水葬ができない菓子もどき
黒い顔付きを追いかけようにも手がかりがなくては始まらない。闇雲に探すには巨神界は縦にも横にもあまりに広すぎる世界だ。
ラインはまずコロニー6を目的地にしようと提案してきた。コロニー9を除けば現在残っている唯一のホムスのコロニーである。立地としても機神兵の拠点があるとされている大剣の渓谷と今回襲撃されたコロニー9の中間に存在する。大剣の渓谷から機神兵が来ていると仮定した場合、瞬間移動やワープといった技術でもない限りコロニー6及びその近辺は通過せざるを得ない。コロニー6で襲撃が無かったとしても何らかの異変や予兆を見ている可能性は大いにある。
コロニー9から出るにはどうやったってテフラ洞窟を抜け、巨神の膝まで出る必要がある。コロニー6は巨神の膝からさほど遠くもないし、徒歩で旅をする以上必ず通過点にはなるのだ。寄らないより寄った方が遥かに利点が多い為、一旦の目的地をコロニー6と定めた。
コロニー9正面口からテフラ坂を通りテフラ洞窟へと入る。遺跡までの道のりには数名の防衛隊員が確認できた。挨拶程度は流石にしたのだが、話を聞いてみると先日の被害でようやく防衛隊に所属する者の責任を思い知らされたと口々に漏らしていた。襲撃されてから背負った
でも俺は彼らに対して偉そうな物言いが出来る立場ではないのだ。そもそも本来であれば会話さえしてはならないような異質な存在である。複雑な気持ちはあるがこれ以上悪化はしないであろう。その点だけは救いだと思うことにした。
シュルクとラインも口や顔には出さなかったが、今になってから後悔している者がもう少し真面目に訓練に励んでいればもっと被害は減らせたかもしれないと思いはしただろう。過ぎ去ってしまったことには何も出来ないからこれからを変えるのが最善だと分かってはいるが、ほんの少しでも違っていればフィオルンは死なずに済んだのではないか。どうしてもそんな考えが過ってしまう。
しかしながらどれだけ考えたとて失われた命は戻ってこない。後悔している者だって少なからず大切なものを失っているのは同じなのだ。ここで「お前達のせいで」などと責め立てるのはお門違いだ。
嫌な感情は強引に飲み込んで胃の中に戻す。そのまま胃液で溶かされて跡形も無く消えてしまえばいい。
今の自分達の目的は同郷の仲間を糾弾することではない。黒い顔付きを斃すことだ。そこを間違えてはならない。
マグ・メルドの遺跡までの道のりはシリンダー格納庫に向かうまでと共通だ。遺跡の中に入ってから別のルートを選ぶことで巨神脚側に出られる。この間は遺跡から一度出た後にシリンダー格納庫へと向かったが、今回は途中で右に曲がり別の道を進む。
脱出ポッド室に繋がる扉を
しかし裏を返せば道標が無ければ迷いやすいとも言えるし、武装している隊商でも脇道に逸れてしまえば相手にしたくないモンスターが生息している証拠でもある。ランプの置かれた最も安全とされているルートから外れないこと、外れなくとも強力なモンスターに襲われる可能性は常に付き纏うことを忘れてはいけない。
道なりに進みテフラ大空洞に出る。嘆きの泉の外周に沿って下り、ランプの設置された別の道で再び上へと向かう。似たような岩壁が続く上に大きく曲がったり上がり下がりまで加わる為、普段からテフラ洞窟を通り道としない者は間違いなく迷ってしまうだろう。
幸いモンスターに関しては好戦的な奴らとは出会わずに済んでいる。コロニー9を発ってからそれなりの時間こそ経過しているが、シュルクもラインも無傷のままここまで来られた。
途中、嘆きの泉よりは遥かに小さいが洞窟の隅にある一つの泉で足が止まる。水中に含まれるエーテルが仄かに輝いており美しいアクアグリーンの粒が浮かぶ光景ではあるが、足を止めた理由はそれに目を奪われたからではない。泉の近くで三人のホムスが倒れていたからだ。
装備に付けられたエンブレムと差し色の緑からコロニー6からの隊商だとラインが判断した。ここしばらく物資の搬入が無く、ライン達防衛隊も変には感じていた。その理由は目の前の通りだ。
具体的に死後どれ程の時間が経過したかまでは専門的な知識を持たないので不明だが、傷の痕を見るに機神兵によるものではない。物資の搬入が止まった時期を踏まえると、最低でも二週間以上前にテフラ洞窟に生息するモンスターにやられたのだろう。
巨神界で命を落とす理由のほとんどはやはり機神兵によるものだ。だからこそ、それ以外の理由で死んでしまうのは悔しいだろうとラインは掌を強く結んだ。
