皇都アカモート、白翼宮。一面ガラス張りの広い部屋の中央には控えめながら
カルナとダンバンは窓——というよりガラス張りの為壁と窓が一体化しているが——から穏やかなエルト海の景色を眺めつつ話し合っている。ドンガがメリアに対して丁寧に接していた理由がほぼ予測した通りであったことが主な話題だ。自分達はとんでもない人に出会っていたのだから無理もない。
ラインとリキも外を眺めてはいるが前者はどことなく不満げ、後者は退屈そうな顔をしている。理由も分からぬままいきなり軟禁同然の扱いをされてしまったおかげで、ラインのハイエンター達に対する不審度は一気に上がってしまっていた。彼は"メリアを信じているシュルク"を信じているので、とりあえず今は静かに我慢してくれている。この状況が何日も続くのならば、本質的性格として短気な側面を持つ彼は我慢ならず暴れ出すかもしれないが。
リキは単純に自由に動けないのがむず痒いのだろう。マクナの大自然と共に開放的な場所で今まで生きてきたのだから余計に息苦しさを感じているようだ。ただ彼の場合はメリア達をはじめとしたハイエンターとは関わりがある。鳥のヒトは決して悪いヒトばかりではないと知っているからラインとは異なり、こうして一旦閉じ込められても心自体には余裕がある。
シュルクは前述の通りにメリアを信じて待つことを選択した。信じているからこそ自分達のことで彼女に迷惑をかけていないかとも心配している。
一方エイルはそれどころではなかった。
『シュルク頼む、端に行くな。中央にいろ。中央はちゃんと石だ、ガラスの床なのは端だけだ』
『まさか高いところが苦手だなんて……』
『違う。足元が透けているのが駄目なだけだ。実際巨神脚の膝頭の段丘では何も無かっただろう。綱の橋も平気だ、あれは足場として認識できる。"
『僕、外見たいから行くね』
『あああああぁぁッ!! やめろぉぉぉ!!』
俺も知らなかった苦手がこんなところで発覚するとは思わなかった。
断じて高所が苦手なのではない。己が立っている場所が透けているのが駄目なのだ。何なら崖から身を乗り出して下を確認するのなんて喜んでやれる。
だが立っている場所が透けて直接下が見えるのだけは勘弁してほしい。言語化すると自分が本当にその場に両脚で立っている認識が無くなる感覚がするのだ。急にどこでもないところへ放り出されて、命綱の類もなく宙を泳ぐだけ。自分が存在している自信と自覚の全てを失い、肉体どころか意識ごと霧散して無くなってしまう気がしてならない。
「どうしたシュルク、こんな室内で跳ねるなんて珍しいな。ラインに感化されたか?」
「俺ジャンプしてねえよ!」
「えへへ……。こんなに透き通ったガラスの床なんて初めて見たから感動しちゃって。強度も想像が出来ないくらい凄いんだろうなって思って確認してみたんです」
『違う!! 俺への嫌がらせだ!!』
「確かにな。扉はさておき他は石造りの部分と大差ない、いやそれ以上の密度を感じる。試してみないと分からんが、爆薬が放り込まれて無傷でも驚かないな」
「ですよね! きっと製法からホムスのものとは違うんだと思います。ハイエンターの技術ってやっぱり凄いですよ。色々知りたいなぁ」
『ダンバンさん助けてください!! シュルクが!! シュルクが俺をいじめる!!』
『いつも僕を不器用とかばっかり言うお返し』
談笑なりで暇を潰して数十分、近衛兵二人が突如として白翼宮の中へやってきた。
「これより神聖予言官による審問を開始する」
「控えられよ」
審問とはまた物々しい。まるで罪人のような扱いである。
場の空気が一瞬にして緊張で染まる中、次いで入ってきた予言官の姿を見てシュルクが驚きの声を上げた。
「アルヴィース!? どうして君がここに!?」
マクナ原生林にて出会ったミステリアスな雰囲気を持つ青年が予言官であったとはシュルクも想像だにしなかっただろう。何よりここはハイエンターの住む楽園、皇都アカモートである。頭部に翼を持たないホムスであるはずの彼が、明らかに皇都にとっての重役を担っていることも余計にシュルクの驚きを後押しした。
「やあ、マクナ以来だね。とりあえずボクも仕事をこなさなきゃいけないんだ。早速だけれど君達がここへ訪れた理由を教えてくれるかい?」
「う、うん。えっと……」
***
「成る程。
「それと……メリアは大丈夫? 僕達みたいな余所者を入れたことで迷惑がかかってるんじゃ——」
「それは絶対に無いな。そもそも君達が拘束された理由は余所者だからじゃない」
ちら、とアルヴィースの視線がシュルクの背後——背負われたままの真っ赤な大剣へと移る。
「もしかしてモナド……!?」
「正解」
