いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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褐のゾード

 手始めに"(エンチャント)"を発動したがほとんど願掛けと変わらない。枷の外されていないモナドではどうやったって()()()を斬ることは出来ない。

 そんな状況でどうやってゾードを倒そうというのか。案外答えは単純だったりする。

 転ばせてしまえばいい。モナドが実戦投入されるまでや、顔付きという新たな脅威が現れる前はそうしていたのだ。

 自走砲だとか固定砲台は一つ一つに様々なコストが絡み、たとえ一発放つだけでも軽々しく使用できる代物ではない。扱う者はどんな緊急事態であろうと一発たりとも無駄にするなと、主にヴァンダム(チョッカクヒゲ)に口酸っぱく言われるのだ。因みに一発を無駄にしたら拳一発で返ってくる。

 人の持つ武器で転倒させ、機神兵が動けなくなったところで関節部や装甲の比較的薄い箇所を的確に叩く。モナドを手にする前は皆そうしていた、そうせざるを得なかった。

 モナドが顔付きを断てないならば、顔付きに対してのモナドは一般の機神兵に有効打を持たない他の武器と同等だ。故に基本に立ち返るのが最も効果的だ。

「ちっぽけなお前らがこの俺を転ばそうなんて面白ぇ話だなァ!!」

 悔しいことにゾードの痛言した通りでもある。あの巨体を転倒させることで勝機が見出せるとしても、転倒自体が実現できなければ机上の空論のままだ。

 愉快そうな笑い声と圧倒的優位を疑わぬ態度と共にゾードは得物を軽々と振るう。力任せに右から左へ振り抜かれた槌をシュルクは"(ジャンプ)"、ラインは"翔"と同時に発動された"(スピード)"で回避する。着地と同時に再び駆けて足を止めない。立ち止まれば格好の的にしかならないのだ。

 考えろ、今持つ力であの金属の塊が地面に尻をつくだけの方法を。未発現のモナドアーツに頼るなぞ単なる甘えだ。"(イーター)"も"(サイクロン)"も選択肢から外せ。新たな何かが生まれる瞬間は既存の事象を組み合わせて次の領域まで持ち上げる時に初めて実現するのだ。

 大きいとはそれだけで利点になる。攻撃でも防御でもだ。そんな相手にシュルクが普段通りにアーツを放ったとしても、崩しを与えるどころか僅かに重心を揺らすことさえままならない。理由は言うまでもない。相手が大きいのに此方が小さいままだからだ。

 解決したいならばこれもまた答えは単純だ。此方が大きくなればいい。そして此方の答えは簡単に実現させられる。

『モナドの可能性を自分で縛るな、なんて今更だな?』

『分かってるさ! 僕も同じことを考えてた。"(バスター)"の応用、刃を伸ばすことだけ!!』

 "斬"の放つ(すみれ)色ほどエーテルは赤に寄らない。杜若(かきつばた)色までの変化で留まったモナドの刃は火力にエネルギーを割かない分、"斬"よりも遥かにその身を長くした。そのまま普段通りの構えで地から天へとモナドを振り上げる。

「『エアスラッシュ!!』」

 通常のそれよりも何倍も強力な空気の流れが巻き起こる。同じ空気の切れ込み(エアスラッシュ)でも突風の斬撃(ブラストスラッシュ)とでも呼べそうなくらいに桁違いの風圧だ。

 その突風の前では如何に重たい身体を持つゾードと言えど体勢を大きく揺らがせる——崩しが入った!

 今だ、と叫ぶことで合図をしようと思ったが、誰よりも頼りになる最高の親友はそれさえ必要なかった。シュルクがモナドの刃を伸ばした時点で必ずゾードを崩してくれると信じていた彼はとっくに転倒させる準備を済ませており、突風が巻き起こったと同時にバンカーをゾードの右脚に向けて突き出していた。

「ワイルドダウンッ!!」

 何もゾードは盛大にひっくり返ってなどいない。ただ右膝を突いただけだ。だがそれは確かな隙であり間違いなく"転倒"だ。

「ライン、カルナ! 左膝関節!!」

 たかが数秒、されど数秒。その一瞬にモナドバスター、ソードパイル、サンダーバレットを叩き込む。モナドの刃は断てはしないが全力で叩き込み、ソードパイルはラインの方が大きく吹き飛ばされるくらいの反動でぶっ放す。物理的な攻撃は通りが悪いが、カルナの放った純粋な雷のエーテルの弾であるサンダーバレットはかなり有効だ。

