いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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 降る雨は弱まらない。機械の兵士に引き裂かれた人々の血と涙が雨となって巨神界の空から零れ落ちてくる。大地に触れて弾ける雨音が嘆きの言葉となり鼓膜を叩く。無念と怨嗟の声は機神兵の侵攻が終わるまで、巨神が過去に犯した罪を人々が知るまで降り止むことはないのだろう。

 遠くで鳴っていた雷は随分と近づいていた。警告に思えたそれは今や生き抗う巨神界の生命を嘲笑う声に聞こえる。どうせ強大な力に塗り潰されるのだから諦めてしまえと。真の歴史を知らぬまま同族を殺すだけの機械とされた顔付きの得物が振るわれる音、誤った道を孤独に歩み続ける機神界盟主の叫びが混ざり合った残虐で悲痛な音はただ暴力的な雷鳴にしか聞こえない。雷鳴に意味があると多くの者は気づくこともなく、耳を塞ぎ嵐が過ぎ去るのを怯えて待つのみ。

 幾重のすれ違いが戦争を終わらせてはくれない。

 絡み合った因果の糸を断ち切る救世主(だれか)を待ち続けている。巨神界も、機神界も。

 

 ダンバンが斬った一般機神兵の数もかなりのものだったという前置きをしておかねば、先程見せてくれた彼の神速の太刀の真偽を疑われてしまいかねない。何故ならば目に見える範囲でも十を軽く超える機体が地に伏したにもかかわらず、形勢そのものに大した変化は見られないからだ。数えるのも嫌になるほどの機神兵が未だに俺達を取り囲んでいた。

 顔付きが一体いるだけでも厳しいのにそれが複数となれば言わずもがなだ。しかも一般機神兵が次から次へとどこからか投入されてくる。

 雑兵である一般機神兵自体はモナドと"(エンチャント)"で容易に対処と処理は出来るが、とにかくその周囲にいる五機のゾードと黒い顔付きがあまりに脅威すぎるのだ。多すぎる雑兵に気を取られて顔付きから強い一撃をもらってしまえば、それだけで致命傷どころか呆気なく死に至る。かと言って顔付きのみに意識を割くのが間違いであるのもまた同じ。

「シュルク、雑魚は俺達に任せろ! 顔付きを断てる可能性があるならモナドだけだ!」

 それは独りであったならば、の話だ。俺達には仲間がいる。

 ダンバンの飛ばした指示に即座に頷きシュルクは顔付き——特に黒に対して鋭い視線を向ける。

(あいつ)、妙に意識がダンバンさんに向いてるな。それを利用させてもらうぞ』

『ダンバンさんの背中について僕達が相手をするってことだね?』

『理解が早くて助かる。行くぞ!』

 記憶を消されていない黒にとってダンバンの登場は多かれ少なかれ心を乱す要因になり得る。感情が昂揚して自惚れている今となっては、過去のどす黒い劣等感が目立って表に出てくることはないだろう。しかし裏側ではどうだろうか。黒が自覚せずとも、心の奥底に強引に仕舞い込んだ羨望は滲み出てきてしまうものだ。強く強く抱いた憧れは易々と消えなどしない。

 黒までの道は仲間達が切り開いてくれる。ダンバンとラインが手前の機神兵を穿ち、カルナやディクソンが奥の奴らを撃ち抜き吹っ飛ばす。黒を守る盾のように配置された機神兵は関節に火花が走った次の瞬間に膝を折り地に崩れるか、中枢に開いた風穴を中心として躯体を爆発させて散るかのどちらかしかない。

 増援の配備が整うまでの僅かな時間、自身に背を向けたダンバンに黒は狙いを定めようとする。それを逃さずにシュルクは機械の群れの真ん中を突っ切っていく。

 今まで仕掛けた二回分の攻撃はどれも武器である爪を狙っては弾かれの繰り返しだった。また同じ手で攻めてしまえば、モナドの枷の有無を問わず防がれてしまった時の此方の隙が大きくなる。

 だから今回は別の角度から攻める。真正面から突っ込むと見せかけ、振り下ろされた爪が当たる位置の手前で"(ジャンプ)"。そのまま背後を取り、人で言う腰の部位を右から思い切り叩いた。

