いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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「こいつは俺が相手をする。かつて共に戦った者としての責務だ」

 ダンバンが一歩前へ出る。握られた軍刀は鵐目(しとどめ)から切先に至るまで微塵も震えていない。彼の強い意志の姿そのものであった。

 仮に有利であるからだとかの理由をつけて戦法としての支援を申し出たとしてもダンバンは断るだろう。本質的に頑固な面があるから、既に彼の決断は山の如く微動だにしないほどに固められたに違いない。

 但しこの判断はそれに限らない。他の面々を下げてダンバンがムムカ本人の注意を引き続けるのは非常に重要な役割なのだ。ムムカの搭乗機である黒い顔付きが遠隔操作により動き出したとしても、モナドを持つシュルクを中心としての対応が出来る利点がある。不意に動いた顔付きにより誰かが傷を負うだとか人質にされることを繰り返さない策としても見事に機能する。

 策のそういった奥底まで見抜いているのかは不明だが、ムムカはダンバンとの決闘に異を唱えなかった。奴としても一対一でダンバンを地に沈め這いつくばらせたいのだ。己の力のみで勝利をもぎ取り、歪な羨望を向ける相手を超えたことを自分自身に教える為に。

 たとえその力が他人に与えられた機械の身体に依存するものであったとしても。

 極寒の雪山の気温がより低くなったかのように静かな睨み合いが続く。氷点下と表するのも生ぬるい、絶対零度に迫るのではないかと身体が勘違いしたのだろうか。震えた奥歯が触れ合い微かに音を立てた。

 合図は女の声にも似た高い音を響かせる一陣の風であった。

 同時に雪が蹴られた。刀と爪が激突し青い火花が飛び散る。

「あの大剣の渓谷でお前の戦いに噓偽りはなかった! それが何故だ! 何故機神についた!!」

 袈裟斬りと逆袈裟斬りが交互に放たれる。単なる繰り返しで次の手が容易に読める技であるのに、ダンバンの手により神速の太刀と化したそれは生半可な実力では反撃を一切許さない。しかしムムカは長年彼と共に鍛錬を積み、稽古としても幾度となく手合わせをしてきた。過去よりも磨きのかかった技の、凡人には間とも見抜けない隙間を的確に穿つように迷いなく左の爪をダンバンの頭部目掛けて突き出した。

 そこで一度袈裟斬りの連なりが途切れる。ムムカの一撃を防がねばならないとダンバンが防御の姿勢を取ったのだ。爪は刀の物打ちで危なげなく受け止められはしたが、決闘を見守るシュルク達にとってはあのダンバンに防御の手を選ばせたこと自体が驚きに値する。

 ダンバンは受け止めた爪を力任せに押し返し、今度は袈裟斬りに加え無作為なタイミングで一文字斬りを織り交ぜ再び攻撃に出る。

「貴様の目が節穴だっただけよ! 俺はずっと貴様の寝首を掻こうと狙ってたんだぜ!」

 太刀の豪雨が降り注ぐ。徐々に足を下げざるを得ないもののムムカの顔に焦りの色は見られない。脳ではなく身体に教え込まれたダンバンの剣技のほとんどは空気の流れだけで察せてしまう。

 威力を次点とし速度に重点を置く今の攻撃パターンを冷静に見極める。大雨の中に仕込まれた稲妻の如し強烈な一撃のみを狙い、前腕に組み込まれたパーツで後退りながらもそれを受け止めた。

「そのモナドを奪って俺が英雄になろうと思ってたのによ!」

「ならば何故あんなことをした! 俺とディクソンを逃す為に!! あの時のお前は!! 紛れもなく巨神界の為に命の全てで戦い抜いた英雄だった!!」

 一年前、ダンバンが語ってくれたムムカの最期は情けなく逃げた先で大量の機神兵に身体中を撃ち抜かれるものではなかった。ダンバンへの本音をぶち撒けて、憧れも嫉妬もぶつけて、もしかしたら本当の意味で歩み寄れたかもしれない一歩を踏み出したはずだった。

