いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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第八章
エルト海


 青い転送の光が弱まるのを瞼越しに感じる。もう目が焼かれることはないだろうとそっと瞼を上げれば、眼前にはホライズンブルーの海が広がっていた。マクナ原生林から見えていた空の潤んだ(あお)はこのエルト海だったのだ。

「底まで潜ったらまた村に着いたりしてな」

「試してみるか?」

 ラインの冗談もダンバンから返されると冗談ではなくなる。本当に底まで潜らされかねないと思ったラインは微妙に怯えを滲ませて断った。

「ライン殿の言うことも間違っていません。実際にエルト海の底を抜けるとサイハテ村に落ちます。以前はサイハテ村からエルト海へ上がる際は一度村の真上にある海の中に放り出され、自力でこのラタエル海岸まで泳いできたのですよ」

「マジかよ……」

「ですがそれも数十年以上前の話です。今は自分達ハイエンターの技術提供もあり、転送と同時にこの浜辺に着地出来るようになっています」

 割と本気でぞっとした。もしハイエンターからの技術提供がなければ、俺達は何も知らされぬままいきなりエルト海に身一つで放り出されていたのか。泳げはするが大混乱は必至だったろう。いつの時代の誰かは知らないが、転送システムの改良をしてくれた顔も名も分からぬハイエンターの技術者達に感謝である。

「では参ろうか」

「あ……待ってメリア。聞かないの? 僕らがどうして監獄島に用があるのか」

 シュルクの問いの意味が分からぬといった風にメリアは少しだけ首を傾けた。

「ホムスが上層へ来るなど滅多にないことだ。のっぴきならぬ事情もあろうが生憎詮索好きではないのでな。そなた達にも聞かれたくないことの一つや二つあろう」

 メリアの気遣いであり、同時に彼女の境遇から作られた自己防衛の壁にも感じられた。心無い者達はメリアの生まれや立場から彼女の様々なことを無遠慮に探ろうとしてきたのは想像に難くない。マクナ原生林でシュルク達と出会ってから必要最低限の問いしかしてこなかったのは、裏返せばシュルク達にも自身への必要以上の詮索をメリアが拒んでいたとも言える。

「とか言って実は気になってたりして? いてぇっ!」

「あなたねぇ! 女の子を軽率に揶揄(からか)わないの!!」

「また叩かれた……」

 ナイスカルナ。

「僕が話しておきたいんだ。もう行きずりの者って間柄でもないと思う」

 種族が違っても、どんな立場であったとしてもメリアはもう我々の大切な仲間だ。だからこそ話しておきたい。褒められるような理由でなくとも、封印の地に行こうとする理由を包み隠さず伝えるのが勅許を得るのに通さねばならない仁義だ。

 メリアは一人一人の顔を順に見て納得したように、それでいて満足そうな笑みを浮かべた。

「言われてみればその通りだな。ならば聞こう。そなた達は何故(なにゆえ)監獄島を目指す?」

 それからシュルク達は巨神上層部まで来ることになった理由を話し始めた。

 機神兵の侵攻によりホムスは最後の希望を求めて十四年前に多くの犠牲を払って神剣モナドを発見し、そして持ち帰った。それからは既存の武器の強化と同時にモナド使用者の選定を行い、結果的にダンバンがモナドを握ることとなった。

 しかしそれも一年前までの話だ。真の意味でモナドを扱う資格を持たぬダンバンは右腕の自由を失った。同時に大剣の渓谷での一戦で機神兵軍も大きな痛手を負った。そこから一年は巨神界のどこへ行こうとも機神兵の姿を見ることは無かった。

「そうでしたか……! 貴殿が()の大戦での英雄ダンバン殿でしたか! すぐに気付けなかったのがお恥ずかしい限りです」

「お、ハイエンターにも知られてるのか。英雄ってのはちぃっとばかし大袈裟だが嬉しいもんだな」

「いえ! 貴殿のご活躍は皇都でも有名でして、近衛の中でも憧れる者は少なくありません!」

「アイゼル、話が逸れている」

「申し訳ございません……」

 しかしメリア達ハイエンターが知る情報はそこで止まっていた。

 旅立ってから日数を数えてはないがもう一月(ひとつき)近く経っただろうか。そのつい一月程前、再び巨神界侵攻の手筈を整えた機神界側は顔付きというモナドでは断てぬ新たな機神兵を投入した。まずはカルナの故郷であるコロニー6へ赤い顔付き(ゾード)を中心とした軍団が襲来しコロニーを灼き尽くした。

