インフレおぜう様   作:エゴイヒト

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過去編その1


今の君には1秒が8556年程に感じる筈だヨ

 

 吸血鬼ならば、わざわざ徒党を組まずとも人間の街一つ滅ぼすくらいわけない。

 ただ国を落とすとなれば、必ず悪魔祓い共が出張ってくる。他の妖怪の縄張りも侵すことになる。まして、護国の神の目に留まることは避けられない。

 いくらプライドが服を着ているような吸血鬼といえど、大手を振って君臨することはできないのだ。だから吸血鬼達は、人間社会に溶け込む。そんな中で、唯一といっていいほど異質な吸血鬼一族がいた。

 スカーレット家。自らが吸血鬼であることを公然の噂としながら、人間社会と交流を持つ存在。あくまでも噂ではあるが、彼らにはそれができるだけの力があった。公国の主として一国を統べる立場と、ヴァンパイアハンターを歯牙にもかけない力。弱小吸血鬼達にとって人間社会とのパイプを持つその存在は有難く、同じく爵位を持ち人間社会に溶け込む吸血鬼達にとっては羨望と嫉妬の対象であったが、いずれも共通して上に立つ君主として持ち上げられていた。

 

「ですから、スカーレット公。我々が選ぶべき道は一つでございます。各地に散らばる同胞を束ねることができるのは貴方様だけ。どうかご一考の程を」

 

 だから、こういう夢を見る輩が近づいてくる事が後を絶たない。

 今、世界には妖怪弱体化の波が来ていた。

 未知への恐怖の薄れ。妖怪が加速する歴史の中で忘れ去られようとしていた。

 その中で、吸血鬼は被害が少なかった。

 人間社会と深い関わりを持ち、信仰の敵としてのポジションを獲得した彼らは、依然恐怖の対象であった。

 故に、これを好機と見る者がいた。

 他の妖怪達が力を落とし、建国、護国の神々は一神教に追いやられ忘れ去られようとしている。その中で、自分達だけが力を持ち続けているのだ。今ならば、世界征服さえ可能なのではないか。

 

「ご息女の力があれば、欧州統一さえ夢ではありません」

「齢15にも満たぬ我が娘を戦場に駆り出せと申すか?」

「いえいえ、今すぐというわけではありませぬ。ただ、ご息女はいずれこの世を統べる御方。それだけの力をお持ちなのです」

 

 特に、長女レミリア・スカーレットへ寄せる期待は大きかった。

 悪魔祓いを返り討ちにした余波で山一つ丸ごと消した話は、今や吸血鬼の間で持ち切りだ。

 一時期、あらゆる物を破壊する力を宿す次女フランが生まれた時はそちらを担ぎ上げようとする動きも見られたが、そんな妹でさえ姉の前では大人しくなるというのだから、今や誰もが史上最強の吸血鬼として疑わない。

 その力があれば、たとえ神々が出張ってきたとしても恐るるに足らず。吸血鬼が世界を牛耳ることも不可能ではない。

 

 はるばる他国から進言しにやってきた同胞を追い返して、スカーレット公は鼻を鳴らす。

 

「アレの恐ろしさを知らぬからそんなことが言えるのだ……全く」

 

 時計を確認して、彼は鈴を鳴らす。薄い羽根を背中から生やした妖精が、外から談話室の扉を開いた。

 長い廊下を歩いていると、途中、少女達が行く手を阻む。

 

「お父様! 聞いて、お姉様ったら酷いのよ!」 

 

 一人は、色とりどりの宝石のようなものを吊り下げた奇妙な翼を持つ少女。

 次女フランドールが涙目になりながら、片手を庇うようにして喚く。

 

「腕相撲してたら、私の手を握り潰したの! すっごく痛かったんだから!」

 

 赤子の手を捻る、どころではない。手首をぐるりと回るような輪状の血の跡があることから、手首から先がまるごと爆散したことが窺える。吸血鬼でなければ再生できずに一生そのままだっただろう。幼少期には少しの歳の差が身体能力に大きな差を齎すとはいえ、頑丈な吸血鬼がここまで一方的に怪我を負う事は珍しい。

 

「悪かったわね、フラン。でも、そこまで体が虚弱だと心配になるわ。家に引きこもってばかりで運動が足りていないんじゃない?」

 

 その横に立つのは、長女レミリア。今まさにスカーレット公の頭を悩ませている原因だった。

 

