巨人の言葉を聞き終えたシュルクは迷いなく彼へと近づく。ラインもダンバンもカルナも当然止めなどしない。モナドにかけられた枷さえ外されれば顔付きの機神兵を断てるのだ。彼らはありとあらゆる機神兵を
長きに渡っての機神兵による蹂躙で、個人としてではなく種としてホムスは身も心も疲弊しきってしまっていた。これ以上の戦争を望まない、一刻も早く全ての機神兵を討ち滅ぼして戦いを終わらせたいと願っている。
「——よせシュルク!」
ハイエンターにはそれが分からなかった。巨神頭部に引き籠り、己が種族に限った平和の世を享受していた彼らはどうしてもホムスと同じ目線には立てない。決して嫌味や皮肉ではなく単なる事実に過ぎない。しかしそれが今の彼らの姿であり、他種族とのすれ違いの要因であるのもまた事実なのだ。
「気にかかるのだ。始祖達が
「君の気持ちも分かる。でも僕達にはもっと力が必要なんだ。それは君だって同じだろう? それにここで枷を解かなかったら陛下を守り切れないよ」
「そうだが……それはそうなのだが……!」
今のメリアにはシュルクを止めるに値する言葉を持ち得なかった。その上、このまま傍観に徹していれば大切な父を失う可能性を突きつけられてしまえば反論の一つさえ言えなかった。巨人を解き放つのは恐ろしい。でもたった一人の父親を失うことはもっと恐ろしい。
メリアの制止と呼ぶにはあまりに弱いそれを優しく、そして何よりも残酷に振り払いシュルクは巨人と向き合う。
「シュルクよ、我は強制しない。代償も求めない。——選ぶのはそなただ」
それは最後の一線の提示。この場この瞬間において、巨人を縛る枷を取り払えばモナドの枷の全てを解き放つことに同意したと見なされる、神との契約。
『約束だ。枷を外すのを俺が躊躇った理由、話そう』
俺達だけの時間、俺達にしか流れない内での意思の疎通空間へシュルクを引き摺り込む。
『お前はモナドの枷と顔付きの関係を本当に理解したのか?』
『だからモナドの枷は人を斬れないってことで……。でもそれが
『本当に今のお前はいつになく鈍い。良くも悪くも感情が昂って落ち着けていないな』
『鈍くなんて……!』
『シュルク、モナドの枷はただ一つのものに対してしか効力を発揮していない。もし顔付きが純粋な機械であったのならば、モナドの刃はとっくに顔付きの身体を切り裂いていたはずだ。神の剣とはそういうものだ』
モナドは"顔付きの機神兵"を断てないのではない。モナドが断てないのは初めからたった一つだ。ならば顔付きは単なる金属部品の集合体である機械などではないと、コロニー9で初めて黒と遭遇した時点で簡単に答えに辿り着けてしまえる。
モナドに顔付きを機械であると認識させたくないならば、部品として"それ"を組み込んでしまえば良いのだ。
『……ま、って、待って、待ってよ……! それが本当なら、本当にあの中に"それ"がいるなら……! なんで、なんで僕らを襲うんだ……! どうしてそれが僕らを殺すんだ!!』
『それを知る義務が俺達にはある。シュルクはモナドに選ばれてしまった者として、エイルはシュルクに寄り添う者として。真実を知らずに突き進めばお前はもう人間でも復讐者でもなくなる。敵も味方も問わずに、生きる者全ての血を啜って嗤う化け物になる』
そうなれば行き着く先は目の前の
待ち受けるのは神話の戦争の繰り返しか、巨神が自分以外の存在全てを否定してやり直す歪な新世界か。はたまた未来を諦めぬ人々の意思がアガレスにしたように、シュルクをも封じて数千年の短い平和をもたらすのか。
『俺は"人の命を嗤って奪った"顔付きどもを許せなんて言わない。許す許さないもシュルク自身が決めるべきことだ。
ただこの先で"黒"を感情のままに断ち完全に沈黙させることは、それの首をシュルクの手で落とすことと同義だ。同時に奴がどうしてコロニー9を襲撃し、大量の人の命を奪ったのかの理由を知る機会は永遠に訪れなくなる』
『それなら……それならもう、僕は……あの時、ゾードの頭を……』
『都合が良いかもしれないがあれは仕方のないことだったと思う。あそこでゾードを落とし切らなければ奴はまた脱出艇キャンプを襲った。あそこで奴を殺さなければ駄目だった』
