いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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中央採掘場

 準備を終え採掘基地を発つ。オダマとカルナの二人を僅かばかり先に行かせ、シュルクはラインと共におおよそ十メートル後方をついていく形を取っている。先方は二人だけで会話をしており、特に後ろを気にする様子は見られない。意識的に大声を発さなければ此方が話す内容は分からないはずだ。

「ライン、相談したいことがあるんだ」

 普段より少し小さめの声量でシュルクが切り出す。声量と真剣みを帯びた声色でラインも軽い話題ではないと即座に察し、元と比較すると随分小さい声で返答してきた。

「どうした? まさか未来視(ビジョン)か?」

「うん。このまま進むとオダマさんが……」

 今持つ情報で確かであるのは、オダマが地下のエーテル流に落ちて死んでしまうことくらいだ。ジュジュやガドの生死は一旦置いておく。一気に様々な情報をラインに伝えては混乱させてしまうだけだ。

「マジかよ……」

「何かいい方法はないかなって。僕だけだったらいい案思いつかない気がして……」

 ラインはうーんと唸りつつ腕を組んで悩み出す。しかし数秒後、彼の口から飛び出したのはオダマを死なせない為の案ではなかった。

「シュルク、俺に相談したのお前の判断じゃないな?」

 片方の口角をにやりと上げて彼は笑った。いたずらをされる前に見抜いた時の子どものように妙に得意げだ。

「そ、そんなことないよ……!」

『はい交代』

『わっ!』

 意識の首根っこを掴んで不意打ち主導権交代を仕掛けた。シュルクも流石に驚きでぎゅっと目を閉じてしまったが、そこは種が割れているライン相手だから問題はない。次に目を開いた時に表に現れているのはエイルの意識だ。

「そう、(ぼく)が勧めたんだ」

「だろうな。いつものシュルクだったら、言わないで一人で背負い込んでただろうよ。ありがとな、あいつ不器用だからさ」

『だからラインに言われたくないってば!』

 内のシュルクの主張は無視する。ラインの発言は事実なので。

(ぼく)も未来視は見てる。こっちからも話させてほしい」

「おうよ。未来を変えるには協力が多い方がいいもんな」

 すぐに思いつく範囲での行動案はいくつかある。

 一つ目、未来視の内容を直接オダマに伝えてしまうこと。最も単純かつ効果的ではあるが、前提条件として未来視を信じられるかどうかという高い壁が存在する。今さっき出会ったばかりの人物の発言の信憑性など高が知れている。何故か英雄ダンバンの剣を持つ見知らぬ小僧から「エーテル流に落ちて死ぬから注意しろ」などと言われたところでだ。世迷言だと切り捨てられるのは目に見えている。

 これがすんなり通用するのはまだラインだけ。カルナは信じようとしている途中である。まだ無条件で全てを受け入れてはくれないだろう。但しひとつまみ程度の疑いを抱いたとしても、未来視の内容を足蹴にはしないとは付け加えておく。

 二つ目、未来視の内容を直接伝えはせず、今から行おうとしている奇襲をやめるように進言すること。

「それがいいんじゃないか? なんとか理由付けて止めさせればいけそうだろ」

『僕もそうした方がいいと思う。……もしもジュジュがもう殺されてたら、行くこと自体が無駄になっちゃうよ』

「厳しいと思うな。中途半端な論理じゃ納得させられないよ」

 この方法は俺の知る流れでシュルクが苦し紛れに取ったものだ。まだ時期尚早ではないかと中央採掘場へ向かうタイミングをずらそうとオダマに持ちかけた。

 しかし結果は当然失敗だ。コロニー6における機神兵団の規模や行動パターンを誰よりも把握している者がオダマなのだ。彼が今が好機であると判断したのは歴戦の経験と地道に収集した情報に基づいている。十割彼が正しく、それに横槍を入れてしまったシュルクの方が残念ながらこの場合では誤りなのだ。

 シュルクに対して強い言葉で怒りこそしたが、決して感情のみで動くような人物ではない。だからこそ俺達の持つ論理立って説明も出来ず、あまりに超常的な能力で得た未来視の情報では彼を止められない。皮肉なものだが未来視を信じさせたければオダマを救わねば成し遂げられない。

