黒煙の発生源は乗り捨てられた一機のバギーだった。物の放置や投棄はこの時世では別に珍しくはないが、こんな
しかも外装は綺麗なままだ。新品とは言えないが使い込んでいるとも言えない。綺麗な状態を保ったまま丁寧に使い込んでいるのではと突っ込まれる可能性も一応は考えた。仮にそうだったとしても薄傷や細かい汚れはもっとあるはずだ。
因みにシュルクの感覚で見ると、持ち主はこのバギーに強い愛着はないと判断できるらしい。普通に便利な道具だから乱暴に使うのは少し忍びない程度なのだとか。機械や工具を大切にする武器職人が言うと説得力がある。自分の身体は大切にしないが。
「誰のなんだろう。急な故障……?」
疑問と好奇心からシュルクが手を伸ばす。その指先が硬い金属の外装に触れるか否かの瞬間、視界から色が抜け落ち今見ていた景色とは全く異なる絵が流れ出す。
アルドンが二体、それに追われる少年、どこかの水辺の映像——
「男の子が襲われる! モンスターに!」
事情を知らぬ者であれば何を言い出すのかと首を傾げるだろうが、その最低限の単語だけでラインはシュルクの身に起きたことを理解した。
「見たのか! どこだ!?」
「それが……」
シュルクが言い淀む。巨神脚には来たばかりで今の未来視がどの場所で発生したのかなんて分からない。手がかりになりそうなのは小さな滝とそれで形成された池くらいだ。
『シュルク代われ! 大体察しはついてる、俺が案内できる!』
『うん、頼んだよ!』
「詳しい場所は分からないけどどこかの水辺なんだ! とにかく探そう!」
「……分かった。行くぞ!」
言葉の繋がりに違和感を持たれぬように知らない振りをしつつ目の前に流れている小川から即座に離れる。声の勢いもあったのか、ラインはその矛盾した行動に疑問を持たなかったように見える。特に否定の言葉は出てこなかった。
地味に情報の罠だ。水辺だからとこのまま川下に向かってもそこは未来視にあった場所ではない。答えはターキンの本営に繋がる道の手前にあるローのオアシスだ。
しかも厄介なことにそこへ向かうにはどうしても縄張りバルバロッサの闊歩範囲と被らざるを得ない。草を蹴りつつあのデカブツの行動ルーティンを把握する為に目を離さない。一定の距離を確保することを怠らず、奴が此方に背を向けたタイミングで一気に背後を横切る。
「ライン、アイツの後ろを過ぎたらきっと水辺が見えてくると思うんだ。先に行って見てきて! もしも未来視の通りだったら男の子を守ってあげて。いなかったらすぐに次のを探そう!」
「任せろ!」
ラインが背中のジャンクバンカーを抜いたのを確認し、俺もまたモナドを抜刀しつつ起動させる。
「いくよ! モナド
空色のエーテルの刃を振れば大きな団扇で煽いだかのように風が巻き起こる。モナドが発生させた疾き風は効果付与対象者を傷つけはしないが鋭く包み込む。目には見えない空気の流れが軽く弾けたのを頬で感じたのと同時、ラインの行動速度が一気に加速した。
ラインが先行して数秒後、がきんと硬い物同士が衝突する高い音が鳴る。確率は限りなく百に近いと分かってはいたが、未来視と記憶が合致したことに安堵する。
『ここからはお前に任せる。戦闘に関してはお前の方が確実だ』
『了解! ありがと!』
身体の主導権を再びシュルクへと返す。ラインに遅れること数秒、彼がバンカーでアルドン二体の突進を強引に止めているのを確認した。ラインの背後では
「大丈夫!? あいつらは僕達が何とかするから君は離れてて!」
「は、はい!」
少年の手を掴んで立たせる。身体を反転させて背中を軽く押してやれば駆け出しこそ若干おぼつかなかったものの、数歩もすればしっかりとした足取りで無事に走り出してくれた。あれならば攻撃の届かない範囲まで逃げられるだろう。
少年がアルドン達に何をしたのか定かではないが、アルドン達は随分と気が立っている。偶然縄張りに深く入り込みすぎたかと考えたが、アルドンの後方にはアルマが数体見えた。
『成る程、子育て中の個体か。怒って当然だな。シュルク、徐々に後退しつつ縄張りから抜ける。親個体が諦めるまで踏ん張れるか?』
『大丈夫。殺さないように何とかしてみる!』
シュルクはアルドンの側面へ回り、モナドを下から上へと大きく振り上げてエアスラッシュを放った。アルドンの姿勢を崩すと同時に局所的に起こった強い風によりラインとの距離を取らせることに成功する。
その僅かな間にラインの隣へと並び"盾"を発動して強烈な一撃を防ぐ壁を張る。これで僅かではあるがラインに作戦を伝えるだけの時間が稼げた。
「ライン、アルドン達は子どもを守ろうとしてるだけみたいだ! 傷つけすぎないようにして縄張りから抜けるから僕の合図があるまで引きつけ続けて!」
「おうよ! 任せとけ!」