『でも、でも……っ!!』
『もしもその罪が誰かに責められるのならば俺が引き受ける』
顔付きの真実を知った上でシュルクを止められなかった俺の罪である。シュルクは顔付きの正体と枷の意味を知らずに迫りくる脅威をただ退けたに過ぎない。もしも咎を背負わねばならないのならその全てをエイルが受け持つ。ありとあらゆる罰を受ける覚悟はある。
『ゾードの時はそれで良かった。でもこの先は違う。知った上で選ばねばならないところまで来たんだ』
枷を外すなとはもう言わない。ここで顔付きに対して有用な手立てが無ければ停滞ではなく衰退になる。物量なり絶対的な力なりで押し切られてしまい、巨神界に生きる命の全ては滅亡する運命に固定されてしまう。和解の芽さえ出なくなる。
『シュルクは何の感情で、どのような意思で枷を解き放ちたいのかだ。ここまで歩んだ道のりと同じで怒りで取り払うことだって可能だ。それをシュルクが考え抜いた末に決めたのなら、お前は人殺しも辞さずに復讐だけを胸に抱いて神の手で敷かれた道を進むと見なす。心の底からそれで構わないと言うのならもう俺に止める権利はない』
だが俺は知っている、信じている。シュルクはそれを絶対に選ばない。
『……許せないよ。フィオルンを殺したあいつはどうやったって許せるわけない。復讐したい気持ちも、抑えられない憎悪も無かったことに出来ない。
だけど君に言われて怖いと思ったし、知りたいとも思う。僕は機神界のことを何も知らない。機神兵の存在しか知らない、実際に行ったこともない。知って、それからもう一度考えたいって、遅いのかもしれないけど今になって思えた。
全てを知ってでもこの汚い感情が燃えたままだったら、その時はもう迷わない。どんな手を使ってでも、たった一人になっても僕は僕の復讐をやり抜く。
——でも今は違う。今は……守る為に枷を解きたい。このままモナドが顔付きに通らなかったら奴らを止めることも出来ない。"
モナドが青い光を放ち起動される。両手で柄を握りしめ高く掲げれば、刃は普段の何倍もの長さで天へと伸びていく。
『もしも僕が君に捨てられる時が来るなら……我儘かもしれないけど、その時までは僕の手を離さないで。君がいればきっと僕を見失わないから』
『勿論だ。枷を解く瞬間の責任はお前だけのものじゃない。俺も俺の意思を抱いて枷を取り払おう。力に溺れて上位存在だと勘違いして自惚れる奴の鼻を叩き斬る為に、目の前にいるのはどこまでいっても同じ存在であることを思い出させる為にこの剣を振るおう』
かくして振りぬかれた剣は枷を破壊し、黄金色の粒子と共に巨人が解き放たれた。
拡散する光と巨人の咆哮が監獄の間に轟く。身体の自由を得た巨人は契約を果たそうと両腕を掲げ——。
「させるかよぉっ!!」
その声は現実か
このままでは巨人はさておきシュルクの命までここで散る。未来視が途切れるのを待たずにシュルクは振り返る。同時に自身と巨人を守る為の防壁を二重に展開した。
「モナド"盾"ッ……"鎧"ァァッ!!」
"盾"と"鎧"の同時併用という事態に驚愕するだけの時間も与えられない。未来視の通りに監獄島に張られていたバリアを突き破ってきた槍はモナドの壁に衝突する。次いでモナドの防壁に着弾したのは、投擲された槍にも劣らぬ速度で突っ込んできた黒い顔付きの爪であった。
「久しぶりだなぁ、シュルクさんよぉ」
「貴様……ァッ!!」
黒い顔付きは初めに遭遇した時から変わらない心の底から人間を見下すような機械の顔で笑う。そこでやっと他の面々は敵襲だと理解しそれぞれの得物を黒へと向けた。
「おーおー怖い顔してよぉ。俺の不意の一撃を防いだのは鼻クソくらいは褒めてやるぜ。……でもよぉ、モナドから出たモンも"巨神界の"物体だよなぁ……!」
「だから何だ……!」
「見てみろよ。
——ばきん。
黒が言い終わるのと"鎧"が砕けるのは同時だった。"鎧"は攻撃の種類を問わずにダメージを軽減するものだ。それが砕かれたということは残された防壁は"盾"のみである。その"盾"はタレントアーツと呼ばれる様々な生命体を象徴する攻撃を防ぐことに特化しており、それ以外にはまるで効力を発揮しない。
