マークウェル街道を道なりに進み、ラセン谷には寄らずにカシュハパの滝が見える方向へ向かう。
余談だがラセン谷には既にあの不動のゴンザレスがどっかりと座り込んでいた。遠目ではあるがゴンザレスの周囲を見たら機械部品が散乱しているのが確認できる。誰がどう見てもあの場に潜伏していた機神兵の残骸だ。機神兵の脅威は一旦排除されてはいるが、代償にあの巨体を持つモンスターが門番になってしまった。機神兵の脅威と巨大ゴゴールの圧力、果たしてどちらが巨神脚エリアに住む者にとって不安が少ないのか。
滝から流れ落ちた水が形成する池に架けられた橋を越えると巨神脚からコロニー6へ繋がる補給路に繋がる。そうしてやっと見えてきたコロニー6を視界に捉えたカルナが眉を曇らせた。故郷が彼女の知るものとは異なる姿へと変貌を遂げてしまっていたからだ。
ここが機神兵の襲撃を受けたのはおおよそ一月前である。その僅かな期間でコロニー6の様相は外から見るだけでも随分と変わってしまった。外殻部は襲撃により手酷く破壊され到底人の生活する場には見えない。最早要塞と言っても差し支えない。
コロニー6の様相に怒りの炎を灯したラインは今にも正面から突撃しそうであるが、それはあまりに危険すぎるとシュルクが止める。何の対策や作戦も無しに突っ込むのは、狩ってくれと書かれた板を丁寧かつ馬鹿正直に掲げて敵の真ん前に現れるようなものだ。
「地下坑道から行きましょう」
カルナが提案した。地上が無理ならば地下から行けば良い。コロニー6はエーテル鉱石の巨大採掘場の上に出来た居住区が発展してコロニーになった歴史を持つ。坑道は網の目のように複雑に広がり、深さのおかげでそれが何層にも重なっている為にそもそもの広さとしても地上の市街地より遥かに大きい。
コロニー6と言えばエーテル鉱石採掘の町とスクールで学ぶのだが、シュルクはともかくラインは綺麗さっぱり忘れていると思う。因みにコロニー9は商いの町である。
「たった一月で奴らが全て掌握出来たとは思えないわ」
「手薄な可能性が高い地下坑道から潜入して、地下から奇襲を仕掛けられないかってことだよね?」
採掘場には至る所に地上に繋がる出入り口が存在する。基本的にはここから反対側に設置されている搬出用エレベーターから出入りをする為、
故にコロニー6に所属するカルナがいる此方側が有利だと考えられる。あくまでも機神兵が採掘坑道を把握及び利用しきれていないのであれば、だが。
「この先を下りた所から巨大な排水口に行けるの。そこから入りましょう」
カルナに先導してもらい物見の三叉路から下層へ繋がるエレベーターへ。エレベーターで下がれば巨神の刺道と呼ばれる、まるで空中に浮かんでいるかのような細い道が絡み合った場所だ。当然そんなロマンチックな話ではなくしっかりと巨神本体に道が突き刺さっている。刺道と呼ばれている
「すっげぇ細いってわけじゃないけどそこそこ怖いな」
「搬入と搬出は反対側からやるし、そもそもこっちは排水口だから滅多に来ないのよね」
「でも柵くらいは作っておいても良かったんじゃないかな……」
身体の側面に吹き付けるそよ風さえも普段ならば何とも感じぬのに、この場では奈落に突き落とさんとする暴風のような錯覚を覚える。道と道の間にあるのは当たり前だがただの空気だ。人を生かす為の存在ではあるが、落下する人の身を守ってくれはしない。身を投げ出せば海面に叩きつけられて身体は弾け飛ぶだろう。もしかしたら落ちている最中に気を失っているかもしれない。どちらにせよ今後一生味わいたくないものだ。
脇見しなければ良い話ではあるが万が一足を踏み外したら……と考えてしまうと股間が縮み上がる。生理的なものなので仕方はないがやはり嫌な感覚だ。
『ここ巨神の股間だよ』
『二重の意味で嫌になった』
