離宮と皇宮を繋ぐ転移装置に近づくと、ちょうど二人の近衛兵が警報を受けてメリアの無事を確認しに現れた。
警報の理由はやはり機神兵の接近によるものであった。彼らは安全の為にも離宮から離れぬように懇願するがそれをメリアが受け入れるはずもない。何としても謁見の間へ赴き父に会い、最悪の未来を阻止するという強い意志に彼らは気圧された。それでも近衛兵達にとっては皇太子であるメリアの無事が最優先である。彼女に何かあればそれこそ皇主陛下に合わせる顔がない。
このままでは埒が明かないとアイゼルが口を開いた。自分が責任を持ってメリアを守る。万が一皇都の中に機神兵が侵入してきたとしても、その時は己の全身全霊で護りきるという覚悟を示した。アイゼルの実力は共に鍛え、皇家に仕える兵士達が誰よりも知っている。彼ならば信頼ができると何とか近衛兵達も納得してくれた。
転移装置の先の皇宮は慌ただしかった。外へ向かう兵士達は接近する機神兵を迎撃する為に持ち場へ急ぎ、役人らしき者は各所への連絡や情報の把握、皇都に残る兵士は一般市民の避難誘導や機神兵の入り口となり得る場の警備に走り回っていた。
腹の底に嫌な感覚が蘇る。冷たく重たいものが溜まるような感覚だ。
今の皇都の状況はコロニー9やコロニー6が襲撃された時と同じである。機神兵は何の予兆もなくいつの間にか懐にまで潜り込んでくる。気付いた時にはほぼ手遅れであり、悲鳴さえ上げる暇さえ無く何もかもが灼き尽くされていく。
幸いだったのはハイエンター達は常日頃から機神界側を警戒しており、接近する機神兵団を捉えたのは巨神の頭部に入る前であったことだ。
機神兵の目的は恐らく監獄島に封じられた
「父上!」
メリアの叫びが謁見の間に響く。そこにいたのはカリアン殿下のみだ。既にソレアン陛下の姿はここには無い。
「兄上! 父上はいずこに!?」
妹の声に反応したカリアン殿下は下ろしていた瞼を上げた。その視線の先には皇家を守護する錫杖が置かれているはずの黄金の台座がある。しかし今その錫杖は姿を消していた。これが示すことは単純明快。何者かが皇家を、皇国を護る為に持ち出したことに他ならない。
「陛下は単身監獄島に赴かれた。この皇都を護る為に……」
カリアン殿下は再び目を閉じ、両の拳を握りしめて重たい声を絞り出した。一国の主としての責務を遂行させなければならない使命感と、父を死地に行かせてしまったことへの後悔が彼の内で渦巻きせめぎ合っている。
それがメリアには理解できなかった。行かせたのは国と民を護る為であるから積極的にそうすべきである。だがどうしてたった一人でなのか。カリアン殿下を同行させることが出来ずとも、他の兵士を共に行かせれば良い話ではないか。
「陛下は知っておられたんだ」
カリアン殿下ではない声が答えた。予言官であるアルヴィースだ。
ソレアン陛下は今から一か月ほど前に予見の儀で自らの身に何が起こり、何を成さねばならぬのかを知っていた。当然予見の儀を執り行ったアルヴィースもだ。知っていても彼は陛下を送り出す以外にない。国を護ることはハイエンターを統べる者の責務であり、そうすると決意した陛下の崇高なる意志を尊重せねばならない。
長たる者の定め。その一点でアルヴィースもカリアン殿下も、そしてメリアも陛下を止められない。
——それが何だというのか。
「
「何を言うかシュルク! 今の話を——」
「『聞いてたさ!!』」
静まり返った空間に
「何か咎められても
「よく言った、シュルク」
右肩に大きな手が置かれた。顔を向ければ強い意志を瞳に湛えたダンバンが笑みと共に頷く。そしてメリアやカリアン殿下に微かな怒りと命を掴み取ってほしいという懇願を含んだ目で彼は続ける。
「責務だ定めだ何格好つけてんだ。人一人の命とどっちが重てぇのか考えるまでもないだろう? メリアもメリアの兄貴も諦めてる場合じゃないだろう。この国を護り、皇主を護り、そして父親を——家族を護る。それを望むべきだろ! 目の前で人が死ぬのにお前らは本当に何もしないでただ黙って見ているつもりじゃないだろうな……っても、行動が簡単に起こせないからこそあんたらが悩んでるくらいは分かる。
でも俺達はホムスだ。あんたらの縛りは関係ない。勝手にやっても構わんだろう?」
メリアが一度瞼を下ろし再びそれを持ち上げた。その瞳にもう惑いの色は一滴さえ残っていない。
