世界を変えるまで...そして変えてから...   作:ペンギンって可愛いですよね

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二章:第三話「夜の攻防」

黒い車から次々と降りてくる男たち。

非常口を抜けた新一と灰原は、瞬く間に包囲されていた。

 

「工藤くん……」

灰原が小さく呟く。

その声に、新一は短く返す。

「大丈夫だ。俺が前に出る」

 

男の一人が踏み込んできた。

新一は小柄な身体を生かし、相手の足元へ滑り込む。

次の瞬間、携帯型のスタンガンを叩き込んだ。

 

「ぐっ……!」

倒れる影。

 

「灰原、今のうちに!」

 

彼女は迷わず頷き、抱えていた端末をコートの内側へ隠す。

それを守るように走り出した。

 

―――――

 

しかし敵は容赦なく追ってくる。

灰原の背後から腕が伸びた瞬間、

「させるか!」

新一がその手首を蹴り払った。

 

「……どうして、いつもあなたが前に出るの」

灰原の声には焦りが滲む。

 

「探偵は依頼を守るもんだ。それに――」

短く息を吐き、敵を睨みながら言う。

「お前を守るのは、依頼なんかじゃなく……俺自身の選択だ」

 

灰原の胸に一瞬、熱いものが走った。

だがその余韻を遮るように、別の男が棒状の武器を振り下ろす。

 

―――――

 

「危ない!」

灰原が思わず新一を突き飛ばした。

金属音が夜に響き、灰原の腕に浅い傷が走る。

 

「灰原!」

新一が駆け寄り、その身体を支えた。

 

「……工藤くん。守るって、こういうことよ」

苦笑を浮かべる灰原に、新一は唇を噛む。

 

「バカ野郎……俺が守るんだ。お前にそんな真似、させるかよ」

 

怒りを帯びた瞳が、次々と迫る影を射抜いた。

 

―――――

 

博士から渡された新型の閃光弾を取り出す。

「目を閉じろ、灰原!」

叫んだ瞬間、白い閃光が夜を切り裂いた。

 

男たちの悲鳴が重なり合い、その場に混乱が広がる。

 

「今だ、走れ!」

新一は灰原の手を掴み、夜の路地へと駆け出した。

 

―――――

 

息を切らしながら二人は走り続ける。

背後の足音が遠ざかり、ようやく人気のない路地にたどり着いた。

 

壁に背を預け、肩で息をする新一。

隣で端末を抱えたまま座り込む灰原。

 

「……相変わらず無茶するわね」

震える声で呟く。

 

新一は息を整えながら、小さく笑った。

「お互い様だろ。俺が守るって言ったのに……お前まで俺を庇いやがって」

 

「ふふ……仕方ないじゃない。あなたは無鉄砲すぎるから」

 

目が合う。

数秒の沈黙のあと、二人はわずかに笑みを交わした。

 

だがその影に潜む危機は、まだ去ってはいなかった。

新一と灰原の知らぬところで、さらに大きな計画が動き出そうとしていた――。

 

 

人気のない路地裏。

石畳に背を預け、灰原は深く息を吐いた。

抱えた端末の熱が、未だに腕に残っている。

 

「……ふぅ」

 

隣では新一が壁に手をつき、呼吸を整えていた。

子どもの体で全力で走ったせいで、肺が焼けるように熱い。

だが、その瞳はまだ鋭さを失っていなかった。

 

「追っ手は……撒いたな」

 

その言葉に、灰原はかすかにうなずく。

だが表情は強張ったままだった。

 

「工藤くん。どうしてここに?」

 

短い問い。

だがその裏には――「なぜ私を追ってきたのか」という感情が透けていた。

 

新一は一瞬、答えを迷った。

だが、視線を逸らさずに言う。

 

「……研究所に怪しい資金の流れがあるって依頼を受けた。調べてみたら、お前の研究所だったんだ」

 

「そう……」

 

端末を抱きしめる腕に、力がこもる。

灰原の瞳は揺れていた。

 

「私は……大丈夫よ。あなたが関わる必要なんてない」

 

冷たい声。

けれど、その奥に潜むのは――「関わってほしくない恐怖」だった。

 

「灰原……」

 

新一は一歩、彼女の方へ踏み出す。

その瞳は真っ直ぐだった。

 

「お前がどんなに一人で頑張ろうとしても、俺は見て見ぬふりなんてできない。だって……」

 

言葉を切り、喉が詰まる。

胸の奥に溜め込んでいた感情が、今にも溢れそうだった。

 

「……俺は、お前に生きていてほしいからだ」

 

――静寂。

灰原の呼吸が、一瞬止まった。

 

瞳が大きく見開かれ、言葉を失う。

 

数秒後、ようやく小さな声が零れた。

「……ずるいわね、工藤くん」

 

かすかな笑み。

それは彼女の「ありがとう」の代わりだった。

 

―――――

 

遠くでパトカーのサイレンが鳴り響く。

二人は顔を見合わせ、小さくうなずいた。

 

「行こう。ここに長居はできない」

「ええ」

 

並んで歩き出す。

だが互いの心臓の鼓動は、まだ速さを取り戻してはいなかった。

 

