機神兵残骸跡地
神話として語り継がれる世界の成り立ち、確かな記録として残された巨神界の歴史、ホムスやノポンに古種族ハイエンターとそのルーツ、霊獣テレシア。モナドの知識に留まらず、ありとあらゆる物から様々な情報を得ようと足掻いた。
書物としてハイエンターが高濃度のエーテルを浴びた際にテレシアへと姿を変えることを記すものは無かった。代わりにテレシアがハイエンターの祖先に近しいことや、ホムスの間では伝説の種族とされている彼らは未だ巨神上層部で生きていることははっきりと知れた。
機神界についてももう少し情報を仕入れておきたかったのだが生憎叶わなかった。既にマシーナの隠れ里と交流のあるディクソンならば有用な情報を持っている。今後の機神兵の対策の為と適当な理由を並べ、シュルクへディクソンに協力を取り付けてほしいと頼んだが駄目であった。
「仮にだ、俺が機神界について人より詳しいとしよう。機神兵以外の情報も持っていたとしてそれも欲しいか? 歴史を知っていたらそれも全部ひっくるめてお前は知りたいか?」
これには当然シュルクも俺も首を縦に振ったのだが、ディクソンには首を横に振られた。
「もしも機神界の歴史を学んで奴らに何か同情できる過去が見つかったらお前はどうする?」
現時点で巨神界のほとんどの者は機神界にいるのは知性などないただの機械のみだと思い込んでいる。シュルクもそうだ。
「お前は戦争を止めるか? 機神兵の奴らも何か辛い過去があるから無益な争いはしたくないと訴えるか? そんな理由でお前は機神界にいる奴らが許せるか?」
シュルクはこの問いに答えられなかった。機神兵の侵攻が無ければ死なずに済んだ命は山よりも高いくらいに積み上がっている。機神界側にどんな理由や歴史があろうと、今を生きる巨神界の罪の無い命を奪った事実は変わらない。
今のシュルクではまだ機神界には歩み寄れない。
「ま、そんな重たく考えんな。俺だって大したことは知らねぇからよ」
嘘だ。でも嘘だと詰めよるだけの証拠もエイルにはない。記憶なんて意味をなさない。
結局機神界側の情報は諦め、手の届く範囲に限られる情報だけでもと時間の許す限り書庫を走り回った。
シュルクにとってはこれから訪れる出来事に対してより良い判断を下せるように、
幾つか難しい点はある。特筆すべきは物語の終盤でテレシアと化す純血のハイエンター達だ。はっきり言ってハイエンターに対して直接打てる手段はもう無い。俺がこの世界に潜り込んだのが今より遥かに昔であったのならば遺伝子に組み込まれた呪縛を解く方法を探せたかも知れないが、シュルクが生まれてしまっている時点でどう考えたって手遅れだ。
そうなれば現状考え得る策は二つ。一つは至極単純、巨神を復活させない。ザンザの魂が目覚めさえしなければ巨神の頭部一帯は今と変わらぬままで終わる。これはこれで開かれた世界へ向かう別の方法を探さねばならないが、一旦この問題は考えないものとする。あくまでもテレシア化したハイエンター達をどうするかに絞った話だ。
もう一つの策はこのまま因果が俺の知るままに流れた場合に適用される。ハイエンターの生まれを考えれば全く手が打てないわけではない。ハイエンターは神であるザンザがテレシアに知性を与えたことで誕生した生命だ。
つまり神の権限を持った存在が同じことをテレシアに対して行えば再びハイエンターとなる。自身のモナドを手にして新たな神となったシュルクにテレシアへ知性を与えてもらう。神にしか
これを選ぶ確率は限りなくゼロに近いが三つ目の策も一応ある。それはザンザと和解し神のいる世界のまま開かれた次の世界へ向かうものだ。それならばシュルクが神にならずとも、ザンザが知性を与えるだけで何ら問題ない。