 その約二週間後、今度はシュルク達の故郷であるコロニー9が黒い顔付き率いる機神兵団に襲撃を受ける。コロニー6と比較すると此方は被害が少ないが、程度の差で人の心や身に負わされた傷は測れない。どちらも少なくない人間が殺された。しかもただ殺されるのではなく機神兵に喰われるという形でだ。

 カルナは未だに婚約者であるガドの安否が分からない。シュルク達はフィオルンを殺されたという一点からこの旅を始めた。

「そうか。機神界の下層への侵攻は聞き及んではいたが、そこまで酷い有り様とは……」

「上層にはそのような情報はほとんど入ってきていません。顔付きの機神兵なるものも初めて聞きます」

「我らハイエンターはそれさえ知らず……。事は我らの想像を超えている。他種族との関わりや争いを避けるままの現状を変える時なのかもしれぬな」

「メリアがテレシアっていう(かたき)を討ちたいって言った時、どうしても放っておけなかったんだ。……僕達もその気持ち、分かるから」

「そうか、やっと納得がいった。……一つ聞いても良いか?」

「うん。なにかな」

「その……先ほど出てきたフィオルンとやらは、シュルクにとってどんな存在であったのだろうか」

 今まで真っ直ぐにシュルクを見ていたメリアの瞳が逸れる。名の響きから女性であることは彼女にも分かるだろうし、カルナとガドの件も同時に話したばかりだ。

 つまりはそういうことなのだろう。

「幼馴染の女の子なんだ。僕とラインにとって」

「幼馴染……」

「うん。メリアにとってのアイゼルさん達みたいに、いつも傍にいてくれた大切な人だよ」

「それにダンバンの妹なんだ。ダンバンも入れて俺達昔っから一緒だったからさ、家族みたいなもんさ」

 シュルクにとって大切な人であり幼馴染。メリアの顔に"大切な人"で僅かばかり残念な色が宿る。だが"幼馴染"の言葉で少しほっとした色の方が若干強いように見える。

 ——心が痛い……!

 今はまだ無自覚なメリアの初恋が最初から成就しない運命にあるのを(エイル)は嫌というほど知っている。この点はシナリオを読んだ個人において意見が割れるから余計に辛いものがある。シナリオなら提示されたものが全てだと簡単に結論を出せる。なので俺はフィオルン派かメリア派かの問いは一切迷わない。何ならこの問い自体が発生しないとさえ考えている。シュルクは最初から最後までフィオルンしか見ていない。こう言ってしまうとあまりに残酷だが。

 しかし目の前にいるメリアは紛れもない本物だ。一人の人間で、家族がいて、年相応に恋もする少女なのだ。近い未来にハイエンターを担う次代の皇主となり、皆の希望となる大きな責任を持つことになるメリアだからこそ少しでも多く幸せになってほしい気持ちに嘘偽りなどない。

 でもこの点に関してだけは俺も軽率に「シュルクとくっつけ」とは言えない、言えるわけがない! 頼むメリア、甘酸っぱい初恋を乗り越えてシュルク以上に素敵だと思える人と出会ってくれ! ついでに言うとメリアにこのものぐさ男は少々荷が重い! 重いというかメリアに大迷惑をかけてしまう!

『エイル、今すっごく僕に失礼なこと考えてない?』

『ものぐさ金髪ロン毛右腕義手男のせいで辛いから少し落ち込む』

『誰だよそれ!』

 お前。

 長くなったが監獄島を目指す理由とは、新たな脅威である顔付きの機神兵を断つ手段を求めているからである。知るきっかけは言わずもがなシュルクの未来視(ビジョン)だ。

「仲間として監獄島を目指す理由を明かしてくれたこと、感謝する。故に私もそれに応じよう」

 す、とメリアが右手を上げる。彼女の人差し指が指した先を見れば巨神の後頭部、エルト海の神秘的な雰囲気とは場違いとも言えるほどの黒い塔が浮遊している。朝の存在さえ喰い尽くしてしまいそうな深い黒と、穴なのか何なのかまでは不明だが各所から漏れ出るコバルトブルーの光が塔に埋め込まれた目玉にも見え、言い様のない不穏さに薄らと背筋が冷える。