―――――

 

夜明け前の工藤邸。

新一は机に資料を広げ、目を走らせていた。

襲撃で奪われそうになった端末は、灰原がしっかり守り抜いた。

だが、その背後にある影はまだ正体を掴めていない。

 

灰原は椅子に腰かけ、冷めた紅茶を見つめていた。

「彼らは“未来”って言ったわ。まるで、私の研究が人類を導くみたいな言い方をして」

 

「未来、か……」

新一は顎に手を当て、資料を見つめる。

 

「組織の残党じゃない。奴らはもっと表の顔を持ってる。

投資会社、研究支援財団……名前を変えて、表向きは正義面して近づいてきてる」

 

「……つまり、私の研究を利用して、軍事や金儲けに繋げるってことね」

灰原の声は冷え切っていた。

 

―――――

 

そのとき、扉がノックされた。

入ってきたのは蘭と博士。

蘭は心配そうに灰原を見つめ、博士は袋を提げていた。

 

「哀くん、大丈夫かの? 怪我はしてないか?」

「……擦り傷程度よ。博士、心配しすぎ」

 

灰原が小さく肩をすくめる。

だが博士の目は真剣だった。

 

「哀くん。君は一人で立ちたいんじゃろうが……敵もそれをわかっとる。孤立したところを狙うつもりかもしれん」

 

灰原は短く息を呑み、視線を伏せた。

 

蘭がそっと言葉を添える。

「哀ちゃん……一人で背負わなくていいんだよ」

 

――その言葉に、灰原の胸がわずかに揺れた。

けれど、答えを出すことはできなかった。

 

―――――

 

夜が明け、研究所近くのカフェ。

新一は調査ノートを開き、灰原と向き合っていた。

 

「襲撃の時、奴らが使ってたセキュリティカード……偽造じゃなく、本物だった。

つまり内部に協力者がいるってことだ」

 

灰原の表情が硬くなる。

「研究所の中に……?」

 

「おそらくは資金難に目をつけられた誰かだ。外部の金と利権に釣られた」

 

新一の声には怒りが混じっていた。

「お前の研究を守るには、敵の正体を暴くしかない」

 

灰原はしばし黙っていたが、やがて小さく笑った。

「……結局、また一緒に事件に巻き込まれるのね」

 

新一も苦笑で返す。

「探偵の宿命だな。……それに、お前のことだから放っておけない」

 

灰原は視線を逸らし、紅茶を口に運んだ。

その頬がほんの少し赤らんでいることに、新一は気づかなかった。

 

―――――

 

店を出る二人を、遠くから一台の黒い車が追っていた。

窓の奥で、あの白髪混じりの男が静かに笑う。

 

「……やはり、工藤新一も絡んできたか」

 

次なる一手が、すでに準備されていた。

 

 

研究所での一件から数日。

灰原は博士の勧めもあって、しばらく工藤邸で休養することになった。

 

「哀くん、ここなら安心じゃろう。新一くんもおるしのう」

博士の言葉に、灰原は小さく頷く。

「……あまり気は進まないけど」

 

玄関をくぐった瞬間、灰原の胸には奇妙な感覚が広がっていた。

かつて何度も出入りしたこの家。

けれど「身を寄せる場所」として訪れるのは初めてだった。

 

―――――

 

客間のソファに腰を下ろし、窓の外を眺める。

木々を抜ける陽射しは柔らかいのに、心の奥にはまだあの夜の冷たい影が残っていた。

 

「落ち着かないなら、俺の部屋を使ってもいいぞ」

声に振り向くと、トレイに紅茶を載せた新一が立っていた。

 

「……子どもみたいに扱わないで」

灰原はそっけなく答える。

だが湯気の立つカップを受け取る手は、わずかに震えていた。

 

「灰原。お前……まだ眠れてないだろ」

 

静かな指摘に、灰原は目を伏せた。

 

―――――

 

夕方、蘭が果物を手に訪れた。

「哀ちゃん、ゆっくり休んでね」

「ありがとう。……お世話になってばかりね」

微笑んだ灰原に、蘭は少し安心した表情を見せた。

 

蘭が去ると、リビングには新一と灰原だけが残った。

 

「……迷惑かけてるわね」

灰原の声は小さい。

「迷惑なんて思ったことない」

新一は即座に返す。

 

灰原は紅茶の表面を見つめながら、わずかに笑った。

「相変わらず……ずるい答え方をするのね」

 

新一も苦笑する。

だがその笑みの奥にあるのは、彼女を守りたいという確かな意思だった。

 

―――――

 

夜。

工藤邸の客間で横になる灰原の耳に、時計の針の音が響く。

眠ろうとしても、闇の中の影が頭を離れない。

 

(……結局、私はまだ誰かの庇護下にあるのかしら)

 

そう思ったとき、不意に隣室から新一の声が聞こえた。

「……大丈夫だ。ここにいる限り、何があっても守る」

 

独り言のようなその声。

だが灰原の胸は、不思議な安堵に満たされていった。

 

瞼を閉じると、ようやく浅い眠りが訪れた。

それはほんの束の間の休息だったが――彼女にとっては何よりの救いだった。

 

 

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