 だがムムカの表情は揺らがなかった。不敵に唇を歪めたまま、動きも鈍らせずに爪を刀と斬り結び合うのをやめない。

「モナドも持たねぇ奴が英雄になれると思うかぁ!? 争奪戦の敗者に光が当たるとでも思ってんのか!? 本ッ当にてめぇはよオオォォ!!」

 爪の描いた赤い軌跡が変化する。滑らかな曲線が突如として不規則に走り出した。闇雲に振り回すだけに思えたがすぐに違うと理解する。直前までのダンバンの高速連撃の意趣返しか攻守の立場が逆転し、今度はムムカが疾風怒涛の攻めを見せる。

「今となっちゃ英雄なんてのもどうだっていい!! 純粋な力さえありゃどうとでもなる。他人からの称賛なんて(ひと)っつも要りゃしなかったって、やぁああっと気付けたんだよ!!」

 ムムカの攻撃をダンバンは的確に避け、それで捌ききれないものは防御で対応する。眉間に深く皺を刻んだまま、一年前に出来なかった本音のぶつけ合いをする為に敢えてムムカの言葉を黙って聞いていた。

「なぁあああ!? モナドのガキィ!! てめぇにも感謝してんだぜェ!! 一年前のアレによォ!!」

 あまりにも急に言葉の矛先がシュルクに——否、エイルに向いて思わず肩が小さく跳ねる。

「てめぇが俺をモナドに触らせなかったから俺は一年前に死んだ! 死んで! こうして生き返った!! モナドを持ってたらダンバンと同じで腕を壊して終わってただろうよ。顔付きにされずに終わってたかもしれねぇ。だがそうならなかった!! てめぇのおかげで力を得られた!!

 つまりだ!! コロニー9が焼かれたのも、フィオルンとやらの小娘が死んだのも、ハイエンターのクソジジィが死んだのも!! 発端はてめぇってことだ!! てめぇはてめぇ自身の手でぜ〜んぶ壊したんだぜぇえええぇぇえ!? こんな面白え話って早々ねぇよ!! なぁ!? ひ、と、ご、ろ、しィィィイイイッ!?」

 心臓が、エイル自身は持たないはずの心臓が、凍りついた。

 俺は未来をほんの少しだけ良くしたくて、何かが変わるかもしれないと期待してあの時ムムカを引き止めた、はずだった。大胆な行動を恐れていたのは否定しない。今よりずっと覚悟が薄かったのも事実だ。

 でも、あの後にダンバンからこの人の最期を聞いて、利己的な思考で逃げたわけではないと知って、驚きと……それだけではなくて、微かに、嬉しくもあったのだ。

 嬉しかった、そう、うれしかったんだ。

 性善説を本気で信じてるわけじゃない。だけどこの人にもやはり腐りきっていない部分が残っていたのだと思えた。嫉妬もあって、歪んだ憧れもあったけど、ダンバンとディクソンと共に戦った日々を大事に思っていたと、影の中にいたけれど、光の下で生きてみても良いと感じられた瞬間もあったと、知れたとおもったんだ。

 

 それがすべてまちがっていた?

 

 間違いだった? 勘違いだった? 勘違いだけならまだ良かった。俺の行動が、エイルがシュルクの身体を借りてした行動が、大量の命を奪う結果を呼んだ?

 しかもそれは他人(ひと)にはシュルクの行動として映る。悪いのは(エイル)だけなのに、シュルクが故郷を焼く要因を作り、フィオルンを殺す結果をもたらし、メリアの父さえも喪う未来を生み出したと思われるのは、そんなの、そんなのは、それだけはあってはならないことで。

 俺は既にシュルクに、人殺しの罪を着せて——。

 

「黙れぇぇええぇぇッ!!」

 

 シュルクと、ダンバンの声がした。

エイル(ぼく)が人殺しだって!? 違うッ!! 人を傷つけることに何の躊躇もないお前と一緒にされてたまるかァッ!!」

『しゅる、く』

「あの時エイル(ぼく)はお前にモナドを持ってみろって言ったんだ!! 都合よく忘れたなんて言わせない!! 持って、扱えたら英雄になれると聞いた上でお前はモナドを握らなかった!! モナドに触れなかったことが何もかもの原因ならそれを選んだのはお前自身だ!!」

「ああそうだ!! ムムカ!! お前はお前自身の意志で行動を選択した!! その積み重ねが今のお前だ!! 選択の責任を他人に押し付けるなど、お前はッ!! お前はどこまで歪んで……ッ!!」

「うるっせェェよおおぉおお!! えらっそうに説教垂れやがって!!