「あれがそなた達の目指している監獄島だ。そしてあれが皇都アカモートだ」

 次いでメリアは監獄島とは反対の方向を示す。監獄島の黒とは対照的に乳白色の外壁で作られた巨大な建造物がこれもまたエルト海上空に浮かんでいる。

 エルト海にある建造物だけに限らず、そこに至るまでの島々も同様に浮遊しているものばかりだ。

「すごい! どんな技術を使ってるんだい!?」

「知らん」

「えっ」

「知らなくても住むには困らない」

 何とも不安になる答えであるが、ダンバンが例えた"パンの焼き方や発酵の仕組みを知らずとも食うのには困らないし、特段不安も湧かない"が分かりやすい。ハイエンター達は長年あそこで何の問題や異常もなく過ごせているのだからそれで良い。今自分達が立っている大地がいきなり抜ける心配などせずに歩き、飛び回り、家まで建てるのと全く変わらないのだ。

「まずは皇都へ向かうぞ。勅許をもらうにもあそこまで行かねば話は始まらん」

 ラタエル海岸を波打ち際に沿って進むと小さな崖に出た。そこにはいかにも人工的な装置が取り付けられている。これがハイエンター達が広いエルト海を自由にかつ快適に歩き回る為の転移装置だ。これを利用して浮遊する島から島へと移っていく。

 アイゼルのように頭の羽が大きいハイエンターは自力での飛行も可能であるが、メリアのような短い羽のハイエンターやホムスにとっては転移装置が文字通りエルト海に置ける大切な足となる。

「海を突き破ったり転移したり……。巨神の上層って何か不思議で怖い場所だな」

「怖いのならここに置いていっても良いが」

「大丈夫だ!! 行こうぜ!!」

 そろそろメリアもラインの扱いに慣れてきたようだ。

 

 海岸から第1浮遊岩礁、第2浮遊岩礁と転移装置を用いて渡っていく。

 岩礁の上は想像よりも草木が生い茂っており、巨神脚の自然や生態系を小さくまとめた印象を受ける。しかし下層に位置する巨神脚と上層のエルト海ではやはりモンスターの強さに大きな差がある。元のエーテル濃度が高い為に天候を問わずネブラ系のモンスターが姿を見せていたり、フーディやスピカル、ライアといった下層にはそもそも生息しないものもわんさかいる。

 それらの監視及び抑制、更には機神界からの侵攻を防ぐ為の防衛装置としてハイエンターも様々な手を打ってある。その筆頭が自動制御された警備ロボとでも呼べる機械の巡航だ。皇都周辺は特にその数が多く、一定の間隔を保ちながら警戒を緩めずに飛び回っている。機神界との戦争とは縁がないと思われていた上層でも、この警戒態勢はなかなかに物騒だとダンバンは苦い表情を浮かべた。

 地上にも勿論警備ロボの類いは存在する。何も知らなければそれで終わりであるが、アンドスと呼ばれる基底状態では石碑にも見える機械を目にした時にシュルクとラインが思わず声を上げた。

「あれシリンダー格納庫で見たやつじゃないか!?」

「うん! 機神兵に反応して起動した防衛機構と同じだよ!」

 まさかこんなところでと驚きと感動を含む叫びに反応したのは当然メリアとアイゼルだ。下層に何故ハイエンターの防衛機構があったのかを問うてきたので此方が知ることを伝える。実際に確認しないと分からないが、彼女達曰く遥か昔に墜落した輸送艇ではないかのことだった。単純計算しても五百年は前、もしかしたら千年を超える年月が経過している可能性さえあった。

 今は上層に引き籠っているハイエンターであるが、その昔新天地を探そうと皇都を発った者も少なからずいたそうだ。記録では誰一人戻ってくることはなく、どこまでも続く海の果てに何かを見つけたのかは今でも分からないままだ。その上コロニー9に落下してマグ・メルドの遺跡と呼ばれる船もあるように、この巨神界で早々に墜落してしまったものも多い。仮に巨神界を抜けられても機神界からの攻撃で撃ち落とされることもあっただろうとメリアは語った。

「しかし私も実際に見てみたいものだ。諸々が落ち着いたらコロニー9に行くのも面白いかもしれぬ」

「歓迎するよ。僕も本物のハイエンターから色々なことを知れたら嬉しいな」

「あ、でもコロニー9(おれたち)、船の中のエーテルシリンダー勝手に使ってるぜ……?」

「む。ならば請求書を突きつけねばならぬな。コロニー9の監督官にどれほどのシリンダーと設備を利用したか全て聞き出さねば」

「げぇっ! シリンダー一本いくらなんだよ!」

「冗談だ」

「怖がらせるなよ……」

 