あの邪神が人に寄り添うなどまずあり得ないから、基本的に初めの二つの策を取らざるを得ないことだけは忘れないでおく。
足掻きは知識に限らない。防衛隊の戦闘員やラインの程度ではなくとも、空いた時間にダンバンに指導を仰ぎ剣技を磨いた。モナドを任されたことから、シュルクもその未来が訪れぬようにと願いながらもモナドを握る覚悟を徐々に固めていった。
護身用のジャンクソードも集められた機神兵の残骸から良質な金属部品を利用し、見た目は変わらずとも軽さと鋭さを向上させた。モナドの刃には遠く及ばないが、機神兵に対して容易に傷を付けられる武器として改造してある。
時は恐ろしい速度で過ぎていく。大剣の渓谷での決戦がまだつい先月のように感じているのに、暦では一年が過ぎ去った。
いよいよだ。人が神に縛られた世界から巣立てるか否かの物語——創世神話が幕を開ける。登場人物達は己の願いと未来を求めて。ザンザは自身の復活と今の世界の存続、更には機神を滅ぼし神を己ただ一柱の存在にする為。
そしてエイルというこの世界の異物は、最低限知るままの結末に導き着地させること。そこには邪魔な物は最後に全て取り除かれることも含んである。
俺は、この世界に必要無い。
『元気になったし機神兵の残骸跡地に使えるパーツ探しに行こう』
『シュルク……。あのさ、病み上がりなこと忘れてるだろ』
『エイルももう慣れただろ。何にも異常なんて残らないんだから動いても問題ないの』
相変わらずシュルクは年に数回のペースで衰弱と回復を繰り返していた。一週間程度弱り、その後にけろりと元に戻る。
だが今回は違った。二週間を超えても衰弱した体は快方へ向かわなかった。寝床から身を起こすことも横になったまま簡単な会話をすることさえままならず、正直なところ本気で死を覚悟した。脳が何かにすっぽりと覆われたように思考は靄がかかり、耳元には意味は理解できないがずっと何者かの低い声が響いていた。
シュルクがここで命を落としてはモナドだとか機神兵の襲来だとかそういう話ではなくなる。巨神の復活も無くなるかもしれないが、どうせザンザのことだからこの体を捨てて別の依代に乗り移るだけだろう。シュルクが死んでしまったらハッピーエンドは天地がひっくり返ろうとも存在を許されなくなる。
幸い死に至るまでにはならなかったので杞憂で済みはした。但し完全に普段通りに戻るのに一ヶ月は要した。
『一ヶ月だぞ! まずは徐々に体力を戻すところからだ!』
『もうラインに昼休みに来てって言っちゃったから無理!』
『お前って奴は! いつそんなこと頼んだんだ!』
『エイルの意識がまだ寝てる今日の朝』
『お前って奴はぁ! 本当にもう!!』
『だって起きてたら止めただろ!』
『当たり前だろうが!』
『ほら行くよ!』
『もう一度倒れてフィオルンから説教されろ!』
念の為もう一度記しておくが俺はシュルクが最推しである。しかし推し全肯定オタクではない。シュルクが健康に生きるのが何よりだと思っている種類のオタクなので、不健康な生活をされると普通に推しだろうと怒る。
あとラインも止めてほしい。何で許可したんだ、シュルクの一番の親友なら止めろ。
コロニー9正面口から伸びる道は四つある。その内右から二つ目の道が機神兵残骸跡地まで繋がっている。幼いフィオルンとダンバンが巨神脚まで逃げることになったあの侵攻の際に破壊された物だ。今となっては目立った物はそれしか残されていない上に行き止まりになっているから、滅多な事では人はやってこない。
「——七一式! 対空砲の照準に使えたはず……駄目だ、完全に壊れてる」