対してシュルクは彼らに家族や子どもはいたのかを心配していた。ラインは何故その点を気にするのかを不思議がっているが、俺にはシュルクの気持ちが分かる。家族を残して死んでしまったなんて、それこそフィオルンと同じではないか。命の落とし方に差はあれど、残された側の気持ちを考えてしまうと胸が苦しくなるのも無理はない。
どこかの誰かにとって、きっと大切な存在であった彼らは二度とその誰かのところへ帰ってくることはない。肉体のみ帰れたとしてもそこに魂は宿っていない。
「……ねぇライン。この人達、巨神に戻してあげようよ」
せめてと言ってはなんだが、適切な葬り方をするのが彼らへ出来ることの最大限に思えた。
巨神から生まれたものは巨神へと還る。水の中へと遺体を流すことで肉体のエーテルが巨神へと還り、再びどこかで別の形を持って巨神から生まれてくる。全ての命は巡ることでまた出会えるという考え方だ。だから巨神界での死体処理の主な方法は火葬ではなく水葬である。土葬でも良さそうなものだが、モンスターに掘り起こされたり肉体の腐敗による異臭などの観点からあまり推奨はされていない。
文化として見れば大変興味深く面白いが、この世界の構造を理解した上で見ると巨神にとってあまりにも都合の良い仕組みとしか思えなくなる。ホムスやハイエンター、ノポン、モンスターと種類を問わず、死体が大地に還ることは有機体が持つエーテルを全て巨神が回収することに直結する。生命体の栄養摂取などでエーテル量の収支は常に変動するが、生物が子孫を残し繁栄すれば有機生命体は何もせずとも勝手に増え続ける。それが命を落とし、水葬されて巨神へと戻れば復活の為のエーテルとして効率良い回収が可能になる。
腹立たしいことこの上ないが、長い歴史の中で定着した一つの文化に正面から異を唱えるのはできない。人同士の争いもこういった否定から始まることがほとんどである。真実は知っているが文化の尊重と、邪な想いなど無く真っ直ぐに目の前の人を弔おうとしているシュルクの為に一切の意見は言わない。勿論これ以上干渉しないと決めたのもある。
ここまでの道のりと三名の遺体を巨神へ還したことで随分と時間も経っていた。洞窟の中では陽の位置は当然分からないが一度しっかりと休息を取りたい頃合いだ。身体的な疲労もある。一度泉の傍で火を起こして腰を下ろす。ラインに先に休むよう促したのだが彼は数十分してすぐに起きてきてしまった。シュルクもまだ眠れそうにないので、とりあえず座ったままぼんやりと休むことにする。
「……なぁ、機神兵って何で襲ってくるのかな」
元からラインは黙って考え込むことが苦手であり、長い沈黙にもあまり耐えられない性格だ。気まずくなったのかそんな事を口にした。
現状では機神兵との意思疎通は不可能と考えられている。共通の言語を持つのか、そもそも思考するのかも分からない。
機神兵にとってホムスは食い物であるのか、ホムスは機神兵に対して何か悪いことでもしたのだろうか、それとも他の理由があるのだろうか。
「大昔にあったっていう巨神と機神の戦争の神話……。それが原因だったりすんのかな?」
「どうだろう。でも機械が生物をエネルギー源にするとは考えにくいから、少なくとも食料にしたいからが理由ではないと思うな。エネルギーにしたいなら加工したり必要な物だけ分離させる方が現実的だよ」
「考えたくもねぇ……」
実際のところラインの推測はほとんど合っている。ホムス——というよりこの場合は"巨神"が"機神界"に対して侵略行動を起こしたのは事実だ。それが現代にまで伝わっている二柱の神の戦いである。巨神界の生物は機神界の生物と比べるとハイエンターを含めても短い為に、今現在を生きる存在の中で当時の戦争を実際に目にした者は巨神とその使徒くらいしかいない。逆に機神界人は実際にその戦争を経験しているから温度差がこうして生じている。
簡単ではない問題が絡んではいるが、結局機神兵はラインやシュルクにとって巨神界に攻め入ってくる存在であり、故郷を灼きフィオルンを殺した敵でしかない。容易に許せはしないことに変わりはない。
会話の中でラインが零した"機神兵がフィオルンを殺した"という言葉を聞いたシュルクが膝を抱え直した。単に楽な姿勢になる動きとは言えないそれをラインは見逃さない。少し様子がおかしいのを疑問に感じた声色でシュルクの名を呼んだ。
「あのさ……その、僕……」
言うべきか言わざるべきか。ぎりぎりまで迷いはしていたがシュルクは震える唇で次の句を紡いだ。
「……見てたんだ。あの時、フィオルンが自走砲に乗ってきた時、モナドがフィオルンの身に何が起こるのか僕に見せてくれたんだ。あの場で僕だけが知ってた、このままじゃフィオルンが死ぬって分かってたんだ。なのに助けられなかった……! 僕が、僕がフィオルンを……!」