作戦の通りに的確な防御をしつつゆっくりと下がっていく。時折シュルクがエアスラッシュやストリームエッジの風圧でアルドンの動きを鈍らせてラインが対処しやすくする。あくまでも刃で直接は傷つけない。エアやストリームの名のまま風の流れを起こすのみに留めている。
ローのオアシスの端付近まできたところでアルドンの攻撃の踏み込みが甘くなった。それを好機と判断したシュルクが合図を出した。
「ライン! アルドンを後ろに吹っ飛ばして!」
「っしゃあ! 喰らいやがれ!!」
待ってましたと言わんばかりにバンカーを盾として構えたラインはバンカーごと強烈な体当たりをお見舞いする。今回のチャージやシールドバッシュは本来であれば転倒した相手の脳を揺らして気絶まで追い込むのが正しい使い方ではある。しかしラインの強力なパワーを利用すれば大きくはなくともノックバックを与えることも可能になる。
アルドン達がチャージを受けて仰け反るよりも先にシュルクはシャドーアイを発動させた。自分の存在感を消して次にやることの効果をより増幅させる為だ。そこからアルドンの左側へと身体を移動させ、エーテルの刃を普段の何倍にも伸ばして大きくモナドを振り上げた。
「モナド、バスタァァッ!!」
高く掲げられた
アルドン達はそこで攻撃をぴたりと止めた。強大なモナドの一撃を目と鼻と角の先で見せつけられたことで本能的な恐怖を感じたのだろう。ここが縄張りの中央であれば親は命を捨ててでも子を守ったかもしれないが、もうローのオアシスは終わりに近づいている。無理に深追いしてもリスクの割に得られるものは少ないと判断する方が合理的だ。
互いに相手の挙動を見逃すまいと神経を張り詰めていたが先に折れたのはアルドン達だった。警戒心こそ全く緩めてはいないものの、シュルクとラインに背を向けて子のいる方へと戻っていく。
「……ハァ〜、何とかなったな」
「うん。ありがとうライン、君のおかげだ」
「何言ってんだよ、作戦立てたのはシュルクだろ」
深く息を吐いてやっと肩の力を抜けるようになった。
作戦が上手くいったのは互いが役割を果たしたから、お前が俺を的確に利用したから、君が僕の作戦を信じてくれたから。そんな互いを褒め称える意味合いも込めて、二人は拳同士を突き合わせて笑った。
「さて、と。無事か、少年?」
振り向けばアルドン達に襲われかけていた少年が岩陰から此方の様子を窺っている。シュルク達に対して警戒しているわけでもなく、ただ本当にあのアルドン達がもうやってこないかを判断しかねているだけのようだ。
「もう大丈夫だよ。縄張りの外に出たから」
そこでやっと少年は二人の方へとやってきた。
「あ、ありがとうございました……!」
両手を軽く握って心底助かったという声色で少年は礼の言葉を告げたが、シュルクはその握られた両手に微かな違和感を感じた。
「君、手怪我してない?」
「えっと、転んだ時に少し擦りむいただけです。キャンプに戻れば治療も出来るので」
「キャンプ?」
話を聞けば少年はジュジュと名乗った。エイルは勿論知っている。
ジュジュがアルドン達に襲われてしまった流れは次の通りだ。まずバギーが突如として故障してしまい走行が不可能になってしまった。どうしようかと考えあぐねており、とりあえず水筒に水でも入れようと徒歩でこのローのオアシスまでやってきた。そこでちょうどアルドンの親子が水飲みに来ていたのと鉢合わせた。あとは子育て中で気が立っていたこともあり近づく敵として認識されてしまい攻撃されかけた、といった具合だ。
『……武器の一つも持たずに不用心じゃないか?』
『そういうこと言わないの!』
というかバギーが放置されていた地点はジュジュが本当に向かいたいであろうコロニー6とは逆の方角だ。恐らくジュジュはまずヴォルフでも狩って実力があると示したかったのだろう。自分は強いから皆を助けにいけるとヴォルフの肉や皮でも持ち帰って姉を説き伏せる算段と見た。
でも結果はご覧の通り。獰猛なヴォルフどころかアルドンに追いかけ回される始末だ。腰に短刀も無ければ背にライフルを背負ってもいない。幼さ特有の正義感が暴走してしまっている。彼を責める気はない。世界は自分の想像以上に猛者だらけだとまだ知らないだけなのだ。
「そりゃ不運だったな。気をつけろよ」
「擦り傷も放置しちゃ駄目だよ。これじゃバギーのハンドルも握れないだろ? これくらいなら僕でも何とかなるから手出してくれるかい?」
ジュジュは一瞬戸惑いの表情を見せる。姉がコロニー6でも優秀な衛生兵だからその点では目が肥えているのだろう。こんな学者の匂いがする優男に簡単な治療の一つでも果たして出来るのかと言いたげな瞳をしている。分かるには分かる。包帯の一つも巻けなさそうなのは否定しない。
困惑しつつもジュジュはおずおずとシュルクに手を差し出した。その手を取ったシュルクは首にかかった小さなシリンダーの蓋を開け、中に入っていた回復用のエーテルを少量掌に落とした。エーテルを馴染ませるように優しい手つきで擦り込めば、ジュジュの擦り傷は何事もなかったかのように治癒されて消えてしまった。
