いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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大剣の渓谷 決戦と結末

 シュルクにもプライベートの部屋は当然用意されている。防衛隊には身寄りがない者へ向けて低負担での社員寮的な手当てがあり、それを有難く利用させてもらっている。

 幼い頃は一応の保護者であるディクソンと過ごしていたが、いかんせん彼はあまり一つの場に留まらない人だ。やっと戻ってきたかと思えば、数日しない内にまた旅立って家を空ける。幼い子を家に一人放置するのはいくらなんでも無責任すぎるので、ディクソンが旅立つ際には基本的にシュルクはダンバンに預けられていた。おかげで幼少期はダンバン邸でフィオルンやラインと過ごしていた時間の方が圧倒的に長い。

 今のように防衛隊所属になってからは一人暮らしをして経験を積めなどと適当な理由を並べられ、表現は乱暴だが家から追い出されたようなものだ。実際はそんなぎくしゃくした関係などではないのは一目瞭然だが。世界が世界であるから互いに助け合うのも当たり前であるし、全く生活には困っていない。

 それにしたってシュルクは全然自室に帰らない。自室が嫌なのではない。単に研究室にいる時間が長すぎる。一つの事に夢中になりやすい性格であるが故に、一度そうなると食事も睡眠も忘れて研究に齧り付いてしまう。机に向かったまま寝落ちなど、寧ろしない回数を数えた方が早いくらいだ。不健康すぎる。

 こうしてシュルクと四六時中共にいると改めてフィオルンの存在の大きさに気付かされる。かなりの頻度で様子を見に来てくれる上に「またご飯抜いたんでしょ」と手料理を持ってきてくれる。彼女がいなかったらシュルクはとっくに倒れている。反省してほしい。

 

 そんな仕事場か自室かすっかり区別がなくなってしまった研究室で俺達はモナドの台座をぼんやりと眺めていた。

 今、コロニー9の防衛隊には最低限の人員しかいない。ほとんどの戦闘員は数週間前にここを発ってコロニー6の兵と合流し、大剣の渓谷へと向かっている。

 つまり本編開始の一年前——いや、もうここから開始と言っても良い。

 俺もシュルクもそれそれ違った理由でずっと不安だった。

 俺はムムカの運命がどうなるのか。記憶の通りにモナドを持つダンバンを囮にして逃げ、その直後に機神兵の軍団に身体中を撃ち抜かれて死亡してしまうのだろうか。次に会う時は黒い顔付きとして対峙するのだろうか。

 仮にそうなったとしてもそれは物語のままだ。ムムカは救い切れず名悪役として終わり、俺はシュルク達がハッピーエンドへと向かうように見守り、時に手助けするだけだ。

 シュルクはダンバンやディクソンが無事に帰ってくるかを心配している。大剣の渓谷は巨神界と機神界の戦争の最前線であり、最も激しい攻防が繰り広げられる場だ。彼らの実力を信じていないわけではないが、それでも物事に絶対はない。大切な人がどうか無事に帰ってきてほしいと強く祈っている。

 

 争奪戦の末にダンバンの手に渡ったモナドはその威力を十二分に見せてくれた。ホムスの知る既存の武器を基準としてだが。

 機神兵の装甲を容易く切り裂き、不利な戦況を何度もひっくり返してホムスにとっての希望の道を文字通りに切り拓いた。そういった結果の積み重ねもあって、今回いよいよ大剣の渓谷のガラハド要塞にまで進軍する計画が立てられ実行された。ここで一気に機神兵の軍を叩き、この戦争を終わらせてやると意気込んで皆が旅立っていった。

『怖いか?』

 モナドを見つめたまま、シュルクに問いかけた。

 戦争に対してとか、犠牲が多くならないかとかではない。

『ずっと怖い。モナドを持つ資格のない人が最後にどうなるかを僕らは見たことがないんだ。ダンバンさんがいつかそんな目に遭う時が……それが近づいてきてるのが嫌でも分かるのが本当に怖いんだ』

 一年前にダンバンが初めてモナドを手にした時は俺も驚いた。まるで本当に選ばれたかのように自在にモナドを操っている姿を見た時は、シュルクから「やっぱり資格はあったんだよ」とかそんな事を物凄い勢いと共に延々と言われたくらいだ。

 俺もその時点ではまさかを期待した。俺がここにいる影響で、ダンバンがモナドに振り回されて右腕に深い傷を負う確率が低くなったのではないかと密かに喜んだ。

 しかし結局は流れのままだった。おおよそほとんどの者の目にはダンバンは今もモナドの手綱を握っているように見えているだろうが、目の肥えているディクソンには見抜かれていただろうし、俺らもまたしっかりと気が付いていた。

 僅かながら、けれど着実にモナドはダンバンの右腕を蝕んでいた。

 最後に直接その姿を見たのは一ヶ月程前ではあるが、明らかにモナドの力に振り回されていた。但しモナドの特性を知らない者からは今までと遜色なく使用しているように見える、とは繰り返し言っておく。

