図書館をぴょこぴょこ過ごす玉藻は木のように動かないコッペリアを見つける。事情を聞いた玉藻はひと肌ぬぐことを決め、そんな女子会に闖入者エルルカンまで加わり大騒ぎ!?

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第1話

【WLW】狐の面とドクロの面、そしてガラスの面

 

 九尾の狐、その化身のひとつである玉藻は図書館《Wonderland》の廊下をぴょこぴょこと跳ねていく。袖に付けられた大ぶりの鈴が軽やかにリズムを刻んでいた。彼女は東の国を由来とする伝承の《キャスト》だから、石造りで西洋調の図書館にはミスマッチしているようにも見える。だが古今東西のおとぎ話から集った他の《キャスト》たちと並ぶと、不思議と調和するのだ。

 

 廊下の角を曲がると、なんか立っていた。

 同じ《キャスト》のひとりであるコッペリアだ。だがその静止した姿勢は『なんか』としか表現のしようがなかった。

 

 体を横に傾けていて、これを無理やりにでも現代の《神筆使い》の知るものに当てはめるとするならばラジオ体操で脇腹を伸ばす運動になるか。コッペリアは恋に振り回されるオートマタ人形という設定の《キャスト》なのだから、ストレッチングで伸ばす筋肉など構造上持っていないはずだが。

 

「どうしたー? 雪女に凍らされたのかえ? いやーそうでもなさそうじゃのぅ」

 

 もしも《闇》による侵攻、悪影響ならばただちに対処しなくてはならない。ただしその場合には必ず《闇》と同じ、光の失せた色のインクが痕跡として残る。そのようなもののは一切なくて、今のコッペリアは朗らかな日差しと小鳥のさえずりが似合う佇まいではあるのだ。なんか静止していて、なんか話しかけても動かないだけで。

 

「うーむ……注目を集めたいときにはやっぱ、これじゃの。――そうれ、コチョコチョコチョコチョ」

 

 無防備に晒されている脇腹を、七つの尾を使って贅沢な毛並みを活かしてくすぐる。勝手に他人が触るのは決して許さないが、自分がする分にはくだらない用途でもオッケーなのが玉藻の考え方だ。

 応答は返ってこない。

 

「いや、人間っぽいが人間じゃないから効かぬかー。じゃが負けぬぞ!」

 

 このまま引き下がっては大妖怪の名が廃る。たぶん。万一にも悪意によって停止状態にあるというのならば、動くまで試せることはすべてやった方がいいという完璧ですばらしく立派な建前もある。

 どうやらくすぐったさを感じる器官は持っていないのだろうが、代わりに彼女はモノだ。模擬戦で一発ぶち当てたときには「壊れちゃいます!」とか叫ぶのだから間違いない。ならばモノでも反応してしまうようなアクションを仕掛けてやる。

 

 指を鳴らすと、周囲に緑の炎が灯った。ニ回、三回と鳴らすとその数だけ増える。そしてちょいちょい、と指を振れば、玉藻の思うままに狐火がコッペリアにまとわりつく。

 本気で燃やす炎か幻覚だけの炎か、どちらであるかは術を使う玉藻にしか分からない。もちろん建前は用意してあってもただのイタズラなので今回は後者だ。

 

 炎に絡まれて、ようやく無視しつづけていたコッペリアの瞳がようやく動いてくれて、

 

「わーっ! ワタシ、今は木なんです! 梅の木! 燃やさないでくださーい!」

「はあ?」

 

 そのよく分からない内容に、イタズラする側とは思えない声を出すしかなかった。

 

 

   *

 

 

 熱心に『愛読書』を掲げ、エナメルの瞳を輝かせながらコッペリアが語る。

 

「人間の心について勉強するアプローチを変えてみたんです! 人間が感動するお芝居をワタシが演じることで、掴めるモノがあると!」

 

 梅の精霊が人間と恋に落ちるお話――恋に恋する乙女にとっては、少女と愛とを巡る物語は惹かれるものがあるらしい。原本から神筆を通してそれぞれの《神筆使い》が描きだした《キャスト》がそれぞれどのように成長するかは主人の影響次第であるわけだが、コッペリアの教育として与えられたフィクションが偏っていることに玉藻はため息をつくが、彼女は気づかないままだ。これもまた『うちの子』というわけで、苦言を呈したところでどうにもならないという性格付けをされている。そもそも読ませる本に口出ししたところで、現代日本の《神筆使い》によって召喚された時点で、使う言語や常識、認識はマスターに合わせて調整されているのだ。焼け石に水、あばたにえくぼ、恋するドールに非常停止ボタン。

