いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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第九章
立太子式


 墓所詣での翌日、立太子式とあって皇都は非常に明るく晴れやかな声で溢れかえっていた。

 シュルク達はまた白翼宮から式の様子を見ようかと思っていたところ、アイゼルの「是非直接!」との熱い呼びかけを喰らった。ハイエンターではない我々が混ざっていては皇都の民に迷惑ではと少々悩んだものの、これからメリアが治める未来では種族の壁を壊していくのが何より大切であると力説された。その第一歩として、また何よりメリアにとっての恩人であり仲間であるシュルク達には近くで見届けてほしいと言われてしまえば首を横になど振れない。

 こうしてシュルク達は皇宮の目の前にあるメルフィカ通りにてその時を待っていた。メルフィカ通りには多くのハイエンター達も同じように式の開始を待ちわびている。若干の好奇の視線は感じるが、立太子式の前ということもあり他種族を認めない過激な勢力などからの嫌がらせや罵倒はない。仮にそれらが飛んできたら然るべき真っ当な手段に出る面々ばかりである。特にダンバン。

 皇都の外のエルト海上空では飛行機械が隊列を組んで飛び回り、真朱(まそお)色や常盤緑(ときわみどり)の花火も次々に打ち上がる。皇都の内も外も次代の皇太子が正式に決定したことを盛大に祝っている。

 ラインやリキは未だ見慣れぬハイエンターの高度な機械群を見て大はしゃぎだ。ホムスの使う輸送ポッドと同程度の大きさなのに空を駆ける動きは非常に軽々しく優雅だ。ノポンがマクナ原生林で従えている大鳥よりも素早く頑丈、しかも皇都の防衛も兼ねているから小型のエーテル砲も放てる。ハイエンターとそれ以外ではこんなにも技術の差があるのかと素直に感動してしまう。

 そうしてぼんやりと宙を眺めていれば先日と同じホログラムのモニタが出現する。映し出されているのは仮面を着けたメリアである。始まったのだと瞬時に理解し、振り返って啓示の間を見上げた。

 皇家の錫杖を掲げたメリアは皇都の民と皇家の英霊達に向けて、皇太子としての宣誓を高らかに響かせた。

「皇祖諸神の威令を以って、我メリア・エンシェントは次代の皇風を()く吹かせたまわんことを約すなり。祖宗と巨神の擁護に背きて天職を治むることかなわぬ際は我が身を劫火(ごうか)に投じんことをここに宣するものである」

 宣誓が終わるや否や歓声と拍手が湧き起こる。仮面で彼女の顔は誰にも窺い知ることは出来ないがその姿勢と動き、そして迷いのない声からメリアの強い意志と決意は十分に伝わった。

「流石に威厳あるな。我々と旅していた少女とは思えない」

「でもこれがあの子の本当の姿なのかもね」

 ダンバンとカルナの会話が耳に入る。二人に限らず皆がメリアをどこか遠い存在に感じていた。皇太子として民衆を導く姿が本来の姿だと彼らは思っているのだろう。

 けれど俺達は知っている。ソレアン陛下が友として彼女と仲良くしてほしいと心から願っていたこと、アイゼルがどちらの姿のメリアであろうと変わらず支えられる存在を探していたことを俺達だけが知っている。

「そんなことないよ。『どっちもメリアなんだよ』」

 時と場合に応じて彼女への言葉遣いや態度は変わるし変えねばならない。それでも心ではメリアという一人の人間と向き合っていることは忘れない。皇太子である前にハイエンター、ハイエンターである前に少女、少女である前に一人の人間。同じ命、同じ今を生きる生命体。

 それ以上深く考えずとも良い。それだけ理解していればきっと、大丈夫。

 

 

 立太子式の後、勅許の結論が出るまでは暇になった。シュルク達の目的は黒い顔付きを倒すことなのだが、それを果たすとなるとやはり監獄島へ行かねばならない。ラインはもう一度皇主陛下に勅許の件を聞きに行ってみろよと急かすも、ダンバンが待つべきだとそれを止める。

「じゃあ待つしかないか……。か~っ、退屈だぜ。また何か手伝いにでも行こうかな」

「そうだも! メリアちゃんに会いにいくも!」

「何言ってんだよおっさん」

「メリアちゃん、きっとリキに会えなくてさびしい思いをしてるはずも。メリアちゃんがリキをもふもふすれば笑顔になるも!」

「自意識過剰だろ」

「まあ確かに堅苦しい儀式続きで話し相手が欲しいころかもしれないわね。行くのも悪くないと思うわ」

「行くも行くも!」

 行きたいところだが皇女の客人とは言えそんな自由に顔を見せに行っても良いものなのか。悩んでいれば近衛兵が一人顔を出した。なんとメリアから諸々のお礼を改めて伝えたいから離宮に来てほしいそうだ。