「群がりやがってェ!!」

 苛立ちの籠った怒声は今から反撃をすると高らかに宣言しているのと同じだ。立ち上がる動きの流れでシュルクに飛んできた左脚の蹴りは喰らう(すんで)のところで飛び退いて回避、再び地に足が着くまでのほんの一瞬に視界が白む——未来視(ビジョン)だ。

 今の攻撃の中で最も有効だったのはカルナの放ったサンダーバレットだ。俺達の中で唯一純粋なエーテル攻撃が可能であり、回復を一手に担う彼女を真っ先に潰すべきだとゾードは判断した。人で言う尾骨付近に取り付いたブースターが高温の青いエネルギーを吹き出し、巨体を利用した重すぎる体当たりをカルナ目掛けて放った。カルナの身はそのまま押し飛ばされゾードと岩壁の間に挟まれる。潰された彼女の身から溢れた赤が弾け飛んで——。

「カルナァッ!! 走ってぇっ!!」

 意識が急速に現実に戻される。モナドの能力を切り替えながら必死に叫んだ。"(スピード)"は動く対象の速度を上げるものだから動いていなければ意味がない。ゼロに何を掛けてもゼロのまま、避けるとか避けないの前にとにかく動いてくれなければ!

「遅ぇんだよ!!」

 モナドを振ったのとゾードタックルの始動は同時だった。空気の流れは目に見えない。見えないからこそ奴の体当たりとどちらが速いのか分からない。

 一秒にも満たないその時間が長かった。己が狙われていると理解して、驚きと恐怖で僅かに強張るカルナの表情の変化がよく見えた。壁に挟まれなくとも吹き飛ばされただけで骨の全てが砕け散る威力の速度だと嫌でも分かった。

 未来視はただ最悪の未来に絶望して一人で嘆くものではない。未来視は警告であり脅し、そして暗闇の未来を変えてほしいと誰かが願ったから発現するもの。巨神でもない、機神でもない。誰も絶望の未来など望んでなんかいなくて、誰よりも人の命を掬い取る未来を望んでいるのは他の誰でもないシュルク自身だから。

 未来視を発現させているのは紛れもなくシュルクの想いだから。

 

 ——ぱりん。

 

 この場で聞こえるはずのない音、ガラス質の何かが砕け散る音。絶望の未来を映し出していた未来視のタグが、破壊された、音。

 ——割れた!!

 記憶の中で幾度となく聞いたあの音がした。

 もしかしたら幻聴だったのかもしれない。ここは画面に描かれる架空の世界ではないから、未来が変わったと確信した俺が一人で勝手に生み出した幻聴だったのかもしれない。

 ——だが勝ったのはこっちだ!!

 爆風がシュルクの髪すらも舞わせた。強く吹き出した風はシュルクの咄嗟の叫びを信じて迷わずに動き出したカルナの背を勢いよく押していた。

 カルナの真横を通り過ぎたゾードはタックルに込めた速度を一切殺すことも敵わず、岩壁に爆音と共に衝突した。舞った砂煙が収まる前に鉄の塊が飛び立つ。流石に今ので倒せるとは思っていない。これはまだ軽い一撃に過ぎない。しかし収穫はあった。先程の左膝関節に集中させた攻撃と今の壁への衝突は想定以上の結果をもたらしてくれた。

 まず膝関節からは火花が飛んでいる。飛行形態を持ちはするが、空中戦がメインの機神兵ではないゾードにとって脚の自由を制限されるのはかなり痛いはずだ。相手のコンディションが万全でなくなれば更に勝利への道筋は掴みやすくなる。

 次に壁への衝突で機体の胸部には大きな凹みが出来ている。やはり硬いと言えどその強度は無限ではない。それだけでも俺達に希望を抱かせるには十分だ。

「カルナ、"疾"をかけ続けるから安心して。まずいと思ったらとにかく逃げて、絶対にゾードが追いつけないようにする!」

 その都度発動では効率が悪い。このままカルナへの"疾"付与を続けた方が確実に彼女を守り切れる。ぐ、とモナドの柄を握り直して"疾"を継続し続ける。

 闇雲なようでゾードは強かに槌を振るう。ラインへの攻撃と見せかけた横への振りがその斜め後ろにいるシュルクへ向けてのものであったり、シュルク一人を潰そうとしての跳躍からの叩きつけであるワイルドクラッシュはかわされることを計算に入れ、本命は衝撃波で他二人にダメージを負わせることであったりする。槌の直接的な攻撃こそ受けていないものの、前述の衝撃波やブースターの熱で此方の体力は容赦なく削られていく。

