StS後、日常の中で。ヴィヴィオ登場。
何やら色々。
えぇ、そんなこともありました。
「……ママ?」
「……あ、」
さて。自分はいつから空に目を向けてしまっていたのだろう。
ヴィヴィオに呼びかけられて、なのはは洗濯物を畳む手がすっかり止まっていたことにようやく気付く。
(あーもう、またやっちゃってたみたいだね)
一人ごこち、微苦笑を漏らす高町なのは。いつの頃からだろう。空を見ることは、もうすっかり癖になってしまっていた。
そんななのはを心配そうに覗き込むのは、赤と緑の瞳。養子縁組で娘となってくれた、高町ヴィヴィオである。
「ねぇママ、ちょっとつかれてる?」
「ううん。そんなことないよ?」
今日は、教導官としての〝高町なのは〟は、お休みだ。
あのミッドチルダを揺るがした未曾有の事件から、いつの間にか長い時間が経っていた。
過ごしている間はあんなに濃密で、そして傷の残るもどかしさから激しい運動は元より、二年間の療養をさえ命じられた身では、たとえ数日だとしても時間の流れが遅く感じられていたのに。
ひとつ、ひとつなぞりつつ振り返ってみれば、それらは思い出というアルバムに、みんな同じ間隔でしまわれている。不思議なものだ。
とはいえ、高町なのはという存在に推奨、あるいは危なく強制され掛けた二年間の休養期間は、まだまだ課せられたままだ。なのはは教導も仕事も続けているが、鈍痛や疼痛といった痛みも実を言えば――常時ではないが――まだ少し残っている。だから今日の休日も、シャマルに命じられた絶対安静を守るため、という名目もあったりはするのだけれど。
「疲れてないし、それにヴィヴィオの顔を見たら、悪いものも飛んで行っちゃった。ほら、元気だよ」
元気元気、と声と一緒に繋いだ手を上下に揺らす。しかし、揺らされるまま。少女に納得の様子はない。本当に調子は悪くないはずなのだが。ヴィヴィオには何か勘づくようなことがあったのだろうか。
「ヴィヴィオ?」
「……ねぇママ。肩、たたこうか?」
「ふえっ?」
肩叩きって。いつの間にそんな事を覚えたのだろう。まさかレリックに取り憑かれた際にそんな知識が増えたという訳でもあるまい。過去の聖王の記憶はともかく、そういう検査結果もなかったはずだし……?
目を丸くすると、ヴィヴィオが笑ってこんなことを教えてくれる。
「えっとね。ぶたいちょー……はやてさんがね。リインさんに肩叩いてーやってーって言っててね。リインさんはやってくれないからヴィヴィオがやろうと思ったんだけどね。肩叩き、私よりなのはママにしてあげると喜ぶよーって」
「そうなんだ、そんなことがあったんだね」
「うん」
はやてちゃん……。それをヴィヴィオに発見されるのはどうかと思うなぁ……?
そうは思いつつも、今は何も言わない。それもまた、高町なのは、彼女なりの思いやりであった。たぶん。
「それじゃあヴィヴィオ、よろしくお願いします」
「うん!」
そうして、ヴィヴィオからなのはへの肩叩きがはじまる。
とんとんとんとん、と。
軽い拳は、肩叩きと言うよりはむしろリズムを楽しむようなものだ。なのはも、肩に施される軽快なリズムに目を閉じて身を委ねていた。
ただ。時間が経ってくると、違和感を感じ始める。最初はリズムもよかったけれど。それが段々とテンポも、入る力もすとんとなくなって。
疲れてしまったのだろうか。不思議に思うなのはを、ヴィヴィオが覗き込んで来ると。
「……ママ、痛くない?」
そう、聞いてきた。なのはは首を傾けて目を合わせると、笑って促す。
「んー? うん、むしろ、もっと強くても大丈夫だよ、ヴィヴィオ」
「うん……分かった」
答えを聞いて再び、とんとん、とんとん。
けれどその力加減は、前と変わるか、変わらないかくらいで。それを少し続けると、ぴたりと止まって。
そうしてまたなのはの顔を覗き込むようにして「痛くない?」と聞く。
その様子は、まるで。何かに――怯えているようで。
(……あ……そっ、か)
なのははそっと息をつくと、大袈裟にうーん、と考える素振りをしてから。
「うん。そうだね……ヴィヴィオの力いっぱいでやってみて?」
「え?」
今のママにはそれがちょうど良いくらいかも、と。
肩越しに良い子、いいこをして、促す。その異色の瞳に、今日は光よりどこか深く沈んでいる、怯えの色に。
「……ママ、でも」
「してくれない?」
「…………」
背後からの答えは、ない。
それはヴィヴィオが今。深く、思いと迷いに気を取られているからだと、分かったから。
なのはは、ぐるっと振り返って、ヴィヴィオに向き直ると。
「ヴィーヴィオっ」
「わっ!!?」
俯いていた少女に、がばっとなのはは抱き付いた。慌ててばたばたするも、その動きさえもヴィヴィオは止めてしまって、両手も下げたそのままに抱き締められるままになっている。