 その後は大きなトラブルも無く皇都への入り口、センターゲートまで辿り着いた。中心にも転移装置が設置されているからそこから皇都の中へと入る。

 中へ向かおうとしたものの、転移装置よりアイゼルと同じ鎧を纏った四人のハイエンター兵が現れた。彼らは此方に近づいてきたかと思えばメリアの前で揃って膝を突く。

「お帰りなさいませ、メリア様」

 咄嗟に身構えたシュルク達は呆気に取られてメリアを見つめる。しかしメリア及びアイゼルはそれが至極当然のものであるといった表情のまま動じない。悪い意味ではないと前置きするが、今までの雰囲気から一転し上に立つ者らしい若干の圧を含んだ声色でメリアは膝を突いた兵へ出迎えへの労いとこれからの指示を出していく。

「ここにいるホムス、及びノポンは我が同行者である。その旨を認識すると共に関係各所に伝達せよ」

 丁重に扱え。無礼な真似は許さない。

 ほとんどの者は彼女の立場に確信を抱いただろう。ラインはまだ気付いてないようだが。

「メリア、待ってるね。君がどんな立場でどんな人であっても関係ない。僕はメリア(きみ)を信じてる」

「——ありがとう。今はまだ話せぬが、いずれ時が来れば必ず。監獄島へは私が導く」

「自分もおります。メリア様のお力には遠く及びませんが僅かでもお役立て出来るよう尽くします」

 そう言ってメリアとアイゼルは近衛兵と共にセンターゲートから皇都へと消えていった。

 

 ふ、と視界に映る景色が一変する。

 色彩の弱い映像にはどこか荘厳な建物の中で仮面をつけたメリアらしき人物が(ひざまず)いている。戦闘以外で久方ぶりに見た未来視はそれだけを映し、数秒程度で終わりを告げてしまう。

 ——とりあえず墓所詣ではほぼ確定、か。

 無論油断はしない。細部が変化している可能性とは常に隣り合わせだ。彼女の立太子を無事に果たすまで気は抜けない。

 しかしそれさえも前段階に過ぎない。墓所詣でが終了してからが本番だ。監獄島にやってくるだろう機神兵団とそれを止めに行こうとする皇主陛下。メリアにとって大切な家族を失わせない為に、シュルクの感情さえもコントロールせねばならない。

『……シュルク。きっとまたこの先、何人もの死の未来を見ることになる。俺はそれを救いたい。お前が見る未来は単なる警告や脅しとしての意味だけではなく、世界が絶望を変えたくて出した助けを求める声だとも思っている。だから——』

『今更何言ってるんだよ。エイルが助けたい命なら僕にとっても同じだ。助けるよ、絶対に』

『ああ。だから言っておきたいんだ。怒りを抱くなと言わない。ただ、怒りには呑まれるな』

『怒りに呑まれる……?』

『そうだ』

 どうも中央採掘場の後の黒との一戦からシュルクの怒りは露骨になりつつある。瞬時に怒りの最高到達点にまで至る上に、正直なところ俺の思っていた以上の温度を叩き出してくる。ザンザの干渉によるものか、何もせずともシュルク自身が生み出すものかまでは不明であるし大した問題ではない。監獄島での一件が迫りつつある今、怒りに囚われて周りも見えなくなった挙句、救えるはずだった命までをも零すことはしたくない。

『黒い顔付きへの復讐だけ見て他の誰かが死んでもいいなら止めないが、シュルクはそんなものを望まないだろう?』

『当たり前だよ!』

『ならいい。だからこそ忘れるな。怒りは簡単に他の感情を呑み込んで怒りそのものへの燃料にする』

『……分かった。覚えておくよ』

 とりあえず釘は刺した。あとは実際に皇主陛下が死んでしまう未来視を見た時に改めて念を押す。それまでは一つ一つ対処することにしよう。

 

 ——そういうわけで。

「何だこいつら!」

「なんだもなんだも!」

「皇主陛下の命によりお前達を拘束する」

『えっ、待って、これ大丈夫なの!?』

 センターゲートより現れた武器を構える近衛兵が俺達を囲んでも慌てる必要はない。

『とりあえず大人しく捕まっておくぞ』

『本当に!? 本当にいいの!?』

 寧ろ真正面から皇都に足を踏み入れられる理由になるので利用した方がいいのである。メリアの言伝もあるのだから、身の潔白が明かされるまで監視はされるが危害は加えられるわけがない。モナドという懸念事項こそあれど俺達は現在皇女殿下の客人なのである。

 一周回って無敵だ。

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