いつしか異物は喀血となる   作:坂野

14 / 45
第四章
ラグリナ渓谷道


 現在位置は巨神の膝小僧とでも呼べる場所だ。ロケーション名も直球に"膝頭の丘"である。目指すコロニー6はこの先——巨神の股間に存在する。巨神の睾丸などと言ってはいけない。巨神の睾丸だからエーテル鉱石が豊富だとか最悪な下ネタを連想してもいけない。元気で健全な青少年達は一度は思い付くが大人に怒られるのがオチだ。あまりに直球で神に対する冒涜である。

 俺は今それを考えてしまった自分自身に萎えている。それはもうげんなりと。

 そもそも一応、本当に一応だが巨神ザンザの性別は不明だ。しかし対になる機神メイナスは()神である。巨神(ザンザ)の元になった存在(クラウス)を踏まえても男神で良いと思うが不明である。謎だ。ザンザの股間部分が平たいから不明? あー嫌すぎる、奴の股間を考えても俺には何の得もない。この話はもうやめよう。

 

 閑話休題。とりあえず進む。脇道などは特に存在しないから道なりに真っ直ぐ進んでいく。

 脚の峠道からラグリナ渓谷道の間には目ぼしいものも特にない。記憶ではこの辺りにマリーゴールド色の光を放つポータルがあったはずなのだが見つからなかった。ノポン・ダイセンニンのいる修行の地へ飛ばされるあのポータルだ。あれはゲーム的なやり込みと衣装収集の為に存在する物であるし、今の俺達にとってはポータルが無くても全く困らない。ただ何となく「ああ、無いんだ」くらいのあっさりした感想だけ抱いた。

 ラグリナ渓谷道は高い崖とそれなりに生い茂る木々のせいで少しだけ薄暗い。加えて平原に抜けるまでの距離も想像——というより記憶以上に長い。

 この点はラグリナ渓谷道に限った話ではない。コロニー9やテフラ洞窟を見た時点で既に理解はしていたが、エイルが有する記憶以上にこの世界は広い。縮尺が異なっていると表現した方が良いだろうか。どうしても持つ知識はゲームという媒体を通してのものであり、世界の縮尺や時間の経過だって現実に適用すればとてつもなく大きくなるのは火を見るより明らかだ。

 テフラ洞窟を抜けた時はまだ青かった空も橙に染まり、陽もすっかり傾いてしまった。結局完全に夕陽が沈み切る前に辿り着けたのは平原の手前にいた三人組の旅人達がキャンプをしている地点までだった。

「おや、珍しいね。こんな所でホムスなんて僕ら以外では久しぶりだ」

「兄ちゃん達、コロニー9から来たのか?」

「……ちょっと待って、コロニー9からならテフラ洞窟を抜けてきたのよね?」

 男性二人、女性一人の旅人三人組はシュルクとラインを見ると自分達以外の人間に出会えたのが嬉しかったのか、此方が何かを言う前に色々と話しかけてきた。一瞬面食らいつつも女性のテフラ洞窟を抜けてきたのかの問いには首肯で答えた。

「……ってことはあの大きな蜘蛛をどうにかしてきたの!?」

「お、おう。俺達で何とか倒してきたんだけどよ」

「アレを倒したってか!? 兄ちゃん達やるなぁ!」

「僕達、そいつのせいでテフラ洞窟を抜けられなくてね。どうしようかとここで足止めを喰らっていたところなんだ」

 詳しく事情を聞くと、彼らはしばらく帰ってこない行商隊の調査と安否確認の為にコロニー6からやってきていた。出発したのは一月程前であり、ここに辿り着くまでは順調だったのだがスパイド・クイーンとその子蜘蛛の群れにより大幅な足止めを喰らってしまった。隙を突いて通り抜けようともしたのだが生憎失敗に終わり、コロニー6へ戻ろうにも距離や労力の観点からなかなか気が進まず途方に暮れていた。

 仮に戻るとしてもせめて行商隊に関する僅かな情報くらいは持って帰りたい。テフラ洞窟で何か起こったのか、はたまたコロニー9で何らかの騒動に巻き込まれて帰るに帰れなくなってしまったのか。

