いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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モナド争奪戦

 モナド争奪戦は軍事区本部前広場にてトーナメント式で試合が行われる。規格外の武器を持つのに相応しい者を決める為のものだが、ほとんどの参加者は我こそはと手を挙げた者ばかりだ。自薦他薦を問わず参加が出来る形式であるのも後押しして、記念参加だとか単に実力を知りたいといった動機の者も少数ながらいる。その後に戦争があったとしてもこれ自体は軽い祭りのようなものだ。

 コロニー9に住まう一般の人にとっては防衛隊員の実力を知るいい機会にもなる。あまり重苦しい雰囲気はなく、身内の応援や試合自体を楽しもうとする者が集っていた。

 当然ながら、たった一振りの神剣を握る権利を賭けて真剣に争う者からしたら精神にのしかかる負担は凄まじい。周囲の祭り気分やどうでもいい理由で参加した者の存在は心の底から鬱陶しいだろう。

 

「シュルクー! もう始まるぞ!」

「分かってる! もう確認終わるからすぐ行くよ」

 研究棟の入り口からシュルクの幼馴染の一人——つい最近防衛隊に正式所属となったラインが声を張り上げた。ラインも少年には有りがちな英雄になってみたいだとか、特別な武器を振るってみたいという欲はあったが今回の争奪戦には参加していない。防衛隊の中でもまだ上位の実力は有していないとしっかり自分を客観視できており、更にはあのダンバンがいるのだから勝てるわけがないと笑っていた。

 研究の為にシュルクの研究室に大切に保管されているモナドが間違いなくそこに在るのを確認する。最終的な責任は防衛隊長のディクソンが負うのだが、触れる機会が多いシュルクにもそれなりの権限は持たされていた。故にモナドの管理はシュルクの仕事の一つだった。

 苦しい戦いを強いられる巨神界にとって希望となり得る神与の剣モナドが何者かによって盗難されてはならない。研究室内に誰もいないのを確認して扉を閉め、厳重に鍵をかける。

『中途半端な奴が持っていっても握っただけで大暴れされて怪我を負うのがオチだけどな』

『そうだね。……優勝した人も、いつかは苦しむのかな』

『モナドへの適性が無かったら誰であろうとそうなる。それはお前の研究結果からも明らかだろう』

 シュルクの声は重たい。モナドの謎をいつか解き明かしたいと願いこそすれど、研究が進む程に明らかになる事実は全てが喜ばしいものばかりではない。

 モナドは使用者を選ぶ。適性条件は不明——とされているが俺は知っている。巨神、巨神の依代、あとは……まあそこはいいか。

 そもそもモナド争奪戦だって正しく表現すれば相応しい者を見極めるのではなく、現状でこの暴れ馬を御することが可能な者を選ぶのが目的なのだ。本当の意味でモナドを使いし者が現れるまでの繋ぎ、もしくはそれよりも早く機神兵の侵略を終わらせてしまうまでの消耗品。

 いつか現れるモナドを真に扱える者と聞いて、人々が想像するのはそれこそダンバンのような英雄たる人物だろう。まさか体力も剣技も並みかそれ以下の研究員の少年がモナドに選ばれし者だとは、本人を含めて思いもしていない。

『もしも、だぞ。もしもお前がモナドをデメリット無しに扱えるとしたら、それがシュルクしかいなかったら。お前は剣を取るか? 神剣を掲げて巨神界を先導するか?』

 俺の問いに数秒の沈黙を挟んでからシュルクは答える。

『……僕にしか出来ないのならやりたいけど、怖いかな』

 現時点で一般的なホムスの少年としては当然の感覚だろう。でも彼は必ずこの剣を取らねばならない。そこに至るまでの道が違っていても、最後には必ず。

『例えばの話だ。そんなに重たく捉えなくていい。……話は変わるが一つ頼みがあるんだ』

『何?』

『争奪戦が終了したら俺に行動させてほしい。試合が終わり次第研究室の鍵を開けて、そこにやってくる人に話がしたいんだ。モナドに何かするつもりもない、今後のシュルクの生活に悪影響を起こすこともしない。約束する。……信じてくれるか』

『いいよ。代わりにダンバンさんの応援中は全部僕が出るからね』

『ありがとう。言われなくてもそうするさ。シュルクの楽しみを邪魔するなんて絶対にしない』

『あはは、そうだったね。エイルが行動したいなんて珍しいからつい気になっただけだよ。じゃ、行こっか』

 

 争奪戦はやはりダンバンが頂点に立って終了した。

 コロニー9の防衛隊は現状お世辞にもレベルが高いとは言えない。そもそも立地的に機神兵が攻め入ってくること自体が極めて珍しいのだ。機神と物理的に接しているのは機神の大剣を掴んだ巨神の右腕でありヴァラク雪山にあたる。かなり高層地帯だ。真っ先に被害を受けるのはその近辺になる。