 最早あの暴れ馬を御するのは限界に近く、大きな代償を支払うのは時間の問題である。それが具体的にいつとなるのかシュルクや流石のディクソンも予測はしていないと思う。でも俺はやはり変わらないのだなと、一度それなりに膨れた期待に針を刺して萎ませた。

 ダンバンの右腕はこの決戦で使い物にならなくなる。今となっては物語の通りに進んでいる現状にも素直に喜べず、シュルクに近しい人が苦しむことに辛さを感じていた。最後は幸せな未来が約束されていても道のりは困難であるとは理解していたつもりだったが、やはりそう甘い話ではないと思い知らされる。

 物語に大きく干渉しないと決めていたのにその気持ちが揺らいでいく。救えたかもしれない命を繋ぎ止めたい。幸せな結末に至るまでの道で少しでもシュルクの負担を取り除きたい。

 

 にわかに外が騒がしくなる。人の声とその向こうに聞こえる飛行ポッドが着陸する音。

『……帰ってきた!』

 シュルクの声は喜びよりも薄暗い不安の方が濃かった。どうか無事であってくれと、いつもの頼れる兄貴分としての笑顔を見せてほしいと。その存在を知覚などしていないのに、神に強く強く祈って研究室を飛び出した。

 研究棟前は人とポッドで溢れかえっていた。悲鳴とほとんど怒号と言っても差し支えない程の指示が飛び交う。

 ポッドから出てくるのは負傷した兵と、それを運び出す比較的怪我の程度が軽い兵や衛生兵達だ。程度が軽いとはいえ戦闘兵は例外なく、身体のどこかしらに手当てされた形跡がはっきりと見える。担架に乗せられて急ぎコロニー9での治療へと運ばれていく兵の中には単なる深い切り傷や銃で撃ち抜かれた傷さえも生温い、四肢の一つがどう見たって欠けてしまった者さえいた。

 シュルクは必死に周囲を見回しダンバンやディクソンの姿を探した。顔をくしゃりと歪めて、今にも泣きそうになりながら人混みを掻き分けて無事を、命があってほしいと願って地面を蹴った。

「……よお小僧。勝手に人が死んだみてえな辛気臭い顔して彷徨(うろつ)いてんじゃねえよ」

 何機かのポッドを確認して立ち止まったところで不意に背後から聞き慣れていて、今聞きたかった声が降ってきた。

「ディクソンさんっ……! よかった、生きてて、帰ってきてくれて……!」

 振り向いてディクソンの姿を確認したのも束の間、彼の上半身に思い切り巻かれた包帯と血の滲む沢山のガーゼを見て、軽率に無事で良かったとはシュルクも言えなかった。それでも大切な育ての親が再び生きて自分のところへ帰ってきてくれた事実を受け止め、素直にそれを喜んだ。

「急ぎだったから手当てが大袈裟なだけだ。背中をちぃっとばかし斬られちまっただけよ。俺が簡単にくたばるわけないだろうが」

「はい……! あの、ダンバンさんは……」

 ダンバンの名を出せば露骨にディクソンの顔が曇った。シュルクの脳裏には最悪の可能性が過ぎり、俺は諦めに近い溜め息を吐いた。

「安心しろ、死んじゃいねえよ。ただ……」

「お兄ちゃん!!」

 ディクソンの発言を遮るようにフィオルンの声が響いた。脳が音を認識するなり、シュルクは弾かれたように彼女の声がする方へと駆けていった。

 

 担架に乗せられたままゆっくりとポッドから英雄がコロニー9へと戻ってくる。担架の右ではフィオルンが必死に兄を呼び続けている。シュルクもまた左側につき強く英雄の名を呼んだ。

 ダンバンもまたディクソン同様に上半身に包帯が巻かれていたが、彼の場合はそこに留まらず右腕の全てもが覆われている。まだ生きていると掠れた声で小さく笑ってはいるが、誰が見たってとても安心できる容態ではない。命こそ繋がっていても、利き腕の自由を失った現実は変わらない。

 暴れるモナドを制御できる唯一の"完璧な英雄"は間違いなくこの戦いで死んだのだ。この先どれだけ望もうとも決して彼の右腕の自由は戻ってこない。

 モナドに振り回されちまったと自嘲しながらも、ダンバンはシュルクの耳元で満身創痍の身に鞭を打って一つ言葉を託した。

 ——護ったぜ、俺達の未来。

 英雄の取り返しのつかない負傷、多くのホムスの犠牲。払った代償は小さくない。そうだとしても大剣の渓谷における決戦で機神兵に勝利したのだ。巨神界を滅ぼそうとする存在をホムスの意地で跳ね除け、この先も生きていく為の未来を護り切った。