「……ならもう行くしかないんじゃないか?」

(ぼく)もそう思う。未然に防ぎきれないのは悔しいしリスクは跳ね上がるけど、黙って見ているよりは何倍もマシなはずだよ」

 そして三つ目、最奥部まで行ってしまいその場で対応すること。どう落下を阻止するのか、そもそも落下させないようにする方法はあるのかなど考えることは決して少なくない。

 しかし未来視の光景を阻止しようと動く人間が複数人いるからこそ出来る動きはある。シュルクとラインが別々の思考で動くよりも、指示を出し合ってより効果的な動きをするだけでも元の助け方より安定するはずだ。

 残るはジュジュの安否なのだが、これに関しては手の打ちようがない。強いて言うならばさっさと中央採掘場へ行くくらいだろうか。赤い顔付きの気が変わってジュジュまでも喰らってしまうこと自体を起こさせないようにする。

「とりあえず今はこのくらいしか出来ないかな。……それじゃ元に戻すね」

「おう。やばいと思ったら遠慮なく出てこいよ」

「うん、ありがとう」

 ライン曰く仄かに明るい碧眼が元の色に戻る。

「……ラインもエイルも僕のことを不器用だ不器用だって言ってさ」

「拗ねんなよ。不器用で嘘がつけないのがお前の優しいとこだろ。俺、お前のそういうところ好きなんだよ」

「褒めて誤魔化さないでよ」

 ——ライン、そういう発言は将来好きになる人の為に取っておいた方がいいと思うぞ。

 

 歩く内に中央採掘場の入り口にまで辿り着いていた。離れていたオダマやカルナとの距離を縮めると、その場で奇襲についての動きをオダマから説明された。

「お前達三人はこのまま下に向かえ。儂は別の道から最下層に行く。あの顔付きの注意を引き付けてほしい」

 シュルク、ライン、カルナがまとまって行動することで赤の意識は比較的騒がしい方に向かう。襲撃してきたのはこの三人のみだと見せかける作戦でもある。

 最下層に辿り着いたらジュジュやコロニー6の皆の救出を最優先にして動き出す。顔付きとの戦闘は当然避けられないが、モナドを持つシュルクにほとんどの注意が向く。それを利用しオダマは物陰からの狙撃での援護と、場合によってはモナド以外での(とど)めで顔付きを打ち倒す。

「最下層には灼熱のエーテル流がある。力技で倒しきれないならばそこに突き落とすことも考えておけ」

 エーテル流。その言葉でシュルクとラインは密かに息を呑んだ。顔付きを倒せる可能性でありオダマの命を奪いかねないもの。

 作戦の内容を伝え終わると、オダマはシュルク達が進む方向とは逆へと走っていった。防衛隊長としてコロニー6の地形や設備を知り尽くしている彼だからこそ使える道も数多くあるのだろう。

 無事でいてくれと無言の祈りを去り行く背中に投げかけた。

 オダマの姿が完全に見えなくなったのを確認し、俺からシュルクに一つの提案を持ちかける。

『カルナにも伝えておこう。幸い彼女も未来視を信じようと思うって言ってくれたんだ、きっと協力してくれる』

 勿論シュルクも文句の一つなどなく受け入れた。一瞬だけラインに目配せをすれば、彼もシュルクのやろうとしたことをすぐに理解して頷いた。

「カルナ。僕、また未来視を見たんだ。そのことで相談があって……」

 先程ラインに打ち明けたのと同様に、カルナにもオダマの身に起こる未来を説明する。カルナはその内容に声を上げたりはしなかったが、目を見開き口を押さえて少なくないショックを受けていた。自分以外の者が絶望の未来を知らされることに心が痛まないわけではない。それでもその絶望の未来が現実となるよりずっといい。

「オダマさんの作戦通りに最下層には行く。あとはその場での対応になっちゃうんだけど、カルナも協力してほしいんだ」

「当然よ、必ず助けましょう」

 力強く頷いてくれたことにひとまず胸を撫で下ろす。

「でもよ、カルナはジュジュのことを一番に考えてくれていいからな。オダマのおっさんは俺達で何とか頑張るからさ」

 ラインが一つの気遣いを見せてくれた。万が一どちらかの命しか選べなくなってしまった場合、カルナには迷いなく弟に手を伸ばしてほしい。そうなったらオダマは男二人で何とかしてみせる。先に言っておけば、その万が一が起こってしまったとしてもカルナの一瞬の躊躇で両方の命が零れてしまう確率は格段に減る。

