ようこそ!コネ入学者の教室へ! 作:四天王最弱
それから俺は綾小路くんと二人、まるで五流の漫才コンビのように、微妙な、しかし不思議と心地よい謎の会話を楽しんでいると、バスが次の停留所に止まり、扉が開いた。
意外と、綾小路くんこ隣って心地いいかも。変な感じではあるけど、嫌いじゃないな⋯⋯こういうの。
言葉は少ないけど、その分、空気を読んでくれるというか、妙に安心感があるんだよなぁ。もしかして、これが“心の友”ってやつか?いや、まだ出会って数分だけど!
すると、次から次へと人が乗り込んできて、あっという間に車内が満員になってしまった。
「うわ、通勤ラッシュって本当に凄い人だね⋯⋯」
俺がそう呟くと、綾小路くんも
俺の隣に座っている綾小路くんは、相変わらず無表情で動かない。すげぇなぁ、まるで東大寺の大仏みたいだ。いやはや、これはもはや美術品だ。動かないのに、なんだか目が離せない魅力があるね。
そんなことを考えていると、最後にヨロヨロとした足取りの、すごく小柄なおばあさんが乗り込んできた。
うわぁ、車内はもう満員だ。これはまずい。おばあさん、立つのは辛いだろうなぁ。俺がどうにか席を譲ってあげたいけど、この人混みだと譲るまで時間がかかりそうだな。
この状況だと、おばあさんを席まで案内するのも一苦労だ。まるで、RPGで敵に囲まれたみたいに、俺の行く手を阻んでくる人々の壁⋯⋯なんか、鳥肌立ってきた。
「おっと、ここは通さねぇぞ!」って声が聞こえてきそうだよ!いや、聞こえないけどね!
それにこんな場所で立ってたら転びそうだよ。満員のバス内でたってる人達って、すごいんだなぁ。コレが通勤ラッシュってやつかぁ。
なんて、しょーもないことを考えてる場合じゃない!でもでも!まだ降りないし、一体どうしたらいいんだろう、俺!
そう思ってオロオロしていると、バスの前方で、なにやら言い争いが始まった。
「そこのあなた!おばあさんが困っているのが見えないんですか!」
え?なになに、誰?
OL風のスーツを着た女性が、優先席に座っている人に声を荒げている。
確かに、おばあさんは優先席のすぐ横に立っている。でも、そこに座ってる人って、もしかして⋯⋯。
「なぜこの私が、老婆に席を譲らなければならないんだい?どこにも理由はないが」
あ、やっべ!この声、知ってる!
この、世界は俺を中心に回っていると信じて疑わない、唯一無二の、ナルシストで唯我独尊な話し方!間違いない!
「君が座っている席は優先席よ!若者がお年寄りに譲るのは当然でしょう!」
「理解できないねぇ。優先席は優先席であって、法的な義務はどこにも存在しない。この場を動くかどうか、それは今現在この席を有している私が判断することなのだよ。若者だから席を譲る?ハハハ、実にナンセンスな考え方だ⋯⋯」
その声の主は、間違いなく高円寺六助だった。
記憶の限りでは俺の小学校時代からの⋯⋯いや、まあ、もしかしたらもっと前からかもしれないけど、とにかく昔からの知り合いだ。家も会社も知ってる、同じ御曹司ってやつ。
彼は俺の兄貴や弟の才能は認めているけど、凡人の俺は「面白き存在」くらいの認識でしかないんだ。ああ、もう最悪だ!一体なんでこんなところで高円寺に会っちゃうんだよ!
なんで俺の高校生活の始まりに、こんな厄介な奴が立ちはだかるんだよ!聞いてねぇよ!助けて兄貴!もう俺のライフは0だ!
しかし、このまま高円寺がブチかますと、間違いなくおばあさんを泣かせかねない。周りの人も見てるし、俺は友達として、アイツが最低なことをする前に、責任を持ってなんとかしなきゃいけない!
凡人の俺には荷が重すぎるぜ!!!
その時、また可愛らしい声が聞こえてきた。
「あの⋯⋯私も、お姉さんの言う通りだと思います!」
声の主は、ショートボブで、とても可愛らしい女の子だった。うちの学校の制服を着ているから、同級生だ。彼女は勇気を振り絞って、高円寺に話しかけている。
「あのね!おばあさん、さっきからずっと辛そうにしてるみたいなの。だから、席を譲ってあげてもらえないかな?それに、社会貢献にもなると思うの!」
うわぁ、この子、なんて優しい子なんだろう!俺、もうこの時点でこの子のこと好きだ!…って、いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない!