 それを踏まえてもだ、シュルクの身体(おれたち)の消耗が普段より凄まじい。カルナの適切かつこまめな回復を加味してもだ。明らかにおかしい速度で、身体のエネルギーを吸い取られるかのように体力も気力も奪われている。

 吐く息が荒い。激しい動きによる汗と冷や汗が混ざった液体が頬を伝い、首筋をなぞり胸から腹へと流れていく。思考が回らない。視界がぶれて眼前のゾードが歪んで——眼前の……!

『まっ、ずい……!』

 歪むはずのない機神兵の顔が醜悪な弧を描いたように見えて、そう見えたのは気のせいかもしれないけれど、でも、もう左から迫り来る大槌の一撃は、すぐそこで。

「シュルクーッ!!」

 親友の叫びと骨の芯すら粉砕したような衝撃は同時だった。反射的に目を強く閉じれば足が地を滑り、摩擦も何も無いのではと思うくらいに轟音と共に強すぎる力で押されて押されて——止まった。

 粉砕されたはずの左半身は、まだ、あった。それどころか衝撃による痛みこそあれど骨の一つさえ折れていない。

 どうして。

 答えを求めて開いた眼にはゾードの得物をバンカーで受け止め切ったラインの姿が映り込んだ。

「ライ、ン……?」

「へへ、間に合ったな……!」

 驚いたのはシュルクだけではなかった。攻撃を放ったゾードも、まさか自身の渾身の一撃がこんな小さなホムス一人に受け止められるなぞ夢にさえ思わないと言いたげな声で動揺している。

「受け止めやがっただァ!? どうやって!!」

「俺達を舐め腐ってるからだろうが、ァアッ!!」

 受け止めた姿勢のまま、溜め込んだ力を爆発させるかの如くバーサーカーを解き放ったラインは力任せに槌を大きく弾いてしまった。崩れた体勢を一度立て直そうとゾードが大きく一歩下がって距離を取る。

「俺の守りを舐めるんじゃねぇ!! それにカルナのシールドバレットだってあったんだからな!!」

 ゾードの槌とシュルクの間に飛び込む直前、カルナの放ったシールドバレットが文字通りラインにかかるダメージのほとんどを吸収する盾となった。全てを無効化するのは難しかったが、ラインは持ち前の硬さで強引にあの一撃を防ぎ切ってみせたのだ。更にゾードの左膝関節は先程の一斉攻撃と壁への激突の影響で火花を散らすほどにダメージを蓄積させており、右手に槌を持つゾードにとって踏み込みが甘くなる大きな要因になっていた。

 味方の防御力の底上げと敵の弱体化が上手く重なり、たった一撃喰らうだけで即死級の攻撃を凌ぎきることに成功した。

「シュルク、今から俺が全力であいつの注意を引き付ける。あいつがお前から目を離したらジュジュを助けに行け」

 ラインが耳打ちした内容にシュルクも頷く。ほんの数秒でもいいからゾードの気がモナドとジュジュから逸れさえすれば、先にジュジュの救出が出来る。だが同時にその僅かな秒数でもゾードの全ての注意を引き付けるラインにかかる負担も大きい。手早く、的確に遂行しなければジュジュは助けられてもラインの身が危ない。

「大丈夫だって、俺を信じろ」

 普段と変わらぬ明るい笑顔で彼はシュルクの背を大きな掌で軽く叩いた。シュルクが言葉や反応を返す前にラインは立ち上がりゾードへと向かっていった。

「ざまぁないぜ! モナドも持たない俺達に完璧に防がれるなんて顔付きなんて大したことねえんだな!!」

「ンだとォ……!」

「へっ、そのデカい図体も武器も所詮お飾りってことかよ! モナドで斬れないだなんだ言う前に俺一人倒せないんじゃ機神兵の名折れだぜ!!」

 ラインの十八番である強烈な挑発(マッドタウント)にゾードはまんまと引っかかった。煽られたことでシュルクやモナドは二の次、先にこの小うるさいホムスを潰してやろうと意識だけでなく身体ごとラインの方へ向き直った。

