話し合いの翌日、カルナとダンバンを正式に旅仲間に加えてコロニー6を旅立った。
カルナはコロニー6に残ったとしても誰も責めたりしなかっただろう。しかし当の彼女の口からシュルク達に同行したいと告げられた。故郷の復興に手をつけたい気持ちも大いにあるけれど、それよりも機神兵を許せない怒りの方が上回っていた。どれだけ故郷が復興し更なる発展さえ成し得たとしても、再び機神兵に焼き尽くされて全てが灰燼に帰す恐怖は拭えない。だから此方から敵を殲滅して恐怖の根源自体を取り除くしかないと彼女は判断した。
これに加えて婚約者であるガドの生存を彼女は信じている。直感だとか第六感の類でしかなくとも生きている気がすると彼女が言うのだから、それを一々疑おうだなんて誰も思わない。寧ろ皆が同意する。
オダマからも大切な娘を頼むと伝えられた。此方も当然その心構えだ。次にコロニー6に訪れる際にはカルナが無事に帰ってくるのは大前提として、彼女の隣にガドもつれて戻ってきたい。
カルナとは対照的にジュジュはコロニー6に残る選択をした。赤い顔付きの一件で己の実力を客観視出来たと、命を失いかねないほどに怖い思いをしたにもかかわらず笑ってくれた。
今の実力のままでは戦いにおいて足手纏いであるから軽率についていくとは言えない。シュルクやラインと比べてやれることは少ないけれど、精一杯自分の出来ることをやってみたい。武器を取って敵陣に攻め込む矛にはなれなくても、コロニーの皆を護る盾になったり盾そのものを作れるかもしれない。
そう語る彼の目は出会った時とは比べ物にならないほどに強い光を宿している。強さとはただ戦場で敵の首を斬り落とした数を指すのではないという結論を手にしたジュジュの成長が純粋に嬉しかった。
皆を護る為にコロニー6を復興させる。元の姿より更に強く、これ以上命を落とさずに済む場所として。
残る面々の想いに強く強く背を押されて、目指す監獄島への一歩を踏み出した。
コロニー6の正門から右に伸びる道を進む。ポッド発着場を通り過ぎ、途中の搬出用エレベーターから続く道と合流した先にあるのが霧の街道と呼ばれる道だ。先にある湿地帯から流れ込んだ霧によって視界が若干悪い。
霧の街道を抜け、見えてきたのはケルシャ湿地と呼ばれる名の通りの湿地帯である。燐光の地ザトールの入り口だ。
「なんか霧で薄暗いな。汚いってわけじゃねぇけど、あんまりぱっとしない場所だぜ」
ラインのザトールへの第一印象はあまり良いものではなかったようだ。燐光の地と呼ばれているのにどこを見渡しても何一つ輝いている物体は見つからない。
「昼間はね。夜になるとびっくりするわよ〜」
コロニー6の人々は入り口から中央部付近まで足を進めることがある。燐光と呼ばれる
「さ、目指すのはここの最深部だ。そこから巨神の上層部に上がるぞ」
話している途中からディクソンはさっさと歩き出していた。置いていかれぬよう他の者も慌てて彼の背中を追いかける。
ザトールの深部はカルナも行ったことがない。何ならコロニー6防衛隊長であるオダマも到達経験はないはず、もしくは片手で数えられる程度にしか辿り着いたことがないとカルナが語る。
最も大きな理由としてはモンスターだろう。巨神界の基本的な法則として下層よりも上層の方がエーテル濃度が高い。つまりモンスターも下層より活性化する。中途半端な実力や知識ではなす術なく此方がやられてしまう。
下層部でもやたら強いモンスターはいる? コロニー9のサーディやフラミー、テフラ洞窟の深部に棲みついた奴ら、巨神脚の縄張りバルバロッサに不動のゴンザレス? あれは色々とイレギュラーなので論外だ。なんであんなに強いんだあいつらは。
「——行きますよ。どんな所だろうと」
霧に包まれたシュルクの呟きが地に落ちて音もなく弾ける。静かに、そして決意と覚悟の詰まった言葉を耳にしたディクソンはそれの意気だと言わんばかりに一つ頷いた。
