同人誌「そらのひと」収録。
あれから、たくさんの出会いがあって、たくさんの別れがあった。
魔法と、人と、流れてゆく時間と。
あるいは、友達との、ひとときの別れが――
『Sir.』
その声に、フェイトは思わず踏み入れかけた足を止めた。
そこはミッドチルダにある、フェイトの保護観察者になってくれたリンディ提督の部屋の前。今日は誰もいないのだけれどと、預けてくれた部屋の鍵でドアを開け入ろうとしたところだった。タイミングを見計らったかのように、フェイトのポケットから、留めるような声がしたのだ。
「どうしたの、バルディッシュ」
言いつつ、外に出て周囲を見渡す。
目に映るものは、ようやく見慣れ、歩き慣れた道と景色とがあるばかり。周囲に出歩く人の気配もなければ、平和を乱すものはひとつたりとも見えない。ここにあるのは、今まさに家路に着いた少女自身と、その忠実なるデバイスだけだ。
『忘れ物です、Sir.』
「え……?」
その指摘にフェイトが鞄の中をあらためようとしたところで、そうではないと再びデバイスの声。
『提督がいる時は、いつも貴女は言葉にしています』
「……あっ」
その意図をちょっと考えて。ようやく、彼が促しているものを知る。
少しだけ、心に引っかかっていたこと。まだ手の中にある鍵。優しさを感じる場所、けれど今は誰もいない場所への鍵だ。誰もいない静寂は、それは一時的なものだと知っている。
始めて、この家に自分を招き入れてくれた日のことを、ふと思い出す。ここにいる〝家族〟のこと。他人だけれども、暖かく迎えてくれたこと。
フェイトは、それに心から感謝していた。それと同時に、申し訳なさ、とでも言うのだろうか。居心地の悪さとも違う、一歩身を引く思いを抱いていた。
『Sir.』
「……あ、うん」
フェイトが言おうとしてやめた、ただひとつの言葉を。そこに覗いたフェイトの躊躇を、忠実なるデバイスは見つけた。
だから。例え、伝えるべき人がいなくとも。今、ここにはバルディッシュがいる。口にしかけた言葉は、決して無意味ではない。
「…………」
愛しきデバイスの促しに、気持ちを持ち直して。それでも、まだ慣れないから、一呼吸だけ置いて。
もう一度、その扉を開ける。
扉の向こうにあるのは、薄暗い部屋。ここには、今は誰もいない。けれど、フェイトにここに居てもいいのだと教えてくれた翠の瞳の人が、今日もきっと帰ってくるから。
ここは、自分と言う存在の、今の居場所だから。
「……ただいま。バルディッシュ」
応えるように、ちかりと光った相棒に。その反応と、部屋へと掛けた言葉の意味に。
気恥ずかしげに、少女――フェイト・テスタロッサは微笑んだ。
鏡の向こうで、水分を含んだタオルから顔を覗かせる自分が見える。
指で、自分の顔の形を確かめるように肌をなぞれば、向こうでも同じように。
意識しなければ、無表情になる。
だから、人差し指で唇の端をちょっと引き上げてみる。形の上では、笑顔、のようなものが鏡に映る。
ふと、フェイトは彼女の、ビデオメール越しの笑顔を不意に思い出す。春に咲き誇る花のような、こちらの心まで温めてくれるような、笑顔を。
「………」
鏡の中には、彼女のような笑顔とはちょっと言い難い、指で唇を引き上げて、まるで睨めっこでもしているかのような自分がいて。
――こんな顔じゃ、きっと笑われちゃうな。
思うと、心がふわりと軽くなる。鏡の中には、どこか情けなく、眉を下げて笑う自分がいた。
PT事件から数ヶ月。
フェイトを待っていた裁判は、その言葉にある物々しさとは裏腹に順調に進んでいた。
それは、たくさんの人の助けがあってのことだ。それを、フェイトは感謝してもしきれない。
自分を助けてくれた人。今も、支えてくれる人。
そして、今は遠くの地にいる、フェイトと肩を並べてくれた……はじめての、友達。
多くの人のお陰で順調に、少しづつ、確実に。フェイトを縛るものは外的にも内的にも少しずつ減ってゆき、今ではもうほとんど無いに等しかった。
ほぅ、と息をつく。
それでも。ほんの少し、気が急いでいるところはあるのかも知れない。少女は、自分を見つめ直して思う。
どうしてだろう。何が、自分を急かしているのだろう。
もう、差し迫った事態はフェイトの周りには見えず、今はするべきことと言えば、裁判への受け答えと、ようやく許されたデバイス有りの訓練くらいだ。
今日もそれを終えて、フェイトはこうしてハラオウン家で留守番をしている。
今日は執務官をしているハラオウン家長男も忙しく、できる限り一緒に居ると笑ってくれた保護観察者も、提督という身分にあるために、さすがに毎日一緒に帰宅、という事は叶わない。
また、裁判では〝共犯〟とされる者は別の部屋、別のタイミングで問われる事もある。共犯者がフェイトの使い魔という立場であっても、である。今日はその日にあたり、先にリンディ宅に戻るということになった。