 叩いた此方の手が痺れるほどに重たい手応えが示すのは刃が通らない事実だ。だがゾードとの戦いも経験してきたからこそ分かる感覚も紛れ込んでいた。

 刃が食い込んでいる。

 ほんの数センチ程でしかない。それでも食い込まない(ゼロ)と食い込んだ(イチ)では雲泥の差がある。

 枷が外れかかっている。腹の中心が急速に熱を失った気がした。

 黒が振り返る直前に離れ、周囲を駆け回り相手の攻撃を避けつつ再び此方からの攻撃のタイミングを探っていく。

『ではモナドの枷が外れないこの状況において、貴様はどんな手を用いて勝利を収めるというのだ?』

 粘るしかない。因果の流れを変えられていないならばこの後の展開は予想出来る。

『望まぬ方へ堕下(ついか)した可能性は考えぬのか? 何かを随分と待ち望んでいるようだが、救援が来るなどと何を根拠に信じている?』

 助けが来なかったらその時はその時だ。俺だって何が何でもモナドの枷を外したくないわけではない。最初のゾードとの戦い同様に、最後の手段の一つとしてモナドの封印を解く選択肢自体を潰すつもりはない。

『シュルクが枷を外すことを今この瞬間に心根(こころね)から渇望していてもか?』

 それは顔付きの真実を知らぬから言えることだ。彼らの中枢に組み込まれているものを認知すれば、枷を外す行為の重大さを理解するのがシュルクだ。

『お前にシュルクの何が分かる?』

 多少は知ってるつもりだ。二年も肌身離さずなんて言葉よりも密接に隣り合ってきた存在としてシュルクの内面に詳しい自信はある。少なくともシュルクをただの器としてしか見ていない()()よりは何倍、何十倍、何千倍と。

『分からぬぞ。腹の底では復讐を果たす為ならば殺しを厭わぬ性分である可能性をお前は否定できない。己も他も知らぬシュルクの領域は貴様と言えど知覚できぬ。知るのはただ神のみだ』

 ——ああうるさい! うるさいうるさいうるさい!!

 声の正体に対し知らぬ振りをしているからといい気になって、同じ声だからと(エイル)の別の思考の振りをして囁いて。俺を操作するつもりだろうが、お前の思い通りになどなってやるものか。

 いつか枷が外される時が来るとしても今ではないのだ。怒りの業火に焼かれ、理性を失ったまま人の首を刎ねて両手を血に染めることだけはしてはならない。

『シュルク! 変な声には耳を貸すな! 死なないことを第一に、モナドが効かないならゾード同様に基本的な手でやるしかない!!』

 纏わりつく声を振り切るように叫んだ。仮にシュルクに何かしらの入れ知恵を画策していようとも、まだ力を蓄えきれていない()()の声ならば俺の声量でも吹き飛ばせるはずだ。

 そう、考えたのだが。

「さっきのは間違いなく食い込んでた……細いから? いや違う、叩く場所が細くても全く効かないなら食い込むことなんて起こらないはずだ」

『シュルク……?』

 数刻前までは普段通りの調子で話していたシュルクの声とは思えないほど機械的なものだった。

 他者に言い聞かせるわけではない小さな呟き。そこかしこで発砲音だの爆発だの金属同士が打ち付け合う音だのが溢れる戦場において、己にしか聞こえず己の為に発する独り言は俺にはよく聞こえた。

「同じところを斬りつけて深まるか試してもいい、逆に若干薄い装甲に一撃加えて威力の差が出るかを見てもいい……。人だと思うから通らない、人だと……人だと思わなければ……人の命を遊びで奪う奴なんか人なわけがない、人の形をしていても……人として認めるもんか……」

『何を考えてる!! 人を斬る覚悟でって言っただろう! 人を殺すことになってもいいっていうのか!!』

 あまりに危うい道を迷いなく突き進んでいるシュルクの思考に待ったをかけようと声を張り上げた。どれほどまでに思考の海の奥底に沈んでいようとも反応せざるを得ないくらいに大声を上げた、上げたのに。

「……やれる。あと何回か試せば封印……"枷"は外せる」

 シュルクはその性格上、敵対していない人物の声を意図的に無視などしない。それにもかかわらず明らかに俺の声を聞いていないかのように振る舞っている——違う、本当に聞こえていないのだ。

 俺がほとんど顔付きは人間であると取れる発言をしているのにそれに驚かない。シュルクに一度たりとも"モナドの枷"という言葉は教えていないのにはっきりと"枷"と呟いた。これは第三者によるシュルクとエイルの意思疎通に利用される回路内への壁の構築と、シュルクが知覚できないほど自然に意識を第三者にとって都合の良い方向へ進むよう操られている明確な証拠に他ならない。

 ——巨神(ザンザ)の奴……!!