あまり下を見過ぎないようにとシュルクもラインも理解はしているが、怖いもの見たさかチラチラと死へと真っ逆さまの宙に目が行っている。逆にカルナは注意はしつつも、やはり慣れなのかすいすいと普段と大差ない足取りで先頭を進む。
「……あ、コロニー9だ」
「マジか!? おお〜! ほんとだ、ここから見えるんだな!」
道と道の隙間からは遥か下に小さくも確かにコロニー9が見える。角度や雲の関係でコロニー9からコロニー6は観測が難しい。居住区を外から見るのは二人にとって初めての経験だった。
「ほら、二人とも急ぐわよ」
僅かばかり咎めるようなカルナの声に急かされて歩みを速める。遠足ではない。
人の身長の三、四倍はあろう直径の排水口から坑道へと侵入する。多少濁った水が今も流れてはいるが嫌な臭いは特に無い。エーテル鉱石の採掘やらシリンダー製錬の際の排水であるから腐敗する有機物が混ざらないおかげだ。
排水口付近にはウーパーやヴァンプが住み着いてしまっているが幸いどれも好戦的な種ではなく、カルナの案内の下で難なく排水制御室まではやってこられた。制御室は未だに明かりが灯っており稼働もしている。ただ人の姿はない。最低限の働きしかしていない自動制御状態なのだろう。人がいなくなろうとも与えられた仕事をただ淡々とこなす機械達に妙な哀愁を覚えた。
制御室を抜けると制御室から発せられたものとはまた異なる機械の駆動音が微かに鼓膜を震わせた。警戒し腰を低くして坑道の先を窺う。設置されたエーテルランプの向こう側に見えた蠢く何か——機神兵だ。
「そんな……坑道まで機神兵がいるなんて……!」
希望的観測は外れてしまった。自分達の現在地は主だって使用される搬出口とは真逆だ。それにもかかわらず機神兵が彷徨いているということは、複雑な坑道さえも奴らに掌握されてしまったことに他ならない。つまり戦っていた人達が維持していた防衛線さえも機能していない。防衛隊員やコロニーの他の皆がどうなったかなど考えたくはないが、目の前の現実がほぼ答えのようなものだ。
これではジュジュさえも赤い顔付きの手にかかってしまったのではないか。悲観的に顔を俯かせたカルナに向かって、ラインが敢えて少し強めの声の調子でしっかりしろと励ました。
「地下坑道を全部掌握してるわけがないって言ったのはカルナだろ! 複雑ならまだ奴らにバレてない道だって絶対にある!」
コロニー6の者のみが知る道や空間に身を寄せ合って隠れているかもしれない。わざと機神兵を放置して歩かせることで人はいないと錯覚させて坑道から手を引かせる作戦を取っているのだけかもしれない。
楽観的な希望的観測ばかりでは当然対応に遅れが出て取り返しのつかない事態を引き起こすだろう。しかし悲観ばかりしても良いことはない。希望と絶望のどちらかが詰まっている箱を開いていないのならば、まだ中に希望の存在を信じることは出来る。そして信じた上で希望を手繰り寄せる努力と強く信じ続ける想いがあれば、もしかしたら絶望が入っている箱の中身さえ書き換えられるかもしれない。
「僕達は絶望を確認しに来たんじゃない。絶望の未来を変える為に来たんだ」
何より俺は知っている。カルナの想いは後にガドと再会することさえ叶えるだけの力があるのだ。人の想いの強さは決して無力ではない。奇跡と称されるような超常めいたものを呼び寄せる可能性を俺は信じたい。随分とお花畑な思考だと一蹴されて笑われたとしても、信じないまま迎えた未来が闇の中だったことに対して後悔と怨嗟の声を垂れ流すだけの存在にはなりたくない。
俯く顔を上げて坑道内へ踏み出す。彷徨く機神兵はモナドで対処する。徘徊する範囲とその周期を観察し、背後から
それを繰り返す中でシュルクの目の底に未来視を見る時とは異なる揺らぎを内包した青い光が灯っていたなど、エイルは知る由もないし術もない。己の目は己では直接見られる物ではないのだから。
