いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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サイハテ村

 ノポンアーチからエクスの水飲み場を経由してネジリ木のゲートに到着した。ゲートからはノポン族が綱で木と木、木材の足場同士を繋いだ空中通路を伝っていく。イチのつり橋と同じ素材であり強度は申し分ない。

 地面をそのまま進んでも村に辿り着けなくはないが、オルガ族に攻撃される為に百害あって一利なしである。オルガ族は自身の視線より下にいる生物に襲いかかる習性を持つ。不思議なことに身体の大小を問わず、視線が同程度の高さにいる生物には手を出してこない。どう見ても視界に入り認識されているのに、立っている高さが頭部と同じくらいであるこの通路上にいると、奴らはすぐに興味を失ったようにふいと目を逸らして縄張りをまたふらふらと彷徨(うろつ)く。そうなる理由は知らないが、この習性を知るからこそノポン族はこの高さに足場と通路を作った。それは確かだ。

 オルガ族に限らずマクナ原生林には多種多様の生物がおり、そのどれもが凶暴かデカいかやたら強いかのどれかなので態々下の道を選ぶのは愚かである。

 とにかく上の道を通れば安全だとのメリアの言葉に従ったおかげで全員無事にノポン族の村——サイハテ村入り口にやって来られた。

 入り口にあるランタンはノポンアーチで見た支柱と同じデザインをしており、器の中に発光する花粉玉が入っている。器は目と口に見える形にくり抜かれた穴から花粉玉の光が漏れ出すデザインになっていて、実に愛嬌がある。頭部は炎のように光が揺らめいているが、これもまた花粉玉由来のものであり全く熱くはない。不思議な物質、花粉玉。

 門番らしき青竹色の毛並みをしたノポンに近寄ればお帰りなさいと出迎えられる。その際にメリアを"鳥のヒト"と呼んだことから、ノポン族はハイエンターをそう呼ぶことが窺える。間違ってはないのだが何と言うかこの……素直と言うか、直球なネーミングは非常にノポンらしい。

 門番ノポンは村長(むらおさ)と話がしたいというメリアの要望に頷き道を開ける。入り口を通れば目の前にはマクナで他に並ぶものはないのではないかと思えるほどの巨木が鎮座していた。次いで目につくのはやはりノポン達の姿だ。色とりどりの毛並みをしたまるっこいノポン達は俺達の来訪に気がつくとわらわらと集まっては好き勝手言ってくる。

「ホムホムだも!」

「ホムホムがこんなとこまで来たも!」

「ホムホムいっぱいも〜!」

「ホムホムさわっていいかも?」

「ホムホムあんまり毛ないも」

「ホムホムかじっていいかも?」

「ホムホムまずいらしいも〜!」

「ホムホム怒ると怖いらしいも!」

 ——滅茶苦茶可愛い。

 普段はあまり考えないようにはしているが、この作品に触れた経験がある者としての感情が抗いがたい勢いで奥底から湧き上がってくる。ノポンに囲まれたい、ノポンをもふもふしたい、なんなら来世はノポンになって悠々自適に過ごしたい、ノポンになって全てを許されたい。

 ——ノポンってさ……可愛いよな。

 ——分かる。

 自問自答をしつつシュルクに怪しまれないよう感情が一定量を超えぬよう必死に抑える。抑えても出てくる。ノポン可愛い。でもアヴァリティア商会のバーン様はお引き取り願いたい。

「ノポン族サイハテ村の者共に告げる。メリア・エンシェントが再び来訪した。村長と話を所望する。長よ、姿を見せられい」

「メリアだも」

「鳥のヒトだも〜」

「後ろの鳥のヒト、ホムホムにおんぶされてるも」

 威厳あるメリアの物言いにもこれである。良い意味で立場や種族に囚われない価値観と言える。可愛いので大体許される。でも敬語使うノポンもいる。使えるんじゃないか、流石にメリアには使え。皇女だぞ。

『エイル、なんか今日凄くうるさくない?』

『すまない』

『別に怒ってるわけじゃないけど……』

 

 礼儀正しいノポンの一人が中央広場まで案内してくれた。向かえば一目で村長だろうと分かる長い桃花色の髭と、パイナップルのようにそびえ立つ頭髪をしたノポンが恭しくメリアに一礼する。