ハイエンターは遥か昔よりモナドとの関わりが深い種族である。モナドに対して有する情報量もホムスとは到底比較にならない。故に皇都へモナドが持ち込まれたこととモナドを扱える者が現れたことに対して警戒していたのだ。神剣と呼ばれる神聖で強大な力を秘める武具を心悪しき者が振るっていればどうなるか、と考えればハイエンター達の抱いた不安も自ずと理解が出来る。
「安心してくれ。君達が怪しい者達でないことはボクが証明しよう。何より殿下を助け、テレシアを倒してくれたんだからね。殿下と側仕えの者から話は聞いているよ」
皆がほっと胸を撫で下ろす。少々露骨な態度であったのかアルヴィースは小さく笑いを漏らした。
「それと
「僕に?」
「そう。ザトールよりも上層にホムスであるボクがいる理由、そしてモナドを持つのは英雄ダンバンではないのかという問いのね」
シュルクはそういえばと軽い気持ちのままマクナでのやり取りを思い返しているが、エイルは内心冷や汗を掻いた。こんな仲間が揃っている場で態々答えようというのは、つまり全員に対して納得の出来るだけのものを彼は既に用意していることになる。彼の答え方によっては質問の粗などを突かれて、逆にこの場にいる全員に俺の存在が露呈しかねない。本当に"シュルク"の口から出た問いであったのかとか、メリア達には普通に接していたのにアルヴィースに対してだけやけに警戒しているのかなどを細かく突かれると厳しい。それらしい答えを咄嗟に用意できる気がしない。
順序立てて丁寧に伝えれば理解してくれる仲間達ではあるものの、俺は俺自身の存在をあまり多くの人に知られたくない。それでも——。
『代われ。俺の質問だ、俺が受けるのが道理だ』
『僕でも大丈夫だよ?』
『そうだが……誠実さに欠けるというか……』
『エイルが気にするなら別にいいけど……』
「まずボクがザトールより上層にいる理由。これは見ての通りだ。ボクもこの皇都に住んでいる身だからね、マクナ原生林辺りまでは時折足を運ぶこともあるんだ。
次にモナドを持つ者という認識が、君と共にいる
——は?
拍子抜けした。あまりに真っ当すぎる理由ではないか。これでは態々意識を切り替えた意味さえない。
どの言葉も地に足のついたもので何の不自然さも超常的な臭いもしない。彼の正体を考えると何もせずとも全ての情報を得ていてもおかしくはないのだが、今アルヴィースが話した通りの理屈や手順でも十分に答えとして成立している。
「
「だって、ラインも
「ってかお前か! モナドを使えたってやつ!」
「ふふ。ま、それは追々ね。シュルクも知りたいことはまだあるだろうけど、まずは君達の身の潔白を示す方が先だ」
シュルクから離れたアルヴィースは表情を予言官としての凛としたものに変えて近衛兵に近づく。
「彼らを自由に。彼らの皇都での行動はボクが責任を持つ。殿下の恩人であり大切な客人だ、丁重に扱ってくれ」
そう告げた彼が再び振り向いた時には、すっかり見慣れてしまったアルカイックスマイルに戻っていた。
アルヴィースは皇主陛下にシュルク達が邪なる者ではないと報告に行かねばならない。生憎彼による皇都案内は受けられないが、これで我々は晴れて自由の身だ。
白翼宮はシュルク達が皇都に滞在する間の宿代わりとしてこのまま使用しても良いことになった。メリアから何かしらの連絡が来るまでは待つしかないが、その間に皇都を見物するのも休息を取るのも自由だ。客人の扱いであるから食事もここに運ばれてくる。世話係の者も入り口に一人つけてくれるそうで、何か困ればその者を頼れば大方解決するとも。待遇が良すぎて逆に怖くなってきた。無敵なのに怖いとはこれいかに。
アルヴィースと近衛兵が去ってしまい、各々が急に生まれてしまった暇な時間をどう過ごすか考え始める。
「あの、皇都に図書館ってありますか!? 問題なければ行きたいんです!」
シュルクは早速世話係の者に図書館の有無を尋ねた。見なくても分かる、目が煌々と輝いているに違いない。
世話係は若干シュルクの圧に押されていた。それでも図書館への出入りは問題ないとのことでシュルクの目的地はそこへ決まった。今はまだ正午を過ぎたくらいだ。夕食までには戻ると仲間に告げて白翼宮を上機嫌で飛び出していった。
皇都にある図書館は当然ながら
因みにこの高さの本棚の上層に収められた本を取るのには当然ながら梯子などの足場を使うことになる。当たり前の設備に思われるが実は割とここ百年くらいでやっと用意がされたものだ。随分と不親切ではないかと感じられるかもしれないが、頭部の羽が大きいハイエンターであれば自分で飛んで取れるのだ。飛べないハイエンター、つまりは混血の特徴が強く出る者が増えてきたからこその配慮なのである。
『とりあえずハイエンターの歴史と技術書と……。ふふふ……気になるのがいっぱいだ~』
嬉々として読む本の吟味を始めるシュルクを