離れる時もある。それはフェイトにも分かっている。それに何よりフェイトが気にかける以上に、アルフの方が酷くフェイトを気にかけてくれている事も。だから、彼女に心配をかけないよう、こうしてここにいる。
それらは、止むを得ないことだと知っている。必要なことだとも分かっている。だからこそ。
――もっと一緒に色々なこと、お話もしたいのだけれど……。
リンディが抱いてくれているその希望自体が、フェイトには申し訳なささえ覚えさせるのだった。そういう時、決まって「平気です」と言うのが、フェイトの癖になっていた。
平気という言葉は、魔力のいらない魔法で呪文だった。ただ、その言葉はかつてよりも、胸の内の暖かさをともなって紡ぐことが出来ていた。それは、新たに覚えた嬉しさと言えるだろう。
――ごめんなさいね、フェイトさん。今日も少し家に戻るのは遅くなりそうなの
いえ、と自分には相応しくないとさえ思うこともある謝罪を、大丈夫だという意味をこめて口にして、心配しないようにと笑う。
忙しい中で、それでも向けてくれる視線が、思いが、フェイトにはただ嬉しかった。
――そうだ、フェイトさん
フェイトが返事をして顔を上げると、我が事のように嬉しそうなリンディの顔。
――今日はフェイトさんにお届けものがあったから、確認お願いね?
一瞬考えた後に、〝自分宛〟が意味することに思い至り。フェイトは頷いた。たぶん、あの時感じた熱を考えるに、自分の頬が赤くなっていただろう。
リビングに戻り、テーブルに置いていた郵便物をひとつひとつ検めてゆく。手紙、書類。そして――フェイトに宛てられた、ビデオレター。
「……なのは」
思わず、その名前を呟いた。胸の辺りが、あたたかくなったような、そんな気がした。
裁判中の身ゆえ、どうしても遠回りとなってしまう伝達。魔法に頼らない、技術によって作られた手段。それが、このビデオレターの送り主である彼女――高町なのはの今いる場所が、本来なら魔法とは関わりのない管理外世界である事を、フェイトに強く感じさせる。
透明な容器に納められたディスクには、フェイトの魔力光に似た黄色で宛名が書いてある。そして、差出人の名前もそれぞれのイメージカラーで。もちろん、なのははピンク色というところが、何か自分の知ってる数少ない彼女を見つけられたようで、少しだけフェイトには嬉しい。
かすかに頬を緩ませたところで、ふと。取り出した郵便物を持つ方の手元に、違和感を感じた。
ビデオレターはいつも一通に一枚のはず。しかしそれを取り出してなお袋にまだ重さがある。
(あれ?)
覗き込んでみると、四角い何か。引き出してみれば、もう一枚、ビデオレターと同じ形式の入れ物が入っていた。今日は二枚なのかな、と引っくり返す。しかし、こちらには宛先も差出人も、何も書かれていない。
一枚目の、宛先と差出人が書いてあるディスクを手に取る。データを読み込んで、再生すると。
――こんにちは、フェイトちゃん。こんばんはかな? おはようだったら、ごめんね。
そんな、なのはの挨拶から始まって。この映像は幼馴染のアリサとすずかと三人。どうやら高町家のなのはの部屋で撮影されたものらしい。
時間は夕方ごろ。急に三人で集まれたからと、そんななのはの状況説明と、いつもより少し不機嫌そうなアリサと、ちょっと困ったようなすずかの画面からはじまる。
後は、いつも通り。きっと、普段と同じであろうやり取りの中で、色々な話が出て来て。それに耳を傾けて、画面を見ていると、時間はあっという間に過ぎてしまう。
――じゃあ、またね。フェイトちゃん。
そうして。手を振る三人の姿を最後に、そのメッセージは終わった。いつもと変わったところは、無いように思える。知らない日常を話してくれる姿も、こちらを慮ってくれるその言葉も。
けれど。
「…………」
何も書いていない二枚目を、手に取る。
どうしよう。そう思った。
見てもいいのかなという、迷いが生まれて来ている。いつもと違う二枚目。真っ白な、二枚目。
しかし結局、興味には勝てなかった。
もしかするとあえて二枚、という可能性もあったから。
何も入っていないなら間違いで。
けれどもし、ここにまだメッセージがあったなら。
「――うん」
真っ白なディスクをセットする。そしてフェイトは再生キーを、押した。
――フェイトちゃん。こんにちは。なのはだよ。
そこには、一人で画面の向こうからこちらを見る、なのはの姿があった。録画の映像でも、まっすぐ見つめてくる瞳に出会うと、まるで目の前で話しているような、そんな錯覚さえ呼び起こした。
――こっちは朝も夜も暑くて。今日も、学校ではアリサちゃんががおーって感じでね。すずかちゃんはいつも通りなんだけど、教室全体が暑さに参ってる感じがしたよ。
そっちも暑いのかな?、と画面の中で彼女が首を傾げる。
