いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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未来視発動

 スパイドの卵嚢があった地点から奥へ伸びる道は緩い上り坂になっている。地味にキツいその道に文句や嘆きを吐く時間は無い。息が切れて喉が痛もうと全速力を必死に維持する。

 エーテルランプに従い道を駆け抜けるとすぐに広い空間へと抜けた。目の前に広がるのは洞窟の外に出たのではないかと錯覚するほどに明るい空洞と澄み切った湖だ。湖はヴィリア湖と呼ばれテフラ洞窟で最も大きな地底湖である。溶け込んだエーテル結晶の濃度も高く、これによって常に昼間のような明るさを維持している。

『ラインは……!』

『立ち止まるな! 走れ!』

『う、うん!』

 一秒の停止さえ惜しい。走る中で目指すべき地点を伝えていく。

『スパイドの巣はもう一層上にある。ラインが連れていかれたのも未来視にあった地点も同じ階層だ! とにかくまずはそこに上がるのが先決だ!』

 正面には洞窟内とは思えないほど幅の広い滝がある。明るさと豊富な水のおかげで植物もかなり育っており、上層に登る手段として岩の柱に巻き付いた蔦が利用できる。

『濡れるからって途中の陸地には上がるな。特に中央付近の小島周辺は立ち寄るな。暴食のオイゲンの縄張りに入る方が遥かに面倒だ。蔦まで最短距離で真っ直ぐに走り続けろ!』

 ユニークモンスターも他の雑魚モンスターも全て無視する。この付近は強さとしても大したことはないから背後を見せたとて問題はない。

 蔦に手をかけようとしたところで頭上から足音と草を掻き分ける音が通り過ぎていった。間違いなくラインがスパイドから逃げていった音だ。ギリギリ間に合うかと思っていたが、これで女王蜘蛛の部屋に辿り着く前にラインと合流する可能性は消えた。結局は一旦未来視通りにあの部屋までは行かねばならないが、そこからは未来視を必ず叩き割ってやる。

「は、ぁっ……、はっ……。……急がなきゃ」

 蔦を登り切ってすぐにまた走り出す。女王蜘蛛の巣窟はもうそこだ。道の先からラインが必死にシュルクの名を呼ぶ声が聞こえてくる。それにシュルクも名を呼ぶことで応える。

 君を助けたいから、死なせたくないから、せめて僕の声がする方へ来て! あっちに行ったら未来視のままになってしまうから!

 元から体力の無いシュルクが全速力で走った上に、蔦登りまでさせられているのだからとっくに身体は限界を超えている。身体の感覚が共有されているからこそ俺にも辛さは直接伝わってくる。

 それでも立ち止まるのは許されない、許されてはいけない。ラインまで失ってしまったら二度と自分が自分を許せなくなってしまうから。

『このままじゃラインが未来視の通りになっちゃう……!』

 助言をしては本来の流れに影響する? シュルク自身で何かを発動させるのを待つべき?

 いいや、そんなのはもう全てが馬鹿馬鹿しい。幸福な未来を確実に、必ず手繰り寄せるならば何だってやる。俺の知る流れから外れようとも何かを失いたくない気持ち、生きたいという想いを踏み躙る権利は誰にもない。

『俺はシュルクならモナドの新たな可能性を開けるって信じてる』

『でもそんなの……』

 細い道を抜け広い空間——女王蜘蛛の巣窟へと出てしまった。ラインは既にスパイドの群れに追われ女王蜘蛛の待ち伏せ地点へと追い込まれてしまっている。あの光景が現実になるまでもう十秒もない。

『さっきみたいな投げやりな意味じゃない。根拠になるだけの研究の積み重ねが俺達にはある』

 まずモナドは握った者の使いたい想いに反応して起動する。この想いや意志に反応する部分が単に起動させる一点には限らないはずだ。もっと具体的に「こうしたい」「ああしたい」という明確な意志を持って振るったのならば、ただ敵を斬り伏せる以外の能力が顕現するかもしれない。

 これはモナドの更なる拡張機能が秘められている可能性があるという研究結果も踏まえてだ。単に俺が以前に作品として見たからという神の視点での根拠ではない。導き出せるだけの証拠はきちんと提示されている。複数の層からなる透明なプレート部分はまだ最上層にしか文字を示していない。モナド側から様々な機能があると人間に伝えたがっているようにも見える。

 加えてシュルクはあのダンバンでさえ制御できなかったモナドを何の反動もなくここまで使いこなしている。人よりもモナド適性の高いシュルクであれば、モナドをただ敵を殺すだけの武器で終わらせないかもしれない。