『今だ! "翔"べ!!』

 ここでアーツ名を叫んではラインの努力も水泡に帰す。喉を震わせずにモナドの刃を空色から青柳(あおやぎ)色に切り替え、それと同じエーテルの波動を両脚に纏う。深く膝を曲げ床をもぶち抜くつもりで足を伸ばせばゾードはおろか、ジュジュを捕える檻さえも遥か足の下にある。

「カルナ!! ジュジュを受け止めて!!」

 "(バスター)"を発動すると同時、カルナに次の指示を叫んだ。視界の端で即座に彼女がジュジュの真下に滑り込むのを確認し、落下の勢いのままモナドを振り払った。

 檻を形成する機械部品四つの内三つを破壊すればずり落ちるようにしてジュジュの身体がゆっくりと地へと向かい出す。檻がぱっと消えて自由落下する不安もあったが、幸い速度は上がりすぎる事はなかった。

「な……ッ、小僧てめぇェッ!!」

 シュルクの叫びと檻が破壊される音でやっと状況を理解したようだが、今更気がついても遅い。その巨体を宙へ送り届けるだけのブースターの点火と、離陸までに要するエネルギーの充填が完了するよりもジュジュがカルナに抱き止められる方が先だ。

 そしてゾードは一時はラインに向けていた分の注意を再びこの瞬間シュルク達に戻した。それはつまりラインの放つ技に対して背を向けるのと同義だ。

「俺を忘れんじゃねえよ! エンゲージッ!!」

 不意を突く形でゾードは攻撃の矛先をもう一度ラインに強制的に固定された。決まれば強力なアーツだが強力な相手ではその効果が百パーセント発揮されないこともある。だが今回は無防備な背中に向けて目には見えぬエーテルの(いかり)が打ち込まれた挙句、その主導権を完全にラインに握られている。どう足掻いてもラインから逃れることは出来ない。

「ならお望み通りてめぇからぶちのめしてやらァ!!」

 ゾードが身を低くし肩を突き出す姿勢を取った。ブースターには熱が集まり先程のゾードタックルを超える速度の体当たり——即ちタレントアーツを放つつもりだ。

 カルナはジュジュを受け止めたばかりでシュルクの身は未だに宙に舞ったまま。誰もラインの支援が出来る状態ではない。その上モナドアーツは今さっき"(ジャンプ)"からの"(バスター)"を使ったばかりで次の発動までには時間がかかる。

 ——"(シールド)"が張れない!!

『駄目だ!! 受け止めようとするな!! あれはシールドバレットでも吸収しきれるものじゃない!!』

 エイルの声は表には出ない。それでも叫ばずにはいられなかった。たとえカルナの死を避けてジュジュを救出してもラインが死んでは何も意味が無い!!

『いや出来る!! "(スピード)"をかけ続けた時と()()()()をやればいいだけだ!!』

 シュルクの声と同時にモナドの刃が輝きを取り戻す。その直後身体に鉛の枷が嵌められたかのように重くなった。

『シュルク、お前まさか!!』

 ほとんど咎めるような俺の声は無視された。シュルクは悲鳴を上げる自身の身体を物ともせぬ身のこなしで一回転し、その勢いで山吹色のエネルギーを飛ばして"盾"のエーテル膜を張った。

 結果は成功だった。クイーン・スパイドの時と同じでラインはあっさりとゾードのタレントアーツ、ショルダータックルを受け止めてしまった。

「く、そがァァッ!! 二度も防ぎやがって……、ぐおおっ!?」

 金属と金属が衝突する重たい音が採掘場内に響き渡る。何かと思ったがゾードの左側面から一機の自走砲が突進してきたのだ。

「何奴!?」

「——ちっぽけな餌じゃよ」

 自走砲の搭乗者はオダマだった。

『代われっ……! オダマさんを助けるぞ……!』

『考えがあるんだよね……!?』

『当たり前だ!!』

 本当に次から次へと展開が変わっていく。オダマの取った行動は覚えのあるものだった。自分一人だけを犠牲にすることでゾードをエーテル流の中に突き落とす作戦ならば、此方にだってもっと安全にやれる方法くらい考えてある。