 

 物語は文字だけで表現されるものにあらず、音を以て表現する音楽、絵を主体として表現する絵本、もちろん身体を以ての表現もあるし、それらの複合だってある。舞台で演じるバレエの物語から生まれたコッペリアとしては、この恋物語を自らのボディを以て演じてみたい、ということらしい。

 

「木の演技をするからといって、ただ止まっているのじゃいかんぞ」

 

 舞踊には一家言ある――という風に《神筆使い》によって描かれた玉藻がぴしゃりと断じた。

 

「どれ、わっちも見様見真似ではあるが……舞ってみるとするかの」

 

 くすくすと笑いながら、狐の面を下ろして顔全体を覆う。いつもなら瞳孔が縦長に伸びる瞳が片方だけ覗いていたのに、完全に隠されると一気になにを考えているのか読み取れなくなった。視界がほとんどないはずなのに、変わらぬ軽やかさで踊り場に降り立つ。

 

(どうするのでしょう?)

 

 立ち姿から得も言われぬ雰囲気を感じ取り、余計な音を立てぬよう、自分の駆動音すら抑えようと手と手を合わせてコッペリアは固まった。

 

 シャッ、と風を切る音。

 

 いつもは武器として振るっている扇型の宝貝を掲げる。手首を効かせて一気に広げた瞬間、玉藻の動きは止まった。そして観客たるコッペリアから死角たる数本の指と身体全体を活かし、扇がさらさらと揺れる。それだけで、まるで葉が芽吹くよう。

 仮面で覆われていない肌、玉藻の喉がゆっくりと動く。独特のバイブレーションを伴う声が発せられる。それ自体に意味はない母音だけの音なのに、同じくシンプルに扇と腕を大きく広げる動きと組み合わさると華が生まれる――

 

「お花が咲く様子、ですね!」

 

 つい声を上げてしまった。いけない、と慌てて口をつぐむ。玉藻がこちらを見ているが、狐の面のせいで何もわからない。ヒトじゃないみたい――いや玉藻は妖怪という意味で人間でないのはそうだが――犬と人間は通じあって友達にもなれるが、梅の木と人間が友達にはなれない、そういう関係性を連想してしまう。

 

 ひとりで慌てているコッペリアをよそに、玉藻の演じる『木』は静かに扇を閉じていく。扇はひとつしかないのに、盛りの季節を終えてひとつひとつ散っていく花弁のようであった。

 

 ただ無言で突っ立って『木』になろうとしていたのとは別の表現方法がある、と感嘆したところで、

 

「ああもう、まだるっこしいな。じゃあね」

「ちょえー!」

 

 階段の手すりから何か滑り降りてきて、鈍いドンッという音。玉藻は悲鳴と共に顔面から突っ伏した。

 コッペリアが駆け寄る。ケガの有無など確かめるが、あの派手なリアクションとは対照的に問題はなさそうだ。しかし空気が壊れてしまった以上、もう玉藻の『公演』はおしまいである。叱ってから途中再開しても、観客たるコッペリアに扇や身体の動きから想像を巡らせたりして作った世界は再構築できない。

 

 階段の下までセンサー感知範囲を拡大すると、黒いフードを被った少年が舌を出して立っていた。

 

「なんかしているからこの僕が遠慮してやってたっていうのに、いつまでも終わらない方が悪いのさ」

 

 コッペリアが自分のゼンマイの巻き具合や窓からの光の角度を確かめる。今やっと時間経過に気がつけたのだが、玉藻の『動く静』の演技と、あとコッペリアの熱心な愛読書トークが長かったのだ。いつから待っていたのか、どの程度でしびれを切らしたのかは分からないが、長いこと塞いでいたのはコッペリアたちの方であり非があるのは違いない。

 

「はい、ワタシたちが夢中になりすぎていたようです。ごめんなさい」

「やれやれ、わっちを蹴ったことは不問にしてやる。そんでガキンチョ、ちょうどよいわ。わっちとコッペリアのために何か演奏せい。お主の鎌は笛じゃろ?」

「はあ?」

 

 謝っているのに場の空気はむしろ一触即発になっていることに感情の理解、学習の追いつかないコッペリアはぐるぐるきょろきょろするしかなかった。

 

 

   *

 

 

「僕がそんなことして得することないだろ」

「わっちらが聴けておトクじゃ。あまりに静かで華っちゅーもんがなさすぎたから、ここらで盛り上げておくべきじゃろ」

 

 いや意味わかんないし。

 