おかげで好きなだけパーツ漁りが出来る。コロニー9の設備への流用も可能であるし、ジャンクソード等の武器の改造にも大いに役立ってくれた。そんなジャンクソードはすぐ近くの木に立てかけられ一人で木漏れ日を浴びている。
逆に漁り過ぎて今や状態の良いパーツはほとんど残っていない。パーツ漁りの為にここへやってくるのはこれが最後になるだろう。
「これじゃあ使い物にならないなぁ……」
両腕をぐっと青空に向かって伸ばし、そのまま仰向けで草の中へ倒れる。草と程良い柔らかさの土が受け止めてくれるから痛くはない。
ぼんやりと景色を眺めつつ、別の機神兵から良い物が取れないかと思案するがやはり見つからない。
『もう無いんだよ。これ以上いたって仕方ないし体調のこともある、早く帰ろう』
『だから元気なのに……』
出発前と似たやり取りを何度かして結局シュルクが折れた。上体を起こして立てかけられていたジャンクソードを背負い直し、若干不機嫌な顔をしながらも元来た道を引き返そうかという時にちょうどラインがやって来た。
「お。シュルク、もう帰るのか?」
「うん、休憩中に来てもらったのにごめんね。何回も来たせいでもう取り尽くしちゃったみたいなんだ」
「気にすんなって、ちょっとした散歩で気分転換になるしよ。のんびり帰ろうぜ」
ライン——シュルクの幼馴染の一人であり一番の親友。鍛えられた体躯に
戦闘面で頼もしいだけでなく、彼の存在そのものがシュルクにとっては精神的に大きな支えである。彼がシュルクを守ろうと戦い続けてくれるから、過酷な因果の道を歩んでいてもシュルクは壊れることなく進み続けられる。
彼の使用する武器であるジャンクバンカーはシュルクが製作した物だ。ジャンクソード同様に今では何度か改良が施されており、ジャンクとは名ばかりの優秀な武器になっている。ラインが全力で突き出せば小型の機神兵相手には見事な風穴が開くだけの威力は保証できる。
他愛無い会話をしつつ元来た道を戻り、正面口からコロニー9へ入る。今回のパーツ漁りは何も得られずに終了した為に不要な部品の売却や処理も必要ない。真っ直ぐに軍事区の正門前まで二人で向かい、ラインとは彼が午後からの訓練があるからとそこで一度別れた。
シュルクも研究室に戻ろうとしたタイミングで怒鳴り声が聞こえてくる。防衛隊員なら誰もが一度は遭遇するだろうヴァンダム防衛隊長の説教である。因みに本来の防衛隊長はディクソンなので、ヴァンダムはディクソン不在時の代理だ。しかしディクソンは基本的に防衛隊本部にはいない為、単に防衛隊長と呼ぶとヴァンダムを指す。
比較的若手の隊員二人に対しての説教だが相変わらずの迫力だ。髭も相変わらず見事に直角である。どうなっているんだろうか、あの髭。
自走砲に乗り四十秒で軍事区に戻れと隊員に指示するも、彼らはそれに対応しきれず民家に自走砲を衝突させてしまった。防衛隊長は気合いで曲がれとかなりの精神論で責め立てている。あと普通に事故だ。
『あんなんじゃ戦う前にへばっちゃうよ』
『分からなくもないが、この場合悪いのは部下の方だからなぁ……』
まず先日行われたコロニー6との合同演習ではコロニー9の戦闘兵の成績は酷いものだった。指導役であるヴァンダムの顔に泥を塗ったのは間違いなく事実である。
『エイルは防衛隊長の肩を持つんだね。意外と熱血?』
『いや……あのやらかした方に明確に非があるだけだ』
しかもだ。自走砲を回収しようにも衝突の衝撃でエーテル伝導ケーブルが損傷したせいで、全てのエネルギーが流出しシリンダーの中身は空っぽである。ならばシリンダーを交換すれば良いのだが予備のシリンダーも無いときた。
そしてこの若手隊員はシリンダーが無いということを知っている。知っているならどうするか。無いからいいやと放置するのが正解だろうか?
