二人目の男子はIS学園No.1(最強とは言ってない)   作:塩ようかん

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 今回は、いつもより気持ち多めに慎吾を活躍させてみました。しかし、どうにも以前のような更新が出来ず悩んでいます……。


140話 『私』のヒーロー

「簪、一体君に何があったのか私に話してはくれないか?」

 

「…………」

 

 彼女を見つけた瞬間、すぐ様走り出した事ですぐに追い付き、足を止めさせる事に成功した慎吾は、簪に自身のハンカチを渡すのと同時に人目に付きにくい廊下の端に簪を誘導すると、出来るだけ落ち着いた口調で簪にそう問いかける。が、しばしの時間が過ぎたことで簪の涙が流れるのは止まったものの、ハンカチで顔を押さえる隙間から見える目には堪えようとも堪えきれない涙が滲んでおり、言葉にせずとも未だに答えられる状態では無い事が慎吾には痛いほど理解できた

 

「……少しだけ先程の言葉を訂正しよう。『話せ』と、私は言ったが、何も無理はしなくていい。もう少しだけ落ち着いて……それでも君が話したいと思ったのならば、話してくれればいいさ」

 

 そんな簪を自身に出来るレベルで慰め、落ち着かせんと慎吾は簪の肩に手を伸ばし、そっとその肩を支えた

 

「ここならば人目につく事はまず無いだろう。だからな簪、辛いなら好きなだけ泣いても構わない。心が傷付いている時は素直に泣いた方が落ち着くものだぞ?」

 

「うっ……うあああああ……うあああああん……」

 

 慎吾の口から続けざまに放たれる心底自身を思いやった優しい言葉、それに加えて肩から服越しに伝わる慎吾の体温が簪に追い討ちを決め、簪は心の思うまま支えてくれる慎吾の腕に体重を預け、心の底に蓄積された感情の全てを吐き出すように再び泣き始めた

 

「…………」

 

 そんな簪に慎吾は何も言うことは無く、ただ黙って片腕でしっかりと簪を支え、もう一方の片手で簪の髪が乱れてしまわないように緩やかに、簪が泣き止むまでその頭を撫で続けるのであった

 

 

「ほら、紅茶だ。ミルクと砂糖入りの物で良かったかな?」

 

「は、はい、ありがとうございます……」

 

 数分後、十分に泣いた簪が落ち着きを取り戻した事を確認した慎吾は、簪を連れて自動販売機近くに設置された簡易的な机と椅子がある休憩スペースへと移動しており、慎吾が率先して二人分のペットボトル入りの飲み物を購入して先に自身が椅子へと座らせていた簪へと手渡した

 

 ちなみにそんな二人の表情はと言うと、慎吾は簪の涙を止めることが出来たことで安心して、にこやかな笑顔を浮かべており、それとは対照的に簪てして全く意図的では無いのだが慎吾に心の底へと隠していた弱さを見せ、その優しさに甘えてしまった簪は恥ずかしいのか視線をあまり慎吾に合わせる事が出来ず、座り込んだまま頬を朱に染めていた

 

「それでだ簪、落ち着いた所で無理にとは言わないが私に事情を語ってはくれないか? しつこいようだが、少なくともそれが分からなければ私としても有効な手立てが思い浮かばないからな」

 

「あっ……はいっ! わかりました、話します……」

 

 ごく自然に簪の対面側の席へと慎吾が腰掛け、そう話を動かすと簪は少し迷いながらも慎吾へと涙を流していた理由を、すなわち打鉄弐式に使われた実稼働データサンプルが楯無の物だったと言う事実。誰に悪意があった訳でも無いのにプライドが傷つけられるのと同時に自身が感じた姉への劣等感、惨めさ、そして完成された恐怖の想いを簪自身が驚く程素直に慎吾へと語り始めた

 

「……なるほど、それはどうしようも無い程に悲しくて、苦しくて、辛かっただろう。しかし、よくその辛さを乗り越えて私に、話す気になってくれたな。ありがとう、簪」

 