 

 いくつかの転移装置を経由して離宮へとやってきた。下手をすれば小さなコロニーと変わらない広さの空間が丸ごとメリアの住まう離宮である。天球がガラス張りである為、屋内からでもいつでも空を見上げられる。今は陽も落ちており星々の輝く夜空がいっぱいに広がっている。

 中央に聳える花の蕾に似た形をした建物がメリアの部屋……部屋かあれ、家では。周囲には手入れの行き届いた花壇や精彩な彫刻が施された噴水が目を惹く。

「皆さん! お待ちしておりました!」

「アイゼル、声が大きいぞ。そこまで声を張らずとも十分に聞こえる」

「すみません……」

「メリアちゃーん!」

 アイゼルの大声は離宮中によく響いた。メリアに窘められる姿に苦笑していればリキが駆けだしてメリアの胸元に飛び込んだ。若干ふらつきつつもリキのまんまるボディをメリアがしっかりと抱きとめた。

「おぉ……っと」

「メリアちゃん! 立派だったも! リキ感動したも!」

「自分ではよく分からなかったが……ありがとう、リキ。皆もマクナの一件から墓所詣でまで世話になりっぱなしだな、改めて礼を言う」

 リキを一度降ろしたところで庭にある椅子など思い思いの場所で肩の力を抜き再び会話を始める。

 庭の美しさはカルナの心に刺さったらしい。コロニー6の復興にも取り入れたいと楽しそうに話していた。メリアもお気に入りであり、今は亡き彼女の母も愛した花々が咲き誇るものだ。

「……亡きって、あれ? メリアのお袋さんって……。いて」

 シュルク(エイル)の弱い右ストレートがラインの脇腹を捉えた。悪気なくメリアの心の傷を抉るな。

「光妃ユミア陛下は私の本当の母ではないのだ。ハイエンターの皇家にはハイエンターとホムスの二人の妻を(めと)る仕来りがあってな」

「そういや墓所で暗殺者がホムスとの混血でありながらとか言ってたな」

「ダンバンの言う通りだ。私は影妃の子、つまりホムスとハイエンターの混血なのだ。光妃陛下の子は兄上だ」

 翼の短さもあり彼女は表立って歩けず、幼い頃から生活のほとんどはこの離宮だった。寂しくも聞こえるがそんな悲しいことばかりではない。母親が生きている間は常に傍にいてくれたし、母がいなくなってもアイゼル達側仕えの騎士など誰かしらは隣にいてくれた。公務の合間を縫ってソレアン陛下やカリアン殿下もメリアを気にかけてやってきたりもした。人と多少異なる境遇ではあったかもしれないが、確かに愛情を注がれて彼女はこうして立派に成長した。

「暗い話はここまでとしよう。もう半時もしたら宮中晩餐会が開かれる。そなた達にも是非出席してほしい」

 ぱあっと表情も雰囲気も一気に明るくなる。メリアとアイゼルは先に行かねばならず一緒に会場へは向かえない。時間になれば迎えの者が離宮へと来るらしく、それまではここで休む許可ももらえた。

 そうしてメリアが姿を消した瞬間を見てふと気がついた。

 ——陛下が殺される未来視(ビジョン)を見ていない。

 確か記憶ではソレアン陛下が黒に刺し殺される未来視を受け取り、直後機神兵が接近する報せが入る流れだったはずだ。それをきっかけに監獄島へ乗り込み陛下の死、モナドの解放と(ネメシス)の搭乗者との再会になる。

 未来視が発動しなかったのかと考えたが皇都には警報の一つも鳴っていない。どこかの流れが変わったのか? それがプラスの方向ならばまだしも、未来視も受けられず何も出来ぬうちに陛下だけが命を落とすマイナスの方向へ突き進んでいたとしたら? かと言って俺の独断で動くのはあまりに悪手だ。

 どうする。いや、どうするも何もない。勅許と同じく今は待つしか出来ない。今の俺は物語の観測者でも執筆者でもないし、ましてや神でも世界の管理者でもない。機神界側の状況を知る術は一切持ち合わせていない。

 

 ***

 

『ご飯美味しかったね』

『……そうだな』

『大丈夫? もしかして苦手な味付けだった?』

『いや、そういうのじゃない。ハイエンターの、それも皇宮で振る舞われる食事はどれも美味かった。まさかあんな高級な料理が生きている間に食べられるなんて思ってなかったさ』

