世界を変えるまで...そして変えてから...   作:ペンギンって可愛いですよね

13 / 14
二章:第二話「交錯する足音」

夜の米花町。

工藤邸を出た新一は、冷たい風を受けながら歩を進めていた。

 

「……ここか」

 

依頼人から渡された地図を頼りに辿り着いたのは、都内の一角にある大学附属研究所。

昼間は何の変哲もない学術施設に見えるが――夜になると、窓のいくつかには灯りが残っていた。

 

カメラを構え、望遠レンズを覗く。

白衣の人影が資料を抱えて廊下を行き来している。

その中に――見慣れた横顔があった。

 

「灰原……」

 

声には出さず、唇がわずかに動く。

真剣に資料を抱えて歩く彼女の姿は、かつて「組織」にいた頃の影と重なりながらも、確かに別の光を放っていた。

 

――だが同時に、新一の視線は別のものを捉える。

研究所の裏口から、スーツ姿の男が二人。

夜更けに、資料らしき箱を車に積み込んでいた。

 

(……やっぱり怪しいな)

 

シャッター音を殺しながらカメラを構える新一。

その背筋に、ひやりとした汗が伝った。

 

―――――

 

同じ頃、研究所の廊下。

灰原はファイルを抱え、白い蛍光灯の下を歩いていた。

どこかで足音が響く。

 

「……誰?」

 

振り返った瞬間、すぐ近くの角からスーツ姿の男が現れた。

「またお会いしましたね、博士」

 

昨日声をかけてきた投資会社の男だった。

にやりと笑いながら、再び名刺を差し出す。

 

「考え直していただけませんか? あなたの研究には可能性がある。我々と組めば――」

 

灰原の目が鋭く光る。

「……私は、もう誰とも“組む”つもりはないわ」

 

冷たい声に、男の笑みがわずかに歪む。

 

「……惜しいですね。ですが――いずれわかるはずですよ」

 

その言葉を残し、男は足音を響かせて去っていった。

灰原はしばし立ち尽くし、胸の奥にざらつく不安を押し込めた。

 

―――――

 

研究所の外。

カメラを構える新一は、不意に気配を感じて顔を上げた。

 

ガラス越しに見えた――灰原の影。

 

彼女もまた、一瞬だけ窓越しに夜の闇を見上げる。

そこに誰かがいることを感じたかのように。

 

互いに、声は届かない。

だが足音と視線は、確かにすれ違っていた。

 

―――――

 

工藤邸に戻った新一は、撮った写真を机に並べた。

そこには裏口で資料を運ぶスーツ姿の男たち。

そして、その背後に映り込んでいた一枚。

 

灰原の研究室の窓。

彼女が、ひとり静かに外を見つめている姿だった。

 

新一はしばし沈黙し、やがて小さく呟いた。

「……灰原。お前の道にまた、影が迫っているのかもしれないな」

 

胸に残るざわめきは、決して眠らせてはくれなかった。

 

―――――

 

研究所の会議室。

昼下がりの窓から光が差し込む中、数人の教授と研究員が集まっていた。

灰原はファイルを抱えて、静かに資料を提示する。

 

「これが、前回の実験データよ」

 

淡々と説明を続ける彼女に、年配の教授がうなずいた。

「……素晴らしい成果だ。しかし、資金の申請はやはり厳しいな」

 

別の若手研究者が口を挟む。

「外部からの出資話があるんですよね? 投資会社から」

 

灰原の表情が一瞬で冷えた。

「その件は断ったはずよ」

 

会議室に重苦しい空気が落ちる。

資金難にあえぐ研究所にとって、投資会社からの出資は魅力的に映っているのだろう。

だが灰原にとって、それは過去の亡霊を思い出させるものだった。

 

(私はもう、誰かの都合で研究なんてしない。二度と――)

 

胸の奥で強くそう言い聞かせた。

 

―――――

 

その頃、工藤邸。

新一は机に並べた写真を睨みつけていた。

 

「裏口から運び出されていた箱……あれは試薬か、資料か」

 

一人呟きながら、写真を拡大する。

写っていたラベルは、一見するとただの化学資材に見える。

だが――その一部に、微妙に偽装されたコードが印字されていた。

 

「これ……昔の組織のラベルに似てる」

 

胸に嫌な汗がにじむ。

組織は壊滅した。だが、その研究の断片を狙って新しい勢力が動いているのかもしれない。

そしてその矛先は――灰原。

 

「……灰原。お前を、また利用しようとする連中がいるのか」

 

言葉にしてみると、胸のざわめきはさらに強まった。

 

―――――

 

夜。

研究所の駐車場。

灰原が帰ろうとすると、またあの黒い車が停まっていた。

窓が下がり、昨日の男が笑みを浮かべる。

 

「博士、まだ考え直してはいただけませんか」

 

「何度言わせるの。私は――」

 

言葉を遮るように、後部座席から別の人物が姿を現した。

白髪混じりの壮年の男。

その鋭い目が、じっと灰原を射抜く。

 

「君の研究は、我々の未来に必要だ。必ず手を貸してもらう」

 

ただの勧誘ではない。

その声には、命令にも似た圧があった。

 

灰原の背筋に冷たいものが走る。

だが彼女は一歩も退かずに言い返した。

 

「……私は、私の意思でしか研究しないわ」

 