坑道はカルナの言った通りいくつにも道が分かれてかなり複雑であった。ランプや壁に生えた光ゴケが奥への最短通路の目印であるらしく、カルナの案内もあり迷うことはなかった。
しばらく歩き続け第3試掘場を通過し膝付近まで水が溜まった通路を歩いている
誰かが戦っている、しかもエーテルライフルで。
その情報のみでガドではないかと思ったカルナは居ても立っても居られなくなってしまった。シュルクとラインを一瞥することさえせず、水で足を取られて動きにくい環境にもかかわらず走り出した。
通路を抜けた先は資材置き場であった。そこでは陸上用小型の五三式機神兵・改と飛行用小型の三二式機神兵・改が二機ずつ誰かと戦っている。カルナはライフルで三二式を一機撃ち落とした後、必死に最愛の男性の名を呼び続ける。
少し遅れてシュルクとラインが資材置き場に到着したのと同時、カルナの声に気がついた者——機神兵と一人で戦っていたオダマ防衛隊長は驚きの声を上げた。日に焼けた褐色の肌とスキンヘッド、眼鏡と白い髭が目を引く。見た目からして十分に老人ではあるが、歴戦を潜り抜いてきた迷いやブレのない狙撃と未だに強く敵を射抜く光を持つ瞳が前線で活躍できるだけの強さを有していると物語っている。
簡単に感動の再会に浸れるわけもなく、シュルクとラインも武器を抜きオダマへの応援についた。
普段の戦い通り、初手の
ラインがウォースイングとハンマービートを駆使して機神兵のターゲットを上手く自身に固定する。そこへライフルの射撃が三二式のプロペラに当たり飛行能力が大幅に削られた。そこからラインはバックステップで五三式を手前へと引き付け、宙で動きを鈍らせている三二式の近くへと巧みに誘導した。
そのチャンスをシュルクは見逃さない。無駄な攻撃をせずモナドへの力を溜め続けたおかげでエーテルの刃は普段の何倍にも伸びている。射程圏内に入ったのを確認して
四機の機神兵が完全に機能を停止したおかげで資材置き場が酷く静かに感じられる。沈黙の中でまず口を開いたのはオダマであった。
何故戻ってきたのか。
カルナはその問いに直接は答えずガドは一緒ではないのかという問いで返した。問いであり、オダマへの答えでもあった。
オダマはカルナに背を向け数歩だけ距離を取る。ゆったりとした動作で腰に手を当て、視線を資材置き場の床へと向けて数秒迷ったように黙り込んだ。数秒の中で決断をしたのか、もう一度視線を上げてオダマは再び口を開いた。
「お互い話すことが沢山ありそうじゃの。——ついてこい、ここではまた機神兵どもに見つかりかねん」
オダマが指差したのは僅かに光が漏れた岩壁だった。資材置き場を囲う岩壁の一部が崩れている。そこが採掘基地への入り口である。機神兵の攻撃によって崩れてしまったのだろうが、今となってはちょうど良い目隠しになっているようだった。
いくつかのコンピュータと仮眠用のベッドが一つと簡素な作りになっている採掘基地にて、まずはカルナの口から此方側の状況とコロニー6まで戻ってきてしまった理由を伝えた。赤い顔付きと聞き難しそうな表情を浮かべながらも納得した顔でオダマは頷いた。
次いでカルナが知りたがるガドの情報について。
「ガドはここにはいない」
短い言葉ながらも含まれる意味合いには複雑な感情が読み取れる。流石にこれだけでは説明にならない。オダマは順を追ってカルナ達が脱出艇に乗って逃げ出した後の事を話し出す。
まず他の隊員や逃げ出すことが叶わなかった者達は機神兵に捕えられた。捕らわれる際に命を落としてしまった者も少なくはないが、あの赤い顔付きが率いる機神兵団は捕えたホムスをすぐには殺さない。彼らを救出しようとオダマとガドは二人きりで奇襲を仕掛けた。
しかし結果は手酷い失敗に終わった。
オダマが意識を取り戻したのは先程戦いの場となっていた資材置き場であった。多少の傷は負っていたが生きており、五体満足であるのが不思議としか言いようがない。代わりにと言って良いとは思えないが、ガドの姿はどこにも無かった。残されていたのはガドの愛用していたカスタムエーテルライフルが一丁のみ。仮眠用のベッドの傍に立てかけられているものがそれだ。