「兄上、私は……彼らと共に参ります。皇太子としてこの国を、娘として父上を護りに行きます!」
「カリアン殿下! 自分もメリア様をお護りする為に彼らと共に! 人手は多い方が良いはずです!」
「メリア、アイゼル……分かった」
眉は辛そうに顰められたままだったがカリアン殿下はメリアの行為を止めなかった。メリア達が行くのならば自身はこの場に残る形で皇都を護るべきだと彼もまた分かっていた。
「すまぬ、ダンバン殿。ここを離れられぬ私を——」
「気にするなって。それに言うべきは謝罪の言葉じゃないだろう?」
「——どうか陛下を……私達の父上を頼みます」
「それでいい。——行くぞ!」
ミッドナイトブルーの夜空に輝く白い粒、浮遊岩礁のエーテルがアクアマリンの光を放つ光景は誰もが美しいと口にするだろう。
それを純粋に楽しめるだけの状況であったのならば。
センターゲートから皇都の外に出ると、夜空にはぼんやりとコバルトブルーの光を隙間から覗かせる黒い塔が見える。その周囲もまた白い輝きが点滅しているがあれは星ではない。防衛の為の飛行機械が放ったエーテル砲が機神兵に当たった閃光、そして機神兵の攻撃により破壊された機械達の爆風だ。
監獄島もまた転移装置で向かうのだが、禁足地である故に装置に施されている封印を解く必要がある。カトール封印島とソルタナ封印島に赴き、それぞれの装置を操作し二つの封印を解いて初めて転移装置は機能する。
「その封印は解かれているようだ。父上は再封印をせずに向かったのだろう」
メリアが指した先では既に青い光が天へと伸びている。この緊急時にソレアン陛下も封印を解くだけ解き、放置したままで監獄島へ行ったのだと見て分かる。俺達にとっては封印解除の手間が消えたので大変有り難い。
センターゲートからいくつかの転移装置と浮遊岩礁を経由する間に晴れていたはずの天気は急変し、厚い雲と強い雨が空を覆い尽くした。雷も激しく鳴る中でやってきた中央封印島では監獄島周辺の様子がよりはっきりと見える。センターゲートからでは大量の機神兵とハイエンターの飛行機械が交戦しているように見えたが、実際に近づくとその戦闘の様子は随分と異なっていた。
機神兵がいるのは違いなかったが、奴らと戦っているのは飛行機械ではない。エルト海に生息するライアと似て比較的平たい身体をしているもののどこか洗練されきっていないような身体、深い紺色をした肌にはまるで人の手によって描かれたような紋様が浮かんでいる。ホムスであるシュルク達は勿論、高い教養を持つメリアやアイゼルでさえも実際に目にしたことは今までに無い生物であった。正しく
「あれは恐らくテレシアと並ぶ巨神界最古の生物の一種だろう。皇都周辺から出土する化石でしか見たことはなかったがよもや現存するとは……」
「監獄島に封じられていたものとはこれを指すのでしょうか?」
「異なるように思う。数こそ多いが始祖がこの程度の生物の為だけに大掛かりな封印を施すとは考えにくい」
「監獄島を守っていたのかしら?」
「私もカルナに同意だ」
「そこまでの知能があればな」
全員の視線がダンバンに集中する。類いまれなる強さを有する戦士として、ダンバンは人に限らず生物の気配に非常に鋭い。近距離で相対せずともアンノウンの持つ何かを感じ取った。
「あいつらからはもっと原始的な何かを感じる。自分達の存在以外を許さない、そんな排他的本能——みたいなもんか。ただの勘だがな」
非常に鋭い答えだ。巨神界最古の生物である彼らは巨神の意思や本能を強く受けて生み出された。巨神は機神の存在を認めない。その意思が色濃く現れている生物の一つがこれだ。
「そんなやべー奴らが飛んでるところに行くってのかよ俺達は。……でも行くっきゃないか」
「そうだも! 早く監獄島に乗り込むも!」
意を決し、
光が白群色から明るい翡翠色に変化したことに気が付き目を開けるとそこはもう監獄島の中だった。転移装置だけが白を基調としたハイエンター製としての特徴を持っており、一歩踏み出せば他は元から存在する岩や土で構成された暗い塔である。装置とは真逆の意匠を持つ塔——巨人族の遺跡に非常に酷似した謎の場所だ。