 ここで待っていればコロニー6から別の者がやってくるかもしれないし、逆にコロニー9の人が登ってくるかもしれない。もう数日だけ待ってみて何も進展がなければ一度戻ろうかというタイミングであった。

「その人達なんですけど……」

 シュルクが重たい口を開く。彼らが探しているのは間違いなく洞窟内で倒れていた行商隊の面々だろう。見つけたことや既に事切れていたこと、せめて安らかに眠れるように洞窟内で巨神へと還したことを伝えれば三人は各々悲しみとやるせなさに満ちた表情を浮かべた。

「……残念だが失ったものは戻らないからね。ありがとう、彼らを弔ってくれて」

「それに元凶のモンスターまで倒してくれたなんて頭が上がらないわ。お礼と言ってはなんだけど今日はもう遅いから私達のキャンプで一晩休んでいって」

 有難い提案だった。旅に出るに当たって最低限度の道具は持ってきたが、逆に言えばそれだけしか今のシュルク達には物がない。マット等は貸してくれる上に必要物資があれば割安で買わせてもくれると言ってくれた。頭が上がらないのは寧ろ此方である。

「そっちの金髪の兄ちゃんは早く休んだ方が良さそうだぜ」

 筋肉質な男性がマットの上に寝袋を敷き、二人の寝床を用意しつつシュルクを指さした。

「僕、ですか?」

「疲れた顔してるぜ。もうぶっ倒れる寸前だろ?」

 

 携帯食だけ軽く口に入れた後、旅人達やラインに促されシュルクはそのまま横になり眠りに落ちてしまった。シュルクが目を閉じているせいで視界は遮られてはいるが、エイル側の意識はまだ覚醒している。聴覚に意識を集中させて音で周囲の情報を得る。

 ラインはつい先程に買ったばかりのアルマ肉の缶詰を食べながら旅人三人と穏やかながらも会話を楽しんでいる。話題の中心は自然と旅の理由になるが、黒い顔付きへの復讐であることは伝えていなかった。復讐なんて伝えてしまったら止められてしまうかもなどとラインなりに考えたのだろう。コロニー9が機神兵に襲われ、その調査の為に少しコロニー9外部を見て回っているくらいの表現に留めていた。

 見た目と性格に反してラインには意外と賢いところもある。だが一般教養などの知識にはめっぽう弱い。よろいそでひとさわり、一刀瓢箪(ひょうたん)、両手に墓。頭だ、頭を狙え。

 加えて旅人達はラインの話を聞き、コロニー6も危ないかもしれないと少しだけ不安を見せていた。俺の持つ記憶に基づくがコロニー6はコロニー9が襲撃を受ける一ヶ月も前の段階で既に機神兵団に襲われている。しかし彼らは特にそのような話をしていない。ここは推測になるが彼らがコロニー6を旅立った直後に機神兵団が来襲したと思われる。まさか自分達の故郷がほぼ壊滅状態にあるとは夢にも思っていないだろう。

 脱出艇キャンプになる場所を横切ってはいるだろうが、あそこは手前の小さな森で入り口が上手く隠されている場所だ。運が良いのか悪いのか、旅人達は避難民にも未だに出会えていない。

 話題は旅の理由からあのクイーン・スパイドへと移った。以前はもう少し洞窟の奥に陣取っていたのだが、いつの間にかあんなに表側に出てきてしまっていたらしい。

 旅人達三人組の中では討伐依頼を出す案も出てはいた。しかしやはり時間がかかりすぎる問題と、もしかしたら再び奥に引っ込むかもしれない可能性も視野に入れて様子を見ていた。

 実際は行商隊が倒れていた近くに複数の卵嚢があったのをライン達が見ている。奥に引っ込むどころか勢力を拡大する途中だった。それを運良くシュルクとラインが親玉であるクイーン・スパイドを倒したことで防げたというわけだ。

「相当激しい戦いだったんだろうね。金髪の彼、随分と憔悴した顔をしていたから……」

 リーダーらしき男性の言葉をラインは少し低い声で肯定した。直後、額に張り付いた前髪を柔らかく払われる感覚がする。恐らくはラインが指で払ったのだろう。寝汗でもかいていたように見えたのかもしれない。