 シュルクと身体の主導権を入れ替え、荒い息や笑う膝も無視してラインの下へ走る。左手で彼の肩を強く叩いてついて来いと指示を出す。

「ライン! 今から(ぼく)があそこの作業車で自走砲を掴む!! 掴んだらすぐにオダマさんを引き上げて!! 急がないと落ちるから!!」

「おうよ!!」

 人の手ではどうしても落下しかけている自走砲を固定するのは難しい。一度敢えて本来の流れのままに事を進ませ、ゾードが這い上がって来ようとする前にオダマをラインに救出してもらう。その後は自走砲を"(バスター)"で吹き飛ばしでもすれば良いだけだ。

 "疾"を自身にかけて一瞬で作業車まで辿り着き乗り込む。シュルクも俺のやりたい事は理解している。操作ならばより正確性があるのはシュルクの方だ。

『任せたぞ! 固定したら降りてすぐに自走砲を吹き飛ばす!!』

『うん。……任せて!』

 一瞬の間。シュルクにも何か考えがあると察したがそれを問えるような状況ではなかった。

 ただ、確かに感じた背筋の冷たさが間違いではなかったと後に知ることになる。

 

 急発進した作業車のタイヤが空回る。タイヤと砂が摩擦の熱で焦げた匂いが鼻の奥にしみる。喉は痛いし身体は重たいし、正直今すぐにでも大の字になって倒れ込みたいくらいだ。それでも自分達は動き続けねばならない。ここで投げ出すのはただの人殺しにしかならないから。

 既に自走砲がゾードを突き落とし、ゾードに捕まれた腕は引っ張られ灼熱のエーテル流の中へ沈もうとしている。

 ——ああもう、本当にどいつもこいつもどうしてシュルクの目の前で自走砲で特攻して死のうとするんだ! 何がモナドに次ぐ戦果を挙げた兵器だ! 乗ったら死ぬ兵器に認識を改めた方がいいんじゃないか!!

「『間に合えええぇえぇぇぇッ!!』」

 アームを伸ばした先からワイヤーを射出、ワイヤーの先端に取り付けられたクランプで自走砲の浮き上がった脚部を掴み上げる。自走砲の重さに勢いよく引き摺られて作業車が近寄っていくが、車体を捻らせつつブレーキを踏み込み何が何でも自走砲の落下だけは阻止する。揺れる車内では内臓が大きく揺らされて胃液が迫り上がってくる。限界を超えている身体にはほんの数秒がとてつもなく長く感じられた。

 そうしてやっと止まった、がまだ一安心ではない。

「ラインッ!! オダマさんを!!」

 ラインが自走砲へよじ登るのと対照的にシュルクは作業車から降りモナドを起動させる。即座に"斬"を発動させて自走砲の前に立った。

 ゾードは脚部の先を灼熱のエーテルに浸しつつもまだ這い上がろうと(もが)いている。幸いラインの素早い救出によりオダマは自走砲から脱出を果たした。あとはこの自走砲ごとエーテル流に落として——。

 

「人を喰っておいて自分は死にたくないって言うのか」

 

 動き続けて生み出された身体の熱と顔に感じるエーテルの熱さすら吹き飛ばすほどに冷たい声だった。

 その声がシュルクの喉から出たものだと理解した時には作業車のワイヤーがモナドによって断ち切られ、作業車の支えを失った自走砲はしがみついたゾードの重みでエーテル流の中に落下した。だがゾードは咄嗟のところで床の縁を左手で辛うじて掴み、未だにあの灼熱の中に行くことを拒んでいた。

 本当に、しぶとい。

「へ、へっ……お前ら人間が言えた口かよ。生きる為に他の命を喰うってのは自然の摂理だぜ。ホムスだって植物なり動物なり喰って生きてんだろうが……」

 ゾードの言葉は真理である。生きる以上他の命を摂取せねば死んでしまう。命を喰らうことが罪ならば、機神兵のみが咎められる理由はどこを探したって何一つ見つからないだろう。

「ホムス、ハイエンター、古に存在した巨人族——巨神の手で生み出されたとされる知的生命体は他の生物とは明確に線引きがなされている」

「テメェ何言って……」

「巨神はこの三種族を巨神界を導くものとして創られた。巨神界を存続させる為に。故に他の全てのものは彼らの為に存在し、彼らは巨神の為に存在する」

 巨神界に伝わる神話。マクナ原生林で発生されたとされるノポンは扱われていないが他の三種族、四肢を持ち完全な直立が出来る姿をもつ知的生命体——所謂(いわゆる)"人間"——は特別な存在と定められているという一節がある。

