テレシアの角が再生される前に一斉に此方の攻撃を叩き込む。
「シュルク、ライン、カルナ! メリアが作り出してくれた好機を逃すな!!」
ダンバンは戦いの幕が上がった直後だからこそテレシアに己の存在を強烈に印象付けさせようと、天下無双から続け様に桜花乱舞を叩き込んだ。
計五発の斬撃は羽の先端や爪を呆気なく叩き割る。周囲に散ったテレシアの部位がどこか舞い踊る花びらのようにも見えて、彼の雄々しさと仄かな色気を引き立てている。人間以外に魅力的に見えるのかどうかまでは不明だが、どんな生物にも際立って目を引く存在として映るのは間違いないだろう。
ラインはテレシアの正面がダンバンに向いているのを利用し、背後から渾身の一撃を放とうと構えた。普段は壁役であるが故に体力やアーツ、立ち回りに関する彼のほとんどの意識はいかにして敵の注意を引きつけ続けるかに費やされている。そうしなければ
しかしどうだろう。ダンバンという攻撃役と盾役を兼ねる英雄の合流により、彼には壁役を敢えて捨て去るという選択肢が追加された。これまで敵の注意を引くことに費やされていた力を攻撃に転用することが可能になった。彼が身につけた逞しい筋肉は防御でこそ真価を発揮するのは今も変わらないが、強引に殴りつけても下手な攻撃役より遥かに火力が出るのも事実だ。
バーサーカーのオーラを発動させたラインは自身の代名詞である物理的な防御の力を代償として、一時的に攻撃への力を高める選択肢を取った。次いで発動したバレットチャージで、本来マッドタウントに回されるはずだった溜めに溜めた力を次の一撃に全て上乗せした。
「喰らいやがれ! ソードパイルッ!!」
意識をダンバンに持っていかれていた分、背後からの重たい一撃はテレシアにかなり効いたようだ。初めに聞いた威厳や神秘性を含んだ咆哮とはまるで似つかぬ、一つの生命として肉体の痛みに喘ぐ汚らしさと生気を振りまく叫喚が口から絞り出された。
テレシアは攻撃の痛みに耐えかねて叫び上げると同時に身体を大きく仰け反らせた。その瞬間生物の急所である喉元が無防備なまま晒される。
「カルナ、同時に! テレシアに中途半端なエーテル攻撃は吸収されるから実弾で!」
「オッケー!」
シュルクがモナドの刃を伸ばして跳躍し、カルナが銃口をテレシアの首に向ける。
「モナド"
「メタルブラスト!!」
モナドの一撃により生まれた裂傷を抉るように鉛玉が撃ち込まれた。テレシアからは血液の代わりにコバルトグリーンのエーテルが噴き出す。
「リキもいるも! カ~ムカムだも~!!」
リキの得物が傷口を更にこじ開ける。致命傷に次ぐ致命傷、並みの生物ならば間違いなく絶命まで追い込めていた。
「——まだだ!!」
メリアの声で再び気を張る。
痛みと苦しみに喘いでいたはずのテレシアは大きく身震いをしたかと思えば、欠損した部位に光を集約させて元通りに肉体を再生させた。当然角もだ。
この場にいる者達の思考を把握できるようになったテレシアは此方側の戦法を即座に見抜き、思考読みを阻害する大きな鍵となるメリアとシュルクに意識を向ける。
それと同時にシュルクの視界が一瞬白に染まり世界から色が抜け落ちる。——
テレシアはより容易に捻り潰せるのはメリアの方だと判断し、自身が持つエーテルエネルギーを砲撃として解き放った。梅紫に輝くエーテル砲がメリアの身を蒸発させる未来視を見届ける前にシュルクは駆けだし、盾となるようにメリアの前にその身を滑り込ませた。
「メリア! エーテル攻撃を軽減出来る手段は持ってる!?」
「無論だ!
