いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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赤い顔付き

 その赤銅色の機神兵を見た瞬間に全ての時が止まったようだった。

 しかしそれもほんの一瞬。キャンプにいた避難民の甲高い悲鳴が大気を切り裂いて、静止された時を強引に解き放った。慌てて逃げ惑いながらとにかく身を隠そうと洞窟内へ避難していく皆を背に、迷いや恐れなど見せずにシュルクとラインはそれぞれの得物を引き抜いた。

(アイツ)じゃない! でも……こいつにも顔がある!!」

「しかも喋りやがった!?」

 ただ二人は躊躇いや兢兢(きょうきょう)とする様子を見せはしなかったが、顔の付いた機神兵が"黒"以外に存在したことに愕然としていた。

 未来視(ビジョン)の中でも、顔付きの機神兵の姿はぼんやりとではあるが見えていた。現段階でシュルクが知る顔付きはコロニー9を襲ってきた"黒"しかおらず、未来視にいた顔付きも黒だと勝手に思い込んでいた。

 現実は全く異なる。元から未来視に映っていたのは黒ではなく赤い顔付きであったのだ。そこはまだ良い。機神兵が喋ったのも良い、知識と相違はない。しかし——。

『なんでここまで来た!? 未来視に映っていたのは深い谷だった。脱出艇キャンプ(ここ)じゃない!』

『そうだよね!? あれはジュジュが飛び出すのを変えられなかったらの話だ! 未来は変わったはずだ!!』

 シュルクの言う通り"ジュジュがラセン谷で襲われる未来"は変化した。しかしその先のことは何も分からない。ラセン谷で発生する事象が消失した余波がこんな形で発露したとでもいうのか。

 最初に流れた未来視の時点で赤い顔付きの姿は見え隠れしていた。ラセン谷でジュジュを捕えていた機神兵が七一式の触手であるにもかかわらずだ。つまり初めから赤はこの付近を彷徨(うろつ)いていた、と可能性の一つとして考えることは出来る。ジュジュの行動が変化したことで気まぐれでも起こし、向かった先が偶然このキャンプ地だったのならば一応破綻していない論理にはなる。

「馬鹿だよなぁお前らは! 逃げ切れたとでも思ってたのか?」

 嘲笑った赤の両脇から小型の飛行型機神兵、通称三二式・偵察型が二機現れる。俺の記憶が正しければ、確かにキャンプ地の北側には機神兵がいくつか歩き回っていた。あれはコロニー6を脱出したホムスの捜索の為に放ったものだと思っていたのだが、まさかそれよりも早く——。

「逃げた奴らがどこにいるかなんてとっくに分かってんだよ! 機神兵(おれ)達が何もしないでコロニー6で胡座かいて踏ん反り返ってるとでも思ってたか!? そりゃ傑作だぜ!!」

 最悪だ。最初から道は塞がれていたのだ。

 ホムスを得るならジュジュが飛び出してきたら捕まえられる。ついでに追いかけてきたカルナも捕獲できる。それが無ければキャンプ地に直接行けば良い。燃料が尽きたならば獲物が都合良く集まっている場所に獲りにいけば良いだけの話だ。

「そこのモナドの使い手が来るのを待ってても良かったんだけどよ、遅えからこっちから出向いてきてやったわけだ!」

 ——違う。本当の目的はホムスを喰うことではない。

 やっと、本当に今更、知識も記憶さえもあるのにこの状況になって初めて理解した。赤の狙いはジュジュでもないしカルナでもない。ましてやそこら辺にいる一般のホムスでもない。顔付きのユニットとする為の人体の捕獲や、顔付きの燃料となる血液や臓器の回収の優先度は確かに高いだろうが最優先事項ではない。

「ずっと三二式(こいつ)に見張らせてたんだぜぇ、お前が巨神の膝に上がってきてからよ。モナドの使い手はさっさと潰せって言われてるからなぁ!」

 シュルクだ。赤はずっとシュルクのみを目的として動いていた。本来ならば早々にこのキャンプ地を離れてラセン谷へ向かう流れだったからそこで赤と遭遇するが、それが変化してしまった。即ち目的の存在が来るのが遅すぎて痺れを切らした故の襲来だ。