 かつて存在したコロニー1からコロニー5は全て中層より上にあった。この五つは機神兵の手で蹂躙され今や跡形も残ってはおらず、中層より下にあったコロニー7と8さえも微かに形跡が残る程度で人は一人も住んでいない。

 最も大剣から遠いとされるのは巨神の左脛にあたるコロニー10だが、十年以上前に機神兵は上層ではなく下層から攻め込んできたことが一度だけある。その時はコロニー9も10も大きな被害を受け、ダンバンと幼いフィオルンはテフラ洞窟を抜けて巨神脚まで一時的に逃げていた。コロニー9は運良くこうして生き残っているが、コロニー10はその時に壊滅してしまった。

 しかし時が経てば人は忘れてしまう。あれ以来機神兵は一度としてコロニー9にやってくることはなく、次第に防衛隊員の緩みへと直結していった。

 だから今のコロニー9の防衛隊の中で確かな実力を持つのはダンバンを筆頭としてムムカ、ディクソン、あとはチョッカクヒゲことヴァンダムくらいである。勿論組織としてある程度の戦闘能力はあるが、ここよりも機神兵と戦う頻度が高いコロニー6と比べては遥かに劣っている。

 

 と、コロニー9の現状をぼやぼやと憂いている場合ではない。フィオルンとラインに一言かけ適当な理由を付けてシュルクがその場から離れる。

 小走りで研究棟へ向かいながらシュルクとエイルの体の主導権を切り替える。互いの同意さえあれば(まばた)き一つで切り替えが完了する。久々の体の操作に精神だけで大きく伸びをしつつ、研究室を解錠し扉を開けたままにして通路の物陰に身を潜める。

 待機してから数分過ぎたところで目的の人物が硬い足音を響かせて研究室へと入っていく。モナドがある場所へやってくるかは正直賭けではあったのだが、やはりというか彼の想いの強さは相当なものである。本当に彼が執着しているのはダンバンの方だ。でも現時点では様々な感情がかき混ぜられているから、モナドへと執着の矛先が向かっているだけだ。

 彼は何をするでもなく、ただ黙って鎮座するモナドを見つめている。シュルクはあのままモナドを奪い去るのではないかと心配しているが、そっと頭を撫でるように宥めて俺は動き出す。

 

 足音を殺して彼の背中に向けて言葉を投げた。

「一つだけ、それを持つ方法があります」

 突風でも起きるのではないかと言わんばかりの勢いで彼が振り向いた。戦闘員として気配には敏感であるのに、俺が声を発するまで存在に気が付かなかったのだからよっぽど敗北に打ちのめされていたのだろう。決勝戦にてダンバンに負けたのだから余計に。

 いつ見ても骸骨のように骨ばった顔もあって妙な迫力がある。実際彼の——ムムカの抱える感情の暗さと粘っこさは並の人とは比較にならないと既に知っているから、決して見た目だけに起因する圧ではないのだが。

「モナドを実際に握ってください。持っていって今すぐにでも機神兵を斬ってください」

 内でシュルクが大騒ぎしているが今だけ強引に抑え込む。信じてくれって言っただろ。

「モナドは人を選びます。持つ資格がない者が扱うのならば、どんなに力があっても必ず代償を支払わなければなりません」

 ムムカの瞳が微かに揺らぐ。

 ついさっき終わった争奪戦による結果はあくまで人が勝手に決めたものだ。真の意味でモナド使いを探すのならば、全員にモナドを持たせてみれば一発だ。単に身体に不調が出ては今後の防衛に支障が出るからやらないだけで、本来は非常に非効率的な選出方法なのだ。

「はっきり言います。ダンバンさんにモナドを持つ資格はありません」

 俯きがちになっていたムムカの視線が俺を射抜き、シュルクも同様に驚きの声を上げている。

「遅かれ早かれダンバンさんは必ず大きな代償を払います。仮にその時までに生きていたのならば、順番として次にモナドを扱うのは貴方になります」

 一年後の大剣の渓谷での決戦を生き延びろと言いたいのではない。ダンバンを殺してでも奪い取れという意味でもない。

「貴方がモナドを持つに相応しいかを示してください。判断するのは僕でもコロニー9の人でもない。巨神(モナド)がはっきりと答えを出します。貴方に資格さえあればモナドを振るい、機神兵を叩き斬り、コロニー9の英雄として人々からの称賛を得られます」

