姉様はその八雲とかいう奴を知っているの?」
「因縁があるのよ。色々と」
真の支配者は一人だけ。二人も必要ない。
端的に説明するなら、ただそれだけの因縁だ。
「お嬢様、また新手です」
「今度はどっちかしらね」
ここまで、最初に接触した天狗達を除いて降伏した妖怪はいない。そろそろ命乞いの一つでも見せてもらいたいわ、とレミリアは不満げに嘆息する。
だがこの件に関しては、天狗達の方が特殊なのだ。妖怪などプライドが高くて当然で、自分は死なないと勘違いしている者達ばかり。彼我の実力差を理解している者は、わざわざ首を差し出しに来るような真似はしない。故に、力有る者ほど静観を選ぶ。幻想郷の行く末を決める、賢者の出方を窺っているのだ。
森の方から、ボコボコと音を立てながら何かがやって来る。地面を捲りあがらせながら進むその正体は、人間を丸呑みできるほどの大蛇だった。
その頭部に、少女が座っている。
「貴女が、あの大穴を掘った妖怪ね?」
紅魔館の眼前まで来ると、少女は蛇に乗ったままレミリアと対峙する。
「あの一瞬で私を唸らせる程の大穴を掘った奴がどんな面なのか、拝みに来てあげたわよ」
文字通り上から目線の不遜な態度に、咲夜が眉を顰めた。だがこういう輩は絶えないので、いちいち戒めても仕方がない。実際、主人であるレミリアはどこ吹く風だ。
「まず問うわ。お前は忠誠を示すために来たか? それとも屍になりに来たか?」
レミリアは、本日何度目かも分からぬ問いを投げた。
「……はぁ。偶に居るのよ、この幻想郷にも貴女のような恐れ知らずな新参者がね」
呆れて溜息を吐いた少女は、今度はふんぞり返ってレミリアを見下す。
「私を誰だと思っているの? 大地を喰らう大蚯蚓、道蛇様とは私の事よ!」
レミリアは思い出そうと記憶を探ったが、全く心当たりが無かったのですぐに諦めた。
恐らくは、自身がいない間に生まれた妖怪の類だろう。
「知ってる? フラン」
「あー……心当たりはあるわ。でも、もしそうならお姉様の耳に入れるべき事ではないわね。見当違いも甚だしい、卑俗な伝説だから」
「へえ、言ってくれるじゃない吸血鬼如きが」
少女の下の蛇が主人の悪感情を拾ったのか、威嚇するようにちろちろと舌を出す。
「でも外から来たのなら、貴女だって名前に覚えが無くとも知っている筈よ。大陸を跨ぐ、大地を食い進んだ跡の事を!」
しん、と静まり返る。
フランは不味い物でも食べたかのようにべっ、と舌を出して、両腕を摩った。
「……驚いたわ」
レミリアはフランが教えなかった理由に合点がいったのか、目を丸くした。
「ふん、ようやく気付いたみたいね。私の偉大さに」
レミリアはカップから手を離し、その手で口元を覆う。
「
「へあっ?」
想定とは異なる突然の侮辱に、道蛇は素っ頓狂な声を上げた。
「お前、生きていることが醜態そのものじゃない」
「言わないであげてお姉様。妖怪の成り立ちなんて案外そういうものよ」
「―――ッ! 馬鹿にして! いいわ! なら、神々さえ恐れをなした偉業、その由縁たる力を見せてあげる!」
怒りを露わにした道蛇が妖力を漲らせると、呼応するように大地が震える。
地面が裂け、亀裂の中から巨大な蚯蚓が飛び出す。
いや。それは、蚯蚓というには余りにも大きすぎた。
赤茶色のつるりとした体躯は生理的嫌悪感を呼び起こす悍ましい容貌こそしているが、体高1kmはあろうかという巨体はもはや龍と呼んで差し支えない。
事実、この怪物はその大きさに恥じない妖力を秘めている。その存在の格は、アジダハーカやニーズヘッグといった神話に名立たる巨竜や邪竜にさえ引けを取らない。