 多少の関係性の悪化には目を瞑るしかない。モナドの枷が外されるなどと細かい問題ではなくなってきてしまった。強引で横暴な手段であっても今のシュルクにこれ以上の攻撃をさせてはならない。

 シュルクがザンザにとって都合の良い道を歩かされることは、彼が巨神の完璧な器として完成させられることを意味する。シュルクは最終的に神を否定して次の世界を創世せねばならないのに、巨神に抗うどころか従順な下僕として縛り付けられてしまえば敵対する機神界はおろか、この巨神界さえも全てが無に帰すだろう。

 本来ならばシュルクは器ではなく、一人の人間としての自我が固まってきてしまったが為に心臓を撃ち抜かれた。シュルクという存在として完成すると巨神の器として万全に機能しない。だから一度器を破壊して神の魂を分離させる必要があった。

 今はその真逆を行こうとしている。シュルクをザンザの魂と限りなく近づけて器を完成させることで、巨神の完全な復活を目論んでいる。

 ——それだけは起きてはならない事態だ!

『シュルク!! 顔付きはただの機神兵なんかじゃない!! 怒りに身を任せて斬ったら後悔するのはお前なんだ!!』

 喉が張り裂けんばかりの声量で叫んだ。微かな音量でも良いから届けと、壁さえも破壊して貫けと祈りながら。

 しかし事態は好転しない。黒に追撃は与えられていないがシュルクの目は常に相手の隙を狙い続けている。

 時折機体に着弾しては爆発するディクソンの弾丸も勿論黒の躯体には傷一つ与えられない。飛び道具が無理なら近接戦でと、一旦雑魚から黒に標的を切り替えたダンバンの自慢の神速と機神兵の装甲から削り出した刀をもってしても大きな傷には至らない。体躯の差もあり左の爪で簡単に受け止められてやはり吹き飛ばされてしまう。

 強大な敵に僅かな傷さえつけられぬ英雄の姿を見た黒は頭を揺らして(わら)った。

 いくら英雄と讃えられようともちっぽけな身体はどうにもならない。あまりに弱い存在であると見下して黒は饒舌に言葉を紡ぐ。

「痛ぇだろ? 痛ぇよなぁ。利き腕の次は左も使い物にならなくしてやろうか?」

 機神兵であるにもかかわらず、己の身に起きた悲劇を知っているかのような物言いに一瞬ダンバンは目を細めた。だがダンバンが思考を巡らせる前に黒は再び口を開いた。

「無理してモナドなんか振るうからだぜ。その資格も無かったのによぉ!! 自分が一番分かってたよなぁ!!」

 今の黒にとって機神兵による侵攻に抗い戦い続けるホムスの存在は酷く鬱陶しく、煩わしいものに見えている。要因としては、絶大な力を手にした顔付きの機神兵に立ち向かう行動自体が単純に黒の神経を逆撫ですることが挙げられる。弱い奴が敵いもしない相手に突っ込んでいくことが耐えられない。黙って従うか殺されて楽になってしまえば良いと澱みなく思っている。

 だがそれだけではないのかもしれない。

「虫ケラどもが必死こいて戦ってよ。どうすることも出来ねぇのによぉ!!」

 もっと大きな枠組み、機神界と巨神界の戦いそのもの。巨大な機械の兵士を大量に投入して攻めてくる機神界に対して未だホムスは抵抗している。どうやったってホムスが滅ぼされる運命は決定づけられているのだから、たかが数人の力ある者が剣を握ったとて未来は変わらない。