「それ、って……、じゃあ、お前が、ここに来、た、のは……」

 モナドを握る手が小刻みに震え出す。絞り出す声も途切れ途切れで綺麗に繋がらない。シュルクは聡いからこの状況と赤の発言で理解した、理解してしまった。

 

シュルク(おまえ)のせいだなァ!! お前がこんな(とこ)寄らなきゃ俺達が来るのももう少し遅くなっただろうによ!!」

 

 世界が揺らぐ。頭を鈍器で強く殴られたように目が回る。気持ち悪い。上と下が分からない。冷や汗が止まらないのに身体は燃え盛るように熱い。

 僕が、僕がここに来たから、僕が奴を呼び寄せてしまった、僕がいたから人が死ぬ、僕が来なければ、僕が存在さえしなければ——!

「しっかりしろシュルク!!」

「ひ、は、ぁ……ライ、ん……、はっ、は……ァ……っ」

「落ち着け! お前のせいじゃない!」

『深呼吸しろ! 責任があるなら俺の方だ! お前は何も悪くない!!』

 ぐらついて倒れかけたシュルクの身体をラインが咄嗟に支えた。呼吸が浅くなり指の先から痺れが広がってくる。せめて呼吸だけでもと呼びかけはしたが上手くいっていない。

 迂闊だった。監視の目が膝頭の段丘だけだと思い込んだ俺が甘かった。翼を持たないホムスは地上の警戒は出来ても、空からの監視や攻撃はどうしても弱くなる。俺がもっと早く赤の狙いを察せていればシュルクをこんなに追い詰めることはなかった。間違いなく俺に責任がある。

 仕方がないと強引に首根っこを掴んで主導権を奪おうかと考えた時、何か程良い冷たさと心地良さが身体を包み込んだ。感覚として知っている。これは回復のエーテルだ。しかもシュルクの持つシリンダーに収められた僅かな量のものではない。もっと多量かつ純度の高いものだ。戦闘兵が携帯するには難しい物、回復を専任とする者が有せるエーテル。

 身体が楽になったことで不規則に乱れていた呼吸も落ち着いていく。

「シュルクのせいなんかじゃないわ。言ったわよね、来るのももう少し遅くなっただろうなって」

 カルナのライフルから硝煙が上がっていた。

「遅かれ早かれお前達はここに来てたのよ。その原因をシュルクに押し付けるなんて私が許さないわ。(ジュジュ)を助けてくれた人を、コロニー6を解放したいと言ってくれた人を責めるほど私達は落ちぶれてないわ!!」

 避難誘導に当たっていたはずのカルナが現れたことに二人は驚く。ラインは自分達が戦うから下がっていろと告げたがカルナは首を横に振って否定した。

 自分も戦える、戦わねばならない、皆を守らねばならない。それに二人だけでは厳しいし回復役がいた方がずっと安心して戦えるはずだと。

「他のみんなはジュジュがやってくれてるわ。この緊急事態で自分がやれることはこれだって、あの子なりに考えてる」

 武器を持って戦うことが全てではない。その答えを彼はもう見つけられたのだ。

 

「お涙頂戴のお遊戯会はもういいかぁ!? 黒がケツまくって逃げ帰ったっていうからどんな野郎かと期待してたが……こんななよっちい小僧っ子だったとはなァ!!」

 バァン、と赤の手が岩壁を叩いた。それを合図とし脇にいた三二式と更に赤の背後から現れた五三式が二機と六四式が一機湖畔に降り立ち、カメラアイに不気味な赤を宿して此方を睨みつけた。

「その感動茶番劇、いつまで続くか見てやろうじゃねえか!」

 顔付き以外の機神兵が一斉に襲いかかってきた。支えてくれていたラインの腕から抜け出してモナドを握り直し、即座に"(エンチャント)"を発動させる。初めてモナドの力を目にするカルナは戸惑っていたが、機神兵にも攻撃が通るようになったと告げられたことですぐに意識を戦闘へと切り替えた。

 ラインが飛び出して初手にハンマービートをお見舞いする。彼が敵の注意を引きつけてくれる存在であると瞬時に理解したカルナがシールドバレットを撃ち放ち、ラインの身を守る障壁を生み出した。