今までも何度か考えては来たのだがやはりこれといった手立ては見つからない。現状で最も有効とされるのがホムスと交わった混血の子孫を産む以外に見つかっていないのだから、この世界に放り込まれて高々二年しか経ていない俺如きが見つけてしまう方がおかしい。
ハイエンターを全員下層に避難させるだとか、巨大な壁やバリアで皇都をまるっと覆ってしまうとかも考えてはみたがやはりどれも現実的ではない。そもそも実行に移すには皇主に対しての交渉やそれに至るまでに踏まねばならぬ手続きがあったりと、とにかく時間がかかりすぎるのだ。数日や数ヶ月、何なら数年でもとても足りない。巨神教の教えに殉ずるつもりの者はさておき、真実を知らぬ善良な一般市民への説明と理解を得ることまで考えると頭が痛くなる。しかもテレシア化するという最重要部分を伏せてだ。本当に頭が痛い。
俺という個がこの巨神界で今の形以外であったのならばまた別の手段も取れただろう。シュルクと共に在る。それは最強のカードであると同時に最弱のカードだ。シュルクに俺の知る情報を全て話してしまうのがザンザにも話しているのと同義になるのはあまりに厳しすぎる。シュルクに伝えずとも変な動きをすればザンザには感づかれるし、何なら一部は既に枷の一件で漏れている可能性さえある。正直これでもかなり限界を攻めてはいる。
それでもザンザが俺を直接的に排除しようとしたり、あまりに想定からかけ離れた動きは未だに見せてこない。早い段階で出した"ザンザと言えどエイルの意識と記憶の全てを把握できてはいない"という仮の結論は有効である……と思う。核心の部分を強く思いすぎないように気を配ればまだ希望は十分にある。
そうなると結局実現可能で最も効果的な手段は"巨神を復活させない"。これに尽きる。
機神界——エギルとの和解に近づけば自ずと巨神の使徒はシュルクそのものの排除をしにかかる確率は非常に高くなる。仮にエギルと手を取り合える寸前まで行けたのならば阻止自体は容易い。ディクソンが放つ一発の凶弾をその瞬間に防げさえすれば流れは一気に此方側に引き込める。少なくともディクソンを捕えることは出来るはずだ。
巨神の魂の処理はエギルと和解した後に考えよう。そこまで辿り着ければ俺の存在を明かしたり、俺の持つ情報の全てを開示するのが可能になる。ディクソンを捕えられてもロウランの件が残ってしまうから使徒だけは早急に対処すべきだが。シュルクの命を奪う以外に魂の引き剝がし方も見つかっていないことであるし。なかなか難しいが次の世界を目指す手段は何も一本道ではないはずだ。
現状は救えたかもしれない命を諦めないことを継続しつつ、記憶よりも早く機神界側の歴史を知れるようにして和解に繋げるのを目標とする。監獄島、ヴァラク雪山といくつか機会はある。
窓から見える景色は夕焼けの赤橙も通り過ぎていた。星々が輝く
『戻ろう。夕飯も近いだろうし』
『うん! 何とか四冊まで絞り込んだから寝ないで読むんだ! 基本的なハイエンターと皇都についての歴史書とジェム以外のエーテル技術書と培養技術を応用した肉体再生技術と……』
『駄目だ。夕飯の後は風呂も貸してもらうぞ。心置きなく休息できる時間を無駄にしない方がいい』
『え~……ハイエンターの知識を得る機会の方が貴重だよ』
『やることを済ませて早く寝て、明日起きてからの方が健康的でいいだろう』
『だからそれじゃ時間が足りないだろ!』
——ラインに言って強引にベッドの中に押し込んでもらおう。
白翼宮に戻ると皆は既に各々の用事を終えて帰ってきていた。カルナとリキは皇都見物で色々と見て回っていたそうだ。初めはリキが「メリアちゃんに会いにいくも!」と皇宮の奥にまで突撃する勢いだったのをカルナが何とか止めたとか。
ラインとダンバンもリキとカルナが部屋を出てしばらくしてから見物にでも行こうとしたのだが、突如慌ててやってきた近衛兵の頼みを聞くことになったらしい。エルト海で転送装置の修復をしていた小隊からの救援要請の応援へ他の兵士と共に向かい、なんやかんやあってスピカルの群れを殲滅することになった。此方はなかなかハードな一日だったが、人助け出来た上にいい鍛錬になったと晴れやかな顔だった。ハイエンターの兵士の戦い方も知れて知識の方面でも収穫があったそうだ。
さて夕飯と入浴後の結果としては健康優良児並みの時刻に就寝になったが、そこに至るまでに夜更かししてでも本を読みたいシュルクと何が何でもさっさと寝かせたいエイルの主導権争いで殴り合いが起こったのは言うまでもない。
紙一重の差でエイルが勝利しラインに向かってシュルクを寝かしつけろと言ってしまったので、シュルクに関してだけは完璧な対応と答えを出せる親友は見事にエイルの主張を受け入れた。本を全て取り上げられてベッドに捻じ込まれ、挙句の果ては抜け出さないように見張られてしまってはシュルクも十数分で自然と寝てしまった。
ありがとうライン。お前も早めに休んでくれ。