いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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脱出艇キャンプ

 ガムトの道標の近くにある小さな森は奥にある坂道を目立たぬように隠してくれる。森の中にもモンスターは生息しているが、外にいる大型の奴らの目を欺く点でメリットの方が大きい。仮に機神兵がこの近くを通っても、地上を進む道を取る限りは易々と見つからないだろう。

 その坂道を下った先にある小さな湖と洞窟に一時的に留まっているのがコロニー6からの避難民による脱出艇キャンプである。

 森の中には数名の見張りがおり、見慣れぬ顔ということで一瞬警戒はされたがジュジュと共にいることと彼自身が話を通してくれた為すんなりとキャンプ地へと足を踏み入れられた。徐々にバギーの速度が落ちほぼ停止寸前というところで、老齢の男性と会話をしていた一人の女性がバギーのエンジン音に反応して此方を振り向いた。

「ジュジュ! どこへ行ってたの?」

 彼女はジュジュを見るなり怒りを微かに滲ませた声色で此方へと歩み寄ってくる。グラマラスな体型で胸元も開いているし、更に(へそ)まで出ていては健全な男子はさぞかし目のやり場に困るだろう。また口元の黒子と濃藍の混ざった長い黒髪がこれまた艶めかしく美人さを引き立てているのだから、改めて考えると惚れた男性は少なくなかっただろうと思わされる。

 そんな魅力的な要素に全く興味を示さないのがシュルクという男である。未来では結婚もするし子どももいるのだから生理的欲求が欠けてはいない証拠はあるのだが、この二年間共にいてもこの男から性欲を感じたことがない。十八の青少年がそういう類のものに微塵も反応を示さないのは逆に不安だ。あんまり露骨なのも失礼だけども。

 おいライン、俺は見逃してないぞ。視界の物凄い端だったけどお前の顔がちょっと動いたのは分かったぞ。一瞬彼女の胸元見ただろ、谷間見ただろ。ヘッドスナイプで脳天撃ち抜かれても知らないぞ。シュルクと逆にお前は健全すぎる。

 ……まあシュルクはそういう性格と考えるか、もしくは過去に何かあったか。今度暇な時にでも記憶を漁ってみようと思う。

 そんなシュルクが他の一般の人を見る時と変わらない感覚で彼女の顔を見た途端、視界が一瞬真っ白に染まり色の抜けた映像が瞳に映し出される。——未来視(ビジョン)だ。

 見たことのない型式の機神兵の触手が力無くぐったりとした様子のジュジュを捕えている。そこへカルナが慌てて駆けてくるが、彼女もまた地中から現れた触手によって喰われるようにして胴体を掴まれてしまう。しかも触手はコロニー9で人を喰っていた機神兵と同じように先が開くタイプのものであり、内側にはびっしりと細かい歯が生えている。

 そして最後には暗くてよく見えなかったが、知らない巨体の機神兵らしき顔が此方を睨んでいた。

 そこで未来視は終わる。会ったばかりの人が襲われる映像なんて精神衛生上良いわけがない。

 黒髪の女性はジュジュがバギーに乗って帰ってきたことから何かを察したのか咎めるように話し出した。

「この前話し合ったでしょう? 私達はここで待つんだって」

 何かに対して待機せねばならない背景が彼女らにはある。少なくとも話し合いまでして決められた事柄であることから、今回のジュジュの行動は決して褒められたものではなかったらしい。それでもジュジュは「でも」と納得がいかない声を上げた。

 もう一度彼女が強くジュジュの名を呼んだところでやっと彼は一応の謝罪を口にした。彼女もまたそれ以上長々と説教などはせずに微笑んで静かに額を合わせた。分かってくれたのなら良いと言わんばかりの顔で。

 

 一旦二人の間でのやり取りが終了したところで彼女がシュルクとラインの存在を改めて確認した。振り向いたとほとんど同時に彼女はつかつかと歩み寄ってくる。

「その格好……まさか貴方達、防衛隊の生き残り? コロニー6は無事なの!? みんなは? ガドは!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 一体何のことやら……」