 言ったよなぁ、俺はてめぇが大ッ嫌いだったって! てめぇの故郷を焼き尽くして心の底から理解したぜ! あれは生きてきた中で最ッ高の瞬間だった!! 力の無い雑魚を捻り潰して、てめぇの妹をプチッと殺して!! 愉快以外に何があるってん——」

 ムムカの言葉は続かなかった。刀を握りしめたままのダンバンの拳がムムカの右頬を殴りつけたからだ。顔面を捉えられたのだから、その気になれば首を刎ねるくらい可能であったはずだ。ダンバンはそれを敢えてしなかった。性根まで腐りきっていても本音には本音で返すのが彼の最低限であり、最後の礼儀だった。

「そんな下らない理由で、お前はコロニー9を! ——故郷(ふるさと)を!! その要因をシュルクにまで押し付けようとして!!」

 口から赤い液体が飛んだ。血なのか機械油なのか、口内を切ってもまだムムカは嗤う。

「気持ちいいぜ! この身体はよぉ!!」

 機械の黒が宙で爪を構え直す。

 ホムスの黒が刀を逆手に持ち直す。

 両者の着地の瞬間、武器と武器、身体と身体が交差する。白い閃光と赤と青の火花が散る。

 互いに背を向けたまま硬直すること数秒。ムムカの右肩がスパークを上げて垂れ下がる。

 まだ、ダンバンを超えられない。

 考えてみれば当たり前なのだ。今の今まであのダンバンを圧倒できていた理由はどれもがムムカ自身の力や能力によるものではなかった。顔付きという人間の身では到達し得ない絶大な力、そして人を断てないモナドの存在があったから優位な立場にいただけだ。

 狭い崖下にいる者へ一方的に石を投げていたのは監獄島までの話だ。奴が見下していた者達は()うに崖下を抜け出し、その手に同じ石を手にして同じ目線で相対している。

 ムムカの実力は決して低くない。寧ろ平均より随分と高いであろう。しかしダンバンを相手にして、黒い顔付きを降りての一騎打ちに持ち込んだ時点でこの結果は決まっていた。

「ダンバンッ——! てめぇは、てめぇはァッ! また立つのかよ! この俺の前にいいいぃぃいッ!!」

「——ああ、立つさ。そしてお前の心が汚れ歪んでしまったのならばそれも断つ!! このモナドの力で!! それがモナドを競い合った者へのせめてもの情けだ!!」

 ただ一つだけ、本当に一つだけムムカに同意する点がある。

 ダンバンは強い。腕っぷしや戦闘能力ではない。彼の内に宿る心がだ。それ故に彼は自分以外の者も訪れる試練に立ち向かえるだけの勇気や、負の感情を乗り越えられる光を有せると無意識に信じて期待してしまっている。

 人が良すぎる。そういった意味では彼の目は確かに節穴と呼べるかもしれない。

 今でさえもそうだ。本来の心は真っすぐであったと信じているからこそムムカの心が歪んでしまったと思っている。

 合わないのだろう。本来であれば交わることさえない二人だったのだろう。

 モナドを巡って競い合ったと見ているのがダンバン、奪い合ったと見ているのがムムカだ。光と影、清水と汚水、未来と過去、人と機械。

 理解したい、理解し合えると信じている光はひどく眩しく強く、ひどい暴力でもある。己の居場所が影の中にある者にとって光が近づいてくることは居場所を焼かれることに等しい。もう来ないでほしい、突き放してほしい。それさえ聞き入れてくれないから身を守る為に同じ暴力を以って返すしかできない。

「いるかよおぉおおおぉぉッ!! そんなもん——!!」

 ムムカの叫びは最後まで聞き取れなかった。雪崩と勘違いしそうな風圧と雪の塊がこの場にいる全員に襲い掛かってきたからだ。黒い顔付きの操作によるものではない。現にムムカ自身も体勢を崩し、周囲を慌ただしく見渡して訳が分からないといった顔を浮かべている。

 圧の原因は上空からだ。多くの赤茶の球体——ゾード型の機神兵が俺達だけでなくムムカさえも囲うように落下してきた。

『増援!?』

『……いや違う!』

 降り注ぐ雪を掻き消さんばかりの閃光が空で破裂する。その閃光より現れたのは黒や赤の何倍もあろうかという黄金の巨大な機械であった。黄金のそれは巨大な身体に見合った長い尾を一振りし、堂々と威厳を持って地に足をつけた。