あの槍は単なる投擲された武器でしかなく
「——ザンザ!!」
槍は未来視通りに巨人の胸を貫く。
「流石は盟主様の槍だぜ。……おおっと、危ねぇ」
黒は"盾"から身を離して再び宙へと飛び上がる。黒の背後からはダンバンとラインが同時に一撃を喰らわせようとしていたが、すんでのところで二人の気配を察してしまった黒はそれを回避した。奴の周囲には護衛役か、三機のゾードが浮遊している。
「てめぇ! 俺達がここに来ることを知ってたってのか!?」
「はァ? モナドも持てねえザコが何勘違いしてやがんだ? 俺達の目的はまずそれそこのデクの坊よ!!」
黒が指したのはたった今槍に貫かれた巨人である。奴らもこの巨人がモナドの枷を外すのに重要な存在であると知って監獄島までやってきたのだ。
「モナドに余計なことされちゃ面倒なんでな、殺りにきたらお前らがいたってわけよ。そのついでにモナド使いが現れるようならそいつも殺せってのが俺達の任務だ!! ザンザさんとやらで槍の威力を確認出来た上にてめぇらまでのこのこやってきてよぉ、一石二鳥とはこのことだぜ!! なぁ!?」
誰に対しての呼びかけであったのか。それはすぐに知ることになる。黒の声に応じるようにして現れたのは今まで遭遇してきた顔付きの雰囲気とは異なり、ハイエンターの彫刻にも似た白い体躯をした新たなる機体だ。頭部に取り付けられた黄金色のパーツは天からの遣いが持つ
『白い顔付き……!』
『待て! 今までの奴らとは何か違う!』
『違うって何が!!』
『手に武器を持ってない! それに意識を向けるべきは黒だ! 白に気を取られたらいつ黒が陛下を殺すか分からない!』
『そう、だね……。今は、黒い顔付きだ!』
だがエイルの手が届くのはシュルクただ一人だ。シュルクの白への攻撃は止められても他の皆は新手が増えたと迷いなく白へと攻撃を放つ。白もただ黙って攻撃を受けるわけはなく、華麗に身を翻して全ての攻撃を回避する。
「待ちなさい!
「なぁぁァアアァに言ってんだァァァ!?」
黒の爪がシュルクに襲い掛かる。アーツの発動は間に合わず、モナドの刃で致命的な一撃こそ防いだものの鋭い痛みと共にシュルクの身は弾き飛ばされて地を滑る。
「盟主様の話聞いてなかったのかぁ!? "モナド使いも"殺せって言われたよなぁぁ!?」
「しかし我々の目的は既に……!」
「話になんねぇぜ! 新参者が偉そうに出張ってんじゃねぇ、てめぇは引っ込んでな!!」
黒は右腕で乱暴に白を後方へと追いやってしまった。自動的にこの場にいる皆の攻撃の対象は黒一体になるが、奴はこれを劣勢だとは全く思っていない。寧ろ一人で全ての人間を殺せるのだと張り切り、楽しんでさえいるのだ。
仲間達は黒へ向かって一斉に駆けだす。ダンバンとラインが先陣を切る。カルナの射撃が顔面を狙うも爪により防がれる。だが狙いは射撃によるダメージではなく、着弾により巻き起こる爆風だ。小規模な爆発が黒への一時的な目隠しとなり、その隙にダンバンとラインが黒の脚部へ同時に得物を突き立てる。
「小細工も意味ねえんだよなぁ!!」
だがやはり黒の強靭な装甲を貫くどころか傷さえ付けられない。一瞬の硬直の後、右の爪でラインを斬り伏せるようにして弾き、左脚で球蹴りでもするかのようにしてダンバンを吹っ飛ばした。
ホムス二人の陰に隠れていたリキが入れ替わるようにしてカムカムを黒に噛みつかせた。それもまた呆気なく振り払われ、小虫が叩き落とされるかのようにリキの身体が地面に落ちる。
「物理的な攻撃は防げても純然たるエーテルの波動は防げまい! アイゼル!!」
「はい!!」
アイゼルが雷のエレメントを召喚し、メリアがマインドブラストを黒の顔面目掛けて放った。アイゼルの支援により圧縮されたエーテルの威力は引き上げられ、黒も顔面への衝撃で大きく仰け反った。同時に黒の怒りの矛先は一気にメリアへ向き、マインドブラストを強引に押しのけて爪を突き立てる。だが数瞬の差でダンバンがメリアを抱えて黒の爪から逃した。アイゼルも走りくるダンバンを視界に捉えており、自身の身を守ることが最優先であると判断した。地のエレメントと風のエレメントを同時に召喚して回避しつつ細かなダメージをほとんど無にすることに成功する。