 無事以外の答えを許さないくらいの勢いで詰め寄られたラインはほんの少しだけ身体を仰け反らせて困惑している。

 隊服の意匠からそう思ったのだと考えられるが、冷静に考えればコロニー6の人間でないことは実は一目瞭然であったりする。基本的なデザインは共通なのだが差し色がコロニーごとに異なるのだ。ある意味ラインのイメージカラーとも言える橙色がコロニー9の色だ。対してコロニー6は緑になる。

 実際ジュジュは俺達の姿を見ても「コロニー6の人ですか?」とは一言も聞かなかった。どこの所属かまでは不明だが少なくともコロニー6の人間ではないと彼はしっかり判断できていた。それが出来ていないということはそれだけ彼女の精神に余裕が無い証拠でもある。

 彼女が勘違いしていると判断したシュルクが助け舟を出す。

「僕達、コロニー9から来たんです」

「コロニー9ですって? ……あ、本当ね。ごめんなさい、いきなり問いただすような真似しちゃって」

「いや大丈夫だよ。気にすんなって」

 少し冷静さを取り戻したようだ。ジュジュからもモンスターに襲われていたところを助けてもらったと付け加えられ、二人がコロニー6とは特に関係のない人物であったと残念な表情を浮かべつつも理解はしてくれた。

「ジュジュを助けてくれてありがとう。姉のカルナよ」

姉弟(きょうだい)だったのか。あんまり姉ちゃん心配させるんじゃないぞ」

 ラインのごもっともな指摘にジュジュは頭を掻いた。カルナはそんな弟を見て困ったような顔をして溜め息を吐いたが口角は上がっていた。概ねラインと同じ気持ちではあるだろうが、それでも大好きで大切な弟なのだとそれだけでよく伝わってくる。キャンプ地ではあるものの休んでいってもらおうというジュジュの提案もカルナは受け入れてくれた。

 ただここまでのやり取りでコロニー6に何か良くないことが起こったのは明白だ。エイルにとっては分かりきっている事象ではあるのだが、それでも情報を取り逃がすわけにはいかない。記憶の中の情報と相違があれば対応策を練り直さねばならないし、逆に相違がなければ対策は比較的やり易い。

 それでも既に細かいところでは相違が数え切れぬくらいに発生している。モナドアーツに関して言えば既に(スピード)が発現している。この先どこのタイミングでこの記憶が役立たずになるかは全くもって分からないのである。

 とりあえずその点はさておき、コロニー6に何が起こったのかと重みを含んだ声でラインが尋ねた。カルナもジュジュも視線をゆっくりと地面の方へ落とす。現実から目を逸らしたいかのように。

「コロニー6は……私達の故郷は、機神兵に占領されたわ」

 

 外で立ち話も何だからと洞窟内へ案内された。避難してきた人は誰もが不安そうな顔をしているし、物資も木箱に入ったままで整頓されているとは言い難い。避難地の快適とは言えない環境も彼らの精神への追い打ちになってしまっているのだろう。

 比較的人の少ない空間で木箱を並べて仮の椅子と机にする。重たい話ではあるけど身体的に休息になるようにとカルナが飲み物も用意してくれた。茶に詳しくはないから種類は不明だが、花に似た程良い香りが鼻の奥をくすぐる。ハーブティー的な何かだろうか。

 一口茶を頂いたところでカルナはコロニー6に起きたことを話し出した。

 一年前の大剣の渓谷での決戦はコロニー9とコロニー6の混合部隊が機神兵を迎え討ち、これを退けることに成功した。ホムスが機神兵に勝利した。この事実は歴史的に見てもかなりの成果であった。

 その思い込み——驕りが強すぎたのかもしれない。コロニー6の防衛隊は接近してくる機神兵団に全く気がつかなかった。やっと警報が鳴り響いた時には既にコロニーの上空まで奴らは侵入してしまっていた。侵入を果たした機神兵は単に人を殺すに留まらず、生きたまま人を喰って腹の中へ収めていく。人が逃げれば邪魔になる建物を破壊し、どんな手を用いてでも人を喰うことをやめなかった。