「これはメリアさま。お早いお帰りで」

 村長はメリアの礼節がなっている。余計に他のノポンの無礼さが際立ってしまう気がするが当のメリア本人は気にしていない。それならいいけども……。

「首尾よくいきましたかも?」

 村長の問いにメリアは俯きで答えた。

「もしやお付きの方々は——」

「巨神の血肉へと還った。私を逃す為にアイゼルを除き、皆……。それでも彼だけは助けられた。この者達——シュルク達のおかげだ」

 俯いていた顔を上げたメリアは先にそのアイゼルを休ませてやる場が欲しいと村長に頼んでいた。ハイエンターの中でも比較的長身の部類に入るアイゼルは、そのまま適当な場に寝かせてしまうと場所を取ってしまう。ノポン達は案外気にしないだろうが、そうなると今度は間違いなくアイゼルがノポンに踏まれる。

「地下はどうですじゃも? すぐ隣が食糧庫にはなりますが行き交う者は他よりは少なく、お付きの方もゆっくりお休みなれると思いますも」

「十分だ。ライン、アイゼルをそこへ運んでくれ」

「ほいよ。任せな」

 村長の傍にいたノポンに案内されて地下へ。アイゼルを楽な姿勢で寝かせ、彼の装備や武器も近くに置いてすぐに中央広場へと戻ってきた。そこでメリアはもう一つの頼みを村長へと告げる。

「村長よ、シュルク達の願いを聞き届けてもらえぬだろうか」

「ホムホムのですかも?」

「エルト海に上げてやってほしい」

 この頼みについては村長も快く了承してくれた。これでシュルク達が巨神頭部へ登るだけの手段は確保できた。

 しかし村長はメリアのこれからを心配している。

「メリアさまもお付きの方がお目覚めになったら一旦戻られた方が……」

「いや、私にはこの地でやらねばならぬことがある。シュルク達をエルト海に上げたら再び出立する」

 そこまで話してメリアは上層へ向かおうと一歩を踏み出しかけてつんのめった。彼女の左手がシュルクの手に掴まれていたからだった。

「待ってメリア。君のやらなければいけないことって何?」

 放ってなどおけなかった。何かを抱え込んでいるのに誰にも助けを求めようとしない。助けられたくないのではなくて、一人で必死に背負うだけ背負い込んで許容量を超えても細い足でただ我慢している。そのような人を見てしまって何もしないままなんて出来るわけもない。

 その姿はどこかシュルク自身と重なるものもあったのかもしれない。似ているからこそ意識の外で彼女に通じた何かを感じ取っていたのだろうか。本人は認めないだろうけども。

 シュルクの真剣な表情に一瞬面食らって固まったものの、すぐさま柔らかくシュルクの手を振り払ってメリアは向き直る。

「私には(たお)さねばならぬ存在がいる。斃さぬ限り皇都へは戻れぬ。……それがホグドにダミル、ガランへのせめてもの供養なのだ」

 メリアの斃したい相手が何かなどシュルクの中でとっくに答えは出ていた。助けに割って入った時に相対したあの強大な存在、エーテル結晶を取りに行った際に襲ってきた分身体とアルヴィースの発言により補足された情報から導き出される答えはただ一つだ。

「君の言う斃すべき相手ってテレシアだよね」

 目一杯見開かれたメリアの瞳はようやく本当の意味でシュルクの存在を捉えてくれたように見えた。

「エーテル結晶を取りに行った時に襲われたんだ。君達が戦っていた本体の分身ではあったけど、色々あって何とか勝てたんだ」

「テレシアに勝っただと!? そなた何者だ!?」

 驚愕で思わず声を荒らげるメリアを宥めつつ一つずつ彼女に説明していく。

 テレシアの存在は知識としての分と巨神脚で一度だけ遭遇して姿までは把握していたこと。思考を読むテレシアの能力を一時的に封じることが出来たのはモナドのおかげであったこと。本体はメリアが負わせた傷を癒す為にマクナ原生林のどこかで身を隠していること。

 ここまで伝えれば多少の情報を共有するだけの価値はあるとメリアも判断してくれたようだった。

 あのレオーネ・テレシアはエルト海より逃れ出てしまったものであった。現代においてテレシアの主な生息域はエルト海といった巨神頭部がほとんどだ。エーテル濃度も下層より濃く単純に棲みやすいことがまず理由に挙げられる。

 テレシアを巨神中層以下に野放しにしておくことは非常に危険である。上層よりエーテル濃度が低い場所では周囲のエーテル場を吸収し尽くす。そうなると周囲の生態系は大きく崩れてしまう。草木は枯れ果て生命の息遣いは消え失せる。このまま放置してしまえばマクナ自体に大きな傷跡が残り、ここに住むノポン族も大打撃を受けてしまう。

 故に巨神頭部のハイエンター達はテレシアを常に監視し、上層以外に行かぬように策を講じてきたわけだ。

 しかしながら完璧なものはやはり存在しない。今回のように、時折監視の目や防衛の壁を潜り抜けてしまう個体は現れてしまう。それを討伐する使命を与えられたのがメリア達なのだ。