 きっとダンバンもここで一つの区切りをつけたのだろう。もう自分ではモナドを十分には振るえないから、研究も扱いも含めて後のことをシュルクに託してくれた。

 その想いを託されたシュルクは立ち止まり、運ばれていくダンバンを(しば)し見つめた後ポッドの中に視線をやり唇を強く結んだ。

 負傷者も関係者も一度ポッドから出ており、ぽつんと残されているのは立てかけられた真っ赤な神剣モナドだけ。

 モナドは何も語らない。ただそこに在るのみ。

『結局、エイルが最初に言った通りだ』

『資格が無かった、ってことか』

 モナドはどれだけの機神兵を斬ったのだろう。機神兵が生き物だとは思っていないが、血のようにエネルギーとして流れるエーテルをどれだけ浴びたのだろう。使用者を喰らってまでして何をしたいのだろう。

『僕がモナドの謎を全て解き明かしたら、ダンバンさんの怪我も納得できるようになるのかな』

『……どうだろうな。仮に叶ったとして、お前は仕方なかったって割り切れるか?』

『できない……と思う』

『それで良いんだよ、きっと。神与の剣がなんだ、大事な人を傷つけた物に変わりはない。俺だってダンバンさんがあんな風になった確かな理由があったとしても、全てを受け入れるなんて無理だ』

 モナドへと歩み寄りそれを見下ろす。人の生き血を啜ったような赤い刀身と、そこを流れる明るいターコイズブルーのエーテルラインを見つめていると剣が生きている錯覚さえ覚える。

『もう、誰にも使わせない。もしもこの剣を誰かが武器として握るのなら、全てが明かされて誰にでも扱えるようになってからじゃないと許さない』

『……それまでシュルクが面倒を見るんだな』

シュルク(ぼく)()、だろ?』

『はは、違いないな』

 

 もう一つ、シュルクではなくエイルが気にしていたムムカの結末。彼はやはり渓谷での決戦で帰らぬ人となった。

 ダンバンの見舞いに行った何度目かの時に意を決して尋ねてみた。確かに死にはしたがそれに至るまでの物語は(エイル)の知るものではなかった。

 大量の機神兵の軍団を眼前にした時、モナドが完全に制御できなくなる前に、己の全てを懸けてダンバンは最大級のモナドの一閃を振り下ろした。それでも援軍は止まずダンバンももう動けない。せめてダンバンとモナドを無事に戻そうと、ディクソンとムムカの二人で肩を担ぎ撤退しようとした時だった。

 ムムカは肩を貸すことはせず機神兵の軍団に一人向き合った。あまりにも無謀だとダンバンもディクソンも引き止めはしたが、彼は二人に背を向けたまま本音をぶちまけた。

 一年前に俺が接触した時のように自分の過去と、それを見下すかのようであるのに実際は何の裏もなく煌々と隣で笑うダンバンが大嫌いだったと。

 ダンバンはムムカの過去を非難などしなかった。生きたい欲求は生命が持つ自然なものである。それでも今のムムカは過去の自分の行為が許せずにいるから、こうしてホムスの未来を護る為に戦っている。それは確かだと叫んだ。

 生きたいと願って何が悪い。誰かを助ける行為に称賛を得たい想いがあっても、助け続けている今の姿は絶対に全てが偽物ではない。

 だから今は一度退こう。大型の機神兵はモナドで何とか討伐しきったのだから、小型は自走砲などに任せて今は生きよう。生きてまた誰かを救おう。

「でも届かなくてなぁ……。"それならこの戦いの英雄は俺だって語り継いでくれよ"って言って突っ込んでいっちまいやがった」

 そう語ったダンバンは目尻に浮かんだ涙を隠すように左手で両の目を覆った。仲間の死では泣かないと決意した彼だが、この涙は戦友にきちんと向き合えなかった後悔のものだ。

「俺、言えなかったよ。あいつの背中に叫んでやれなかった。たとえムムカがどう思っていようとも、お前が俺を心の底から嫌っていてもお前は俺の一番の戦友なんだって。そう言われるのも嫌かもしれんが、本音を見せてくれたあいつに俺の本音を返してやれなかったのが悔しいんだ」

 

 本来であればムムカはダンバンを囮として自分だけ一度引き、機神兵が手薄になった頃合いを見てモナドを回収しようとしていた。典型的なこいつ死ぬわムーブをしてしまったが為に、直後に過剰すぎる火力で撃ち抜かれる最期だった。

 死という結果は変わらないが過程は変化した。これは俺の接触が成功したと自惚れても良いのだろうか。もしもムムカに何かしらの心境の変化が起こっていたのならば、一年後に起こる機神兵の襲来で軍団を率いるのが黒い顔付きではなくなるのか。

 こうなってしまってはザンザはそもそも俺を認識しているのかも微妙に思えてきた。アルヴィースからのシュルクの精神への接触もザンザには感知されなかったから同じようなものだろうか。でも俺も何度か表層に意識を出しているのだし、気付かれていない可能性はまずゼロだろう。いや、でもやはり何も妨害らしいことをしてこないのは変だ。何度も繰り返した思考に支配される。

 知るままの物語であってほしい。少しでも良い未来に、負担を軽くできる道のりになるよう干渉してしまいたい。相反する想いが脳内を巡る。

 

 俺が本当に望む未来はまだ視えてこない。

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