道中、ラクス沼と呼ばれる地点でノポン商会のキャンプと遭遇した。商魂逞しいの言葉に相違なく、このような場にまで商品となりそうなものを探しに来るのと同時に、ごく稀にこうして現れる旅人に物資を販売する為にザトールにも商会の一部を派遣しているのだとか。
時間帯もちょうど正午になろうかというタイミングであり、食材をいくつか購入する代わりに商会キャンプで休憩を取らせてもらった。
商会キャンプにはノポンにしては珍しい学者肌のノポンが一人在籍していた。
「学者肌じゃないも! カチャはれっきとした遺跡ケンキューノポンだも!」
失敬した。立派な学者であるカチャというメスのノポンだ。
シュルクとラインが昼食を口に突っ込む間、カチャは隣でザトールにある一つの遺跡について自身の見解も含めて語ってくれた。
ザトールには大まかに分けて二種属の遺跡が点在している。一つはハイエンターのものである。白を基調とし装飾も曲線美を中心とした気品のある遺跡だ。
もう一つは巨人族の遺跡である。現在の巨神界では既に絶滅してしまった——と思われている——彼らの遺跡はハイエンターのものとは見事なまでに対照的だ。切り出した岩を積み上げ、組み合わせることで無骨で逞しさを感じさせる遺跡が基本的なスタイルだ。女性的で優雅なハイエンター遺跡、男性的で雄々しい巨人族遺跡とスクールでも学んだはずだ。
「覚えてねぇなあ」
ラインはこういう男だ。カチャがビン底丸眼鏡がずれ落ちそうなほどに"フンゴフンゴも!"している。
「カチャが今調査してるのはその巨人族の遺跡に関してなんだも! この先もう少し行ったあたりに流刑の砦と呼ばれてる遺跡があるんだも。間違いなく巨人族に纏わるものだけどあそこら辺はイグーナの領地って呼ばれるくらいにイグーナの群れが占拠してて近づけないも〜! 流刑の砦とは呼ばれてるけど本当に刑罰に関する場所なのか、それとも神殿なのかはたまた名のある巨人のお墓なのかもまだ分かってないも! 近くには巨大蜘蛛との争いの痕跡もあるから巨人族と蜘蛛は太古から対立関係にあったかの説にも影響して……」
カチャは喋り出すと止まらない性格のようだ。ラインは既に飽きてダンバン達の方に行ってしまった。シュルクも興味深そうに耳を傾けているが、カチャの勢いには若干圧倒されている。話自体は面白いのだが。
「誰かあのイグーナの群れを追い払うか退治してほしいも〜!」
時間が余っていれば知的好奇心の側面からも是非とも協力したいところだ。残念ながら今回はそんな余裕はないのでシュルクが惜しみながらも断った。
ノポン商会に別れを告げて更にザトールの深部を目指す。
時間の経過で徐々に陽が傾き出す時間帯、ザトールの姿が沈み行く陽の代わりかのように光を帯びていく。枯れ木に見えていた樹木には葉や花ではなく無数の光が咲き誇る。水の粒だけかと思われていた霧は風に吹かれると青や赤に色を変えて空へと舞い上がる。
まるで人の手で飾りつけられたかのように——しかしながらその何もかもが自然のエーテルである——ただ霧が深いだけの湿地帯であるはずの全てが
夜の姿こそザトールが"燐光の地"と呼ばれる所以だ。
「こんな所があったなんて……」
思わずシュルクの口から感嘆の声が零れる。ラインも目に見えて幼い子のように声を上げてはしゃいでいるし、ダンバンも普段より目を見開いて自然の美しさへの感動を静かに噛み締めていた。
噛み締めてはいたが「でも身体に悪そうだな」との感想を口にしてしまい、シュルクに人体への影響は確認されてないと指摘を喰らっていた。実はこの分野に関する研究は進んでいないので、あくまでも人体への影響は"現状"確認されていないだけだったりする。
夜も更けた頃、今日はもう休もうと誰からともなく提案が出された。ザトールで夜間に活動するモンスターには好戦的な種はほとんどおらず、此方から殴りかからなければ戦闘は避けられる。黙っている分にはさして危険ではないものの、それでも眠りに落ちるのは最も無防備な姿を晒すのと変わらない。