「……襲撃の時から色々あったからさ。隣にいる俺なんかよりずっと辛いと思う」

 幼馴染の死を目の前で見てしまったのはラインも同じであるし、彼はそれだけでない。スパイドの群れに追われた上に命を奪われる寸前まできていた。他人の死に直面するに限らず己の首元にまで死神の鎌を突きつけられているのだから、彼だって内面では相当擦り減っているはずなのだ。

 それなのにシュルクのことを心配してくれる彼は強い。その強さに無意識に頼ってしまっているからこそ、直接礼の言葉を伝えたいがシュルクは眠っているし俺から言われたとて困るだけだろう。

「だからさ、俺が絶対に守ってやるんだ。……機神兵に殺されちまった幼馴染——フィオルンとの約束でもあるしさ。それに敵の攻撃から守るだけじゃない。シュルクはすぐ一人で抱え込んじまうから、せめて俺だけは遠慮なく頼ってほしいし頼ってくれるような男にならなきゃな」

 今すぐシュルクを叩き起こしたい。こんなに素晴らしい友人が隣にいてくれることを知った方がいい。

「何たってシュルクの一番の親友だからな。そこはフィオルンにも負けるつもりはないぜ!」

 耳をすませておいて良かった。

 シュルクはこういう時に実は起きていたなんて人間ではない。本当に寝ている。故に己へと向けられる親愛や友愛さえも気がつくまでに時間がかかる。周囲に心配をかけないようにだとか、迷惑をかけぬように自分一人の力で解決を試みたりしてばかりだ。

 周囲は寧ろもっと頼ってほしいと思っている。彼の苦しげな表情なんて見たくないし、その表情が避けられぬのならばせめて要因を分かち合い負担を軽減したい。

 シュルクは決してそんな気持ちを拒んでいるのではない。受け取る資格がないと勝手に思い込んでいるだけだ。

 きっといずれは沢山の人達から"愛している"と伝えられるだろう。恋だとかそういう類ではなくもっと大きな括りの愛情として。そして真の意味で理解する瞬間以前からも周りから多くの愛を受け取っていたのだと知れるように、せめてエイルとしての記憶領域に刻んでおこう。シュルクが思い返した時に確かに感じられるように。

 (エイル)もお前を愛していたという小さな記録になるように。

 

 翌朝は気持ちの良い目覚めだった。天気は快晴、気温もまだ巨神脚の高さでは過ごしやすい。夜間の見張りも旅人の三人が交代でやってくれた。おかげで俺達は安心して心身共に休息を取ることができた。感謝するばかりである。

 旅人達は改めてコロニー9に向かう。コロニー6からの行商隊が来ない理由を説明せねばならないし、僅かな量であっても彼らが持つ商品を求めている者がコロニー9にはいるだろう。良い旅を——とは手放しで言える世界ではないが、せめて目的を果たすまで生きられるようにと互いの無事を祈って別れた。

「ゆっくり休めた?」

「それはこっちの台詞だぜ。他人に心配されるくらい疲れた顔してたのはシュルクの方だろ」

 再び歩き出した中での何でもない会話だった。

「……ん、ありがとう。僕はもう平気だよ、よく眠れた」

「そりゃ良かった。シュルクが倒れたら俺じゃ看病もマトモに出来ないからさ、休める時に休まねえと」

「そうだね。……それに何となくいい夢を見られた気がするんだ。内容は覚えてないけど」

 安全な場所で毛布に包まっているのに似た細やかな幸せと安心感。ずっと誰かが近くにいてくれている。無条件で守られてても良いのだと肯定されたような気がした。とても温かくて手放したくない夢だった気がする。

「……へぇ〜」

「なんだよ、ニヤニヤして」

「べっつに〜? 悪い夢見るよりはずっといいだろ?」

「そうだけど……。なんか隠してるだろ」

 きっと昨晩の旅人達との会話だろう。耳で拾った音がきっと夢に影響したのだ。本人は覚えていなくともラインの想いが届いたのはやはり嬉しいものだ。

『エイル、君もニヤついてるでしょ』

『気のせいだ』

『嘘だ。ニヤつき漏れてる』

 勿論、俺も嬉しい。

 