「あ、ありがとうございます……!」
「応急処置だけどね。もし痛みが残るんだったら治療できる人に一回きちんと診てもらってほしいな」
これ、要するにライトヒールなのである。カルナのように銃の形で回復エーテルを撃ち出す形ならまだしも、メリアのように直接エーテルを操作するなんてことはただのホムスにはまず無理だ。だからシュルクが首からぶら下げたり、アームカバーに装備してあるシリンダーには基本的に回復用のエーテルが充填されている。ラインもフィオルンも自力での回復手段は持っていなかったから、少量ではあるものの自然とシュルクが回復用のシリンダーを持ち歩く役割になっていた。
実際に戦闘中にライトヒールを使うとなると、こんなに落ち着いての回復などまず無理なのは想像の通りだ。では現場ではどうしているか。単純である、シリンダーの蓋を開けて容赦無く対象者に浴びせるのだ。それはもう迷いなく。その時のシュルクなんて——主な被害者はラインだが——対象者の顔なんて碌に見てもいないから、エーテルをかけられた者の顔面はびしょびしょである。回復されたことに礼を言っているのに明らかに怒っているという矛盾した光景が拝める。
その後は放置されていたバギーのある場所へと戻り、シュルクが機体を見てその場で修理をしてくれた。おかげで粗大ゴミ化は避けられた。原因は回路が急にショートしてしまったことによるものでそれをさっと直しただけ、とは本人の談だ。シュルク、そういうのを世間は天才と呼ぶんだ。
他にも燃料タンクのエーテルも空になりかけではあるからシリンダーの交換も必須ではある。一度拠点なりに引き返してきちんとメンテナンスするのが賢明だ。
「あの、お礼と言ってはなんですが急ぎでなければ僕達のキャンプへ寄っていってください。軽い食事とか休憩くらいなら提供できると思います」
ガウル平原にホムスのコロニーは存在しない。この付近でホムスのキャンプとは事情があるだろうと判断し、素直にジュジュに案内をしてもらうこととなった。
バギーの燃料は空になりかけではあるがキャンプまでの走行には足りる分が残っていた。命の恩人に歩かせるのも申し訳がないと、後方の小さなスペースに腰掛ける形ではあるがバギーに乗せてもらうことになった。三ケツである。
余談だがこのバギーに乗ってみたかったので地味に嬉しい。それはどうやらシュルクとラインも同じなようで程度の差はあれど普段より上機嫌だ。バギーの振動に揺られつつの会話が弾んでいるのがその証拠だ。
「これいいな〜。俺がコロニー6に住んでたらこういうのに乗って走り回ってたと思うぜ。飛ばすの気持ちいいだろうな」
「バギーの一台でもあったら色んな所に手軽にいけるし、エーテル鉱床を見て回ったりパーツ探しも気楽に出来て便利だろうね。研究の効率も上がりそうだ」
「でもシュルクなら整備とか改造の方に夢中になるだろ」
「あははっ、言えてる。いかに快適に走れるかとか燃料効率の向上とか気になるからね」
「お二人はこういうの乗ったことないんですか?」
「俺はないなあ。操作は教わったけど自走砲もまだ若手でまだちゃんと乗らせてもらえないし」
「僕も少しだけ。簡単な動作確認と整備くらいで日常的には全然使わないよ、コロニー9って意外と狭いからね」
広い平野も無く道も狭いコロニー9では乗り物の類は兵器である自走砲を除きあまり存在せず、こうしてただ目的地に辿り着くことや運転を楽しむ物は自然と存在が薄くなる。この大きさの乗り物は巨神脚を主な活動域とするコロニー6の人々ならではだろう。技術が向上し小型化されたらコロニー9のように道幅が狭い土地でも普及すると思われる。
そんな談笑の渦の中、
ここでジュジュと遭遇したことでキャンプに寄らずコロニー6へ向かう道は無くなった。よってガドは恐らくこの時点では救出が出来ない。連れ去られてはしまうがせめて緑の顔付きのユニットとして使われることを祈るしかない。そうなれば救う手立てはもう考えてあるから何とかできる。歪な形であっても生きてさえいてくれればホムスとしての肉体を取り戻すことは十分に可能だ。
ならば素直に別の道を辿る方へ舵を切る。具体的にはジュジュやカルナにかかる余計な精神的負担を減らすことだ。現在のジュジュは機神兵に占拠されてしまったコロニー6を解放したいと焦っている。しかしそれで何の準備もなくキャンプを飛び出してしまうのは単なる蛮勇だ。しかもこれは常にジュジュの命が失われる危険性が付き纏う為に正直物凄く避けたい。カルナにとっても大切な弟がいつ殺されるか分からない心配をさせるのは大変心苦しいものがある。
つまりは何とかしてジュジュをコロニー6へ向かわせないようにしつつ、自分達はそこへと向かい機神兵からコロニー6を解放するのが現在取れる最善ではあるが、さてどうしたものか。