メリアの周囲に氷のエレメントが三つ出現する。テレシアと戦ってきた彼女はこの後の攻撃の威力を直感で理解したのか、僅かなダメージさえも負うわけにはいかないと堅牢なエーテルバリアを咄嗟に構築した。
テレシアは既にエーテル砲の発射態勢に入っているが為に急な行動の変更は不可能だ。圧縮したエーテルを一度外部に放たなければ自爆してしまう。どれだけ此方側の思考を読もうともエーテル砲を放つ以外に行動の選択肢は存在しない。
シュルクはメリアの展開した氷の障壁に"
大きくモナドを一振りさせてエーテルを再びモナドに吸収させる。強力な砲撃後の隙を突き、テレシアが動き出す前に"
「二人ともよくやった! 疾風刃!!」
明鏡止水のオーラを纏ったダンバンがすかさず凍りついた角を斬り落とす。
『……そうだ。斬り落とした角の断面にもう一度"破"を捩じ込めないか? オーラ封印の効果を延ばすのと、もっと直接的に体内のオーラに干渉できれば弱体化できるかもしれない』
『任せて! バトルソウル、いいよね!?』
『許可する!』
シュルクの体力を代償として刃の輝きを取り戻したモナドで再び"破"を放つ。今度は広範囲ではなく角の周囲の狭い部分にピンポイントで放った。狙い通りに緑のエーテルは角の断面から吸収されていく。エーテルを奪い取るテレシアの身体だからこそ可能な芸当だ。"破"のオーラを吸い尽くしたテレシアは一瞬硬直した直後、まるで酩酊したかのように足取りが覚束なくなる。
『上手くいった! 人で言う平衡感覚が上手く機能していない!』
「よし……! チャンスです! 一斉攻撃を!!」
シュルクの号令でそれぞれが一際強烈な攻撃を同時に放った。このまま押し切りたいと願ったがそれは成就しなかった。再びテレシアは自身の傷を回復し、同時に体内のエーテルの乱れも回復を応用して吹き飛ばしてしまった。
その後は同じことの繰り返しだ。テレシアが思考を読む手段を失っている間にとにかく攻撃を叩き込み、角が再生されればシュルクかメリアのどちらかが思考読みを封じて誰かが角を斬り落とす。可能なら傷口から"破"を入れる手法を繰り返したかったがテレシアも馬鹿ではない。最初の一度以降は思考読みに頼らずとも、闇雲に暴れまわることでシュルクの狙いを定めさせないように動き回って体内を掻き乱されることを防いだ。
思考読み阻害、角を斬る、一斉に攻撃、角の再生。それが何度続いただろう。思考読み対策に加えて未来視とモナドアーツのおかげで此方側が負った傷はかなり少ない。だが疲労は蓄積される一方だ。徐々に息が上がる人間達を
数えるのもやめた何度目かの再生の光を見て、流石のダンバンも焦りの色を声に滲ませ出した。
「いくら何でもキリがねぇって……!」
「大恐竜またヒゲ生えたもー!」
「実弾でダメージを与えても、あんなにしょっちゅう回復されるんじゃ何の意味もないわ!」
「俺達何回殴ったよ。本当に効いてんのか……!?」
不安と諦めが募り始めた皆の言葉を聞いたメリアはシュルクの隣に歩み寄る。杖を握りしめた両手は恐怖か悔しさか小刻みに震えていた。
「……もうよい、よいのだ。やはりテレシアを倒すなど不可能だったのだ。死んだ者達の為に危険を冒す理由などそなた達には何もないではないか」
——逃げてくれ。残りは私が引き受ける。私が、私一人の命の全てと引き換えに奴を消滅させる可能性に賭ける。
言葉として紡がれはしなかった。しかし彼女の自暴自棄からの思考放棄とも呼べる諦めの想いは嫌でも理解した。
だから
「『駄目だよメリア』」
大切な仲間、もしかしたらそれを超える家族にも似た存在。それを失った悲しみも、失わせた
愛しい人の命を奪った存在の種類など関係ない。ただこれ以上こんな思いをする人があってはならないだけなのだ。
「それにね、君にはまだアイゼルさんがいるじゃないか。護るべき人はまだいるんだよ。……お願いだよ、死なないで」
出会ってからの日の浅さなどどうでも良かった。尊い自己犠牲だと結論付けて全てを諦めてしまうのだけは認めたくなかった。
