自由の旗の下に Under the banner of freedom 作:シューペア改革中
宇宙歴770年、晩冬。
首都ハイネセンは、軍人たちのの不安げなざわめきと乾いた靴音に満ちていた。統合作戦本部の外壁を照らす光は冬の太陽の反射で白く輝き、その冷たい輝きが、むしろ戦争という現実の影をより濃く見せていた。
統合作戦本部の司令室は、昼夜の区別なく稼働している。壁面一杯に広がる三次元戦況ホログラムは、広大な宇宙域を色分けし、帝国と同盟の勢力圏を示していた。その中央には、銀色の髪を後ろに撫でつけた長身の男──ゼートゥーアが立っている。
その視線は、赤く点滅する複数の光点に注がれていた。それらは帝国艦隊の集結地点を示しており、周囲には補給艦や偵察艦と思しき小アイコンが衛星のように浮かんでいる。
「……来る」
低い呟きが、参謀たちの耳をかすめた。副官のハロルド少佐が一歩前に出る。
「閣下、敵主力は依然として動きを見せておりません。偵察衛星群の解析でも、艦隊はまだ駐留状態との報告です」
ゼートゥーアは答えず、ホログラムの一部を指で拡大する。艦隊配置の背後、帝国の政治中枢から出されたと思しき極秘通信の痕跡が波形として表示される。
「カストロプ家……あの家は、復讐を理由に艦を動かす」
参謀室がわずかにざわめいた。カストロプ伯爵──アーダベルト・フォン・カストロプ。帝国の古参貴族にして、艦隊指揮官としての能力もある。しかし、慢心とプライドの高さは同盟でも知られている。
「第二次ティアマト会戦での敗北は、あの男にとって一族の恥辱だ。これを雪ぐためなら、多少の無謀も厭わない」
ゼートゥーアの口調は淡々としていたが、その眼差しは鋭く、計算された冷徹さを帯びていた。
「我々は、その無謀を利用する」
テーブル上の作戦図が切り替わる。白で表示された三つの艦隊アイコンが、大きく湾曲する矢印で敵の進路を囲むように配置されていく。
「第一艦隊が囮となり、敗走を装って敵を引き込む。第二・第三艦隊は両翼から接近、最終的に包囲を完成させ殲滅する」
その戦術は、古典的なカンネーの戦いを宇宙戦に応用したような形だった。しかし、ゼートゥーアの意図は単なる包囲殲滅ではない。敵の心理を読み切り、あたかも自分の意思で罠に飛び込んだと信じ込ませる──そこにこそ、この作戦の真骨頂があった。
同盟第一艦隊旗艦《サンティアゴ》。
広い艦橋の前面スクリーンには、漆黒の宇宙を背景に、青白い恒星光を反射する帝国艦影が遠く輝いていた。司令官レイモンド中将は、肘掛けに腕を置いたまま、視線を動かさずに副官へ問う。
「……距離は?」
「現在、四・六光秒。敵先行艦が速度を上げています」
レイモンドは短く息を吐く。
「やはり、来るか……」
彼の目の前に浮かぶ戦術図では、第一艦隊がゆっくりと後退しているように見える。だが実際には、退却の速度も方向もすべて計算されていた。数光秒先には、第二艦隊と第三艦隊が散開しながら待機しており、彼らが合流すれば包囲が完成する。
問題は、敵がそこまで追ってくるかどうか。ゼートゥーアの予測ではカストロプは必ず追撃すると断言されていたが、戦場では予想外の要素が常に付きまとう。
一方その頃、帝国旗艦《アドラステア》。
艦橋中央の高座に座るカストロプ伯爵は、勝利の前祝いのような笑みを浮かべていた。
「見よ、同盟軍は尻尾を巻いて逃げている。愚かにも散開し、統制を失ったか」
参謀が進路図を差し出し、慎重な追撃を進言する。
「伯爵閣下、ティアマト星域は航路が複雑で、無理な追撃は……」
「黙れ。敗走する敵を前にして立ち止まることが、どれほどの恥辱か分かっておるか!」
その一喝に、艦橋内の空気が重くなる。
「全艦、最大戦速! 敵を包囲するのは我らだ!」
しかし、カストロプは気付かない。敵が描いた航路は、自然な退却の軌跡を装いつつも、彼の進軍経路をわずかに狭い宙域へと誘導していることを──。