二人目の男子はIS学園No.1(最強とは言ってない) 作:塩ようかん
「それじゃあ、今日はさようなら。ここで私ばかりがあなたを独占してちゃあ卑怯ですもの、また会いましょう慎吾くん?」
最後にもう一度だけウィンクを送るとナターシャは満ち足りた様子の晴れやかな表情で、慎吾に背を向けて立ち去り『ご奉仕喫茶』を後にした
「い、いってらっしゃいませ……お嬢様」
そんなナターシャを少し話すペースがたどたどしくはあるがしっかり見送りながら慎吾はそう一礼し
「ふぅ……何なんだこの疲労感は……」
明らかに疲れきった様子で顔を上げると、小さくため息を吐きだす。実の所、慎吾のナターシャの接客に使用した時間自体は、他の一般客と何ら変わらない平均的な長さ。むしろ、少し短いくらいではあるのだが、その僅かな時間にナターシャが自身の持つ大人の色気を武器にけしかけてきた積極的なアプローチの数々は並大抵の物では無く。それを証明するように、今の慎吾の額には汗すら滲んでいた
「だが……今は疲労に負けている訳には行かない。まだまだ行くしかないな……」
しかし、それでも決して諦めたりも弱音を吐こうとしもせず、慎吾は顔を引き締めると胸元で小さく拳を作ると、決意の証明のように力強く握りしめた。
流石に一夏には負けるもの、事前に一組生徒の間で考えられていた予想を越えるような人数の客を、開店から、ほぼぶっ通しで働いてる慎吾を何が突き動かしているのかと聞かれればそれは単純明解。
「皆が私を信じてくれてるんだからな……」
そう、いつも慎吾が口癖のように言っている言葉である『責任』ただ、それだけだった
この仕事が全く嫌でも無いし恥ずかしくも無いと聞かれれば流石に慎吾も迷わず首を縦に降るような事は出来かねるが、それでも最初に皆が自分なら出来ると信じてこの仕事を任したなら何としても全うしたい。そんな生真面目過ぎるような真っ直ぐな想いが疲労を振り切って慎吾の体を突き動かしているのであった
が、しかし
「あら、慎吾くん。少しお疲れ気味じゃあない?」
「楯無会長……!?」
そんな慎吾の変化は突如、現れた楯無の一言であっさりと見破られしまい、精神的疲労の影響からか楯無の接近に気付く事が出来なかった慎吾は思わず驚愕の声を上げて楯無の声が聞こえた方向へと視線を向け
「……なんでしょうか、そのお姿は」
予想だにしなかったその姿に思わず絶句し、それから一瞬後になって冷静さを取り戻すと思わず苦笑した
「なんでしょう……って、メイド服よ。どう? 似合ってる?」
慎吾の問い掛けに楯無は軽く笑って答えると、その場で軽やかなステップを取ると、モデルのようにポーズまで付けて慎吾にそう訊ねた
「そうですね……掛け値なしで私、個人の意見を言えば、楯無会長に大変似合って、すごく可愛らしいと思いますよ?」
訪ねられた慎吾とはと言うと、先程ナターシャに見せたような態度とは打って変わり、特に動じた様子も無く、むしろ微笑ましい物を見るような落ち着いた様子でそう答える。その姿は楯無と出会った当初の慎吾から比べれば正に雲泥の差であった
と、言うのも、その先が殆ど読めないような楯無の行動に暫くの間、戸惑っていた慎吾ではあったのだが、この連日の放課後の訓練で同じ時間を過ごす事も多くなり、その甲斐もあって『大まかには』楯無と言う人間を理解する事を可能とした慎吾は現在、こうして楯無が突拍子も無い行動をしてもある程度は落ち着いて返す事が出来るようになっていたのだ
「(まぁ……その分、楯無会長には私の人間性のほぼ全てを理解されているような気がしてならないのだがな……)」
「む……やっぱり慎吾くんの反応から新鮮味が薄れてる……これは『成長したね』と喜ぶべきか……『私に飽きたの?』と、悲しむべきなのか……悩むわね」
内心で苦笑しながら、そんな事をこっそりと呟いた慎吾の心を知ってか知らずか楯無は慎吾をじっくりと見ながら少しわざとらしく顔をしかめ、そんな事を口にする
「はは、楯無会長。あまり後輩をからかわないでくださいよ……」
それに対して慎吾は再び苦笑すると、そう言って軽く笑い飛ばしてみせる。気付けば結果的かも知れないが慎吾は楯無のお陰で浮き気味だった調子を、すっかりいつも通りの物に取り戻していた
「うーん……そうねぇ……あまり、からかってばかりも何だし……」
慎吾の言葉を聞くと楯無は何故かそこで僅かに考え込むような仕種をし
「よし決めた。じゃあ先輩として私から、そんな後輩に少し早めにプレゼントをあげようかしら? 少しやってもらう事もあるけどね」
次の瞬間、ニヤっとした笑顔を作ると慎吾にそう得意気に言って見せた
「はい……?」
そんな楯無に今度こそ呆気に取られた慎吾は、呆けてそんな声を上げたのであった
◇
「まさか、やってもらいたい事が黛先輩の写真部の取材に答える事とは……」
慎吾が楯無からの『やってもらいたい事』を引き受けた十分後、そこにはご奉仕喫茶を離れ、早足で廊下を歩いて正面ゲートへと向かう慎吾の姿があった。ちなみにその姿は以前、白い執事服のままではあるが上着を脱ぎ少しだけ動きやすい姿になっていた
「しかし、確かに思いがけない形での、この休憩は嬉しいが……取材に予想の他に手間取ってしまったな。……まぁ私のせいなのだから文句は言えないが」
廊下を歩く、多くの生徒や来客の方々に決して当たらないように注意して歩きながら、そう言って自嘲するように笑う慎吾
と、言うのも実の所、以前のクラス代表決定記念インタビューで失敗した事もあり薫子は悪くない事は分かっていながらも、何となく苦手意識を抱いてしまっておりそれが元によって今回のインタビューも必要以上に緊張してしまい、慎吾の薦めで先に休憩を取っていた一夏が戻ってくるまでに時間を食ってしまっていた
「何とか、克服しなくてはな……と……」
インタビューで珍しく緊張している慎吾を見て『これはこれで貴重かもね』と言いながらしっかりと写真を撮っていた薫子の事を思いだし、恥ずかしさで苦笑しながら正面ゲート付近を歩いていた慎吾は、そこで先に到着し『事前に連絡した通り』に慎吾を待っていてくれた人物を見つけ、すぐに襟元を正すと近付いて軽く一礼した
「お久しぶりです……改めてIS学園にようこそ」
「慎吾くん、随分と風変わりな姿をしているが……それが君のクラスの出し物の衣装かい?」
一礼をした慎吾、その衣装に少しだけ興味を持った様子で呟くのは、以前の休日の際に墓地で出会った時に着ていた物とは異なる明るめのスーツに身を包んだケン。そして
「慎吾さんお久しぶりです! 今日は学園に招待してくれてありがとうございます!」
続いて、そう元気良く慎吾に挨拶をする、ケンと血が繋がった実の息子であり小学生なのにも関わらず慎吾とそれほど変わらない程の長身と、まだ幼さが残る優しそうな顔を持つ少年、光太郎
こうたろう
親戚がいない慎吾に変わる形で、ケンと光太郎。この二人が本日、慎吾からの招待と言う形で学園を訪れているのであった