小さな洞穴でもあれば大分助かるのだが……と辺りを見渡すと、白に一滴だけ黄色を落としたような柔らかい色の光を放つ街灯に似た何かが目に飛び込んできた。頂点に取り付けられた光球は温もりや安心感を抱かせると同時に、どこか慣れない衣服を身につけた感覚に似た小さな違和感も感じ取れる。実に不思議な光である。
ディクソンはこれを光球のオベリスクと呼んだ。今でこそ上層に引き籠っているハイエンター達はその昔、ザトールなどの中層域も支配していたとされる。これはかつてのハイエンター達の置き土産とでも言えるだろう。
「こいつは不思議とモンスターを寄せ付けない便利な代物でな。丁度いい、ここで休むとしよう」
夜の軽食を腹に入れたらすぐ横になる者、眠る前に武器の手入れをする者、瞑想なのか寝ているのか分からない者(名誉の為に添えておくときちんと瞑想である)、葉巻を吸って一人香りの中で燐光を眺める者——就寝までの動きはそれぞれだ。その中でシュルクはオベリスクに背を預け、腰を下ろしてモナドを抱え込んでいた。浅く
思い出されるのはいつだって隣で笑ってくれたフィオルンのことばかり。平和で静かな日々が永遠であってほしいと願った彼女は侵攻と戦争の爪に貫かれて命の火を散らした。誰よりも勇敢さと優しさを持ち合わせていたが為に、自分の背中の後ろにある平和を守ろうと戦いを選んだ彼女が死んで、自分は生き残った。
機神兵を全て排除したいのも黒い顔付きを追うのも、巨神界を存続させたいという想いから来ることに嘘はない。しかし根底にあるのはそんな崇高な使命感などではない。もっと汚く、咎められるべき感情でしかない。復讐はどこまでいこうと復讐の域を出ない。流された血を別の血で洗い流したいだけ、己の怒りの炎が消えるまで身体さえも燃料として燃やし尽くしたいだけに過ぎない。
その汚らしい復讐心の泥の中で見た"黒い顔付きを斬り伏せる"
見知らぬ人が映り込むのは未来視では特段不自然ではない。ただ未だ出会わぬ新たな機神兵——白い顔付きとでも呼べる何かがひどく心を波打たせる。無垢な白い機体はモナドの一撃で装甲を砕かれて内部が露出し、そこには人のような何かが座っている。
あれが何であるのか、誰であるのか、どんな影響をもたらすのか。未来視の先を考えようとすると夢で聞いたあの声が思考を遮るように聞こえてくる。
「変えたいかい? ——未来」
当たり前だよ。
零れた呟きは地面に届く前に溶けて消えてしまう。
もう寝ようかと深く膝を抱え込もうとして、シュルクは不意に己にかかった影の主を反射的に見上げた。
「早ぇもんだな。あの雪山で俺がお前を見つけてからもう十四年か」
ディクソンは立ったままオベリスクに寄りかかり、シュルクを見ることはせず遠くを眺めたまま話し始める。かかった影が育ての親だと認知したシュルクは上げた顔の力を抜き、ゆるりと笑って言葉を返した。
「感謝してます。あの時にディクソンさんが助けてくれたからこそ、僕はここにいるんです」
「すまなかったな。お前の両親助けてやれんで」
——どの口が言う。
シュルクにも気付かれぬようにエイルの意識が内で毒吐いた。
たとえ育てる内に真の愛情がディクソンに芽生えていたとしても、オセの塔に足を踏み入れた瞬間はただの道具としてしかシュルクを見ていなかった奴が何を謝ると言うのか。エーテルを吸われ干からびた遺体を一つ一つ確認してたった一人、巨神の手で命を吹き返した依代を探していただけの奴が両親を助けられなかったことに何の罪悪感を抱くのか。
厚い手袋越しでも伝わっていた母の手の温もり、探索隊の指揮を執りながらも時折振り返って妻と子を気遣った笑みを見せていた父の顔。陽を思わせる金の髪を宿した母親、白銀の短髪が星々の如く輝いていた父親。どちらもシュルクの記憶には確かに焼きついている。