 カルナ達は子どもと老人を護りながら脱出ポッドへと乗り込み逃げ出すことで精一杯だった。だから機神兵と戦っていた防衛隊員がどうなったかは分からない。今も戦っているのか、勝利を収めて報告の為にここへ向かっているのか、それとも——。

 コロニー9とほとんど同じだ。油断していた防衛隊は手遅れになるまで機神兵の接近に気がつくこともなく、戦っても有効打は与えられず一方的に蹂躙されるだけ。

 コロニー6はコロニー9の防衛隊との合同演習では比較的良い結果であったと思っていたが、カルナの話を聞く限り厳しい言葉ではあるがどんぐりの背比べに過ぎなかったようだ。危機感を保っていたのは経験を積んでいた一部の者のみで、若手はほとんどが弛んでいたと見るべきだろう。

 コロニー9にも機神兵団が侵攻してきたことにカルナは驚いた。逆にシュルクは逃げ出せたカルナ達に驚いていた。

「オダマさん……防衛隊長とガドのおかげよ」

 ガド——本来であれば一月前にカルナの旦那になっていたはずの人物だ。避難してきてからどれくらいの日数が経過したかは具体的に聞いていないが、持っている記憶同様に最低でも一ヶ月は経過しているのは間違いない。

 伴侶となる人が未だに吉報を持って現れない事実はどれだけカルナの胸を締め付けていることか。それでも彼女はガドも他の皆の生存も信じている。楽観的と捉えられるかもしれない。しかし彼女がそうやって信じていたからこそ、顔付きのユニットという歪な形であっても再会を果たせたのではないだろうか。少なくとも(エイル)はそう信じたい。

 

「あの……」

 ジュジュが申し訳なさそうにしながらも割り込んできた。

「お二人はコロニー6に向かうんでしたよね?」

「ああ。仇討ちのついでにコロニーを取り戻してきてやるぜ!」

「そんな大口叩いて……」

 可能ではあるだろう。ジュジュも二人の実力はアルドンへの対応で目の当たりにしたからこそ、確信を抱いて割り込んできた。ただ厄介なのは次の発言である。

「コロニーへ僕も連れていってもらえませんか!」

 立ち上がったジュジュがこう言った。全く懲りていない。

 カルナも共に避難してきた人達を置いていくわけにはいかないと何度も説得を試みているのだが、それでもジュジュは未だに納得しきれていない。

 ジュジュの焦りも理解はできるのだ。機神兵がコロニー9にまで現れたのはコロニー6の侵攻が一段落したのと同義なのではないか。一ヶ月以上もここで何もせずに過ごしていても良いのだろうか、故郷にいる大切な人達の無事を確認したいし、まだ戦っているのならば力になりたいという欲求自体は自然なものだろう。

 同時にカルナの言い分もまた正しい。下手にここでキャンプ地から人手を減らすのもまた悪手だ。いざという時の戦闘員が減ったり避難誘導が遅れては折角逃げられた命までも奪われてしまいかねない。非常に難しいところではある。

「じゃあカルナはコロニーのみんなのことはどうでもいいって言うの!? 薄情すぎるよ! そんなに怖いのかよ、機神兵(あいつら)が!」

 流石に見過ごせないジュジュの発言の直後にまた視界から色が抜けてこことは全く異なる景色が映る。

 巨神脚のどこかで炎が揺らぐ中、数多の機械の触手が蠢く。先程カルナと出会った瞬間に見た未来視の続きだと思われる。ジュジュとカルナがしっかりと触手に掴み上げられ、カルナが必死に腕を伸ばすものの既にジュジュの身体に力は入っていない。そのまま触手の力が強まり二人の身体が嫌な音を上げ始める。ゆっくりと、けれど確実に人の耐え得る限界へ近づいていきそれを超えた瞬間、あまりに呆気なく真っ赤な命が溢れ出した。何をしたってもう間に合わない、命が肉の器から零れてしまったら二度と戻ることはない。