「だがな、
オダマにとってはコロニー6の若い者達は例外なく愛すべき子であった。ガドが息子であるようにカルナもまたオダマにとっての大切な娘である。戦闘や生き延びる側面においては厳しく、同時に必ず生き延びろという優しさを持って育て上げてきた尊老だ。
だからこそ確信している。
「ガドはあんなことで死ぬ奴ではない」
事実と信頼、希望が合わさった強い言葉だった。
ジュジュの件も同じだ。赤い顔付きはホムスをすぐには殺さないと実際にそれを知る者からの裏付けが取れたことで、ほんの少しではあるが心に余裕が生まれた。
シュルクが小さく安堵の溜め息を吐いた音が耳に入ったのか、オダマは振り返りシュルクの背負う赤い大剣を改めて眺めた。
「小僧、その剣は英雄ダンバンのものだな?」
この発言、モナドという剣が大多数の者にとってどういったものなのかを端的に表している。巨神の剣でもなければシュルクの剣でもない。持って活躍した実績があるのは間違いないが、コロニー9も含めたほとんどの人間はダンバンが持つべき剣であり今後もそうだと思っている。シュルクもその一人ではあるのだが。
オダマにとってはシュルクの手に渡った経緯は当然知らぬところだ。疑問や不安も無いわけではなかろうが、軍人として素早く適切な判断を下す賢明な頭脳を彼は持っている。
機神兵を容易く斬れるモナドを持つのならばその力を貸してもらう。利用できるものは全て利用し、コロニー6の皆を救い出すのが最優先事項だ。
目的地は中央採掘場だ。捕らわれたホムスは必ずそこへ連れていかれる為、ジュジュがいるのも恐らくそこで間違いない。
準備が整い次第出発とのオダマの声を受けそれぞれが武器の調整などに入る。それと同時、シュルクの視界が真っ白に染まった。
色の弱い世界でオダマがライフルを構えている。覚悟を決めた瞳は何者かを見据えて離さない。弱まることのない憎悪と愛する子を失った哀しみを抱えて、刺し違えようとも敵を打ち滅ぼす手段を取ろうとする。
「ジュジュ、ガド。お前達の
響くのは子を先立せた仇に出来る親としての最後の言葉。そしてまた子を追うようにして親も彼岸へ歩み出す。
一人の軍人として、一人の親として。彼の最期はエメラルドグリーンの光を放つ灼熱のエーテル流の中へ力無く、そして満足そうに落ちていく姿であった。
そこで
——やはりこうなるか……。
俺達が何か手を打たなければオダマはこの採掘場で命を落とす。それに限らず他に何かしらの条件を満たさなければジュジュまでもが帰らぬ人となる。
望むのはエイルの記憶にあるような瀬戸際で辛うじて生存に引き込める流れではない。確実に二人を生かす方法を、未来視の光景まで数時間もないこの状況で導き出し実現させることだ。
『またこのままだと……』
『一人で抱え込むから駄目なんだ。俺達には心強い親友がいる』
『……え?』
『相談するんだよ。ラインに伝えよう。未来視を信じてくれて、俺の存在も知ってるラインなら力になってくれる』
もう俺達という内側の存在だけで解決しようだなんて愚かなことはしない。一人で不確実なら二人で、それでも足りぬのならもっと巻き込んで。
何よりラインは頼ってくれと言った。ここで俺達だけでどうにかしようとするのは彼の意思を踏み躙ることになる。命を救えるのならば形振り構ってはいられない。迷惑をかけるかもなどと考えることの方がずっと迷惑なのだ。
『そう、だね。……うん、話してみよう』
シュルクは不器用だから、人を頼ることに要らぬ罪悪感を背負ってしまうから。だから俺はせめて彼の背を押したい。絶望の未来が現実とならないように、周囲の人が生きて笑顔を見せてくれる未来になるように。
そして何より、シュルク自身が穏やかに笑えるように。