機神兵達とすぐに戦闘になる危険も覚悟していたものの、いざ到着してみるとどこか戦闘の音が遠い。ここへと飛ばされる間に何らかの機能が作動したのか、何やら薄らと黄色いバリアらしきものが監獄島を丸ごと包んでいる。
機能も塔の構造など知るわけもないし地図なども存在しない。しかしここを訪れるのは何かしらの目的がある者だと見透かされているように道はたった一つだ。見えざる手に招かれるが如く、警戒しつつ急いだ先に現れたのは人の身にはあまりに巨大すぎる門だった。
門の
「封印を施したのは我らの始祖であろう。だが
造られた目的も不明のまま。扉の前にある碑文に何かしらの鍵があると信じ、数多くの歴史研究者が解読を試みたものの未だ全文は解き明かされていない。辛うじて読み解かれた部分に関しても、封じられた扉を開く資格を持つのは皇主とその後継者のみであるという内容だけだ。
つまり陛下は既に塔の内部におり、メリアもまたこの扉を開く資格を有している。
「始祖よ。そなたの末代、皇太子メリア・エンシェントが推参した。監獄の扉、我が治世の希望の為開かれん!」
メリアの声を認識したのか、扉から青緑の光が放たれ彼女を包み込む。ハイエンター墓所同様に遺伝情報から真偽を判断する仕組みだ。
そして答えは当然"真"だ。扉は轟音と共に開くことを答えとしてメリアに突きつけた。同時にシュルクには
巨大な男がモナドの枷を解き放とうと両腕を広げる姿。たったそれだけの情報は今のシュルクにとって何よりも求めるものだ。
『……近づいてる』
『もう目と鼻の先の未来だ。だから改めて言っておく。怒りを抱くのはいい、呑まれるな』
『分かった。でも教えて。未来視の通りになったらその時は……どうして君がモナドの封印を解こうとするのに慎重なのか話してほしい』
『コロニー6でのこと思い出したのか?』
『何となくだけど……。機神兵に抵抗する力なのにあんなに止めようとした理由を知りたい。エイルがただ理由もなく駄目って言うなんてことしないって僕は知ってるから。……お願い』
『……いいだろう。封印——枷が解かれる時に教える。その先のシュルクの判断を俺は信じる』
『ありがとう。……急ごう、陛下を死なせたりするもんか』
城門より中に入るとすぐに中央広間である。青と赤黒い炎が混ざり合ったような何かがその中心で揺らめいている。これもまた転移装置の類いらしい。周囲を見回しても他の扉は開いていないしそれらしき通路も見当たらない。
初めに塔から此方の目的を見透かされているようだと表したが間違っていないように思える。塔に囚われた者、塔そのものから手招きをされているとしか考えられない。飛ばされた先の大渓谷にある階段も不気味に揺れる灯火も、誰かの望む因果へ恣意的に導いている。
しばらくは塔の内部を進んでいたがいくつかの転移装置を抜けると塔の外へと出た。そこから見えるのは巨神の角——初めに未来視で見た光景と合致する。
足元から急激に何かが近づいてくる。現れたのはゾード型の機神兵であった。奴は監獄島を覆うバリアに衝突して落下し姿を消した。態々こんなところから塔の内側へ入るということは、機神兵の目的のものはこの大階段の先にある。それを一早く察したメリアが階段を駆け上がり他の皆も慌てて続いていく。
「——メリアか」
ソレアン陛下はそこにいた。陛下は古代紫の肌と灰青の長い髪を持つ巨大な男と向かい合い、皇家の錫杖を操作端末として塔の機能を発動させている。
陛下の無事に安堵したのもほんの一瞬、皆の視線は巨人の男へと釘付けになる。両腕を拘束されたこの大男——太古に滅んだとされる巨人族こそがハイエンターの始祖が封じたものであった。監獄の名を冠するこの地はたった一人のこの存在を数千年以上も捕らえていた。
「よく来たな。モナドを継ぎし者よ」
巨人は血だまりのような赤い瞳でシュルク一人を見つめ語りかけた。重たく威厳を感じさせる声は身体の中心まで振動として伝わってくる。ずっと未来視にあった声はこの巨人のものだったのだ。
「我が名はザンザ。我はここでそなたを待っていた」
巨人はザンザと名乗った。最早
その巨
モナドは機神界に抗する為に神の剣として遥か昔に創り出された。
巨人の言うことが真実だとするならばこの仕打ちは何なのか。肉体にはハイエンターの始祖により戒めの紋様を刻まれた挙句幾重の封印により監獄の中に放り込まれ、肉体の死も与えられずに今までここに繋がれている。神の剣を生み出した者に対してあまりに残酷な行為ではないかとシュルクは怯えたような声を漏らす。