 宙に浮く三二式はカルナがサンダーバレットを主体として対応する。今までは地に足の付いた相手ばかりであったから気にはならなかったが、現状のシュルクとラインの力では自身の頭より上を飛ぶ敵にはあまり有効打がない。回復役としてだけではなく、銃という武器種の特性からカルナは空中の相手にも強く出られるのがとても力になる。

 顔付きではない機神兵はやはりというか大した脅威ではなかった。多少の傷を受けてもすぐにカルナが回復してくれるし、モナドの刃は簡単に機神兵の装甲を切り裂き叩き割っていく。途中でカルナに攻撃の手が伸びかけもしたが、"(スピード)"を与えることでそれも難なく回避。機神兵は一機、また一機と物言わぬ鉄屑と化していく。数もコロニー9の時のように大軍勢で攻めてきてはない為に、他の人に攻撃が届く前に潰せている。

 残りが六四式一機になったところでやっと"赤"が重たい腰を上げ、俺達の目の前に轟音とも言うべき着地をして降り立った。

『顔付きにモナドは……』

 黒にモナドは碌に効かなかった。人間と同様に刃は弾かれてしまい、擦り傷もまともに付けられない。色合いや風貌は黒と多少異なってはいるが、この顔付きにも血液に似た赤色をした発光ラインが確認できる。黒と違うかもしれないと希望を持つのは楽観的すぎる。

『あいつにも効かないだろうな。だけど……』

「『やるしかない!!』」

 ラインが駆け出したのを視界の端に捉えつつ、自身も地を蹴り一気に距離を詰める。シャドーアイで殺気を少しでも減らして赤からの注意を逸らしつつ、背後に回り込み比較的防御の薄そうな足首を狙ってモナドを振り抜いた。

『やっぱり駄目だ! 普通の機神兵なら間違いなくダメージになるのに、こいつには何も効いてない!』

『シュルク下がれ!』

 反射的に後方へ跳んだのと同時、赤が回転するようにして振り抜かれた巨大な槌がシュルクの頭があった部分を通過した。巨体に見合わぬ身のこなしと(ハンマー)という武器から死角は思っていたより少ない。

「うぅらああァァッ!!」

 身体の奥底まで震わせる叫びと共に、槌が何度も何度もシュルク目掛けて振り下ろされる。槌はシュルクを潰そうとしては避けられ、代わりに地面をぶち抜き大地を揺らす。潰せないならばと横から攻めて首を吹っ飛ばそうとするが、その都度未来視が発動し赤の攻撃を紙一重で次々に回避していく。此方から決定打は与えられないかもしれないが、未来視で避け続ける以上条件は相手も同じだ。

 足を止めることなく右へ左へ、時には跳躍して身を捻り攻撃を躱す。間に合わないと判断すれば"疾"で加速して強引に避ける。それも間に合わない大きな一撃であれば"(シールド)"で受け止める。

 赤は攻撃が当たらないことに対して苛立ちは見せなかった。寧ろその逆でちょこまかと動き回るシュルクに対して面白がってさえいた。

「でも所詮は生身だ! 息が上がってきてるぜぇ?」

 悔しいがその通りだ。どうやったって体力は有限であり、シュルクはその容量が大きい方ではない。

 しかしそれは顔付きも同じだ。ホムスという有機体を部品として組み込んだおかげでモナドに断ち切られない利点を得た。同時に定期的に人の体液などからエネルギー供給をせねばならないデメリットも得てしまったのだ。

 黒や今後出会うだろう白、緑は身体のほとんどを機械で置き換えられてはいるものの人の形をしっかり保って組み込まれている。これは機体と人が繋がることで最良の状態を保つが故に二者が離れられないというものである。しかしエネルギーの供給は人が水を摂取する程度で済む。この間の黒はまだその改良が済んでいないのか最低限の仕事をした後に去っていったが。

 だが今目の前で相対している"赤"は脳など最低限の臓器しか使用されていない、言わば量産型の顔付きだ。奴らはエネルギー供給の為に直接人を喰わねばならないという大きな制約がある。水だとか金属といった無機物が主である機神界の物質では永遠に稼働できない。