 その全てを一字一句逃さず聞き終えた慎吾は半分程に減った紅茶が入ったペットボトルを両手で握り締めながら悲しげに楯無に微笑んだ

 

「わたっ……しは……あの人に勝てっこないし……敵わないんです……っ」

 

 慎吾に向かって簪は、自身が背負っていた想いを深さゆえに時おり言葉を詰まらせながらも、吐露せんとするように言葉を続ける。既に十分程前に存分に泣いたせいか涙自体は流れなかったものの、その姿からは簪が内に抱えている悲鳴だけは誤魔化しようが無かった

 

「だから、私、助けてくれるヒーローがいてくれたら……って、強く逞しくて、優しくて真っ直ぐで……決して折れたり曲がったりしない、完全無欠のヒーローが……」

 

「………………」

 

 そんな簪の言葉を慎吾は肯定も否定もする事はせず、沈黙したまま、ただ真っ直ぐに簪を見つめながらその話に耳をすませ続けており、簪が言葉を続ける最中、ふとしたことで刹那、意図せずして簪と慎吾の視線が交錯し、簪は寂しげに微笑んだ

 

「私は……きっと、そんな完璧なヒーローのイメージに……織斑くんや慎吾さんを重ねていたんです……。だから、こうして想ってる事を話せたのかも……」

 

「……すまない簪、私を慕ってくれる気持ちは嬉しいが……念のために、一つだけ言わせて貰っても良いか?」

 

 まさにその時だった

 

 突如、慎吾は簪の話を遮るように口を開き、確信じみた様子で簪に了承を求めながらも真剣な表情で更に言葉を続ける

 

「期待に答えられなくてすまないが簪……」

 

 

「私は自分自身を振り返ってみても、私が君が言うヒーローの様にもてはやされる人間だとは思えないんだ」

 

「えっ…………?」

 

 その簪にとっては全く意を付かれた慎吾の発言に、あまりにも自然に簪は声を漏らしていた

 

「私はな簪、強く優しかった父や母、幼い頃から私を救ってくれた人達のように誰かを守れるような人間になりたい。そう思って、昔から自分に出来る努力をしていただけなんだ。そしてだ……」

 

 と、そこまで語っていた所で若干ながらも強ばっていた慎吾の表情は自然な動きで緩み、柔和な物へと変化して慎吾は微笑みを浮かべていた

 

「端から見れば妙だと思うかも知れないが、今の私は義理とは言え三人の妹達の兄になっている。家族を失った私を兄と慕ってくれている彼女達を私は心底愛しく思っているし、守りたい、いや兄として護るべきだとも思っている。……そう。つまり、私はその二つを厳守しているだけの普通の人間。ヒーローのような素晴らしく尊敬に値するような事はしていないさ」

 

「…………」

 

 事も無げに慎吾の言葉に、呆気に取られたのか簪は沈黙したまま、何も言うことが出来ず目を見開いたまま沈黙していた

 

「それにな簪、私はそもそも完璧なヒーローたる者がいるとしたら……それは即ち、人間ではないと思うのだ。人間であるからこそ失敗するし、負けもする。時には酷く惨めな思いを味わうかもしれない……。かく言う私だって不甲斐ない話だが今まで幾度と無く負けたことか……」

 

 薄く目を瞑り、そう自嘲するように言うと慎吾は再び簪にしっかりと視線を向ける

 

「だが、それは忌むべき事ではない。だからこそ良いんだ。我々が不完全と言うことは、人間は挑み続ける限り、まだまだ成長出来る証明だと言うことに確信を持てているんだよ。だからな簪……」

 

 

 

「君も、ほんの少しでもいい。一人の人間として今のありのままの自分を受け入れて見るんだ。きっと、それが出来た時には今、君を苦しめる苦しみはずっと軽くなるだろう。私がそれを保証しよう」

 

「自分を受け入れる……」

 

 優しく微笑みかける慎吾に、簪は反復するようにその言葉を口にし、そっと紅茶が入ったペットボトルを持つ自身の手を握りしめる

 

 紅茶は、時間の経過により、ほんの僅かなものになってしまいながらも確かに温もりが残っていた


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