 真実は分からない。神の言葉を直接聞いた者が書き記したものではなく、太古の人々が自身の存在や行動を正当化する為に生み出した創作である可能性も大いにある。

 今の世においては"だから感謝して命を頂きましょう"という方向に解釈され、神話を字面の通り捉えるよりも子ども達の教育に利用されることの方が圧倒的に多い。

 シュルクもまたそのような類の神話は都合良く解釈するタイプではない。事実や現象から真実を探し求める方だ。だからこそ何故この瞬間に神話を引用するのかが分からない。

「機神界のルールなんて僕は知らない。知らないけどお前達を仮に人だと定義するなら、機神兵は巨神界の人の命を奪った。それは明確な人殺しだ」

「さっきの話と何が関係あるってんだ! 生きる為に他者の命を喰うことが当たり前で何が悪い!!」

「機神界の命でも喰っていればいいだろう」

「……は?」

 巨神界の神話がそうであるように、機神兵が機神界にとって上位の存在であるならばまずは同じ世界の下位の存在を喰って生き延びるのが道理ではないのか。わざわざ巨神界に侵攻してまで余分に命を貪り、肥えるのは行き過ぎた強欲ではないのか。

 機神兵が巨神界の命を奪うには確かな理由がある。しかし今のシュルクは知らぬことだ。仮に知ったとて命を奪う選択肢が最善でないのは誰の目から見たって明らかだ。

「……もういい。僕はお前達を許せない、ただそれだけだ」

 シュルクがゆっくりとモナドを振りかぶる。最後の一撃を喰らわそうと、ゾードを叩き落とそうと。

「馬鹿だよなぁ、封印の解けてないモナドじゃ俺は斬れねぇって言ってんだろうが」

「"斬"れなくたっていいさ」

 "斬"と書いて"バスター"と読む。ただ斬るだけならば"カット"や"スラッシュ"と読む方が文字の意味に近いはずだ。

 

「"(たたく)"。それさえ出来ればお前を斃せる」

 

 バスターとは破壊するものを指す。

 "モナドバスター"はモナドの攻撃の中でも一際強力なものではあるが、どういうわけか対機神兵となると他の対象を攻撃する時よりも何倍もの威力を発揮する。その理由なんて考えなくとも分かるだろう。誰が何を破壊したいのか、誰が誰を滅ぼしたいのか。

 依代(シュルク)は機神兵を破壊したい、巨神(ザンザ)は機神を滅ぼしたい。

 顔付きはホムスの一部を部品として組み込まれているせいでモナドの枷に引っかかる。だがその全てがホムスでもない。矛盾した存在に対してモナドはどのような現象を起こしたか。

 刃は通らないがすり抜けもしない、斬れないが叩ける。

『シュルク、待て……っ!』

 首根っこを引っ掴もうとした。出来なかった。どうして。シュルクが拒んだから、シュルクが自分で目の前の敵に引導を渡すと言ったから。

「おい、待て、俺はこんなところで」

「逃げたいなら逃げればいい。飛べるだろ、そのブースターは飾り物じゃない」

 シュルクも分かって言っている。すぐ真下に高温のエーテルがある状態でエネルギーを溜めようものなら、ブースターに引火してゾード自身が大爆発を引き起こす。だから今のゾードは自力で這い上がるしか術がない。

「お前を壊して次に行く。ゾードなんて名前が思い出せなくなるくらいに機神兵を破壊し尽くしてやる」

「俺はァっ! こんなところで死な……!」

 

 ぐぢゃり。

 

 とても機械を(たた)く音とは思えなかった。

 そもそも(たた)いてなどいなかった。シュルクと視界が全く同じだから俺はこの目で見ていたのだ。モナドがゾードの顔を叩いたのを。脳天を確かに、()()()のを。

 断末魔の叫びは上がらなかった。意識を失い掴んでいた手を離した巨体は重力に従って眩い翡翠色の海に飲み込まれていく。翡翠色は有機物は勿論、段違いに高い融点の物質で作られた機神兵の身体さえも溶かしていく。

 ゾードは動かなかった。灼熱の海に苦しむ悲鳴も上げなかった。彼はエーテルの海によって命を溶かされて死に至ったわけではなかった。

 信じられぬ現実が淡々と(エイル)に語りかけていた。

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