 黒の言葉は、抵抗して苦しみながら機神兵から身を隠して地を走り生に執着する行為自体が愚かしいものだと嘆き、泣き叫んでいるようにも聞こえた。どうやったって勝てる存在ではないのだからと諦めの一種に思えて仕方がなかった。

 勿論俺の勝手な幻想かもしれない。根っからの悪人は存在しないと甘ったれた感情に縋りついて、黒の何もかもを否定したくないと駄々を捏ねているに過ぎないのかもしれない。

 ——結局、幻想は現実に叩きのめされるのがこの世の理だ。

 黒の背から真っ直ぐに生えた細い砲台に青いエネルギーが集約されていく。強力な攻撃の予兆だと察したダンバンが逃げろと叫ぶも、黒は伏せるようにして砲台を真っ直ぐ此方へ向ける。逃げようにもこんな崖ぎわでどこへ行けというのか。

「まとめて逝かしてやらぁ!!」

 圧倒的な力の差で全員が吹き飛ばされようかという瞬間だった。翡翠の雷撃が黒目掛けて天空から落ちてきた。すんでのところで黒はその雷撃を回避し、襲撃者の姿を見るや否やその名を呼んだ。

「テレシアか!?」

 黒に一撃喰らわせた生物は再び天高く舞い上がり小さな点になる。しかし遠目でもよく見える眩い黄檗(きはだ)色の羽は間違いなく黒の叫んだ名の生物が持つものだ。

 舞い上がった黄檗の翼は地上へと急降下すると同時に再び翡翠色の雷を次々に放つ。広範囲かつ高威力の雷を避ける判断を即座に下して実行に移せたのは黒だけだった。ゾード型の顔付きも含めたその他全ての機神兵は、加減をまだ学ばぬ子どもに叩きつけられた玩具のように砕けて焼け焦げてしまった。

 エイルにとっては狙い通りの流れという意味で、シュルクにとっては黒が此方に背を向けて大きな隙を晒したという意味で好機だ。だがシュルクの好機はエイルにとっての危機だ。

 シュルクは皮肉にも好機を逃さなかった。背を向けた黒の機体に迷いなく飛び乗りアーツを"(バスター)"へ切り替え、怒りなどとは生温い単純かつ明確な殺意を抱いてモナドを振り下ろした。刃はしっかりと機体に食い込むだけに留まらず、青白い火花を散らしてその食い込みをどんどんと深めていく。

 現在の身体の主導権はシュルクだ。強引に交代しようにもシュルクからの拒絶により奪うことは不可能だ。それでも諦める選択肢を選ぶわけにはいかなかった。装甲を断ち切ろうとするモナドを意識だけでも掴んで反対の方へ引っ張る。この部位が断ち切られることは完全にモナドの枷が外された証明になってしまう。

『なんで邪魔するんだ!! こいつは、こいつだけはここで!!』

『今のお前にはさせられない!! 今の状態で斬ったら絶対に後悔する!!』

 僥倖だ。先程までシュルクとエイルを隔てていた壁は消えている。俺ではどうすることも出来ないと思って解除したのならば、その見下した精神が間違いだと思い知らせてやれる。

『後悔なんてするもんか!! 誰だったとしても僕はこいつを斬る!! 機械でも人でも関係ない、こいつはフィオルンを殺したんだ!!』

『するんだ!! 思考を放棄して機神兵をただ斬り捨ててたら取り返しのつかないことになる!!』

『離してよ!! 離せってばぁッ!!』

『断る!! お前に——はさせられないんだ!!』

『こいつを斬るならどんな手段だって選ぶ!! それをエイルが止める権利なんてない!!』

『黒を斬るのに——を斬ったとしてもか!! ——を、——も——してお前は平気でいられるのか!!』

『邪魔するなアアァァァッ!!』

 一人の人間の中で二つの意思が真っ向からぶつかっている。大切な人の命を奪った存在への怒りを抱いているのは同じなのに片方は復讐の機会を掴んで離そうとせず、もう片方は何故かそれを止めようとする。矛盾していてあまりに滑稽であっても、今この場で殺意という鍵でモナドを完全な人殺しの道具へと変貌させることだけは俺が許さない。