『シュルクは今何を求めている? 死なせたくないとか失いたくないじゃない。もっとはっきりと、あの光景に何を描き足せば未来は変わる? あの未来視を破壊する為にはどんなことが起これば可能だ?』

 女王蜘蛛の意識を一時的に自分に向けさせる? 駄目だ。その一瞬の振り向きで巨大な脚の一本が偶々ラインの頭部を粉砕する軌跡を辿ってしまえば意味はない。

 周囲にいた蜘蛛を全て潰して逃げ道を作る? これも無理だ。あそこまで接近されては今更距離を取ろうと走ったとて、あの巨体から逃げ出す力はただの人間には宿っていない。

『……守りたい。いつも僕なんかを守ってくれるラインを守るモノがほしい! あの攻撃も完璧に防げるだけの"盾"があれば!!』

 モナドが黄のエーテルを吹き出す。初めて見る刃の色と共に浮き上がった文字はシュルクでは読むことは叶わないが、しかし間違いなくシュルクが望んだモノであった。

 現実の時間にすれば俺達の内側でのやり取りは本当に一瞬だ。つまり俺達にとっては女王蜘蛛が脚を振り上げる動作の時間だけあれば最悪の未来を破壊できる。

 こういうシナリオだからじゃない。シュルクが失いたくないと願ったから、エイルが真に幸せな結末を掴みたいと願ったから。

 そうしてやっと、未来は変えられるんだ。

 

「『モナド……"(シールド)"ッ!!』」

 

 細かいことなど考えていられなかった。突き動かされる衝動のまま持てる全ての力で剣を振り抜いた。刃から放たれたエーテルエネルギーはハニカム構造の球体の膜となりラインを包み込む。直後、振り下ろされた女王蜘蛛の脚はあまりに呆気なく弾かれた。

 ラインもシュルクも驚きで動きを止めていたが、女王蜘蛛はこの強固な盾を生み出したのがシュルクであると認識した途端にこちらへ向かって走り出した。

「危ねぇ!」

 僅かに遅れて現実を認識したラインも女王蜘蛛を追いかけて走り出したが、背後から小型のスパイドが何匹かまとまり一斉に飛びかかろうとするのをシュルクの眼は捉えた。

『まずい! "盾"が防げるのはそいつの持つ最大の攻撃(タレントアーツ)だけだ!』

 "盾"は強大な一撃を防ぐことに特化しすぎている。逆に言えば通常攻撃や、かなりの威力を持っていても最大の攻撃でないものは貫通してしまう融通の利かない能力だ。これでは女王蜘蛛に殺される未来は変わってもラインが死ぬ未来は変わらない!

『エイルが言ったんだろ! 僕ならモナドの可能性を引き出せるって! 僕は君の言葉を、君を信じた! それなら何かが出来ないって思う必要はない!』

 しかしシュルクは悲観しなかった。"盾"でモナドの持つ可能性を理解した彼は即座に次に打てる最善手を見出した。防げないのならば()けてしまえば良いと。

『避けられるくらいもっと速く走れるようになればいい!』

 シュルクの想いに呼応してモナドの刃が今度は色鮮やかな空色に変化する。そうして現れた文字は——。

「ライン! そのまま走って! モナド"(スピード)"!!』

 放った空色の斬撃は触れたと同時にラインの背を押す追い風となった。追い風を受けたラインはあっという間に女王蜘蛛を追い抜き、シュルクに一撃を喰らわせようとする脚との間に割り込んだ。そのままバンカーの平らな面を前面へと押し出して"盾"を維持した状態のまま、再びその脚を弾き飛ばした。

 守れた、なんて余韻に浸っている暇はない。喜ぶのはこの蜘蛛の巣の真っ只中にいる状況をどうにかしてからだ。

「ライン、攻撃からは"盾"と"疾"で僕が守る! だから気にしないでいつも通りに敵の注意を引きつけて! まずは雑魚から片付けよう!」

「任せとけ!!」

 ラインも新たなモナドの力に対して根掘り葉掘り聞きたいだろうが敵の殲滅を優先する判断をしてくれた。攻撃を受け止めるだけでなく回避まで強化となれば身軽になれる。バーサーカーを発動させ、すぐさまマッドタウントで敵からのヘイトを大量に稼ぐ。バーサーカーの効果により対象は敵一体ではなくラインの周囲全てに拡張された。