 さてここまで聞いてしまったシュルクが次に何と言うか、誰だって予測出来てしまうだろう。

「その役目、僕らにも手伝わせてくれないかな」

 優しさから来る言葉ではあるが同情や哀れみではない。メリアが必要な理由が我々にはある。

「君を助けたい気持ちは本当だよ。でもそれだけじゃないんだ。

 僕は()たんだ。黒い塔の頂で僕らは君と一緒に顔付きの黒い機神兵と戦っていた。君を助けられたのは君が巨大なテレシアと対峙している姿も視たからだ」

「……シュルク、そなたが何を言っているかさっぱり分からぬ」

 メリアが困惑している。未来視(ビジョン)の説明を省いたシュルクが悪い。

「シュルクはさ、未来が見えるんだよ」

 すかさずラインが補ってくれる。シュルクの不足を埋めてくれるのはいつも彼だ。

「未来が見えるだと? 世迷言を申すな!」

「信じるか信じないかは勝手さ。俺達だって会ってすぐの奴の言うことを信じてくれるなんて思っちゃいないよ。たださ、未来視にあんたが出てきたってことは、あんたは俺達にとってきっと重要な存在なんだろうな。

 でもシュルク、お前メリアが未来視にいたって俺達も初めて聞いたぞ」

「……話したと思ってた」

「目逸らすなよ。……ま、そういうこった」

 ぽん、とシュルクの左肩にラインの右手が置かれる。

「あの顔付きとの戦いの場にいたってんなら尚更だ。この話乗るぜ、俺も」

「俺も乗ろう。女性を独りで戦場(いくさば)に行かせるような(やろう)はクズだ」

「ひゅーっ! やっぱりかっこいいぜ、ダンバンは!」

「勿論私も行くわ。無茶する男達には回復役が欠かせないもの」

「ラインは分かるが……俺もか?」

「あら、ダンバンだってすぐ無茶するでしょ? 自分が敵を引きつけるのが役割だからって真っ先に飛び出して身体に傷つけて帰ってくるじゃない」

「盾役なんだから当然だろう。傷を最低限で済ませているんだから寧ろ褒められるべきだと思うぞ。ラインの半分未満だ」

「盾役は盾役でも俺は回避盾じゃねーから仕方ないだろダンバン! あと俺だって別に無茶してないからなカルナ!」

 ラインもダンバンもカルナも力になろうと手を差し伸べてくれる。皆がシュルクと同じでメリア自身がこれからの運命に必要不可欠であるからと同時に、本心から彼女の助けになりたいと言ってくれている。会話が少々緊張感の無いもののように聞こえるのは、少しでもメリアの気分を楽にして手を取らせやすくしたいという気遣いでもある。

 嬉しい申し出ではあるが当のメリアは意地を張っている。

「ちょっと待ってくれ! 私は私の力でテレシアを討たねばならないのだ。助勢を受けるわけにはいかぬ……!」

 意地というよりは抱え込んで膨張しすぎた使命感なのかもしれない。既に少女一人が持てるだけの容量を超えているのに本人だけが気付いていない。本来であればアイゼル達がそれを萎ませたり共有などすることでメリアへの負担を軽減してくれたのだろう。幼い頃から傍に仕え、同時に友でもあった彼らがメリアの精神が壊れぬように守っていたのだと思う。

 彼らには到底及ばない。でもシュルク達よりは彼女のことを多く知るからこそ、ごく僅かであっても彼女の膨れすぎた重荷を減らしてあげたいと思うのは立場からくる自惚れだろうか。もし愚かな思考であっても今自分は彼女の助けになりたいと感じているのは確かだ。己の気持ちに従っても良いのだと信じたい。

『愚かなんかじゃないよ』

『……伝わっていたか』

『何にも恥ずかしがるような気持ちじゃない。僕もみんなもエイルと同じ、絶対に。だからメリアにエイルの想いを伝えてあげて』

『——ありがとう』

 (まばた)き一つ、エイルが口を開く。

「ねえメリア。テレシアを討ちたいのは名誉とか得られる報酬の為なんかじゃないって(ぼく)達にも伝わってる」

「……だから何だと言うのだ。誰かがテレシアを討たねば我々もノポン族も……!」

「うん、分かってる。君は何を遂げるべきか見誤ってない。だからこそだよ、テレシアを討つのは何が何でも成し遂げられねばならない』

「繰り言を申すな! 故に私が——!」

「大事なのは"テレシアが斃されること"だよ。手段や助力は重要視されないはずだ」

 は、とメリアが息を呑む。

「君の実力を侮っているつもりはないけど、万が一君一人で挑んで負けてしまったら? 負けるだけならまだいい、負けた挙句君が命を落としてしまったら目が覚めたアイゼルさんはどうなるの? 故郷にいる君の家族はどんな思いでその報告を聞けばいいの?