 玉藻のヤツは年の功だのいって偉そうにするところがエルルカンには気に入らない。ただの大人なら適当に反抗してやれるのに、なまじ子供の見た目をしているからこれと喧嘩をすると微笑ましい扱いされたりするのがもっと気に入らない。

 

 ここは一歩引くポーズだけ取るのが一番マシだ。せめての威嚇のポーズとして鎌を大げさに振り回してやった。

 

「チッ……やればいいだろ、やれば」

「ふっふーん♪ わっちの交渉術はすごかろう?」

「コッペリアにはヒトの機微はまだまだ難しいようです、もっと勉強します!」

 

 ずれた会話ではしゃぐ女子たちを無視しつつ死神の鎌、その刃の端に取り付けられている吹き口に唇を当てる。

 

 鎌を振り回す動作で内部を風が通り抜け、戦いながらでも音を奏でる逸品。こんな見た目だが普通の楽器としての機能も持っている。マグス・クラウンから貰ったときにはいらないと駄々をこねて、そのときのことが今も気まずくてめったに演奏しない。もしも自分に音楽を教えてくれたマグスに聴かれたらなんだか腹が立つから。

 

(思いっきり悪趣味に吹いてやる。たまにはやりたいように演奏するのも悪くはないや)

 

 誰か他人が作った曲は奏でない性格で、即興で思うままにやるのがお気に入りだ。エルルカンにとっての音楽は、いつか子守唄の記憶が死神と呼ばれるよりも昔にあるだけ。そのときの母親の気分で歌詞もメロディもデタラメだから、音楽なんていつだってその場で一度きりのものという認識。

 

 キイを順番に押さえ指の感覚を確かめる。深呼吸して身体が膨らむ感覚を確かめる。エルルカンの体躯以上であるこの巨大な楽器を扱うには口先指先だけでなく、奏者の全身がパーツになるのだ。

 

 音程の低い方から高い方へ流れるようにアルペジオ。今度は逆順に。空気の震えも変わり、特に低いときは腹から喉元に至るまで振動が伝わる。

 

 いつだって理不尽へのやるせない怒りが原動力だ。それはエルルカンの奏でる音楽も同じ。

 

 オトナによって捨てられなければ、恨むことなくいられたのに。あるいは《闇》が街を包まなければ、オトナの汚い本性だって隠れたままだったのに。そして童話の渡り人の手伝い役、《キャスト》になったから知っている、自分にこのストーリーを課したのは《四創聖》らが率いるテイルマスターであること。

 

 全身に力をこめて淡々と同じ音を同じ長さで、破裂寸前の風船ような抑圧を。

 次はでたらめに細かく刻むリズムで、泣いて叫ぶコドモの騒々しい無力さを。

 次第に整ったメロディに収まってきて、自分なりに整えた納得を。

 

 言葉にも表情にも頼れない分だけ表現できる内容は変わってくるが、劣化なのではなく得意な分野が違うだけなのだ。わざと不協和音を混ぜて、本能的な不快感を起こさせるのは文字や演技では難しい芸当。へたくそで指が運べずこの不快な音が鳴ってしまっているのでなく、わざと織り交ぜているのだとということを観客に分かってもらう、いや分からせるには周りを固める他を技量で彩らないとならない。

 

 エルルカンは横目で観客たる玉藻とコッペリアの反応をのぞき見る。お利口の人形さんがイヤそうな顔をしていたら成功、生意気な大妖怪がイライラしていたら大成功。

 

 玉藻は、苛立ちとは似て非なる表情で腕を組んで考えごとをしていた。

 コッペリアは、身体の各所から異常な音とわずかな焦げ臭さをさせながら涙を流していた。

 

 メロディにこめた怒りとか理不尽さとか、そういう方向の表現に対する反応として予想していなかった結果に動揺させられ、演奏の手が止まった。

 

「な、なんだよ。笛吹いただけだからな、泣いたのはお前の勝手なんだからなっ」

 

 表現するためにエルルカン自身の中でかき混ぜて増幅させていたのに――奇しくも玉藻の演技を妨害したときのように――気持ちが途切れてしまって、再開するのももう無理だ。指先と口先だけで音を鳴らすことならできるが、それはもう音楽じゃあない。師たるマグス・クラウンの前では絶対に見せてやったりはしないが、エルルカンにだって『ハーメルンの笛吹き男』として、音楽家としての矜持がある。

 