 ムムカはモナドに視線を向けたが手を伸ばすことはなかった。少しだけ研究室の床を見つめ、劣等感を圧縮した声が喉を震わせる。

「……てめぇが俺に何を偉そうに言えるってんだよ。モナドを研究してるからって何でも見通してる気分にでもなってんじゃねぇのかぁ?」

 俺は何も言わない。微動だにせずムムカの次の言葉を待つ。

 そこからムムカは行き場を失った水が澱んでヘドロと化したような声で感情を吐き出し続けた。

 過去にいたコロニーが機神兵の襲撃を受けて何もせずに逃げるしか出来なかったこと。命あっての自分なのにそれに価値など感じぬかのように人の為に尽くして戦い続けるダンバンが眩しくて、酷く憧れで、本当に大嫌いなこと。そんな彼が自分の汚い感情に気付きもしなければ、故郷を捨てた行為を何一つ責め立てもせずに友好的に接してくること。

 それはきっと自分への憐れみなのだ、見下しから来ているに違いないのだ。ムムカはそう喚いている。

 許してほしいのか、罰してほしいのか。今まで碌な接点も持たない相手を前にして感情を吐き出す姿は、確かにムムカ自身が思うように憐れかもしれない。

 何と声をかけるのが正解かは分からない。でも一つだけ、俺の知る物語で歩み寄れなかった二人に何か出来るのならば。この先の未来が大きく変わる波紋を作り出すだけの小石を投げるのならば。

「ダンバンさんは貴方を憐れんでもいなければ見下してもいません」

 たとえそれがムムカには受け入れ難い事実だったとしても。

「過去がどうあれホムスの為に、自分の明日の為に必死に戦う姿をダンバンさんは否定しません。本当に、心の底から大切な戦友だと思っているから、貴方の隣に立って戦っているんです。……ダンバンさんを拒絶しても、その想いだけは機械的に捨て去らないでください」

 俺が言い切ると同時にムムカは俺の身体を突き飛ばして研究室を走り去っていった。乱暴に押された胸と、突き飛ばされて勢いよく床にぶつけた尻が痛い。

「ってて……。……あれはどうなるやら」

『いたた……。エイル! モナドが本当に持ってかれたらどうするんだよ! 本当にびっくりした! それにダンバンさんに資格がないって、そんなのダンバンさんに失礼だろ!』

 ムムカがいなくなり周囲の状況を気にする必要がなくなったからか、シュルクがわっと捲し立ててくる。物理的な音ではないから音量調節に類する機能が無いのが地味に困る。

『万が一くらい考えてたさ。もしそれが起きてもムムカにモナドは使えない。あの人だって持つ資格はないんだ』

 付け加えて改めてモナドの使用者を選ぶ特性をシュルクにも説明したが、どうもシュルクは腑に落ちないらしい。争奪戦の結果に関わらず、シュルクの中ではダンバンが扱うべき武器だと決まっていたのは想像に難くない。

 でも事実として無いものは無い。シュルクには悪いがダンバンはモナドを扱い始めてしまえば、それを自ずと理解せざるを得なくなる。だからこそ自分の力と意思でそれを制御した彼が凄まじいのだが、今のシュルクはまだそこまで分からない。

 

『それにしても……ムムカさんがあんな風に思ってたなんて』

『あの人だって大人だからな。生活する上で余計な波を立たせないように動くくらい出来るだろうさ』

 シュルクや俺から見ても、少なくとも防衛隊にいる時のムムカはそれなりに過ごせているようには感じた。ダンバンやディクソンといる時に笑顔は多くなくとも、それでもコロニー9の悪友と言えばあの三人を指す。

 俺は未来で変化する彼らの関係を既に知っているから大した衝撃はないが、今までの三人しか見ていないシュルクにはやはりショックな言葉だったのだろう。

 

 ところでムムカへの接触とは俺本来の目的であるザンザの妨害の有無の確認の手段であったが、驚くくらいにすんなりと事が進んでしまった。シュルクの内面での騒ぎはあったが、これは紛れもなくシュルクの感情であってザンザが何か干渉したとは考えにくい。

 未来は案外些細なことで変化する。だから本来ならもっと先に知る情報や、知らずに終わる想いなどを伝えていたこの世界線は必ずどこかに影響が発生する。

 内にいるザンザはこの程度であれば復活に影響はないと判断したのか、まだそこまで未来を確認していないのか。今回の検証は微妙なところだ。

 ——もう一つだけ試してみよう。

 ザンザに俺の腹の中を見透かされていないか、次はもう少し大胆に出る。今回のムムカへの接触の結果がどう転ぼうと、もっとはっきりとザンザの想定するだろう出来事へ干渉する。

 

 二年後、コロニー9への機神兵の襲来、文字通り巨神復活の分かれ目になる一人の人間の運命。

 フィオルンの死だ。

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