 そして場所は間違いなくラセン谷——エイルの持つ記憶と相違はない。

「おい小僧! カルナの気持ちも分かるだろ。言っちゃいけないことってのはあるんだ! カルナだって恋人が心配な気持ちを抑えてここにいるんだ!!」

 未来視がぷつりと切れると同じタイミングで立ち上がったラインの鋭い声がジュジュへと飛んだ。良タイミングだ。介入するならここしかない。

『シュルク、交代してくれ。ジュジュをどうにかする』

『どうにかって……?』

『今視た未来を変える。とにかくジュジュをここから飛び出させないことには始まらない。それに今の見て具合悪いだろ、引っ込んで休んでろ』

『ん、ありがと。……信じてるからね』

 この先の流れがどう変化するなんて分からない。これは現実であるから、誰かによって執筆された物語ではないから。

 身体の主導権が切り替わったことを確認して軽く息を吸う。今までとは異なり本来あったシナリオにはっきりと手を出す行為は脳で分かっていても緊張する。でもやると決めたからにはやるしかないのだ。

 

「——いいよ、ついてきても」

 シュルクの声帯から出た言葉にカルナは当然として、ラインも驚愕に満ちた声でシュルクの名を呼んだ。何ならジュジュまでも驚いている。

 シュルクも驚きこそしているが以前にムムカに干渉しようとした時ほどではない。あの最悪の未来視の光景を変えるという俺の言葉を信じてくれている。必ず応えてみせる。

「仲間を必ず助けるだけの覚悟はある?」

「……はい!」

「コロニー6にいる機神兵を全滅させるだけの勇気はある?」

「あります!」

 その想いだけは立派だ。では次だ。

 座っていた木箱から腰を上げて背中側に手を回し、背負っていたモナドの柄を握ってそのまま地面へと突き刺した。

「持ってみて」

「……え?」

 ジュジュとカルナはシュルク(エイル)の行動を理解していない顔のままだが、ラインは薄々察し始めたのか止めてくる気配はない。

「モナドはね、適性がない者が持つと激しい拒絶反応を示すんだ。でも全く扱えないわけじゃない」

 技量も必要ではあるが、平均よりも遥かに強い意思があれば制御することは理論上可能とされている。シュルクの肉体でさえ初めて武器として振るおうとした時は即座に従ってくれたのではなかった。此方の意思を試すかのようにして抵抗を示していたのは事実だ。

 モナドを振るうにおいて最適の存在であるとはいえ、武器として扱う覚悟をモナドはシュルクにさえ要求した。それに認められたからとりあえず現状は何の抵抗も反動もなく使えている。

「つまり君が心の底から自分の手でコロニー6を何とかしたいと思っていて、その為の覚悟も決まりきっているのならこれを制御できるはずだ。そこまで出来たのなら君がこれを使ってコロニー6に行けば万事解決だよ」

 実際はモナドを持って機神兵を斬るなんてことは求めない。ただモナドを起動し、それに振り回されさえしなければ十分すぎる結果ではある。問いたいのは彼の覚悟だ。

 ジュジュはしばらく黙ったままだった。何度も目を泳がせ、両手は縋るようにズボンをぎゅっと握りしめたまま。一分も無かっただろうが静寂が耳に痛くなった頃合いで、ジュジュは固く結んだ唇の力を抜き右手を伸ばして柄を握りしめ——。

 

「但し適性のない者が扱おうとした場合、重大な後遺症が残る可能性がある」

 