「…………ヴィヴィオ、あったかいね」
「……そう、かな」
「うん。ヴィヴィオはね。とってもあったかいんだよ。体も、心も」
それは、膝立ちで抱き締めてもすっぽりと包まれてしまうような、幼い体だ。
けれど。ヴィヴィオという存在の心は、それよりも少し大人で。それは図らずも経てしまった時間や、経験のこともあって。
なのはは、ヴィヴィオの体が少しだけ震えているのを感じながら。ただゆっくり、ゆっくりと。柔らかな金色の髪を梳いてゆく。
「ママ」
「うん?」
「……痛く、ない?」
その問いに、うん、と高町なのはは答える。
痛くなんてないよ、と。娘となってくれた、高町ヴィヴィオに応えるために。
そうして目と目を合わせて、笑う。
春を告げる花のような、優しい微笑みで。
「痛くないよ。それにね、ヴィヴィオがやってくれて、ママはとても嬉しいよ」
だから。
「もう一回、肩叩き。やってくれる?」
「……う、ん」
そうしてもとのように、背中を向ける。
迷う間があって。まるで何かを決意するような呼吸の音があって。
「ママ、いくよ?」
「うん。お願いします、ヴィヴィオせんせい」
ちょっと間の抜けた静けさと小さな笑い声の後で。もう一度、ヴィヴィオの両手が動く。
とん、とん、とん、と。はじめは、ゆっくり。それでも、先程よりもリズム良く。振動が、胸にもすっと届くような心地よさが包む。
とんとんとんとん。
「ママ、どう?」
「うん。すごくあったかくてね、気持ちいいよ。……じゃあ、ヴィヴィオー。もう一個、ママのわがまま、聞いてくれる?」
「えっと。……どんなの?」
この時、すでに高町ヴィヴィオの勘は芽吹き育っていたのかも知れない。少しだけ振り向きかけた形の、半ば見える母の笑顔に。一種の予感を覚えたから。
そして、それは過たず的中する。
思わず叩いていた手が止まって、もう一度聞き返す。
「うん。あのね、やっぱり、今のヴィヴィオが出来る全開って、どれくらいなのかなって。やってみて欲しいんだ。私もほら、教える方だし。ヴィヴィオがどれくらい元気になったか、知りたいんだ」
「う、ん……」
「ダメ?」
「…………」
なのはとて、ここで無理強いするつもりはない。あくまで少しの延長と、気まぐれに紛れさせた、提案だった。
もし、やはりここで止まるなら。このまま晩御飯の用意に誘おうかと、思ったなのはの耳に。
――すーっ、はー。と。
落ち着くための呼吸。
それは、肯定を示してくれたから。
なのはも姿勢を正して、彼女を待つ。
「……分かった。……えと。ママ、いくよ?」
「うん。おいで、ヴィヴィオ」
一拍の、空白。
「ん!」
気迫とともに打ち出されたのは高町ヴィヴィオの拳。
それは一撃――とさえ呼べない、一撃だった。
もちろん、訓練も何もしていない、幼い者の、しかも肩叩きのための拳だ。無論それぐらいで、母であり教導官たる高町なのはが揺るぐことはなかった。
「………はぁ」
握った拳に汗が滲んでいたのを感じて、手のひらを開く。そこで。ようやくヴィヴィオは、今まで自分の体を取り巻いていた緊張や重いものが、ぽろぽろと、剥がれて行くのを感じていた。
「……ママ?」
一方、見るとなのはは何やら感心しているのか、何か感じ入るように、うんうんと頷いていた。
「うん? うん」
そして正座のままヴィヴィオへと向き直る。
正直に言えば。なのはには、全力でもちょうど良いくらいの力だった。けれども。込められた想いにこそ、なのはは深く感じ入った。触れたその小さな手の感覚に、ひどく、心休まる思いがした。
なのはは、まだ立ったままだったヴィヴィオに座るよう促し、微笑んだ。
その表情に、纏う優しい空気に。あぁ、いつもの母だ、と。それにこそ、ヴィヴィオは安堵を覚えた。
「うん。気合いの入った、いい拳でした。よく出来たね、ヴィヴィオ」
「……あ……う、うん!!」
褒められたのと、安堵とで。酷くほっとしたような表情となったヴィヴィオを見て。
高町なのははニッコリと笑った。
高町ヴィヴィオ、その笑顔を見て再び、自らの第六感が何かを告げるのを知る。
「じゃあヴィヴィオ。それを右と左の肩に二十回ずつ。やってみようか? いつもの肩叩きの形で、……そうしないと、ヴィヴィオの手が痛くなっちゃうからね。力の加減を少しずつ学んでみよう」
「ふえぇ!!?」
高町なのは。すっかりママ兼、教導官モードである。
しかもそれを、これからの時間もまた心から楽しみにしている様子が、ヴィヴィオにもよく分かってしまったから。うーっ、と唸ってブンブンと首を振って。迷いをもう一度振り払って。
見様見真似の構えだけ、気合を入れるためにこそ。そして。
「うーっ、押忍、なのはせんせい!」