 つまり必ず時間切れが発生する。ここで倒しきれずとも此方が倒れなければ勝てなくとも負けはしない。

『粘るぞ! コロニー9の時と同じで長引けば去ってくれるかもしれない! モナドで顔付きが斬れない以上こっちに賭けるしかない!』

 一応推論としては成立しているはずだ。コロニー9での一件はどう考えたって黒一機で全てを壊滅させられるだけの力を持ちながら何故か撤退した。目の前にまだ生きているホムスがいながらもあれ以上殺すことも喰うこともせずに去ったのだから、稼働時間に限界があるのではないかと導き出すのはおかしくはない。

『任せて! 守り切る……守り切らなきゃいけないんだ!!』

 ラインとカルナの協力も得てとにかく踏ん張り続ける。攻撃の余波は避難してきた一般人には行かぬように、"盾"で防いだりラインが強引にターゲットを自身に固定して矛先を変える。

 実質的な時間はほんの数分であったと思う。だが追い詰められている精神と息もつかせぬ攻撃はその体感時間を大幅に引き伸ばした。

 ——早く終われ、早く限界を迎えろ、早く終わってくれ!

「……っあ……!」

 足がもつれた。

 そう認識するよりも先に、勢いよく前方に転倒した衝撃で胸が地面に叩きつけられ肺の息が漏れた苦しみの方が先に脳に届いた。

「シュルク!!」

 ラインとカルナの悲鳴が重なった。頭上にかかった影で視界が暗くなり無理やり首を上げ陽の光を遮った何かを確認して、背筋が凍りついた。

「トドメさァ!!」

 振り上げられた巨大な槌。頭どころか身体全てを粉々に粉砕するのに十分な大きさを持ったそれが振り下ろされて、シュルクもエイルも"盾"を張るどころか指の一本さえも動かせない。恐怖で目を閉じることも出来ずに、迫り来る死が全身を叩き潰そうかという寸前で赤の動きが止まった。

 どんな状況においてもその時とは唐突にやってくるものだ。

「……ちィ! ここで時間切れかよォ!」

 時間切れ。その言葉で先に我に返ったのはエイルだった。まだ助かったという状況に理解が追いついていないシュルクから強引に身体の主導権を奪い取り、震える足を叱咤して立ち上がり赤から急ぎ離れる。

 これで赤は去ってくれる。その油断が俺の甘さでもあった。

「こないで……こないでぇ!!」

 幼い少女の声が背後からした。思わず振り向けばキャンプの入り口付近で尻餅をつき涙を零して震えている。しかも目の前には六四式機神兵——さっき処理し損ねた奴が武器腕を伸ばそうとしている。

 全員洞窟内に避難したのではなかったのか!? 外に出ていた子が戻ってきてしまった!? そんなのはどうでもいい! 助けることが第一だ!!

 そう考えたのは俺に限らずラインとカルナも同じで、カルナが正確な射撃で六四式の頭部をメタルブラストで貫き、ラインが(とど)めとしてソードパイルで躯体を粉々に吹き飛ばした。

 そこへ未だ身体の震えで立てぬ少女にジュジュが駆け寄った。手を引いて立ち上がらせ、迷うことなく洞窟側へと押し込んだ。

 

 視界の端で赤褐色の物体が映った。

 

 思考が現実の時間を追い越す。映る物の全てがスローモーションに見える。

 最初は自分の脳天が粉砕される直前だと思った。油断と動揺から目を逸らす致命的な手抜かりをやらかした挙句、こんなところで果てるのかと溢れんばかりの後悔と恐怖が脳を埋め尽くした。

 だが赤褐色はそのまま通り過ぎた。

 槌を持たぬ左手が伸ばされ、何かを掴もうと開かれたところで赤い顔付きの目的を理解したが何もかもが遅かった。名前を叫ぶよりも早く、赤の左手は少女を守り切った少年の背中を捕え掴み上げてしまった。

「ジュジューッ!!」

 カルナの悲鳴が現実の速度を元に戻す。

 困惑も動揺もしている暇はなかった。ここでジュジュを連れていかれてしまっては元のままどころか精神面において悪化してしまう。

 考える前に走り出した。

 モナドは顔付きを断てない。その理由と"枷"の存在、またその外し方を知っているのはモナドを生み出した巨神、機神界盟主であるエギル、世界の管理者としてのモナドである()、そしてイレギュラーとして放り込まれた(エイル)だけだ。

 もう今この瞬間、この場で枷を外すしかない。ジュジュを助けるにはそれしかない!