こちらも、昼はそれなりに日差しが強かった。好んで黒を着るフェイトに、暑くないのかと声が掛けられるほどに。
よくよく見ると、今日送られてきた映像は道場の縁側からのものであるらしく、その首筋には薄く汗が浮いている。
しかし、一人での映像は、珍しい。いつもは誰かを誘って、一枚目のディスクのように、まるでフェイトも会話の輪の中に入れるような、そんな映像の方が多かったから。
そんな、フェイトの疑問を感じ取ったかのように。画面の中でなのはがちょっと気まずげな風に笑って、言う。
――うん。今日は私だけなんだ。レイジングハートも居るんだけどね。今日は家に誰もいないから、早めに戻って違う場所で撮ってみようかなって。
にゃはは、と頬を掻くなのは。
「……」
これは、どちらが先に撮られたものなのだろう。
先ほどのビデオレターには、アリサ・バニングスや月村すずかも映っていたというのに、こちらは彼女一人。後はこれを撮った彼女のデバイスがいるはずだった。
それなら。どうして、一人になる必要が……?
――あの、ね?
……何、を言われるんだろう。
彼女の目の前という訳でもないのに、リアルタイムの映像でもないというのに、より背筋が伸びて緊張が走る。
画面の中のなのはも迷ったように少しだけ視線を泳がせた後に。小さく。けれど、はっきりと、こう口にした。
――ねぇ。フェイトちゃんは、今、どうしてるのかな
(え……?)
目を見張った。
ビデオレターは。再生する機器自体は通信時と変わらないけれども、これは、記録されたものを、時間を経て、再生したものに過ぎないのだ。
なのはの言葉は。時と場所を、遠く隔てていたとしても。それは間違いなく存在する、なのはの、あるいはフェイト自身の今を、指している言葉だった。
そっと、フェイトは画面に手を伸ばす。
――フェイトちゃんと、あいたいなって。顔を見たいな、声を聞きたいなってって思ったら。にゃはは。何も考えてないのに、ビデオメールを撮ろうかなって、そう思ったの。レイジングハートにも協力してもらってね? ……。
そっと上がった顔と視線。画面の向こうで、彼女は確かに笑っている。
笑っているけれど。その笑顔は、まるで涙を溢す代わりに浮かべるもののように、フェイトには、思えて。泣けない代わりに浮かべる、かなしい笑顔。
それは……あの時。
模擬戦の形式で、フェイトとなのはが全力で戦って。戦いが終わったあの時。声を上げて泣いた彼女と、重なった。
胸にあるものを、ただ表すような、原初の感情。
「……私も」
画面に添えていた手を、握り締める。
――あいたい、
会いたい。彼女の友達、として。彼女のまわりにいる、一人として。
会えるのは本当は時々だっていい。遠く離れて、再会できる時なんてまだ分からない今は――例え一瞬だっていい。
……彼女の隣に、いきたい。なのはの隣に、いたい。
いつの間にか、映像は途絶えていた。
これはきっと、彼女の手で封入されたものではないのだろう。映像の最後には、デバイスにこの映像はやっぱり送らないと言っている、声が入っていたから。
本当なら。フェイトが知るはずのない――彼女の抱く、衝動的な、感情。
まっしろなディスクに残されていたのは、それだけだった。
「……あれ」
フェイトが。不意に生まれ出でた感情に胸を詰まらせて俯く、その拍子。自らの頬が濡れていることに気付く。頬を拭うとその手には、無意識に流れたであろう涙が。
どうして、涙が流れるのか。
悲しいから、なのか。
嬉しいから、なのだろうか。
それとも――それとも?
「……なのは……」
握りしめた手を胸の前に置いて。
「ねぇ、なのは。これは、どんな、涙なんだろう……?」
暖かくて、苦しくて。けれど、なくしたくはないという、この強い感情に、何と名前を付ければ良いのだろう。
画面には、もう何も見えない。
その時、その感情を少女は分からず。
少女に対する応えもまた、返ることはなかった。
To be next...
無印終了後、A's前。裁判中のフェイトちゃんの話。
少しでもお楽しみ頂けたら幸い。
なのフェイで次に読んでみたい話の種類とかありましたら。
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小学校、A'sくらいの話。
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中学生、エクシーズくらい。戦闘系。
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StS。将来とか、話し合いな感じ。
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ViViD後、おとなのフェイ。R18も?