 偉そうなことを言っちゃったね。本当はもっと単純なんだ。(ぼく)らは君を助けたい。それに目の前でこんなに辛そうにしている人がいるのに、それを助ける理由も助けない理由も必要かい? ……ちょっと臭すぎるかな」

 言っておいて恥ずかしくなってきてしまった。流石にシュルクでも言わない内容だったかもしれない。ラインは良いがダンバンとカルナに違和感を持たれていないだろうか。心臓が少しだけ速く打つ。

 拒絶の意思を示していたメリアの瞳が揺らぎ出す。彼女の心に届いてあわよくば動いたのなら嬉しいが、確信などしたらそれこそ高慢であり自惚れだ。最終的な答えを決めるのはメリア以外には出来ない。

「メリアさま、失礼ながら聞かせてもらいましたじゃも」

 ふと村長が割り込んできた。割り込んできたと表現すると随分乱暴かもしれないが、声色には村長もまたメリアの身を案じてくれている想いが溢れんばかりに詰まっていた。

 村長はシュルク達の協力したいという申し出を肯定してくれた。ここまで散々言われているようにテレシアの一件はハイエンターやノポン族、更にはマクナ全体にまで影響する。力のある者が手を取り合い少しでも勝利の確率を上げる方が全てにとって良いはずだ。

「ノポンもただメリアさまやホムホム達に任せっぱなしとはいきませんじゃも。ここは我らがノポンの勇者も行かせますじゃも」

「だが村長——」

「お供がホムホムだけではいささか心許ないですからも」

 ノポンらしい態度の大きさである。しかしその芯ではやはりメリアを気遣っている。ホムスに限らず、ノポンだって彼女の力になりたい気持ちを直接の言葉ではなくて勇者を遣わす形で表したのだ。やはり長い年月を生きて村長にまでなった一人の人間としての器の大きさと配慮が感じられる。

 それにホムスは実際マクナより下層のモンスターとしか剣を交えたことがないのだ。マクナで逞しく生きるノポンと比べると実はホムスの方が弱いのも事実なのである。ダンバンという規格外が身近にいるせいでシュルク達は多少感覚が狂っているが。

「今勇者をつれてきますじゃも。少々お待ちくださいも」

 そう言って村長は背を向けてぽてぽてと去っていった。周囲のノポンに声をかけて勇者を中央広場に呼び出す手配をしている。

「何だよノポンの勇者って。な〜んか胡散臭ぇな……」

 ラインの愚痴にカルナが苦笑した。ダンバンは単純にどんな者が現れるのかに興味があるのか、真剣な顔で村長の背をじっと見つめている。メリアは未だ完全に助力を受け入れたとは言い難い表情をしている。それでもノポンも関わることになったからか、心なしか無駄な緊張が多少抜けたようにも見える。

『……エイル、ありがと』

 聞こえた声に合わせて表層に現れていた意識もまた交代させた。

『礼を言うのは俺の方だ。自己満足な言葉ではあったが彼女に何か伝わればいいんだがな』

『きっと届いたよ。もしもメリアが本当に一人でテレシアのところに行ってたら、きっとフィオルンみたいになってたと思う。……そんなの、もう二度と見たくないから』

 残される者達。メリアにとってはアイゼルや皇都にいるであろう家族、フィオルンにとってはシュルクやダンバンがそうだ。何にも代えられぬ存在を喪った人間がどんな道を選んでしまうのかを自分達は身をもって知っているし、その誤った道を現在進行形で進み続けている。仮に復讐が遂げられたとて得られるものは無い。

 彼女も彼女の周りにも、俺達と同じ道は歩んでほしくないと願うのは自然なことだろう。

 

『ところで随分浮かれてない? 君がこんなに高揚してるのなんて初めてだろ。僕も興味はあるけど、そんなにノポンの勇者が楽しみなの?』

『どんな奴が来るか楽しみに決まっているだろう。早く会ってみたい』

『なんか違う気がするんだけど……』

 ()()今年の伝説の勇者ととうとうご対面なのだ。これが浮かれずにいられるものか。俺自身も割と驚くくらいうきうきしている。相変わらず過去の記憶は思い出せないが、シュルクが最も好きであった以外にも主要ノポンが好きだったのかもしれない。

 早く来るも、今年の伝説の勇者。

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