「うん。じゃあ一セットずつ、始め!」
そんなぁ、とばかりの小さな悲鳴は一度きり。
後にあるのは、ただ真面目に取り組む母と子の姿があるばかりなのであった。
「んーっ。何だか元気が注入された気がする……」
この優しく、まだ幼くも力強い思いを身体に覚えさせるように、なのははぐぐーっと伸びをする。
ヴィヴィオもまた困ったような顔をしながらも、何だか、肩から荷が降りたような、清々しい顔をしている。
「ヴィヴィオは? 手は痛くない?」
「うん。そのやり方はね、はやてさんや、フェイトママに教わってたから」
「フェイトちゃんにも?」
うん、と小さな頷き。俯く顔。
そっとその隣にしゃがみ、手を繋いだまま、その言葉をなのはは聞く。
「なのはママにもやってあげて、ってね。本当は、前から言われてたの。わたしもね、やりたかったの。ママの元気のてつだいが出来たらいいなって。けどね、でもっ、ね……」
ようよう、上がった顔に。幼いその頬を伝ったのは、ひとつぶの、なみだ。
「こわ、かったの。あの時の、こと。覚えてるから」
「……うん」
JS事件。聖王のゆりかご。拳を交え、闘った記憶。
赤い色。それは自らを救った母の魔力光の色よりも、遥かに鮮明に記憶に残っていて。
そんな、踏み出せなかったヴィヴィオを一番後押ししたのは、誰であろう。フェイトなのであった。
――なのはは、受け止めてくれるよ? ヴィヴィオの悩みも、そうやって、迷っていることも。ヴィヴィオは、それを自分一人だけで解決するのが正しいことだと思ってるかも知れない。けれどね。それは絶対一人で抱えないといけないものじゃ、ないんだよ。誰かと半分こ。そうやって、支えたって、話し合うことだって、できるの。
――なのはは。……あ、これはなのはには内緒だよ? ……なのははね、もっとヴィヴィオと話したいと思ってるんだ。
――ヴィヴィオは、どうかな?
――……うん。それじゃあそのために、ヴィヴィオからも、手を伸ばさなくちゃ。ね?
「――あっ」
そこまで思い出しながら言ったところで、ヴィヴィオはフェイトがなのはには内緒だ、という点を思い出したが、如何せんそれはもう遅かった。
「……えっと……ママ……?」
恐る恐る、見上げると。そこには。
「……もう」
ヴィヴィオが見上げた母の表情は、怒るどころか、困ったような、でも嬉しくてどうしようかと迷うような。そんな不思議な顔で。
ふっとしゃがんで目線を合わせる頃には、もう、いつもの元気で優しいママだったから、いいかぁとヴィヴィオは思う。その耳に、嬉しそうななのはの声。
「じゃあ、フェイトママにもお願いしよっか」
「ふぇっ、な、なにを?」
「ヴィヴィオの、肩叩き特訓の相手」
意図が分からず混乱して居た顔が、少しずつ。理解とともに笑顔となって行く。
その笑顔を見て、なのはもまた、笑って。
「ヴィヴィオの今の〝全力全開〟で、フェイトママも元気にしちゃおう!」
そうだ。相談したことが叶ったのだからその意味でもフェイトはきっと喜んでくれるだろう。
それに思い至ったヴィヴィオもまた笑顔になって。
「……うん!」
母の出した拳に、娘が応えるために拳を出す。
そうして母娘で、こつんと拳を合わせた。
もう一人の家族が帰ってくる足音を聞くまで、きっと、あともう少し。
窓越しに見る空は青の色を薄め、紅から、黒へ。
そしてまた――青い空へと移り変わってゆくのだろう。
悲しみもいつか乗り越えて、その先へと進んで行くために。
※
そして、高町なのはは、今日もまた空を見ている。
――ねぇ、あの時の私。
わたしは、今、あったかい場所にいるよ。
掲げる手のひらには、昔と変わらず魔法の力。
胸には不屈の心をもって。
そして高町なのはは、歩いてゆく。
愛しい日々と、彼女たちと、きっとこれからも。そうして共に歩いてゆくのだろう。
あの、あおいそらを瞳に宿して――
――everlasting Stories.
Fin
「そらのひと」、お楽しみ頂けたら幸いです。
なのフェイで次に読んでみたい話の種類とかありましたら。
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小学校、A'sくらいの話。
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中学生、エクシーズくらい。戦闘系。
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StS。将来とか、話し合いな感じ。
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ViViD後、おとなのフェイ。R18も?