 精神での殴り合いの中、不意に視界が白に染まる——未来視(ビジョン)発動の合図だ。

 モノクロの世界に最初に映し出されたのは一本の巨大な角、続いて響いてきたのはカルナの「塔の外に出たみたいね」という現状確認の声だった。すぐに切り替わり連続した映像ではなくなる。銀白の長い髪と髭をたくわえた巨人とも呼べるほどに巨大な一人の男、見知らぬ一人の少女と父親らしき頭から大きな羽を生やした壮年の男性。少女の傍には従者らしき若い人物も見える。

 塔のような場所で対峙する黒い顔付き。どこか変形したようにも見えるモナドが刃を今までにないほどに伸ばして顔付きを叩き斬る。黒だけでなくまだ出会っていない白い機体もまたモナドの刃で身を砕かれている。

 そして見える、白に乗り込んでいる人らしき誰かの姿。

 そこで未来視は途切れた。

「うぜぇんだよ!! 小虫の分際で!!」

 不意打ちの未来視に気を取られ、未来視の終了と入れ替わるように振られた爪の一撃への反応が遅れてしまった。何とか爪と身の間に刀身を滑り込ませ直接の攻撃を防ぎは出来たが、絶対的な力の差で弾かれ吹き飛ばされる。

 シュルクは諦めなかった。空中という不安定な場でも身を捻って回転することで、やけくそではあったものの最後に一つの斬撃を黒に向かって放った。

 ——ばグ、ンっ。

 生まれてから知る中で最も強い心臓の拍動を聞いた。胸部どころか身体全体を、内側から心臓が突き抜けてくるのではと錯覚するほどに強く揺らす、痛みすら感じる鼓動。

『……は?』

 回転する視界の中では黒の姿はしっかりと捉えられない。しかしほんの端に映り込んだ光景はとても見逃せるものではなかった。

 斬撃は黒の右の爪に真っ直ぐ飛んでいく。光の刃は迷いなく、振るった者の想いを乗せて己の役割を果たし——。

 

 爪が、落ちた。

 

 目に映った事実を理解する前に身体が激しい痛みに襲われる。当然だ、受け身も碌に取らずに落下して地面に叩きつけられたのだから。

 地に落ちる程度では黒から受けた攻撃の威力は殺しきれない。雨粒を吸い込んだ地面を鋭く滑り続け、瞼を強く閉じ歯を食いしばって自然に停止する時が訪れるまで耐えていた。

 それが不意に、不自然に止まった。硬さと逞しさを抱き合わせた何かの感覚を背に感じて目を開けば金の髪と髭、頭に巻きつけた赤いバンダナがあった。

「お、っと。無茶も大概にしろよ、小僧」

「ディクソ、ンさん……ありがとう、ございます……」

「本当にお前はキレると実力関係なしに突っ込みやがる。ちったぁ反省しろよ?」

 小馬鹿にする色を含みつつも純粋に子を心配する親の説教だった。本当に、本当に心の底から愛していると錯覚しそうになるのが腹立たしくて、切なくて。

 

「ガキィ!! 次はこうはいかんぜぇ!!」

 テレシアの雷撃は黒でも完全には回避しきれなかったようだ。稼働に支障はないようだがこれ以上の戦闘継続は不可能と見た。典型純度百パーセントの捨て台詞を吐いて黒は飛び去っていく。

「逃がす、もんかァァッ!!」

 ディクソンの腕を抜け出して走り出すも、シュルクの身体と精神は()うに活動限界を超えている。数歩駆けたところで先に精神の方がオーバーヒートを起こした。崩れ落ちかけたシュルクと入れ替わるようにして身体の主導権を奪った。

『……休んでろ。後のことは俺が対応しておく』

『エイ、ル……ごめ……おね、が……い』

 遊び疲れた幼児がぷっつりと眠りに落ちるようにシュルクの意識が沈む。エイルは即座に歩みを止めてその場で膝を折った。ぜえぜえと荒い息を吐きながら、せめてもの抵抗として機神界へ帰還する黒の背を睨みつけた。

 刃が未だ眩く輝くモナドは右手に握られたまま、その形を何一つ変えていない。なのに顔付きを斬った、斬ってしまった。困惑と驚愕と恐怖がとめどなく溢れて身体を重くする。

 

 目の前の現実を信じたくなくて、土に腕も膝も突いて(うずくま)り低く呻いて、泣いた。

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