 風圧が止むとゾード達はまるで主君の前で跪く臣下のように黄金の機神兵へ機械の(こうべ)を垂れた。

「こいつは……今までの機神兵とは違う!」

「その通りだ。モナドを受け継ぎし者よ」

 黄金の機神兵がシュルクに答えた。シュルクに限らず全員が直感的に感じ取っていた。顔付きの中には人間がいる。でもこいつは違う。純然たる機神界側の存在であると。

「これは始原にして最強の機神兵。そを操る我は機神界盟主、機神の代行者——エギル」

 盟主たる彼こそが現代における侵攻の実行者である。彼を突き動かす原因こそ容易に説明できるものではないが目的自体は至極単純、巨神の支配から世界を解放する為だ。

「何故だ! 何故人間を機神兵に封じる! 人と人とを戦わせて何の意味がある!!」

 シュルクの疑問の答えにも複数の要因が絡んでいる。エギルが優しすぎるからこそ犯してしまった過ちにも確かな理由がある。今は答えてくれないだけで。

「答える謂れなどない。今は——黒よ、(いささ)不羈(ふき)が過ぎるのではないか? お前には要塞の警備を命じていたはずだが」

 いつの間にやら黒い顔付きに戻っていたムムカが舌打ちをしつつ答える。

「でもよぉ盟主様、あの白いのも同じだろ? 俺はあの勝手な行動を取る白を取っ捕まえる為に出てったんだぜ。奴の方も咎めるべきじゃねぇのかァ……?」

(ネメシス)については別に対応する。今は本来の任に戻れ」

「その為だけに態々出向いたってか。随分と暇じゃねえか」

「我以外であれば全て殲滅していたのではないか?」

「——分ぁかったよ、戻ってやる」

 轟音と共に再び空へと飛び立とうとする姿から逃げられると察したシュルクがエギルに叫ぶ。

「待て!! 答えろ!! 顔付きの存在理由も、巨神界への攻撃の理由も!! 全部!!」

「答える謂れはないと言った」

「……ッ、それなら……っ! 直接……直接、機神界に乗り込んでやる!! お前の胸倉を掴んで!! 何もかも吐かせてやる!!」

「——良かろう、成せるものならば追ってこい。欲しい答え(もの)があるなら力を示してみよ」

 黄金の機神兵を先頭にして奴らはガラハド要塞方面へと飛んでいく。柄が砕けるのではないかというほどに握りしめられた右手が震えていた。寒さでも恐怖でもない。侵攻の原因たる存在をようやく知れた赫怒(かくど)によってどろどろに溶かされた高揚感が指先にまではっきりと伝わっている。

 自分も要塞で待っているというムムカの捨て台詞など耳に入らない。シュルクにとって奴の存在は既に通過点と化した。行く手を阻むのならば吹き飛ばすだけである。人であるかどうかは関係ない。盟主の下に辿り着く時までは等しく取り払われるべき単なる壁でしかない。

 

 決闘も盟主の出現も嘘のように、ヴァラクの山々はただしんしんと雪が降り積もる雪山に戻っていた。ここで立ち尽くしていても仕方がない。急ぎ大剣の渓谷を抜け、ガラハド要塞まで乗り込もうと先を見据えたところでブースターの高い音が鼓膜を震わせた。