「モナドとはこの世界を構成する理——根源元素エーテルを自在に操る剣。理を操ることであらゆるものは断たれ、その力は増幅される」
シュルクはその現象を誰よりも近くで見てきた。ただ機神兵を容易に断つにとどまらず強大な力から守る障壁を生み出す、人の動きを何の反動もなく瞬間的に強化する、生物のオーラを封じ込める、エーテルそのものを奪い取る。モナドに認められた者が強い意志で振るうことにより無限の能力が際限なく顕れる。
「我はかつてその剣を振るい巨神と共に戦い、機神を討ち倒したのだよ」
それは神話に語られる二柱の神の戦争。
「あんたがあの機神をぶっ倒したてぇのか!? こんな
ラインの疑問を聞いても巨人の感情が揺れた気配はない。ただ与えられた台本の台詞を読み上げるが如く巨人は答え、語り続ける。
「その姿形は幻影。使う者の意志一つでモナドの姿はいかようにも変化する。要はその内にあるもの、その力——そしてその強大すぎる力故、それを恐れた古代のハイエンターによって我は封じられた」
ホムスであるシュルク達にとってはそういうものとして簡単に呑み込める。だがハイエンターであるメリア達は素直には頷けない。何もかもを神格化するつもりはないが、自分達の始祖である者達がそのような愚かな理由で巨神界にとって偉人と言うべきこの巨人を封ずるなどと、少なくともメリアは信じられなかった。
「人とは概してそのようなものだ。ハイエンターであろうとホムスであろうと、我が同胞たる巨人族であってもだ。我がここにこうしているのがその証。学ばれよ、"新たなる"ハイエンターの指導者よ」
モナドとは本来巨神が持つべき剣として創られた。機神に対抗できる唯一の力なのだから神の力であり、本来であれば到底人の手で扱える代物ではない。その中で目の前の巨人やシュルクのように選ばれた存在が生まれる時代がある。巨神に認められた者はモナドの使い手として成長し、その成長がモナド自体にも繋がる。最終的に全ての理が断てるだけの力を秘めている。
「だがそれで全てが解放されるわけではない。モナドには"枷"をかけているのだ」
「枷……?」
「ある特定のものは断てなくしてある。心当たりはあるはずだ、モナドの後継者よ」
後継者としても、モナドの研究をしてきた者としても迷う一瞬の隙すらなくその答えは導き出せる。
——人。
それを知っていたのは巨人に限らない。機神界の者もだ。
故に一年前に大剣の渓谷でダンバンが振るったモナドに辛酸を舐めさせられた機神界は対策を講じた。モナドでも断てぬ機神兵、顔付きを生み出すことでモナドの攻撃を無意味なものとしてしまった。
「……どうして枷をかけたんですか」
「鈍いな。そなたは己が刃で己の身を滅ぼしたいか?」
幼稚な例えをするならば、調理器具である包丁で切りたいものは調理するものであり己の指ではない。ならばそもそも己の指を切れない武器を作ってしまえば傷つく心配はない。
敵だけを傷つけ、味方には傷をつけない。理想の武器である。
「モナドの後継者よ、そなたの意志は随分と強大であったらしい。モナドの枷は既にそのほとんどが解かれている」
「え……!?」
エイルの知りたかった答えがようやく得られた。やはり中央採掘場を出た際の黒との戦いで枷は外されていたのだ。シュルクの純然たる殺意は監獄島に来る遥か前に枷を外すほどの熱を有していた。
だが巨人は枷の解かれ具合を"ほとんど"と表した。モナドが形状を変えなかったことが最後の一線を辛うじて越えていない証明であった。巨神の手で怒りの炎に薪をくべられても、真の意味で人間を殺す踏ん切りをシュルクはつけられなかった。
臆病だろうか、弱気だろうか。違う。それは間違いなく勇気だ。彼は自分自身が人であることを捨てずに留まれた。
「さあ、そのモナドで我をこの枷から解放するがよい。そしてモナドを差し出すのだ。我ここに全ての枷を解かん」
その最後の一線を何をもってして越えるのか。越えない選択肢は既に無い。もう俺達に後戻りする道は無い。
「さすればモナドはあらゆるものを断つ剣となるであろう。断てぬものは——ただ神のみ!」
己が刃で己の身は滅ぼしたくないであろう。それがたとえ神であったとしても。