 殺しはしないが人を自分の手で傷つける覚悟で、血と肉を持った人間の四肢を断つだけの意志で振るえ! 怖がるな! 強く、とにかく()()想え!!

 "疾"を自身にかけて出せる最大の速度で駆け、次いで今にも飛び立っていきそうな赤の頭上を取ろうと両脚に力を込めた。その動きと意思に応えるようにモナドの刃の色が色鮮やかな青柳(あおやぎ)色に染まる。

 地面を穿つほどに勢いよく、目に見えない頭上の壁をぶち抜くほどに——()べ!!

「モナド"(ジャンプ)"ッ!!」

 人の限界を優に超える跳躍は簡単に赤の遥か頭上を取った。新たなモナドアーツに感嘆している暇は無い。すぐに"斬"へと切り替え、落下速度と全体重を乗せて赤の左の肩関節目掛けてモナドを思い切り振り下ろした。

 ——ガンッッ!!

 重たく鈍い音と感触が鼓膜だけでなく身体の芯まではっきりと揺らす。

 モナドは確かに寸分の狂いなく赤の左肩関節にぶつかった。だがしかしというかやはりというか、刃は機械の身体にほんの少しだけ食い込んだのみで全く断ち切れてない。

「斬れろおおォォッ!! ジュジュを離せぇッ!!」

『守るんだ!! 僕がお前を呼び寄せたのなら、お前をここで斬るのが僕の責任だ!!』

 自分(エイル)の手が何かに覆われる感覚がする。視界に映らないそれはシュルクの想いだ。手に手を重ねて、枷の解放条件を知らずとも目の前の顔付きを斬ってジュジュを助け出したいという意志の表れだ。

「なよっちいと思ってたが撤回してやらァ。その生身でよくやったよ。……その運と実力、今一度試してみたくねぇか?」

「何!?」

ジュジュ(このガキ)は預かる。取り戻したけりゃコロニー6まで来いや。ただいつまでも待ってるとは言えねぇなァ。逃げたりあんまり遅いと喰っちまうかもしれねェけどな!! ニェハハハハ!!」

 ぐん、と赤の機体が急旋回する。予備動作も全く無しに旋回したものだから呆気なくシュルクの身体は振り落とされ、無防備なまま宙へと放り出される。

「まだまだ戦い足りねぇんだよ! この俺はァ!!」

 落下していく中響き渡る赤の不愉快な笑い声、片手を伸ばして必死に(カルナ)の名を呼ぶジュジュの声、泣き叫んでいるのと変わらぬほどに(ジュジュ)の名を呼ぶカルナの声。

 

 変わらなかった、変えられなかった。フィオルンの時の諦めや虚無とは違う、もっと強い悔しさや怒りの業火が腹の底から溢れてきそうで。人は火を吐き出せる生き物ではないから、その業火は咆哮となって口から飛び出した。

「……く、ッそォおおおぉオォォァァアアアアアッッ!!!」

 以前とは違った。人の命を戦い足りぬからという身勝手な欲望の為に餌とする赤に、本気で心の底から腹が立った。一人の人間の手を掴み上げ、()()上げることが出来なかった己にも同じくらい腹が立った。

 もう世界を傍観する観劇者ではない。世界は確かに存在するのだと理解できるようになったと信じられる確かな証拠だった。

 背中から落ちた湖を満たす水が咆哮の業火を包み込む。咆哮は鎮火したかもしれないが腹腔で発生した炎は消えやしない。池ごと干上がらせてやると(もが)いたが身体は無情にも限界を訴えており、心身共にオーバーヒート寸前のそれが壊れる前にと強制的にその機能を一度落としてしまった。

 

『我から()り出た垢未満の存在ごときが因果を書き換えられるとでも思ったか?』

 嘲笑うかのような囁きが聞こえた気がした。しかし悲しきかな、文句を言い返す前に意識は深い水の底へ沈んでいった。

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