「大丈夫、僕達もどちらかだけなんて考えてない。絶対に二人とも……ううん、全員を助けよう」

 

 巨大な掘削機が目を引く。掘削機の周囲をリフトや通路を伝って下へ下へと向かっていくことになる。

 ふと一つの記憶が蘇る。最深部に向かうのにあの掘削機の巨大なプロペラに乗ったり、時には頭上ぎりぎりを通過する危ないにも程がある道を行くのかと身構えた。しかし流石に違った。普通に作業用の通路がきちんと作られている。あれはゲームとしての側面であったから、現実に落とし込んで考えればそんな危険なことはまずさせないのは分かるのだが。

 虚構と現実の混同はしないと決意しても記憶が時折邪魔になってしまう。まあこの点はちょっとした差異を楽しめる権利としておこう。重要なのは地に足をつけてシュルク達と同じ目線で世界を見続けることだ。

 中央採掘場は第一層から最下層までの計四層で出来ている。何十、何百メートルにもなる深さそのものがコロニー6の歴史でもある。カルナが話してくれたように、この採掘場が始まりの場であったのが巨大掘削機の大きな稼働音やプロペラの発生させる風、地下からじんわりと伝わってくるエーテル流の熱により肌で感じられる。

 その長い歴史を持つコロニー6が事実上壊滅してしまっても、自動制御により掘削機は今も稼働を続けてエーテル鉱石を掘り続けている。主がいなくとも初めに指示された命令を忠実に守り、動かなくなるその時まで動き続ける。経過した時間は比べ物にはならないが、どことなく機神界の帝都アグニラータを思い出した。帰らぬ主人を待ち続ける機械達に心はなくとも、人の役に立つ為に生まれてきた彼らに微かな感傷を覚えなくもない。

 少なくともこのコロニー6は主の帰らぬ場になどさせたくない。今は避難している者達が安心して帰れる場に戻し、この中央採掘場が本来の役目を果たせるようにする。人を救い土地の価値も守り抜きたい。生きる者が幸せになれるとはそういう意味もあるのだと思う。

 

 かなりの深さを進んできた。迷い込んだり蛮勇を働く人間を狩り尽くす為に配備されているのか、小型の機神兵と何度か遭遇した。奴らから顔付きに連絡が行かぬように速攻で倒して処理をする。

 そのおかげでカルナも対機神兵での立ち回りに慣れてくれた。銃撃の際に狙うべき部位や支援のタイミング、時には攻撃に加勢して一気に倒し切るなどこの面子での戦い方も思いの外安定してきた。これは単純にこの後の赤い顔付きとの戦いでも役に立つ。

 雑魚機神兵を叩く、昇降機で下へ向かうのを何度か繰り返して、やっと最後の昇降機に乗り込み最下層へ。そこに在ったものは。

「うそ——」

 慌てて昇降機から降りるも見える光景は何一つ変わらない。

「誰も、いない……!?」

 広がるのは灼熱に耐えられるだけの強固な金属製の床、床と床の間から見える翠玉色のエーテル流。そしてあちこちに点在する深紅の水たまり。

 現実を認めたくないのならば、ここには腕、脚、頭が転がっていないからただ出血しただけで逃げ出せたかもしれないとでも言える。しかしどうだろう。鮮やかな紅の水たまりは大きく大きく広がっている。これだけの赤が人から流れ出てしまったらどうなる? この状態で逃げ出せたとして何分、何秒生きていられる?

「ようやく来たかァ! 遅ぇんだよ小僧!!」

 声と共に質量のある物体が急激に近づいてくる。頭上を鉄の塊が過ぎ去り、風圧で髪を舞い上がらせる。未だ乾ききらぬ水たまり——血だまりが跳ねて頬にぶつかって弾ける。ぬるついたそれへの不快感さえも押し流す、腹の底から噴き出そうとする憤怒の感情が身体を支配する。

 地に足をつけた赤い顔付きは四体の五五式機神兵を従えて高笑いを上げる。カルナは銃口を真っ直ぐ顔付きの脳天へ向けて叫んだ。

「ジュジュはどこ!? コロニーのみんなは!!」

 顔付きはそんなカルナの様子を心底愉快そうだと言わんばかりに笑い伏せる。

「ちゃあんと答えてやるよ。まず一つ目の質問だがよ、ガキはあそこだァ!!」

 人と同じように取り付けられた五本の機械の指の内、人差し指を立てて指したのは採掘機の上部だ。(はぎ)色をした三角錐をひっくり返した形状の檻に、まるで磔にでもされるかのようにジュジュが拘束されている。見た範囲では身体に傷もなく顔付きの言う通りにまだ死んではいない。