「ほォ~ンとモナドがねぇと弱ぇよなぁ、てめぇらは。あァ!? ダンバンさんよぉ!!」
メリアを始末できなかったにもかかわらず黒は愉快そうに嗤う。否、既に黒の眼中にメリアは映ってさえいなかった。大剣の渓谷での決戦から一年を経てもダンバンへの執着は消えることはない。寧ろ煮詰められ余計なものが飛ばされたおかげで純度の高いそれだけが残ってしまった。彼への執着と圧倒的力の差から来る優越感、そして微かに残った羨望。
「貴様! 何者だ!? 何故俺の名を呼ぶ!!」
「わからねぇのか?」
そこにあったのは歓喜だったのだろうか。それとも歪な感情を抱こうとも表面上だけの付き合いであったとしても、戦友であった彼に気付いてもらえないことへの落胆と寂しさであったのだろうか。
「これでもォ!!」
右の爪を横に薙ぎ即座に斬り上げる。腕を大きく上げる動作を活かして跳躍——人であった頃とは比較にならないほどの高さで——、その後落下の速度を合わせて左の爪を敵の脳天がある位置へ迷いなく突き刺す。そこからは時と場合に応じて次々に両方の爪で敵の行動を制限し、絶命させるまで攻撃の手を緩めない。
「いや……まさか、そんなはずは!?」
ダンバンにとってはそれが答えであった。何度隣で戦ったか、何度手合わせして互いの手の内を晒し高みを目指し合ったと思っているのか。
でも彼はその答えをすぐに受け入れられなかった。戦友が敵になったことではない。だって彼は、あの戦いで——!
黒に気を取られるダンバンと彼を援護するライン、再びエーテルによる攻撃を放とうと機会を窺うメリアとアイゼル。彼らの横からはゾードが二機迫っていた。
一歩引いて全体を確認するカルナがそうはさせまいと、ゾードの顔面へ集中的に銃弾を浴びせ続ける。しかし彼女一人の火力では二機どころか顔付き一機さえも止められない。彼女もそんなことは分かっていたが引き金を引く指には何の迷いもなかった。倒せずとも顔付きの歩みを遅らせることが出来れば上出来だからだ。
「やめなさい!」
自分ではない声と共にカルナの視界が純白に染まる。
カルナとゾードの間に割り込んだのは白い顔付きであった。しかも白は仲間であるはずのゾード達を制したのだ。
相変わらず白の両手に武器は握られていない。だがその声一つでゾード達は歩みを止めた。穏やかながら底にある強大な何かをゾードは感じ取っていたからだ。白に逆らうことを本能が拒んでいる。
「
白の謎の挙動を見ていたのはカルナだけではない。先ほど黒に弾き飛ばされたシュルクもようやく痛みから起き上がり、状況を把握しようと顔を上げれば白がどうしてかゾードを止めている光景が目に入った。
『なんだあの機神兵……。僕らを殺そうとしていない……?』
『しかも他の顔付きまで止めている。明らかに今までの機体とは異なると見た方がいい。とにかく今は——』
『黒い顔付き——ッ!?』
視界の端で閃光が走る。反射で見た先には監獄島から放たれたいくつもの電撃が黒の身を貫いていた。誰が命じたのかなんて考えるまでもない。この場で監獄島の機能を利用できるのはソレアン陛下だけだ。
監獄島の攻撃機能は顔付きの機神兵にも大きなダメージを与えるだけの威力を有するらしい。現に黒は力無くその場に膝を突いて俯くような姿勢を取った。
その姿を完全な沈黙と判断してしまったのか、メリアは父に駆け寄り腕を伸ばす。陛下もまた愛する娘の無事を確認するように小さなメリアの身体を抱きしめた。
『シュルク立てるか!? いや立つぞ!! あのままじゃ未来視のままだ!!』
『う、ん……っ!!』
未だ身体に残された痛みの全てを強引に飲み込んだ。立ち上がると同時に"疾"を発動し、黒と黒に背を向けたままの陛下との間に割り込むべく急加速した。
「ふざけんじゃねぇぜ……クソジジィがァアアアアァア!!」
シュルクの足が地を蹴ったのと黒が叫んだのはほぼ同時だ。黒が沈黙したと油断していた皆はそこで黒から気を逸らしたことを後悔するも、既に黒の爪は振り上げられている。
誰もが間に合わないと思っただろう。己の愚かさを呪っただろう。
——だが俺達の方が速い!