  ――オロオロしながらもその場から逃げ出さなかったのは、初めての刃物で血を流して子供がショックを受けるように、自分の音楽でここまで揺さぶった、揺さぶれてしまったこと自体への衝撃があったのかもしれない。感情の扇動がいかに危険であるか、エルルカンはよく知っている。自身がパニックになった人々に捨てられたし、その自分を拾った笛吹き男はまさしくその音楽を以て街ひとつを壊した。

 

「僕は子守唄とか吹かないからなっ、泣くのを止めるんなら自分で止めろよなっ」

 

 吐き捨てるように、でも『感情の整理をしろ』という要点は告げつつ。それを受け取り、ハートレス・ドールは語る。

 

「ワタシ、思い出さないようにしていたのです。コッペリアを書いてくれた最初のマスターがジュゼに殺されたこと。なのに、この音楽を聴いていると名称不明の記憶がメモリーを占めてしまって、他のことが考えられません」

 

 理不尽の記憶。

 

「今のジュゼはいい子です。遊んでくれます。一緒にお勉強することもあります。この感情は危険です。おふたりにコッペリアの背中のネジを抜いてほしいです、安全装置を作動させてもらわないと……」

 

 怒りの感情。

 

 自覚のないままに、だが非常に正確なラインでエルルカンの音楽から感情を読み取っていた。その結果としてもたらされた心身の不調は言語化できても、何が不調の原因なのか、何が起きたのかについてコッペリアは戸惑っている。

 

「あ~あ~、辛気臭くなっちまったの。わっちの宿禰のことをわっちも思い出してしもうたわ」

 

 玉藻がコッペリアのネジを回す役を引き受けた。機械口調で「確認――コッペリア、自己修復のためセーフモードに移行します」とメッセージを発したらそのまま壁際で座ってしまう。穏やかな眠りの表情をしているのでこれでいいらしい。

 玉藻はもふもふした九本の尾のうちいくつかで、幼子を抱く母親の腕のようにコッペリアを包んでいた。残ったうちの一本が「お前ももふもふされたいか?」とばかりにエルルカンに寄ってきたが、片手ではたき落としてやる。

 

「わっちの宿禰だなんて、《四創聖》だろう? お前も独占欲が強いタチなのか? へへっ」

 

 得られなかったから独占したいものがたくさんある。似たような子供の姿の《キャスト》同士なら、似た発想をするものかと思っておちょくってみた。

 玉藻は自慢の扇形をした宝貝でおのれを扇ぎながら、流し目でエルルカンの方を見やる。その横顔はやけにオトナっぽかく、わがまま放題していたときの落差に心臓が跳ねた。

 

「違う違う、シューメーセーってやつでな、あれの父親がわっちを書いたのよ。……まあ、あの大戦で出た犠牲者はたくさんいたという話じゃ」

 

 戻ってこない過去への憎しみとか悲しみではなく、むしろ懐かしさ、割り切りがこもった声音であった。コドモっぽくなさすぎる艷やかな表情と合わさって、むしろもうひとりの九尾の狐、妲己の姿を連想させる。

 

「ま、皆の知る方の宿禰を眺めるのも楽しいぞ? いうなれば離れた姉と弟のようなものじゃからな。あやつがかな文字も書けないガキンチョの頃から、《闇》を滅する術を切り開くところまでいつの間にやら早かったものじゃぁ~」

「……こんな姉貴がいたらウザかっただろうな」

 

 姉というよりもうざったい母親のようだ、と嘆息する。

 

「ほっほ、子供の成長を見守りたいと思っておるのは、何も血縁者だけではないのじゃぞ? ……おお、あそこにおるのは『ハーメルンの笛吹き男』のマグス・クラウンなのじゃー、おーいもうひとりのアナザーっ子が音楽演奏してくれてのーコッペリアを泣かせおったじゃあー」

「てめえ!」

 

 棒読みで説明しながら――絶対にマグスの前では演奏するところを見せてないのに!――わざわざ解説しだした生意気な保護者気取りの妖怪の口を慌てて塞いだ。尻尾の後ろには休眠しているコッペリア、ふがもご言いながらおちょくる玉藻、らしくなく必死に黙らせようとするエルルカンでダンゴになった。

 

 

   *

 

 

「……ということがあっての。さて、ぬしなら、どのように書くかのぅ?」

 

 ――棒立ちの演技の表現、能を模した舞の表現、思いのまま吹いた即興演奏、一連のひと悶着を文字で……またまた好き放題なリクエストを。

 

「今のわっちのマスターはぬしじゃから。ムチャ振りも愛情表現なのじゃ♪ ほれほれ成長せい♪」

 

 ――はぁ、善処しましょう。


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