「レミリア、妹を虐めるなと言っているだろう」

「反省はしているわ、お父様。五歳も離れているのだもの、少し大人気なかったわね」

 

 その物言いに、むっ、とフランは唇を尖らせた。

 

「何よ、お姉さまだってまだ14のお子様じゃない!」

「ふふ、ならケーキと固さが変わらないフランはまだ赤子ね」

「お前という奴は……」

 

 彼女らは厄介事を抱えた手の掛かる娘であったが、スカーレット公にとっては愛すべき娘だ。次女フランドールの出産の後に亡くなった妻の形見でもある。だから、レミリアがたとえどんなに強大な力を持っていたとしても、前線に立たせる気などなかった。

 同胞共の旗印になどされてたまるか。

 

 

 しかし、脅威というものは得てして見えないところからやってくる。満月の夜、それらは宙より降り立った。

 

『敷地内への侵入に成功』

『予定通り2班は外で待機し周囲の警戒、及び脱出を阻止せよ。1班は屋敷内部に突入し目標を殺害せよ』

『了解。2班、待機します』

『了解。1班、突入します』

 

 物騒な言葉を吐きながら軍隊のようにきびきびと動くそれらは、時代にそぐわぬ学生服のようなものを着た少女達であった。それにもまして変なのは、頭部から冗談のような兎耳を生やしていることだ。彼女らは、月の都からの指令を受けてやってきた部隊、玉兎であった。

 波長を操る能力で光学迷彩を纏った彼女達は、紅魔館へと侵入する。玉兎達は広い館を1階から丁寧に索敵していく。メイド服を着た妖精達があちこちを歩いているが、侵入者に気がつくことは無かった。

 

「それでね、お姉様ったらずるいのよ―――」

 

 ついに食堂にて、玉兎達は目標を発見する。

 

『談話中の男と少女2名を確認。内1名は目標と思われる』

『全員射殺せよ』

 

 玉兎達は、ライフルのような物を構える。

 

『了解。総員、斉―――』

「ねえ、貴女達は誰?」

 

 その時、玉兎達は少女一人と目があった。その目は、明らかにこちらを見つめていた。

 

「!?」

 

 こちらが見えている。動揺した玉兎の一人が、僅かな呻き声をあげた。

 

「何者だ!?」

 

 男、スカーレット公が立ち上がり、侵入者の気配に気がついて指輪に魔力を込める。宝石から出た波動は空間中に広がり、玉兎達の姿を暴いた。

 

「撃て!」

 

 銃弾が横雨のように襲う。

 しかし、それが目標に命中することは無かった。スカーレット公が、娘達を庇うように前に出たからだ。

 

「う、ぐ」

「お父様!」

 

 スカーレット公が、胸を抑えて倒れる。

 弾は抜けていない。いや、敢えて抜けないようにできているのだろう。

 

「これは、単なる銀弾ではないな……」

 

 内側から焼けるような痛みが、彼を襲う。

 再生阻害だけではない。陽の力に属する何かが込められている。このままでは、まともに魔力を練ることもできない。明らかに、吸血鬼を殺すための武器だ。

 

「くそっ、外した! 目標はまだ生きている!」

 

 再装填の時間も惜しい。玉兎達は腰に提げたサブアームに持ち替えて、再びレミリア達を狙う。

 

「よくもお父様を……!」

 

 フランは怒りを露わにして、玉兎の()を引き寄せて握り潰す。すると、彼女達の持っていた銃が粉々に砕けた。

 

「幻影よ、フラン!」

 

 魔力の供給が断たれたことで、スカーレット公による看破の魔術は途絶えてしまっていた。引き寄せる目を間違えてしまったのだ。玉兎達の姿が歪んで消える。

 

「逃がすものか……フラン、お父様をお願い!」

「ッ……! いえ、お願い! お姉様!」

 

 自分も、と言いたくなるが、戦いにおいて姉ほど頼りになる者はいない。それに、今は父が心配だった。

 

 

『目標の殺害に失敗! 繰り返す、目標の殺害は失敗!』

『有効武装は全て破壊された! 1班は屋敷から脱出する!』

 

 玉兎達は、侵入経路を辿って屋敷から脱出する。窓を突き破って脱出することもできたが、罠が仕掛けられている可能性もあった。

 

『了解! 2班、撤退支援します!』

『これより作戦は第二案に移行する!』

 