「ク、ソがァァアァア!! 邪魔しやがってよォォ!!」
「お前なんかに……っ、陛下は殺させないッ!!」
黒と陛下の間に文字通り"盾"を展開する。黒の怒りの乗った爪の一撃は非常に重たいが、此方も絶対に割らせるものかと出力を上げ続ける。
エーテルの壁と黒の爪が互いを削り合い火花が散る。拮抗した状態の中で黒は苛立たしげな声をもう一度上げた。黒の首が右へ捻られる。
「白いのォ!! てめぇ何やってやがる!! 任務はどうした任務はァ!!」
「彼らは私達の目的ではないと——!」
「目の前にモナド使いのガキがいるのが見えねぇってか!! それともなんだァ!? 盟主様に反逆でもしようってか!! ……それならそれで良いぜ、全部終わったらてめぇも殺しちまえばいいだけだ!!
おら量産型ァ!! そんな偉そうなツラしてるだけの新参の命令なんかに従う必要なんてねぇだろうがァ!! 盟主様からの命令だったろうが! このガキを"殺せ"!!」
ゾード達の眼の赤い光が強さを増す。白ではなく黒の命令を優先すべきだと判断したゾードは白を力で強引に押し退けて飛び上がった。白の小さな悲鳴とそれに続く制止の声は一切を遮断されているかのように届かない。
二機のゾードは動きを正確に合わせて得物を振り上げる。槌を力任せに振り下ろすワイルドクラッシュの兆候だ。
『まずい……! "盾"でアレは防げない!!』
今のシュルクは黒の攻撃を"盾"で抑え込むので精一杯だ。"鎧"を発動しようにもモナドを振らなければ"鎧"の障壁が展開できない。かと言ってここで"盾"を解除すれば黒がそれを見逃すわけがない。何より解除した瞬間に現在進行形で押し込まれている爪が真っすぐにシュルクの胴体を貫いてしまう。
詰んだ——!
槌で脳みそも内臓も撒き散らして死ぬか、爪で心臓を貫かれるか死ぬか二つに一つ。いや、どちらを選ぼうとも答えは死ただ一つのみだ。
「——荒れ狂う疾風よ!! 撃ち落とせ!!」
迫り来る二つの槌を睨みつけるしか出来なかったところへ、突如召喚と同時に風のエレメントが暴風を巻き起こしながら発射された。
「メリア!?」
いつの間にか父の腕から抜け出したメリアは強烈な風で宙にいるゾードを地へと叩き落そうと試みた。生憎墜落とまではいかなかったものの、奴らの姿勢を崩すことには成功した。槌の着地点がシュルクの頭ではなくなったと判断したメリアは、続けざまに地のエレメントを複数召喚して物理的な攻撃を軽減するバリアを構築した。
「盤石なる大地——きゃ、あっ!!」
「うあァッ!!」
二人分の身体が宙へと飛ばされた。直接の攻撃を避け、その威力をどれだけ軽減しようとも巨体のゾードが力一杯に殴りつけた槌から生み出される衝撃はただの人間の身にはあまりに大きすぎる。
メリアも、シュルクの身もまるで綿毛が風に吹かれるかのように軽々と舞う。同時に黒を抑えていた"盾"もまた、消えた。
「逝ねやああああぁあぁああぁあああッ!!」
——あ、死ぬんだ。
恐怖、焦燥、無気力、諦め。
そのどれも感じなかった。ただ事実としてここで終わると、物語の結末が見えてしまったと本を閉じる読み手のように凪いでいた。
現実とはどれだけ足掻こうとも終わる時には呆気なく、あっさりと終わりを告げる。
とん、と身体に何かが当たった。何か——メリアの身体が。
覆いかぶさるようにして落ちてきた彼女を左腕が反射的に抱きとめた。
彼女は何故シュルクの身にぶつかった? シュルクよりも軽い彼女がシュルクより先に落ちることはない。では第三者の手があったと考えるしかない。
顔を上げた先にあったのは深い慈愛の笑みだった。メリアの背を押したであろう右腕を伸ばして、こんなまだまだ頼りにならない若造に大切な娘を託してその人は笑っていた。
背から腹を無慈悲に貫く爪が、
"親とは時に、子を守る為に己が命を盾にすることを厭わぬ生き物なのだ"
耳の奥で陛下の——メリアの父であるソレアン・エンシェントの言葉がこだまする。
道のりは変わったのかもしれない。しかし結末は、未来は変わらなかった。
物語もまだ、終わらなかった。