『ね。僕もびっくりだよ』

 現在俺達は離宮にて用意された客人用の寝台に寝転がっている。立太子式の終了で一段落したのか、メリアの大切な客人をいつまでも白翼宮に留めさせるわけにはいかないと離宮へ案内された。何か動きがあるまではここで過ごしてほしいとメリアからも頼まれた。アイゼルなんてメリア以上に嬉しそうであった。随分と我らホムホムとノポン御一行は彼に気に入られたようだ。

 それは特段問題ないのだが、問題ないというか何も起こっていない現状が逆に落ち着かなかった。晩餐会は無事に終了した。しかも陛下の姿も終始そこにあったのだ。穏やかな笑みと共にメリアとも話しており、どう考えても有事が発生しているとは考えられない。

『カリアンさん、とってもいい人だったね。異母兄妹(きょうだい)なんて思えないよ。メリアもお兄さんのこと大好きみたいだし、やっぱり兄妹っていいな』

 カリアン殿下と話す機会も得られた。主に皇太子であり妹であるメリアへの助力に対する感謝であるが、それでもただぼんやりしているだけでは入手が難しい情報も会話の節々から得られたのは良い収穫だった。

 巨神の目覚めが近いことから始まり、それに伴って巨神頭部が高濃度のエーテルに晒される危険性も実は話し合えた。勿論俺がテレシア化に関しての情報を握っているのは伏せつつそれとなくではあるが。

 ハイエンターはエーテルの変化に敏感な種族だ。エルト海は元から下層よりエーテル濃度はかなり高いものの、それを更に超える濃度の下では体調不良を訴える者も少なくないはずである。巨神復活の危険に備えて一時的に皇都から避難するのはどうかと進言してみた。

 ただやはりそれには殿下も首を横に振った。陛下や殿下は自身のテレシア化を覚悟した上で事を進めているからほとんど意味はない。巨神教の上層部も同じであり、全てを知った上で巨神に準じ巨神に殉ずる者達の集まりであるから実は大差ない。

 では何も知らぬ一般の民はどうなるのか。勿論彼らのことを殿下が蔑ろにしているとは思っていない。ただこの数年以内に巨神がすぐ復活するとも思ってはいないと思う。機神兵を退ければこれ以上のエーテルの乱れは発生せず巨神も復活しないだろうからそれを目指しているように感じられた。その中で万一に備えてメリアという希望を生み出し、やがて後の世で純血のハイエンターがいなくなる予想図を描いているのだろう。

 加えてハイエンターは種族として故郷に対する愛情や執着が強い。体調不良を起こしかねないと知っていても皇都から動きたがらぬ者は非常に多いそうだ。動かしたいのならばそれこそテレシアとハイエンターに関する真実を伝えるくらいの覚悟が要る。

 殿下もテレシア化のことは一切触れたり匂わせるような発言もしなかった。それでも上手く理由を並べられては此方がとやかく言える筋合いは無い。寧ろホムスでありながらハイエンターの身まで心配してくれて感謝するとまで言われてしまえばもうお手上げだ。

 どう足掻いても巨神復活の阻止しかないのか。

『頑張ろうな。勅許を貰って監獄島に行って……機神界との戦争を本当の意味で終わらせないと平和は来ない』

『うん。とにかくまずは顔付きを斬れるようにならないと……』

 シュルクはまだ歴史の真実を知らない。彼の抱える怒りは高い温度を保ったまま燃え続けている。繋いだ手を離さずに少しでも早く機神界の事情を知ろうとする気持ちに向けなければ、どこかで何かが起こりシュルクが人の首を斬り落とす未来が無いなんて誰にも断言できない。

 ザンザの妨害は今後も至る所で必ず発生する。奴が神としての絶大な権能で繋いだ手を離そうとするならば、此方はシュルクの過去を呑み込む形での部分的な共有と、互いの離してなるものかという意志でどこまでだって抵抗してやろう。

 俺達は繋がっているんだ。

 未来視だけを信じて胡坐を掻くだけの邪神に一泡吹かせてやる。

 

 数日が経過した。良くも悪くも進展が無い。

 勅許の件は未だ何も言われず、機神兵の接近などの警報も鳴らず。旅立ってからというもの立て続けに事件が起こるものだから、ただ何も起こらない束の間の平和な時間が暇で仕方ないのだ。