その根源にあるのは、『星を喰らう程度の能力』。
星を食む大蛇の化身であり、またそれを使役する怪異。16・17世紀に渡って生まれた最も新しき大いなる獣。滅亡や終末論の、
「……魔法だけだと骨が折れそうね」
これには、流石のフランも体を強張らせた。
パワーは言うまでも無く、耐久力も格上。図体が巨大なだけでなく、内に秘めた力も規格外。たとえ鬼であっても、その類の能力が無ければ力比べで負けるだろう。況や、その鬼に一歩劣る吸血鬼など蹂躙される。
『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を使わなければ、恐らく勝ち目がない。
大蚯蚓が、レミリア達を目掛けて飛びかかる。しかし紅魔館ごと丸呑みにしようとする怪物を前にして、彼女は動じなかった。
レミリアの指先から、赤黒い光線が彼方まで突き抜ける。
一瞬遅れて、金属が火花を出しながら擦れるような、劈く轟音が鼓膜を叩く。
闇を湛えながらも爛々と輝く光が通った後には、何も残らない。
「美鈴、追加よ」
頭部の無くなった妖怪が、糸が切れた操り人形のようにぱたりと倒れる。
「あの、流石にこれは私一人じゃ運べないのですが……」
美鈴は、今しがた紅魔館の真横に空いた大穴を指す。
地上に出た部分は粗方消し飛んだが、切り株のように残った大蚯蚓の死体が埋まっている。
「咲夜に圧縮してもらえばいいのよ」
「お言葉ですがお嬢様、小さくした所で重さは変わりません」
「じゃあもういっそ埋めてしまいなさい。その内土に還るでしょ」
「……」
直径1kmの穴を埋めたてろという無茶振りを平然とされた美鈴は、軽く絶望した。
彼女はシャベルを手にしたまま、ふいと視線をフランへ向ける。
「そんな物欲しそうな目をしても、壊して解体なんてしてあげないわ」
「いえそんな、妹様の手を煩わせるつもりなんてありませんとも」
美鈴は遺体を抱えながら、トボトボと穴を埋めたてに行く。
その哀愁漂う背中を見送りながら、レミリアは紅茶のおかわりを要求する。
「この手の輩も、そろそろ飽きてきたわ」
その気になれば、レミリアは紫の居場所を当てられる。そもそも幻想郷のどこかにいるという時点で、レミリアに言わせればいつものユカリらしくない。本気で隠れる気が無いとしか思えなかった。
明らかに誘っている。
とはいえ、それに乗るのも気が乗らなかった。レミリアからしてみれば縄張りを荒らしたのは向こうなのだ。少なくとも、彼女はそう認識していた。であれば普通、下手人の方から攻めに来るべきだ。こちらから出向くのは少々癪だったのだが……。
「埒が明かないわ、日和見共が多すぎる」
レミリアが立ち上がる。
「征服の時間よ。これ以上引き延ばす合理的理由があるかしら、フラン?」
流石に我慢の限界だ。
姉妹としてどこか身近に感じられた雰囲気は鳴りを潜め、否を言わせぬ当主としてのカリスマを漂わせる。
フランは冷や汗をかいた。
道蛇
種族:妖怪
能力:星を喰らう程度の能力
危険度:極高
人間友好度:極低
主な活動場所:地中
拙作のオリキャラ。本話で死亡。
普段は地中に潜っている。正確には霊体化して大地そのものに宿っている。これは誕生の過程でとある神霊の残滓を吸収しており、そのお蔭で半ば神格としての側面を有しているため。
噛ませ役だったが、実際かなり強い。kmスケールの蚯蚓・蛇・龍を生み出すことができ、喰った物は消滅する(防御力無視)。能力の性質上、土着神や大地系の能力に超有利。諏訪子をメタりまくっている。蛇だけでなく本体も防御力が高く、概念攻撃でもないとまず攻撃が通らない。