 目標の殺害を確認することが難しく、確実性が低いため次善策として用意されたプラン。その概要は、今しがたスカーレット公を襲った凶弾、陽の力を込めた特製銀弾を詰めたクラスター爆撃である。

 

『1班の退避は完了した!』

『了解! 2班、第二案を実行する!』

 

 中へ突入した玉兎達は、無事に屋敷を脱出した。それを確認した2班は、クラスター爆弾を詰めたドローンを操作する。これで、目標は屋敷丸ごと消えてなくなるだろう。

 

『よし、投下準備―――』

 

 その寸前で、轟音と共に眩い光が一帯を照らした。空間が震え、骨の髄が痺れるような衝撃が走る。咄嗟に翳した手の指の隙間から、天を貫く光芒が見えた。

 

「お前達、これで私達の家に何をするつもりだったの?」

 

 光に呑まれて、ドローンは塵も残さず消滅した。玉兎達の頭上には、翼を生やした幼い少女が滞空している。それが彼女達の暗殺目標、吸血鬼レミリア・スカーレットであることは直感で分かった。

 

「あ、あ……!」

 

 レミリアは、手に持っていた物を玉兎達へ向かって投げ棄てる。足元に転がったそれは、耳を生やした少女の頭部だった。

 ついさっきまで通信していた相手だ。今の一瞬で、1班は全滅していた。

 

『も、目標です! 目標と接敵!』

『爆撃は失敗! 本部、指示を!』

『皆、速やかに離脱しろ!』

 

 パニックになる玉兎達の元に、オペレーターからの帰投命令が届く。玉兎達は我に返り、再び光学迷彩を纏って撤退しようとする。

 

「お前達のかくれんぼにはもう慣れたわ」

 

 破裂音。

 それが聞こえた時には既に、彼女らの内の一匹は肉片一つ残さず血煙と化していた。

 速すぎて、攻撃が見えなかった。

 

「ひっ!」

「いやああああああ!!」

 

 まさに脱兎そのもの。玉兎達は恐慌状態で散り散りになって逃げだす。

 パン、パン、という音が連続する。それが銃弾の音ではないことは明らかだった。蚊を叩き潰すように、一匹、また一匹と同胞が死んでいく。

 玉兎達は確信した。彼女は、自分達の命を弄んでいる。その気になれば、1班のように一瞬で壊滅させられる筈なのだ。

 

 最後の一匹となった玉兎は、気づいた時にはもう、銃剣も捨ててなりふり構わず逃げ出していた。

 

『聞こえるか!? 返事をしろ! 生きている者はいるか!?』

『―――は』

 

 オペレーターからの生存確認の通信が、唯一縋ることのできる仲間だった。

 返事をしようとして、しかし視界が上下にぐるぐると回る。地面と星空が交互に入れ替わる。

 彼女は地面をごろごろと転がっていた。最初は、石にでも躓いたのかと思った。

 

「っ―――」

 

 最期に、彼女は気付いた。自身の首から下が無いことに。

 

 

 

 玉兎を一掃したレミリアは、紅魔館へと戻る。

 そこでは瀕死の父が、フランに介抱されていた。

 

「お姉様!」

「下手人共は始末したわ。容体は?」

 

 半泣きになりながら、フランは首を横に振る。

 月の民が造った兵装で襲われたのだ。最初から吸血鬼を抹殺するつもりだったのだから、銃弾を摘出してどうにかなるような半端なものではあるまい。体の至る所にできた銃創は肉体を灰へと変え、体中を蝕むように広がっている。如何に強靭な生命力を持つ吸血鬼といえど、もはや助からない。

 

「私が……間違っていた」

「!」

「お父様!」

 

 スカーレット公が、震える声で呟いた。目を覚ました父に、フランは嬉しそうに羽根を動かした。

 それが回復ではなく、父の死が近いことを悟ったレミリアは、顔を曇らせた。

 

「争いの種は、向こうからやってくる……私には、お前達を守ることもできなかった」

 

 妻を失い、子をこれから待ち受ける災禍から守ることもできず、スカーレット公は失意を露わにする。

 

「逞しいお前を見ていると……全ては私のエゴであったのかもしれぬな。持って生まれたその力を、封じようとすることが愚かだったのだ」

 

 返り血を浴びたレミリアを見て、彼は諦めたように目を伏せた。

 

「よいか、お前達……これからスカーレット家当主としての遺言を伝える」

「「……!」」

 

 二人の顔が強張る。本当なら、そんな言葉など聞きたくない、と耳を塞ぎたい。

 