 スパイド達は女王蜘蛛——スパイド・クイーンも含めて強制的にラインの方を向かされた。そこからラインは攻撃アーツを次々に放ち雑魚から確実に潰していく。その間にシュルクはサイドや背後に回り込み、バックスラッシュやスリットエッジで追い討ちを重ねていく。

 モナドアーツが発動可能となれば"疾"をラインに与え続け、スパイド・クイーンの動きを注視して最大の攻撃が来るのに合わせて"盾"を纏わせて傷の一つも負わせない。数こそ圧倒的に不利だが、人の知恵とモナドの力を合わせることでその不利をひっくり返していく。

 スパイド達もまだ成熟しきらない卵嚢さえ利用し、スパイド・クイーンのフェロモンで強引に目覚めさせて有りったけの戦力で抵抗してくる。

 それでも俺達はここで死ぬわけにはいかない。ここを抜けて巨神脚まで出なければならない。ただ黒い顔付きへの復讐を果たすだけではない。(エイル)は復讐を越えたその先の世界と未来までシュルクを連れていく義務がある。

 そうして雑魚を潰して潰して、残るは女王ただ一匹だ。

「決めろシュルク!」

 ラインがエンゲージによりスパイド・クイーンの攻撃の矛先を自身に完全に固定する。更に正面からボーンアッパーを全力で顎部に喰らわせて大きく仰け反らせた。

 絶好のチャンスだ。シュルクは自分自身に"疾"を付与しスパイド・クイーンの真正面へと走り、その眼前で姿勢を一気に低くしてスライディングで腹部へと潜り込んだ。即座にモナドを両手で強く握って構え直し、上へと向けて刃を勢いよく突き立てる。

 "(バスター)"の文字と共に(すみれ)色へと変化したエーテルの刃が女王の腹部に突き刺さり、地面を滑るシュルクの動きに合わせて一気に切り開かれた。尻まで一気に滑り抜け即座に立ち上がりスパイド・クイーンから距離を取る。

 スパイド・クイーンはがくがくと脚を震わせたかと思うと力無く地へと伏し、腹部を裂かれたことで溢れ出した酸の海に沈みそのまま己の身を溶かして消えていった。

 

「……勝った、のか?」

 静かになった空間にラインの声が零れる。

 ——ああ、守れた、助けられた。生きていてくれた。

 シュルクの感情が伝わってくると同時、彼の足は真っ直ぐラインに向かって駆け出されていた。

「ラインッ!!」

 その勢いのまま恥も外聞も無くラインへ抱きついた。

「うおおぉ、っと……! ……やっぱりすげぇよモナドも、シュルクもさ」

 本当に全く躊躇も遠慮もなく飛びついたものだから、流石のラインもたたらを踏むがすぐに体勢を立て直してしっかりと受け止めてくれた。

「よかった……ありがとう……っ、生きててくれて……」

「礼を言うのは俺の方だよ。あー泣くな泣くな」

 ——ここ、こんなだっただろうか……。

 妙に距離の近さに違和感を覚えたが、実際この短期間に幼馴染を二人続けて失ってしまう未来と隣り合わせだったことを踏まえれば(あなが)ちおかしくもないのかもしれない。

 命は失えば二度と戻ってこないのが世界の摂理だ。フィオルンが死ぬ未来を視て、それが現実となってしまってからのシュルクの心への負担は俺が考えていたよりもずっと大きかったのだろう。黒い顔付きへの復讐という旅の目的こそあれど、大切な人が死ぬ未来を初めて変えられたのだからどれだけ救われたのかなど言わずもがなだ。

 あくまでも彼ら二人は大親友でありそれ以上でもそれ以下でもない。掌から伝わるそこにある命の温度が守れたことを今は素直に喜ぼう。多少の距離の近さに突っ込む方が野暮というものだ。

 余談だがシュルクが泣き止むまでの間は女性同士は多少距離が近くても何もないのに、男性だと微妙な違和感を感じる理由を考えていた。パーソナルスペースの差なのだろうか。でもスポーツなどで勝利した時は喜びを分かち合う為に男女問わず抱き付くなどあるし、肩を組む行為だって互いの身体の一部が触れ合っている。何とも不思議だ。

 要するにシュルクは平気かもしれないが、親友と言えどエイルは男性とゼロ距離であまり長い間いても特に嬉しくはないのである。ラインは人として好きだがとかそういうあれだ。正直女性相手でも同じかもしれない。今でも性自認があやふやなままだから、仮に男女のどちらと手を繋ごうとも気まずい気持ちが勝つのだろう。