 長かった渓谷道が終わりを告げる。左右に聳え立っていた断崖が消えて視界が一気に開けたと同時に平原からの風が顔に直撃した。思わず瞼を閉じたが、視界からの情報を一時的に遮ったおかげで風が草木を撫ででいく爽やかさの満ちた音をより鮮明に耳で捉えることができた。閉じた瞼を再び開けば目の前に広大な草原が終わりが見えぬほどに広がっている。

 巨神脚、ガウル平原。四方を高い岩壁に囲まれて生きてきたコロニー9の人間にとっては吹き抜ける風の香りだけでその違いを実感できる。

 広大な景色に圧倒されつつ感動していたのも束の間、二時の方向には黒い煙が昇っているのが確認できる。小川にかかっている三本の自然の橋の内、中央の橋付近が発生源のようだ。

「誰かが焚き火してるんじゃないか? 飯とか分けてくれるかもしれないぜ」

「あんな場所でしないと思うけど……。それに食べ物はさっきの人達から少し買ったでしょ」

 人がいる可能性はあるのでそこを一旦の目的地として定める。

 煙に向かって歩く内に陽の角度も上がってきた。

 コロニー9であれば動いていると薄らと汗ばむ頃合いであるが、この巨神脚は一日の内で最も気温の高い時間帯でも過ごしやすい温度を保っている。大きな理由としては風が抜けていくからだ。コロニー9は立地上どうしても空気の流れが左右より上下に発生してしまう。不快の程度には至らないものの空気が留まりがちな場である。雨上がりなんかは草いきれの匂いを強く感じる。風の香りの差とはそういった点の違いだろう。

 気候的には温暖で少しばかり湿度の高いコロニー9よりも過ごしやすいと感じる者も多いだろう。しかしながらその快適な気候に加え、こんなに広い草原が存在するということは様々な種の生物が活動するにはあまりに適しすぎている地でもある。少し見回しただけでもアルマやアルドン、ターキン、フライアやタートスまでもが確認できる。夜になればランプスやヴォルフも活動的になるし洞窟内にはアントルやヴァンプも多くいる。

 タートスやヴォルフ等は適切な知識を持たずに近寄るのは危険な部類の生物だが、ここにはそれを超える危険なモンスターが二種も存在する。更にその上澄——ユニークモンスターまでもが平然と闊歩しているのだ。

「——でっけぇ……」

 数百メートルは離れているのにはっきりとその姿を肉眼で捉えられる巨大なゴゴール——縄張りバルバロッサを眺めてラインがぼやいた。

 そうなのである。この巨神脚にはゴゴールがそれなりの数で生息しているのだ。しかもあの縄張りバルバロッサや不動のゴンザレスのように群れを作らずに一匹で逞しく生きている奴までいる。逞しすぎる。

 もう一種はトキロスだが、これは生息範囲が巨神脚のかなり端である。更に支配域は主に空である為に滅多なことでは遭遇しないのが救いか。

「歩いてる分にはいいけど、他のモンスターと戦ってる時にうっかり近寄りたくないね……」

「だな……。あんなのどうやって倒すんだよ」

 ゴゴールは見た目の割に強くない——とはゲームでの話だ。現実としてあんな巨大な生物を実際に見てはあまりにも甘すぎる認識でしかない。仮にステータスとして俺達が高レベルだったとしても拳一つ喰らうだけで即死だろう。世界を虚構や物語としてではなく現実として捉えるとはそういうのも意味する。

 しかしながらいずれはあれ程度と同等か、それ以上に巨大な機神兵に刃を向けざるを得ないのもまた現実なのである。シュルクが辿り着くべき結末、エイルが望まねばならない世界とは冗談抜きで死と隣り合わせで進まねば手に入らない。

 "死"は気を抜けば胸ぐらや足首さえも引っ掴んで、命の存在しない暗闇に引き摺り込もうとしてくる。だが死を恐れずに戦わねばならない。それは勇者か愚者のどちらにでもなり得る行為だ。その判断を下す権利は神にさえも与えられていない。ただ目の前にいる現実が淡々と結果を告げるのみ。

 

 それでもシュルクは"勇者"や"英雄"となる以外に道はない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。