しかしながらそれは一瞬にして奪われてしまった。昼間に温かさで包んでくれる陽も、夜に子を信じて見守る星も存在しない。暁にも黄昏にも存在を許されずに、子が投げ出された世界はどこまで行っても漆黒しかない暗闇だった。
幼き子から昼も夜も奪った存在がいて、その存在の配下が幼き子を抱えて別の世界へ連れ去った。育ての親は無垢な子から全てを奪い去った側の存在でしかないのに、それに縋らなければ子は生きてなどいけなかった。
暗い恨み言はいくらでも湧いてくる。でもそれが本当の本当に真実であるかどうかなんて、どこまで行っても他人でしかないエイルには判断する権利なんてないのだ。未来にシュルクの心臓を撃ち抜くのが確定していたとしても、心の底からシュルクを子として愛していたとしても俺には何も分からない。表面に現れた言葉と態度でしか彼という存在を認識出来ないのだから。
俺が勝手に行き場のない濁った感情を溜めている間にもシュルクとディクソンの会話は続いている。モナドとシュルクの付き合いもまたディクソンが探し出した時に始まっただとか、モナドは案外最初からシュルクが使うべきものだと神様が定めてくれていたのかもしれないとか。
「……知ってるくせに」
言葉が空気を震わせて驚いた。シュルクも、エイルも。小声だったおかげで言葉の意味自体はディクソンに悟られず、何か言ったかと聞きたげな「ん?」の声だけで済んだ。冷え切っていた精神から一転、動転したせいで急激に内が熱さを取り戻していく。
『エイル何言ってるの!?』
『悪い、俺も出てくるつもりはなかったんだ!』
『知ってるって何!? 僕が知らない何かがあるの!?』
『そういう意味じゃない! それより早く会話に戻れ! 怪しまれるぞ!』
ここまで一秒の千分の一。正確な値を測った試しはないが相変わらず便利な仕様である。俺達二人だけの会話だけなら高密度高圧縮に出来るおかげで一瞬で済む。
「あっ、いえ、えっと……あの時のことはほとんど覚えてないけど、僕にとってはモナドは父さんと母さんが遺してくれた形見みたいなものだって思ってた時期もあって……」
平静を取り繕って話題を元の流れに何とか戻す。
両親の形見のようなモナドの秘密を解き、機神兵との戦いに役立てたい。それに至れたのならばやっとの思いでモナドを発見した両親だって喜んでくれると信じてシュルクは研究を続けていた。
「でも実際はガラクタの山を築いていただけなんですけどね」
シュルクが自嘲気味に笑う。ディクソンもまたガラクタの山が出来上がったことは否定しなかった。
ガラクタの山だろうとシュルクは研究の成果を上げている。直接モナドに関係するものに留まらず、ガラクタの山からは防衛隊の為になる武器や道具だって数えきれないほど生まれてきた。たとえモナドの謎が解明されない世界線があったとしても、シュルクの手から生まれ落ちたものは誰かの役に立ち、誰かの利益となり、誰かを守る。この世界を僅かだって支えている。
その姿は両親を喜ばせているだろう。因果の糸に絡まり囚われたままであっても、より良い未来を目指して
その後ディクソンは「早めに寝ろよ」と告げて離れていった。彼の提言通りに眠ろうと俺からもシュルクに頼んだが、まだ心の内でのざわつきが収まらないらしい。
『エイルは寝てて。コロニー6で僕が寝てる間頑張ってくれたでしょ?』
『肉体は共有だから意識だけなら覚醒してても問題ないが……』
『それでも、だよ。一回スイッチ切らないと精神だって疲れちゃうよ』
『……そうだな。お言葉に甘えさせてもらう。シュルクも眠れなくても早めに横にはなるようにな』
『うん、気をつけるね』
エイル側の意識だけが覚醒していることはよくあるが逆は意外とない。地味に珍しい経験だなと頭の隅で考えながら、ゆっくりと意識を胸の底へと沈めていった。
アンケートを閉じました。ご協力ありがとうございました。