「シュルク」
ラインが片腕を伸ばしてシュルクの肩を掴んだ。強引に言葉を遮らせて、その先を消して言わせぬように。
「お前のせいじゃない。いきなりそんな凄い武器持って未来が視えたからってどうにか出来るもんじゃねぇ。お前はよくやったよ。あの機神兵の軍団を撃退したんだぞ」
奇しくも少し前に見晴らしの丘公園でフィオルンに励まされた時と同じ状況だと思った。
本当にすぐ一人で抱え込み、自分のせいだと己を追い詰める。そう考えてしまう気持ちも分かるが、それにしたってシュルクは俺が知っていた以上に自責の念が強いように感じる。
「俺さ、この間からちょっと考えてたんだ。何でお前がモナドを使えたのかって。んでやっと答えが出たんだ」
ラインは割と最近になって"シュルクは十四年前のモナド探索隊の唯一の生き残りである"とディクソンから聞く形で知った。猛吹雪か何かのせいで両親も死んでしまい、一瞬で天涯孤独となってしまったシュルクを助けたのが救助に向かったディクソンだった。
「……ライン、逆に今まで知らなかったの?」
「他のみんなと同じで、機神兵に身内を殺されて独りぼっちになったから連れてこられたかと思ってたんだよ。悪かったな」
「ごめんごめん、責めるつもりで言ったんじゃないよ。……もっとも小さかったからその時はよく覚えてないけどね」
「だからディクソンさんのこと手伝ってモナドのこと調べてんのか?」
自分のルーツが何も分からない。生まれた場所も両親の名も知らない。年齢さえも本当に十八歳で正しいのかさえ分からない。強引に縁を探しても見つかるのは一緒に発見されたモナド以外に無い。モナドを両親の形見として見ていないのかと問われれば否だが、動機としてはもっと単純だ。
「この剣が本当に巨神の剣で、神話に語られているように機神を打ち倒した物ならその秘密を知りたい。ホムスにとって機神兵の侵略に対する有効打になるのも大きいけど、始めたきっかけは純粋な好奇心や探究心の方がずっと強かった」
シュルクの答えを聞き、ラインは納得したような顔で頷いた。
「きっとお前、モナドに選ばれたんだよ」
「僕が?」
目をぱちくりとさせて驚くシュルクに構わず、ラインはそのまま続ける。
「あのダンバンでさえ持て余した伝説の剣なんだぜ? そんくらいあってもおかしくねぇよ。うんうん、我ながら納得できる答えだぜ」
ラインは一人腕を組んで自分の出した答えに満足している。実際にラインの言った通りで、巨神の武器としてのモナド、この世界の調律者としてのモナドの両者に選ばれている存在はシュルク以外にいない。
当人のシュルクはまだ納得していないようだが。選ばれたのならばどうしてフィオルンを救えなかったのか。その悔しさがまたシュルクの後頭部を押して俯かせる。
「少し休もうぜ。見張りは俺がしてるからさ、ちょっとでも寝ないと倒れちまうぞ」
「……うん、そうするね。おやすみ」
「おう、おやすみ」
焚き火が程良い暖かさになるくらいまで距離を取る。比較的眠りやすそうな壁に背を預けて座り込む。モナドは前へと持ってきて両腕で抱えるようにし、そのままゆっくりと瞼を下ろした。
シュルクの意識は
綺麗に飾られ愛で構成された本来の菓子とは異なり、こいつが行き着く先は食べてほしい愛しき人の胃袋ではない。汚泥やら
シュルクにとって辛いのはこれを身体の外に吐き出すことが叶わないことだ。物理的に取り出せる物でもない。誰かの胸の中で恨みつらみを喚いて吐き出すことも彼には出来ない。処分場まで辿り着くことさえ許されぬそれを誤魔化すように部屋の隅に追いやって忘れようとする。
そんなことをしたって消失はしない。取り除かぬ限り汚い菓子もどきはそこに在り続ける。部屋の隅に居着いたそいつは主人の知らぬ間に同化を始めて、主人の心の柔らかい部分に手を伸ばしてくる。その時はきっと何もかもが手遅れだ。
選ぶ道は二つに一つ、自死か世界の全てを否定して自分以外を破壊し尽くすか——自己の崩壊以外にない。
吐き出せないのならば自分でどうにかするしかない。己の中で無害な物質となるまで分解してしまうしかない。
——それを成せるのが復讐であり、やはり破滅と絶望と虚無のみが待つ終着点なのだ。
こんな酷い感情が渦巻いていても、身体の疲労には抗えずに徐々に意識は遠くなり闇の中へと沈んでいく。感覚が共有されている以上、瞼が閉じられている間は俺も外界の情報を得ることはできない。無理に意識だけ覚醒させたままである必要もない。俺も素直に一時の休息に身を任せることにした。