 また別の敵襲かと身構えたが降り立った純白の機体を見てシュルクの表情は明るさを取り戻す。

「無事でしたか……!」

「フィ……じゃなかった、メイナス! 貴方も無事だったんだ……良かった……!」

 本来会うべき存在がやっと姿を見せてくれたのだ。

 着地した直後に開かれた機体の胸元の顔はやはりどう見たってフィオルンのものだ。ダンバンやラインが複雑そうに唇を噛んだのは見ずとも分かる。

「えっと、とりあえず……。メイナス、この人がダンバンさん。貴方の使っている身体の持ち主——フィオルンのお兄さんなんだよ」

「兄……。この者にも家族が——いえ至極当然の話ですね。生命の誕生は一人でなど成し遂げられぬのですから」

 そこでメイナスは機体に身を預けたままながらも頭を深々と下げた。予想外の行動に皆が慌て困惑する。

貴方(あなた)方の心に荊を結ぶような行動をしてしまっていることを謝ります。まだこの者の声は聞き取れませんが……胸の奥に微かな温もりを、少しずつ感じるのです」

「それって……!」

「水面下から引き上げることは現時点では難しいですが断言できます。この者の心は私と共に在ります」

 シュルク達が安堵にも似た声を漏らしつつも確かに湧き立った。フィオルン本人とまだ言葉を交わしたことのない面々も揃って笑顔を見せる。

「この者——フィオルンを貴方方と再会させる為にもモナドを受け継ぐ貴方にとっても、何よりこの世界で生きとし生ける者全てにとって伝えねばならないことがあります。私はその為にここに来たのです」

 ふ、と場の空気が変わる。話した感触から黒や赤のような悪意などは感じられない。しかし仮にも今の彼女は機神界側の存在であることに違いはない。フィオルン本人でないのもあり、差はあれど警戒度合いを各々引き上げた。

 しかしそれはあっさりと崩れることになる。

「私は機神界による侵攻を止める為に——いえ、機神界と巨神界間での戦争をこれ以上続けさせぬ為に目覚めました。エギルを止め、互いの憎しみの根を(ほど)かねば世界は再び神話の争いを繰り返すことになります」

 機神界側の者が盟主を名乗るエギルの行いを止めたいだけでも十分驚きに値するのに、それに留まらず言い伝えでしかない神話に描かれた神々の争いにまで言及された。あまりの壮大さにほとんどが呆気に取られる。

 メイナスもたったこれだけの情報と接触だけでは信頼を得られるとは考えていない。だからこそ巨神の剣を受け継いだ少年と対話しようと、他の機神兵の目を盗んで行動を起こしている。

 信頼したい気持ちはある。何より肉体はフィオルンのものであるから邪険に扱うのも気が引ける。でもほとんど素性が不明な人物となると——。葛藤の沈黙が耳に痛い。シュルクでさえも未だメイナスの何もかもを信じるとは言えない。

「……ねえ。貴方、確か監獄島で私達を守ってくれたわよね?」

 口を開いたのはカルナだった。

「ゾード達を止めてたのを私はよく覚えてるわ。それにあの黒い顔付きにも巨人以外は殺さないでってずっと叫んでた。あの声が嘘だとは思えないの。だって貴方は武器さえ手に持っていなかった。だから信じようと……信じたいと思う」

 そう言って彼女はライフルを背へと戻した。納刀——矛を収めることでカルナはメイナスの言葉に此方も裏や影など無くして向き合いたいと示したのだ。メイナスが身一つで、攻撃手段を何一つ見せずに危険を冒してまで我々に接触しているのだから、たとえ機神界側の者であってもまずは応えねば始まらない。ここで彼女の手を突っぱねて銃弾を発射すれば今までと同じだ。

 機神兵は憎い。嬉々として故郷の人々の頭を砕き、心臓を握りつぶしその生き血を啜ったことを忘れられるはずもない。けれど長き戦いに疲弊しているのも変わりない。もしもメイナスが本当に争いを望まぬ者であるならば、機神界の存在であるから敵と断言するのはあまりに愚かしい思考ではないだろうか。

「だな。カルナの言う通りだ」

 笑ってラインもまたバンカーを背負い直した。他の皆も同じであった。

「メイナス、貴方が知っているなら教えて。どうして僕らの住む巨神界が侵攻を受けているのか、エギルという者が顔付きを生み出してまでモナドに対抗しようとしたのか——。僕はたくさん知りたいことがあって……知らなきゃいけないんだ」

「はい、一つずつ、そして全てに答えましょう。その為にはまず神話に語られる争い、機神と巨神の戦いから説明せねば——」

 

「見っつけたぁ!!」

 

 何が起きたのか理解できなかった。

 (ネメシス)の機体の頭部が弾け飛んで、金属片が頬を切った痛みで幻覚の類いでないと判断して、聞いたことのない高い声だと認識して——そこでもう白の胴体は、細いワイヤーの先に取り付けられたアームに掴まれていた。

「な——! きゃ、っ……!」

 力任せに釣り上げられるが如く、機体は中に乗ったままのメイナス諸共上空へ飛ぶ。その動きはあまりに乱暴で搭乗者の身など全く考慮していない。事実、メイナスも悲鳴を上げることさえままならない。