 ならば戦って取り戻す。シュルクとラインもまた武器を抜き、その切先を顔付きに向けた。

「おっと、二つ目の質問にも答えてやらなきゃなぁ。このコロニーの奴らだがな……」

 次の句まで妙な間が生まれる。右の手を軽く開いたり握ったりする仕草をして次の言葉を最高のタイミングで叩きつけようとその"()"を探っている。

 (エイル)はこのやり口をしっている。寸前で止めてほんの一瞬でも相手に"まさか"を期待させる。ほんの僅かであっても膨らんだ期待の蕾を確認して、それから奴らはその蕾が今にも咲こうかという瞬間に粉々に砕いてくる。

「——もう喰っちまったァ!!」

 コロニー9で黒い顔付きがフィオルンを殺したのと同じように——!!

「ここはよぉ、俺達の食卓よ。コロニーの奴らは前菜、そこに立ってるお前らはディナーのメインディッシュだな。で、あのガキは差し詰めデザートってとこだ!!」

 ——ぶつん。

 その音を認識したのとモナドの刃が顔付きの周辺にいる五五式を全て薙ぎ払ったのは同時だった。

 俺の意識が鳴らした音ではなかった。自分自身でないとすれば必然的に答えはもう一人しかいない。足場の下に広がるエーテル流よりも煮えたぎった怒りが瞬間的に爆発を起こした。抑えつけていた理性の蓋も、蓋よりも上にある理性の糸も瞬く間に焼き尽くされた音だった。

 味方も敵も、俺さえも視認できなかった刃の一振りに場が静まり返る。刹那、"(スピード)"を発動したと認識するよりも先に、両腕に伝わった硬い何かを剣で殴り付けた衝撃が俺の意識を揺らす。

「……危ねぇなぁ。でもそんな(なまくら)顔付き(おれ)は斬れんぜえェ!?」

 人で言えば(くび)であろう部分に長く伸ばされたモナドの刃が押し付けられている。顔付きは無防備なままであり、もしも斬り落とせていたのならば話は違ってきただろうが、やはり刃は一ミリたりとも機械の身体に食い込んではいない。

「名乗りもまだだってのによ。喰われる前に喰う奴の名前くらいは冥土の土産で持たせてやらァ。耳の穴かっぽじってしっかり聞いとけ」

「名前なんてどうでもいい。お前は絶対に(たお)す。お前を斃した後は他の機神兵も斬り尽くしてやる」

 渦巻く感情は熱すぎるのに、水や氷では到底冷めるわけがないのに、俺だって怒りを抱いているのに。

 どうしてだろうか。(エイル)の背筋がずっと冷たくて仕方がない。

「言ってくれるじゃねぇか。斬れもしない剣で何が出来るってんだァ!?」

「斬るさ。何があっても、顔付き(おまえたち)を斬れない理由を突き止めて斬れるようにしてやる。数えるのも嫌になるくらい! お前の名なんて灰塵のほんの一粒でしかないくらいに!! 全ての機神兵を斬って、壊して、斃し尽くしてやる!! 僕の手で!!」

 顔付きが右手に握った得物を大きく振った。その一撃を喰らうまいとシュルクは大きく後方へ跳んで避ける。

 着地したシュルクの左右には、シュルクの叫びで我に返ったラインとカルナが臨戦態勢で並んだ。機神兵に対して憎悪と怒り、愛しい者達を殺された悲しみの全てを剥き出しにした鋭い目で顔付きを睨みつけている。二人とも想いは同じ。たとえ手に持った武器が効かなかろうと、必ず敵を殲滅すると覚悟して。

 

「俺は"(かち)"のゾード。お前達の頭叩き割って、流れ出た脳みそにきっちり刻み込んでやるよォ!! 安心しな、最後には綺麗に喰ってやらァ!!」

 赤い顔付き——ゾードは高らかに名乗り上げ、巨大な槌を地に叩きつける。

 腹の底を突き上げる激情、地面の揺れで突き上がる地からの衝撃が開戦の合図だった。

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