『……シュルク、テレシアに有効な一撃はまだある』
ここまで本物のレオーネ・テレシアの動きとその再生力を見てやはりこれしかないと確信した。シュルク達の連携であれば意外な勝機が見出せるかもと淡い希望を抱いていたが、生憎ここでそれは見つからなかった。やはり現実は厳しい世界だ、覚悟していたよりテレシアの生命力は遥かに強大だった。
故に
テレシアは周囲のエーテルを吸収し続ける生物だ。俺達人間が意識の有無を問わず心臓を鼓動させるのと同じく、造物主によって組み込まれた自動的なシステムであり意識的に止められるものではない。
逆に言えば一度に摂取しても良い量にも限界が決められている。巨神の守護者であってもテレシアは神そのものではない。莫大な量のエーテルを与えられてしまえば、どれだけ身体に必要とされる元素であろうと押し潰されてしまう。
『メリアのマインドブラストは普通に放ってもテレシアに傷をつけた。それが限界までエネルギーを集めて極限まで圧縮されて放たれたら……』
『……テレシアは許容限界を超えて消滅する』
そうだ。但しメリアを後方に下げて全てをマインドブラストの一撃に集中させねばならない。戦力が一時的に一人分減る上に思考読みの封印はシュルク一人が担うことになる。
無防備になるメリアを守りつつ思考読みを阻害、更に可能な限りテレシアを消耗させる必要がある。リスクや負担も大きいが何もせねば得られるものもまた何もない。やるかやらないかではない、やるしかない、やり抜くしかない。
「絶対にあいつを斃す。僕らがあいつの気を引くから、君は最大級の一撃を喰らわせる為に力を溜めて」
「シュルク……」
「『
再び意志の炎が瞳に宿ったメリアが強く頷いた。
「カルナ! テレシアへの攻撃はしないで、我儘なんだけどモナドの力を解放する度に僕を回復してほしいんだ! 他の時間もみんなの回復と支援に充てて!」
「我儘だなんて言わないの!
これでバトルソウルを乱用できる上に消耗もほとんど無に出来る。カルナがいなければ出来ない戦法だ。彼女がいるから他の者は恐れずに飛び出せる。
「ライン! 君の守りを信じてる! メリアに意識を向わせない為にテレシアの注意を引きつけ続けて!」
「おうよ!! お前の"信じてる"、何よりも力になるからな!!」
やはり彼は純然たる盾として戦うのが何より輝いている。絶対に落ちぬ要塞、絶対に倒れないと語る背中、絶対に死なないと笑って有言実行を果たしてくれる大親友がここにいる。
「ダンバンさん、リキ! 僕達はとにかくテレシアを攻撃し続けます! 少しでもテレシアのエネルギーを消耗させます!」
「了解した!」
「勇者リキに任せるも〜!」
若輩者の指示だろうと信じて従ってくれる。敵を斃すという目的の為に、年齢だとか身分などの不要な壁を躊躇なく壊せる彼らの精神はいつだって有難くてかっこいい。何より裏付けされた実力が頼もしくてならない。
ラインがエンゲージからのマッドタウントで無理矢理テレシアの意識を自身に固定させ、そのまま頭部をメリアとは真反対の方向へと誘導した。暴れるテレシアは爪を振り回すがカルナがシールドバレットで障壁を張り、ラインが的確な防御姿勢で防いだことにより威力のほとんどは吸収される。
その間にシュルク、ダンバン、リキは部位を問わずテレシアに攻撃を与えていく。しかもリキは仲間内で最も身体が小さい。おかげでテレシアからは狙いが定めづらく、集中せねば一撃与えるのもままならない。リキに意識を向けようと思えばダンバンが背中に飛び乗り刀を振るってくる。攻撃の合間を突こうにも、そこを目ざとくラインが挑発してきて否が応でも彼に意識を向けざるを得なくなる。
再生のペースは落ちないが、この場のエーテルは既にテレシアが吸い尽くしている。必ずどこかで底を尽くはずだ。回復は永遠ではない。ひたすら信じて信じて、その時は訪れた。