 メリアは表立ってはいないものの公務があり常に離宮にいるわけではない。側仕えのアイゼルは勿論彼女に同行するし、そうでない時は他の近衛兵などと鍛錬だ。

 ただじっとしているのが性に合わないラインはダンバンに声をかけてまた皇都の兵士達の手伝いに出かけている。エルト海では大小様々な問題が発生しており意外と人手が足りていない。設備の修理一つとっても技術者の護衛の為の戦力が必要であるから二人の存在はかなり重宝されているようだ。戦闘の勘も鈍らないし腕前も落ちないと二人にとっても嬉しいらしい。

 カルナとリキは皇都の中を見物しつつ皇都内部の市民の困り事を解決して回っている。兵士に頼むまでもないが当人にとっては少々厄介な問題は誰にでもある。迷子や失せ物捜索はその筆頭である。時折離宮に帰ってきてはお礼に貰った品々を置いていく。ほとんどはお菓子などの軽い食べ物であり大体その日の夜に皆で美味しく頂かれる。その際にカルナ達から一部の純血ハイエンター至上主義の者への文句が出たりするのは逆に興味深い話でもあった。内容自体は単純にまだそんな古い考えの人がいるのかという呆れではあるが。

 さてシュルクは何をしているかと言えば基本的に離宮に籠りっきりである。メリア以外の皆が何かしら人々の手伝いをしているからシュルクもどちらかについていこうと手を挙げたのだが、残念なことに全員から否を突きつけられてしまった。まだまだ墓所詣で周りのあの件が尾を引いている。変に動き回らずに折角のまとまった時間なのだから休めと全員から言われるのだ。

 最初は「もう元気なのに」と少々憤慨していたシュルクであるが、エイルから「無限に本が読めるぞ」と言われて機嫌を元に戻した。山のように図書館から本を借りてきて昼食の時間を忘れるくらいに夢中になっている——いや昼食は摂ってくれ。お前は忘れるからいいかもしれないが俺はがっつり空腹を感じている。無限に本が読めると言わなければ良かったかもしれないと若干後悔している。

『ねえ、この肉体再生の技術、もしかしたら巨神界中にある遺跡にもあるかもしれないよ』

『そろそろ食事にしないか』

『アカモートを離れると何があるから分からないから、大きな船にも小型の再生装置を積んで出発してたんだって。それこそ輸送艇とか……あ! もしかしてコロニー9のマグ・メルドの遺跡にもあるんじゃないかな! まだ全容は分かってないし細かいところまで調べたら隠された部屋がいっぱい見つかるかもしれない!』

『俺は腹が減ったんだが』

『エイルも気になるよね! これがあれば医療技術もすっごく進むよ! 事故とか機神兵のせいで身体の一部を失った人の為になる!』

『飯!!』

 大体こんな感じである。こいつの手綱を制御できるのがフィオルンだけなのを身をもって痛感させられている。未来の嫁、助けてくれ。

 自分の興味のあることになるとまるで人の話を聞いてくれない。手のかかる弟とかこういう感じなのだろうか。

 

 結局昼食は軽く菓子をつまんで終わった。その日は早い内に皆が離宮へと戻ってきた為全員揃っての夕食となり、今日もまた何事もなく一日が終わってしまうという瞬間にそれはやってきた。

 本の続きを読もうと手を伸ばすと視界が白に覆い尽くされる。光が晴れて見えてきたのは、あの忌々しい黒い顔付きがこれまでよりも鋭さを増した爪を振るう瞬間だった。その爪は武器として、人殺しの道具としての名に違わず人の身を胸から背中へと貫いた。白黒の世界で爪に付着した血だけが眩しいほどに赤い。

 その血は誰のものか、誰が黒の手にかかってしまったのか。——皇主ソレアン・エンシェント陛下だ。

 何も変わってなどいなかった。ただ発生するタイミングだけが後ろにずれてしまっただけで未だに流れはそのままだ。それでもやることは変わらない。陛下を黒になど殺させない、監獄島へ向かって陛下を守り抜く。

 シュルクとのやり取りの一瞬さえ惜しい。同意だけ取り付けてエイルが表に出て口を開いた。

「メリア! このままだと監獄島の上で陛下が黒い顔付きに殺される!!」

 皆が息を呑む。和やかな空気は一変して首筋に刃物を突き付けられたかのように張り詰めたものになる。

「な……! しかし何故(なにゆえ)父上自らあのような場所に……!」

「そんなこと考えてる場合じゃないよ!」

 腕を組み考える姿勢を取りかけたメリアの右手を掴んだ。

「急がなきゃ! ぼうっとしてたら未来視の光景はすぐに現実になる!!」

「……そうだな、父上を止めねば! 謁見の間へ行くぞ! 皆も同行を頼む!」

 駆け出したのと皇都中に警報が鳴り響いたのは同時だった。

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