「レミリアよ、お前の力は強大に過ぎる……お前にはその自覚がなく、制御することもできない。フランとは違って、正気のままで力の使い方を誤るお前は、大事なものを滅ぼさずにはいられない。そんなお前に当主を任せることはできぬ」

 

 まさに魔王の器。

 生まれながらにして強すぎる力を持つレミリアは、彼我の戦力差を正確に測ることができない。

 自分以外のものが全て同じ強度に見えて、蟻と象の区別がつかない。

 相手の、敵の、世界の脆さを予測できないレミリアは、手加減というものができないのだ。

 

「では、フランが継ぐというの?」

「いや……フランドールにお前以上の当主の器はない。誰かを従えられる気性ではない。まして、お前を差し置いて当主の座に据えたところで、スカーレット家に繁栄はないだろう」

 

 産まれてすぐの頃は垣間見られた狂気は、レミリアと過ごす内に鳴りを潜めつつある。劇薬ではあるが、自らの力を以てしても壊せない存在、そして自分以上に制御不能の怪物が傍にいることは大きかった。破壊への恐怖と躊躇、そして自らを客観視する精神性を育んだ。

 故にフランは、スカーレット家を維持するという当主として最低限の仕事はこなせる。

 ただ、それ故に上に立つ器ではない。誰かに恐れを為すような者に、スカーレット家当主の座は務まらない。頂点を戴く王の器ではないのだ。

 

 では、一体誰が当主となるというのか。

 

「御してみせよ、その力。愛する者を害さぬために、より多くの他者を殺せ。守るべき物を傷つけぬために、より多くの物を壊せ。そうして、己の強さと他者の弱さを知るのだ」

 

 彼は最後の力を振り絞り、震える手で懐から鍵を取り出した。

 

「禁書庫に、世界を渡る秘術を記した書物がある。万を超える文明を征服してみせよ。それが、お前が当主を継ぐ条件だ。レミリアが試練を乗り越えるまでは、フランドール、お前に家を任せる」

 

 そう言い残して、彼は息を引き取る。かくしてスカーレット家当主は、月の尖兵による凶弾に斃れた。

 

「お姉さま……? どこへ行くの?」

 

 その瞳に涙を残しながら父の亡骸を抱いていたフランは、無言で館を去ろうとする姉を呼び止める。

 

「ケジメを付けに行くのよ」

「復讐? ……だったら私も」

 

 フランの目に、殺意が宿る。忘れかけていた狂気を、目の奥から覗かせた。

 

「駄目よ。忘れたの? 貴女は私が帰ってくるまで、当主代理としてここに残るの」

 

 それに、とレミリアは続ける。

 

「狙いは明らかに私だった。全ては私が招いた災いよ、償いくらいさせなさい。私が力を完全に制御できていれば、お父様が死ぬことは無かった」

 

 レミリアには、運命を司る力がある。だが今の彼女では、自分に直接関わる運命以外には細かく関与できない。できていれば、死の運命は避けられた。故にこれは償いなのだ。

 それに、スカーレット家の名誉と威厳を守るため、やられたままで黙っているわけにもいかない。レミリアは月の民へ報復しようと動き始めた。

 

 一方で、レミリア・スカーレット暗殺に失敗した月の民達は、予想以上の力を持つと判明した彼女に対する次の一手を考えていた。玉兎兵では力不足。だが、まさか穢れを嫌う月人達が、地上に降り立って直接叩くわけにもいかない。かといって、彼らのホームグラウンドである月の都に誘い込むのは危険すぎる。

 やがて彼らは閃く。自らの手を汚さずにレミリア・スカーレットを始末する方法を。

 これが地獄の幕開けであった。

 




スカーレット公
種族:吸血鬼
能力:不明
危険度:高
人間友好度:極低
主な活動場所:紅魔館・スカーレット領
 拙作のオリキャラ。本話で死亡。レミリア達の父にして、先代のスカーレット家当主。彼の死が、後に『100年の冬』と呼ばれる事態を引き起こすきっかけとなった。
 吸血鬼は力を重視する種族であり、それはたとえ親子といえど例外ではない。通常は長く生きた吸血鬼ほど強いため親子で力関係が逆転することは稀だが、レミリアとフランは特別だった。
 遠くない未来に当主を譲ることになり、父はレミリアに仕えることになっただろう。そのため、父親のまま死んだことは娘達にとって幸せだったのかもしれない。
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