 ……とりあえずそろそろ離れてくれないかシュルク。性別関係無しに何となく人肌に触れていたくない。

 

 シュルクもひとしきり泣き終わり、やっと落ち着いて話せるようになった段階で改めてラインがモナドの凄さについて触れる。ただ機神兵に効果的な武器に留まらず守りの面でも人の予想しない能力がこうして発揮された。

 更にモナド以外でも判明したのは未来視について。シュルクが視る未来は決定づけられた運命ではない。もしも完全に定められて固定されていたのならば、ラインを救うこと自体がそもそも不可能だ。加えてコロニー9を襲撃した機神兵相手でも攻撃を避けることを何度か成功させていることもその証明だ。

 此方が手出しできない完成されきった映像ではなく、このままお前が何も動かなければこんな未来が訪れるという警告であり脅しに近い。

 何もしない、何も出来ないままその時を迎えるか。それとも抗うのか。絶望の未来を変えたいのならば自ら動くしかない。どんな手段を使ってでも未来を変化させる何かを成すしかない。

「だから僕はこの力を使って未来を変えたい、変えてみせる」

 生き延びた人達を、目の前で生きている親友を、これから先出会うかもしれない新たな仲間の命を決して取り零さないように。

「そうだな。上手く使ったらきっと……きっとフィオルンも喜んでくれるさ」

「……うん。そうだと……嬉しいな」

 けれど死者の想いを推測するのは生者の特権であり暴力だ。フィオルンが実際にどう答えるのかは結局彼女自身の口から聞くしかない。

 これは自分達の旅を肯定する為に勝手に生み出した幻想の想いだ。確かに人の死を回避して命を救う行為に対してフィオルンは悪い顔をしないだろうが、シュルク達の旅の現在の目標は復讐なのだ。たとえ旅路の途中で誰かの命を救おうとも、黒い顔付きを追い続ける限り彼女は絶対に心の底から微笑んでなどくれない。

 その為にも俺はこの復讐の旅を変える。機神界から巨神界への侵攻の理由、顔付きの真実、二柱の神の戦い。必ずシュルクに情報を適切な形とタイミングで与え、復讐を捨てさせ和解を目指させる。

 知る物語で利用できるものは敢えて未来を変えずに進行させる、誰かの命が犠牲になる流れはそれを変えて未来へと繋ぐ。もう驕ったりしない。冷静であることに努めてこの物語をハッピーエンドで締め括る。

 (エイル)の考える最高の結末に必要のないモノは最後に必ず全て取り除く。全てだ。

 

 女王蜘蛛の巣窟から巨神脚側へ抜ける通路にはスパイドの糸が張られていた。続く道にはきちんとエーテルランプが設置されていることから、コロニー6の隊商も恐らくあのスパイド達にやられたのだろう。それから誰も通らずにしばらく経ってしまったことがよく分かる。

 糸自体は"斬"でさっくりと取り払い一本道をどんどん進んでいく。数分もすれば外からの光が差し込んできて思わず目を細める。やっと洞窟を抜けられることから自然と歩みは速さを増す。

 岩と砂ばかりだった道から一気に緑の生え広がる土と草の地面へ切り替わる。振り返って見上げた空には青空に輝く陽と真っ白な雲、我々が暮らす巨神とそれに突き刺さる大剣。何度見ても慣れることのない圧巻の景色だ。

 そして巨神の視線の先、雲の向こうから見え隠れする巨神と同等の巨大な存在——機神。巨神界にとって、シュルクとラインにとっての敵だ。

 

 二人が改めて決意を固めるのは一旦放置する。(エイル)が考えるべきはこの巨神脚で起こるであろう事態への対応だ。

 この時点で俺達の頭上には小型の偵察機が飛んでいるはずだ。モナドを持った者がコロニー6に近付いていると"赤い顔付き"に情報が渡り、そこに何人かの行動と思惑が絡みあって次の流れが生まれる。

 ここから最速でコロニー6を目指してギリギリでガドを救出できるかに賭けるか、途中でジュジュと遭遇してしまったらカルナと合流し、その間の流れはさておき赤い顔付きをそこから倒しにいくか。どちらに転ぶかはこの時点では不明だ。受け身にならざるを得ないのだからまずは前進し、次に出るサイコロの目で判断するとしよう。

 命の犠牲を減らすことも精神的な負担の軽減もやれるだけやる。負の想いを減らして正の想いを増やしてこその最高の結末だ。

 

 創世神話はまだ始まったばかりだ。

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