高円寺は「社会貢献」とかいう単語を鼻で笑い、彼女の純粋な気持ちを、論理でぐちゃぐちゃに論破しようとするだろう。
「社会貢献とは、個人の自由な意思決定に基づくものであり…」とか、長々と語り始めるに違いない!彼の理屈は、聞いているだけで頭痛がしてくるほど複雑怪奇!
そうなったら、せっかく勇気を出してくれた彼女まで傷ついてしまう!そんなのは絶対ダメだ!
俺は考えるよりも先に体が動いていた。
「おばあさん!よかったら俺の席にどうぞ!」
俺は立ち上がると、満員でひしめく乗客をかき分け、一生懸命おばあさんの元へ向かった。
「すいません、ちょっと通してくださーい!」
「おい、足踏んでるぞ!」
「ごめんなさい!ちょっと急いでるんです!」
なんて怒られながらも、どうにかおばあさんの元にたどり着いた。まるで嵐の中を航海する船長のように、俺は必死だった。そして、おばあさんに向き直ってウィンクし、にこりと微笑んだ。
「よかったら、俺の席に座ってください!座り心地、最高ですよ!」
おばあさんはびっくりした顔をしていたけど、俺は最高の笑顔で言った。
俺の行動に対して、綾小路くんがどんな顔をしているか、まったく見てる余裕はなかった。俺はただ、目の前のおばあさんと、勇気を出してくれた女の子の笑顔が見たかったんだ。
俺は満員のバスの中で、なんとかおばあさんを自分の席に案内した。これで一件落着…だよね?高円寺はまだ何か言いたそうだけど、俺のこの行動で、さすがに何も言えなくなるはず!
俺はバスの真ん中で立って、ドヤ顔をしてみた。ふふん、俺もやるときはやるんだぜ!っと、心の中でガッツポーズをキメていたら、満員電車の揺れに耐えきれず、危うく転びそうになった。
「う、うわあっ!」
俺はまるで酔っ払いのサラリーマンみたいに、左右に大きく揺れた。
「ああ、ほらあなた!ちゃんと吊り革に掴まって!危ないわよ!」
「は、はいっ!」
何とか近くに立っていた女性のおかげで、俺は走行中の満員バスの中で立つ方法を習得した!吊り革ってすごい!これがあれば、何時間でもどんな満員バスだって、どんな揺れだって、俺はもう大丈夫だ!
「うわぁ、おっとっと⋯⋯」
ごめん、前言撤回する⋯⋯あのさ!さすがにこれは盛りすぎたわ。てか、普通にふらつくし、足腰鍛えとかないと危ないよ!これ!
それから俺は、バスの真ん中に立っている。少し綾小路くんの様子が気になったので振り返ると、彼は何故かおばあさんに話しかけられており、手渡された煎餅を見つめながら困り顔だった。
綾小路くんってあんな顔もできるんだ?!いや、さすがにこんなこと思うのは失礼すぎるかな?
席を譲ったことで隣になったおばあさんに戸惑いながらも、綾小路くんは俺の時よりも多くの言葉を発している。なんだか、おばあさんに先を越されたようで少し悔しい。
本当なら俺が綾小路くんと沢山お喋りする予定だったのに!!!
バスの揺れに耐えながら、俺は心の中で不貞腐れていた。しかし、おばあさんを助けられたという事実に胸があたたかくなっており、自分の欲と善行による高揚感の間で板挟みになっていた。
はぁ、こんなことで悩むなんて本当に俺は馬鹿だなぁ。
そんなことを考えながら前を向くと、相も変わらず優先席にどっかりと腰を下ろしている高円寺が眉を顰めながら俺を見つめてきた。
あー、なにか嫌な予感がする⋯⋯気のせいだよね?ねぇ、そうだと言ってよ!
「あーはっはっはっ!君は本当に愉快な男だね。実に滑稽だよ、小根斗」
はい、確定入りました!お疲れ様です!ありがとうございました!一昨日来やがれ高円寺!
こうして、揺れる車内に耐え続ける小根斗に新たな不満の種が芽吹いたのだった。