何度目、何十回目かのテレシアの再生を告げる咆哮と身震い。再生の粒子は集わなかった。
「好機到来——! シュルク、リキ! 続け!!」
ダンバンがテレシアの背に飛び乗ると同時にシュルクが"破"でテレシアのオーラ自体を全て封印する。ダンバンは刀を深々とテレシアの背に突き刺し、そのまま滑り落ちながら割るようにして大きな傷を刻んでいく。
「リキ、君が鍵だ! ダンバンさんが作った傷にありったけの攻撃を捻じ込んで!!」
「でもリキ、あんな高いところまでいけないも!」
『そこも考えてある! モナドで吹っ飛ばせばいいだけだ!!』
「僕が君をそこまで飛ばすよ! お願い!!」
「——分かったも! やってやるも~!!」
枷が外れていないという条件付きではあるが、モナドの刃は巨神に連なる人類を斬ろうとしてもすり抜けるか弾かれてしまう。今回はその弾かれる性質を利用して意図的に"斬れない"アーツを生み出す。叩いてリキが斬れる可能性は一切考えない。そもそも対象を吹っ飛ばす性能に全てを振るのだから、斬れてしまう心配は枷の有無を問わず心配しなくてもいい。
「いくよ、ジャンプして!!」
「ももーっ!!」
モナドの刃が鮮やかな緋色に染まり、新たなる文字が穴に浮かび上がる。
「ぶっ飛ばす!! モナド"
刃の側面で跳躍したリキのまんまるボディを思い切り叩いてテレシアの頭上まで一気に吹き飛ばす。飛んでいったリキの身体には当然傷一つなく、痛がる様子も見られない。成功だ。
空中でごそごそと何かを取り出しては急ぎ口の中に詰め込んだリキが真っすぐテレシアの背目掛けて落下してくる。もごもごと咀嚼された毒草やらノポン秘伝の謎の液体が混ざり合った吐息が傷口にこれでもかと吹きかけられる。
「全部もりもりすーぱーあるてぃめっとリキスペシャルアタックだも~!!」
ドクドクだも、ヒエヒエだも、モエモエだもが全て合わさった希釈無し原液そのままの劇薬三種が同時に傷口に擦り込まれたのだ。いくらテレシアと言えどあまりの苦痛に耐えかねて、ここまでで最も汚く苦しみに染まった悲鳴と共に周囲の枯れた植物も次々になぎ倒してのたうち回る。
『テレシアですらあの苦しみようなのに、あれを全部噛んでたリキの口の中って無事なのか』
『今はそこを気にしてる場合じゃないだろ!! テレシアを拘束するよ!!』
明らかに弱り出したテレシアが逃げ出さぬようにラインがテレシアの脚の一本にバンカーを突き刺した。続いてダンバンが三つある頭の内、左側のものに刀を突き立てる。当然テレシアは振り落とそうと頭を振り回すがダンバンの意志はその程度で折れなどしない。
リキは地面にバウンドで着地してすぐに立ち上がり、ラインが刺している脚とは別の脚にカムカムをがっちりと食い込ませる。シュルクはどうしてか習得してしまった"
テレシアの動きがかなり制限されて狙いも定めやすくなった。最後にカルナが左右の二つより一回り大きい中央の頭部にヘッドスナイプを撃ち込んだことで、テレシアはびくりびくりと痙攣を始める。
これで準備は完全に整った。
「今だメリア!! 撃てぇッ!!」
シュルクの声を合図にラインとダンバンとリキが武器を抜き去りテレシアから距離を取る。刹那、全員の視界を真っ白に染め上げる閃光が放たれた。
超高濃度のマインドブラストであろうとテレシアの身体はそれを吸収しようとする。閃光はテレシアを中心としてドーム上となり、全ての光がテレシアの体内へと急激に流れ出す。光のドームは外殻でテレシアを押し潰しながら内へ内へと流れ続け、最後にはたった一粒の光の粒子となって弾けて消えた。
本当に終わったのかと疑いたくなるほどに静かな終焉であった。
目の前の光景が完全に信じられず場に沈黙が生まれる。誰も口を開けずにいたが、突如として飛び抜けて明るい声が現実を高らかに宣言する。
「やったもー! 大恐竜やっつけたもー!!」
——嗚呼、勝てた。誰一人欠くことなく生き残れたのだ。
ようやく現実を受け止めて長い長い息を吐き、左手を強く握り締めて口角を上げた。