「備品の補充は常に怠りなくと言っておろうが!」
気付いているのだから自分で補充するか備品管理担当に連絡すべきだ。防衛隊は学校だとか商いをする組織ではない、一種の軍なのだ。常時万全な体制であることが必須の組織だ。
——つまりヴァンダムの方がどう見ても正しいのである。
制裁として部下に拳を振るうのは否寄りの賛否両論にはなるだろうが、第三者から見てもヴァンダムが声を荒げたくなるのも理解できる。
『……うん。あれは防衛隊長の方が正しいね』
『自走砲が回収できないって言われたらまず理由を聞いてるからな。暴力的な側面はあるが有能な人なんだ』
『ラインも尊敬してるって言ってたなぁ』
ラインの見る目は正しい。そんな所も彼の良い点の一つだと思う。
研究室へと戻り、これまでのモナドの研究結果を取りまとめようと机上に散らばる書類に手を伸ばそうとした瞬間、後ろから指抜きの皮グローブをはめた右手が先にそれを取り上げた。
背後からのちょっとした不意打ちでこちらを驚かせてくるのにも随分と慣れた。こんなことをしてくるのは一人しかいない。分かりきっているからシュルクも笑顔で振り向いて毎回彼の名を呼ぶのだ。
「ディクソンさん! おかえりなさい!」
「どうだ、研究の方は進んでるか?」
「はい。ディクソンさんが残してくれた資料もあって」
現状のモナドは発動は誰にでも可能だ。手に取って「使いたい」と思うだけで簡単に起動する。これが地味に興味深く、ただモナドを移動するだけのように「使わない」「使うつもりはない」と意識したまま握った場合は全く反応を見せない。使い手の意思に反応していると考えられる為に理論上では"発動は誰でも可能"なのだ。
問題はその後の制御だ。
「
「……いえ、ダンバンさんでも結局完璧な制御は出来ませんでした。本当の意味ではこれを扱える人には出会えてません」
「ふむ。ここに書いてある拡張機能に関しては?」
「まだ推測の域を出てはないんですが……」
モナドは誰が見ても印象に残る造形をしている。その特徴の一つが刀身に開いた穴だ。向こうまで見通せるから貫通していると勘違いしやすいが、ここには何層かの透明なガラス状のプレートがある。故に厳密には穴ではない。
このプレートはモナド発動時に出る模様——文字が浮かび上がる部分だ。"機"と"斬"は最上層に浮かび上がっているが、プレートが複数枚あることからそこ以外にも文字が浮かび上がる可能性がある。
つまり他の文字が浮かび上がることがあれば、今まで確認されている以外の能力の発現を示していると考えられる。モナドにはただ機神兵を斬る以外の機能が秘められている可能性は大いにある。
この時点でここまでしっかりとした推論まで導き出しているシュルクには俺も内心舌を巻いている。しかもそれがほとんど正解なのだから、研究者として相当優秀な人物なのだとしみじみと思わされる。
ディクソンは簡単にレポートに目を通した後、防衛隊本部に顔を出してくるとまた出ていった。ついつい研究に夢中になっては部屋に
『……さっき外から戻ってきたばかりなのに』
『少しぼんやりしろって意味だろう。パーツ漁りだって結局は作業の一種だし、ディクソンから見ても休んだ方が良いってことだ』
『なら公園でやる。一ヶ月も寝てそれでも休めなんて聞けない。どれだけ時間が無駄になったか分かってないよ。エイルも相談相手になって』
何冊かの本と思考を整理する為の紙とペンを抱え、シュルクは研究室を飛び出した。
一年前にダンバンが右腕を負傷してからのシュルクは生き急ぐかのように更にモナドの研究にのめり込んでいる。一刻も早く完全にモナドをホムスの武器にしたい気持ちが強いからだ。
機神兵に殺される者もモナドに振り回されて負傷する者ももう見たくないと、少し前に彼は部屋で一人泣いていた。直接の戦場を見ていなくとも、あの日多大な犠牲を払って帰ってきた皆の姿は未だに脳裏に色濃く焼き付いている。今でもその光景は悪夢としてシュルクを苛んでいる。
種の存亡を懸けた戦争は本当に終わったのだろうか。機神兵を退けることに成功したのだろうか。この一年目立った侵攻の話を聞かないのは戦力を蓄えているからではないのか。だって機神の大剣は今も巨神の身に刺さり、巨神もまた右腕で大剣を掴んでいる。二つの世界は繋がったままだ。明日にでも、一秒後にでも再び奴らが襲ってくる可能性が無いなんて誰も言えないのに。
身も蓋もない表現をするのならば、今のシュルクは機神兵を完全に滅ぼすだけの力を求めていた。