沈黙が数秒。

やがて車の窓が閉まり、エンジン音とともに闇に消えていった。

 

残された灰原は、小さく息を吐き、夜空を見上げた。

 

(工藤くん……あなたなら、この影をどう見るのかしら)

 

その視線の先。

闇に潜む別の影――新一が、研究所を見張り続けていた。

 

互いに気づかぬまま。

だが確実に、二人の道は再び交差へと近づいていた。

 

―――――

 

深夜の研究所。

静まり返った廊下に、規則正しい靴音が響いていた。

 

白衣を脱ぎ、荷物をまとめようとしていた灰原は、ふと異変に気づく。

「……?」

カードキーを持たぬはずの時間に、研究室のドアが開いたのだ。

 

現れたのは――黒い作業着の男たち。

無言のまま部屋に踏み込むと、机に置かれたデータ端末に視線を走らせた。

 

「っ……!」

灰原の指が反射的にキーボードに走る。

一瞬で暗号化プログラムを起動し、ファイルを閉じる。

 

「勝手に触らせると思う?」

 

男たちは何も答えず、無造作に彼女を押しのけようとする。

細身の身体が壁に叩きつけられ、息が詰まった。

 

(やっぱり……狙いは私の研究データ……!)

 

必死に立ち上がり、パスワード入力画面を閉じたまま、端末を抱え込む。

 

―――――

 

同じ時刻、工藤邸。

新一は机に並べた写真と資金ルートの資料を見比べていた。

 

「……不自然に流れている金。しかも研究所のセキュリティ業者にまで繋がっている」

 

胸にざわめきが走る。

(まさか……研究所そのものが乗っ取られ始めてるのか?)

 

立ち上がり、コートを羽織る。

そのとき、机の上のスマホが震えた。

 

表示された名は――阿笠博士。

 

「もしもし、博士?」

『新一くん、大変なんじゃ! 哀くんが……研究所にまだ残っとる! しかも何やら不審な車が周りをうろついとるようでな……!』

 

博士の声は震えていた。

新一の心臓が大きく跳ねる。

 

「……灰原!」

 

短く叫ぶと、彼は駆け出していた。

 

―――――

 

研究所の中。

灰原は男たちの一人に腕を掴まれ、必死に振りほどこうとしていた。

 

「離してっ……!」

 

だが力の差は歴然だった。

倒れ込んだ彼女の耳に、男の低い声が響く。

 

「抵抗するな。我々は君の研究を未来に繋げるだけだ」

 

「未来……?」

その言葉に、灰原の瞳が一瞬だけ揺れた。

 

だが、すぐに冷たい光に変わる。

「それは――人を操るための未来でしょう」

 

その瞬間、研究室の照明が不意に消えた。

闇の中、誰かの足音が響く。

 

灰原は息を呑んだ。

(この気配……まさか……)

 

暗闇の中、鋭い声が走った。

 

「そこまでだ!」

 

――工藤新一の声。

 

暗闇に響いた声に、灰原の瞳が大きく見開かれた。

(……工藤くん!?)

 

非常灯が点き、赤いランプが研究室を照らす。

ドアの前に立つのは、子どもの姿をした江戸川コナン――いや、工藤新一。

 

「灰原、下がれ!」

 

迷いのない声に、灰原は咄嗟に端末を胸に抱えて後退する。

その前に立ちはだかるように、新一が足を踏み出した。

 

―――――

 

男たちが動いた。

一人が新一に向かって腕を伸ばす。

だが次の瞬間、閃光弾が小さく弾け、白い光が部屋を覆った。

 

「ぐっ……!」

男たちが目を押さえる。

 

新一はすかさず灰原の腕を取り、声を低くした。

「出口まで走るぞ。こいつら、本気でデータを狙ってる」

 

「……またあなたに助けられるのね」

灰原は息を呑みながら皮肉を返す。

だがその目には、ほんのわずかに安堵が滲んでいた。

 

「助けるのは当然だろ。お前は――俺が守る」

 

一瞬の沈黙。

だが答えを返す暇もなく、背後から再び男たちが迫った。

 

―――――

 

非常階段を駆け下りる二人。

コンクリートに響く靴音と、追いかけてくる足音が混じり合う。

 

「……研究所の内部まで入り込んでるなんて、予想以上ね」

灰原の額に汗が滲む。

 

「だから言ったろ。最初からきな臭いって」

新一は息を切らしながらも、冷静に周囲を確認していた。

 

背後から伸びた腕をかわし、灰原を庇うように身体を滑り込ませる。

その瞬間、灰原の胸にかすかな痛みが走った。

 

(……やっぱり、私はまだ一人じゃない)

 

―――――

 

非常口の扉を蹴り開けると、夜風が二人を包んだ。

外には依頼人が仕向けたのか、黒い車が数台待機している。

 

「やれやれ、歓迎が手厚いな……」

新一が息を吐く。

 

灰原は端末を強く抱きしめ、唇を結んだ。

「工藤くん、もしものときは――」

 

「バカ言え。『もしも』なんて言葉は、俺といるときに使うな」

 

その声に、灰原は小さく目を細めた。

「……相変わらずずるいわね」

 

次の瞬間、車のドアが開き、男たちが再び二人を取り囲む。

 

緊張が張り詰める。

夜の研究所に、決戦の足音が迫っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。