 ——ることは敵わなかった。それを聞いた瞬間に伸ばしていた手をモナドに触れる寸前で止め、慌てて引っ込めたからだ。

「覚悟ってそういうことだよ。自分の身体が傷つこうと、四肢が吹っ飛ぼうと、最悪死に至ることがあっても戦い抜いて勝利をもぎ取ってくるだけの想いは本当にある?」

 ひゅ、と空気が怯えの音を漏らす。もう答えは出てしまったようなものだ。

「僕の前にモナドを使っていたのはダンバンさんだ。……あの英雄ダンバンだよ」

 その彼でも強引にモナドを使い続けた結果、右腕に一生治らぬ傷を負った。彼が英雄と呼ばれる理由はそれを覚悟して受け入れ、実際に起こってしまっても尚戦い続けようとした高貴な精神に基づく。寧ろこの世界ではそれくらいしなければ機神兵との戦争に勝利するのは不可能なのだろう。モナドが無くても良いならばこの争いは()うに終わっているに違いないのだから。

「……それにね、モナドがあったとしても簡単な話じゃないんだ」

 コロニー9には実際にモナドがあった、英雄ダンバンさえいた。それなのに人は喰われた。モナドでさえ断ち切れない機神兵までもが現れた。

「僕達はモナドを持ってたのに目の前で大切な幼馴染を殺されたんだよ」

 ジュジュが顔を上げシュルクの顔を悲痛な感情を宿した瞳で覗いてくる。大切な弟を危険に晒そうとしているのではないかと警戒を露わにして話を聞いていたカルナもまた同じ目をして、自然と地面に視線を向けて俯いていたラインを心配そうに見つめた。

「ねえジュジュ、君の気持ちも少しは分かるつもりなんだ。ここで一ヶ月以上も何もしないままでいいのかって焦ってたんでしょ?」

 彼はゆっくりと頷いた。自分はまだ子どもで弱いかもしれないけれど、何もしないでただ守られることに情けなさを感じる年頃でもある。少しでも力になりたいのにその方法が分からなくて、焦りと慣れない環境のストレスで気持ちばかりがささくれ立ってしまう。

 そうやって行き場の無くなった感情だけが心の中で暴れ出している。今にでも身体ごと動かしてコロニー6へとつれていこうとする。

「でもそんな状態で飛び出したら絶対に後悔すると思う。碌な武器も無い、死の恐怖も想像のものでしかない。君が死んだらカルナだけじゃない、一緒に避難してきた同郷の人達も悲しむよ」

 残された人の想いはどうなってしまうのだろう。たとえ成果を残せたとしても失われた命は戻ってこない。巨神界が安心して暮らせる世界になってもそこに彼がいないだけで幸せになれない人がいる。

「大切な人の想いを踏み躙ってまで行きたい?」

「……や、です……。嫌です……! 僕が、僕が勝手なことして……そんなことになったら……! それに……っ、怖いです……、弱いけど……情けないけど……まだ死にたく、ないから……」

 潤んだ瞳からは大粒の涙が溢れ落ちていった。泣きじゃくる彼をカルナが両腕で優しく抱きしめる。彼女も薄らと涙の膜を張っていて、決壊しそうな自分の想いをどうにか踏ん張って留めているに過ぎないのは明らかだった。

「それでいいと思うな。僕達みたいになっちゃ駄目だよ」

「……え?」

 きょとんとしたジュジュの問いの声にはラインが答えた。

「俺達の旅には大層な目的なんかない。言ったろ、幼馴染を殺されたって。"復讐"なんだよ、俺達のやってることは」

「……まあ、君に偉そうなことを言える立場じゃないんだ。でも今の状況が歯痒くても、今の君にしかできないことって必ずあるよ。ここにいる人は君が手助けしてくれることをきっと心の底から感謝してると思う」

 白熱した会話になってしまっていたから周囲からの視線はいくつか感じる。その一つ一つはジュジュを大切に想っていて、彼を失いたくないものであると確信を持って言える。

 

 遠くばかり見ていて手の届く範囲にあった何かを零してしまってからでは遅すぎる。フィオルンが殺されないと彼女の存在の大きさに気がつけなかった。大切なものを繋ぎ止めておけなかったという後悔がシュルクの内に復讐するという選択肢を生み出した。

 いつかは己を滅ぼすと分かっていても、つい身を委ねてしまうほどに粘着質で異様に心地の良い復讐心に縛られるようになってからでは全てが遅いのだ。

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