「メイナス!」

「やっと捕まえたっ! 勝手なことしといて巨人を見ただけで成果ゼロなのに機体ぶっ壊した能無し顔付き! おかしいと思ったんだよ、ヤルダバオトからの直接命令用のパーツの納品数が合わないんだもん!」

 ワイヤーを辿った視線の先にいたのは先ほど見た黄金の機神兵とも異なる新たな顔付きだった。姿は人間の女性をそのまま数倍の大きさにしたかのように細身でしなやかなものだ。雑に言えばスタイルの良い細身の女性のボディラインを機械で再現している。

 白は腰回りのスカート状のパーツにより女性らしさを表現していたが、それとはまた違った女性らしさを強く印象付ける。聞こえてくる声とは裏腹に非常に妖艶なシルエットをした機体であり、何より機体を象徴する色はこれまでに出会ったことのない紫であった。

「さ〜あ帰ろっ! やっぱりホムスなんてカス種族の自我残して組み込まなきゃよかったんだよ! 実験だかなんだか知らないけどエギルもよく分かんないよねぇ〜。自我なんて全部消しちゃえばいいのに、黒も白もみーんなカス!! 生きてても価値無し、死体を有効活用してやってんのに無能!! アッハハハハ!! 存在する意味無さすぎ!!」

 ——あんな顔付き、知らない!!

 この場で最も混乱していたのは(エイル)だったのかもしれない。自分のほとんどを構成するこの世界群の知識と記憶のどこにもあんな存在は無かった。そればかりに気を取られ、メイナスとフィオルンが連れていかれる現実にさえ理解が追い付かない。仲間が、シュルクが駆けだして、届かないと分かっておきながらも死に物狂いで手を伸ばして、切れた頬から流れた血液と堪えきれなかった涙を散らして。

 シュルクの目の前からまた彼女が消えていくなんて経験をさせておきながら、この時の俺は自分の感情への処理で精一杯な愚者に堕ちていた。あとほんの数秒でも我に返るのが早ければあのワイヤーを断ち切れたかもしれないのに、無様な姿であろうと彼女の身を抱きしめて機体から引き剥がせたかもしれないのに。

「返せ!! フィオルンを返せええええぇぇえッ!!」

「……アァ!? 何!? モナド使いもいたの!? ——クソッ! くそ、クソくそクソクソくそッ!! いるなら殺せばよかった!!」

 今までの無邪気な少女のような声が一変する。一瞬の内に数十年の時を経たかのような凄みを含んだ低い声で紫は喚き出した。

「ムカつくムカつくムカつくゥウゥウウウッ!! やっぱり(こいつ)と一緒に頭ぶち壊して脳みそぶちまけてやりゃよかった!! 何で生きてんだよ!! 生まれたことが間違い種族なんだから生まれた瞬間に自分で舌噛んで死ね!! ホムスってだけで価値ない生物のくせにモナドまで持ってやがるとか存在する価値なんて糞もねェんだよ!! ゼロ未満の価値がよぉオォおおおォオォオぉおッ!! 消滅撲滅抹消没却湮滅(いんめつ)死ね死ね死ね死ね死ねゴミカスがアアアアアッ!! ゲロカス巨神から飛び降りて海面に叩きつけられて全身破裂させて死ね!!」

 シュルクもエイルも初めて遭遇した存在にここまで罵詈雑言を浴びせられる謂れはない。強い言葉で否定された衝撃よりも雰囲気が豹変するほどに憎悪を向けられる困惑の方が遥かに大きかった。

「——あーもう! 燃料帰る分しかない! 燃費悪すぎ! アタシのもホムス喰って回復できたら良かったかも!」

 声色が戻る。少女を思わせる高い声で紫は飛んでいく。

「あーでもアタシの機体にホムスのドブの血吸わせるのは可哀想か。おら白のゲロカスホムス! 帰ったらパーツ取り付けるからね! テメェのそのきったねえ手できったねぇ同族い〜っぱい殺してもらわないと!! 白が赤になるまで頑張ってもらっちゃおっと!! キャッハハハハハ!!」

 

 残されたのは白い顔付きが連れ去られた事実だけ。 何かが変わったのか、何も変わってないのか。

 俺の行動に本当に意味はあるのか。強く願おうとも傍観せずに手を伸ばして抗おうとも、過程こそ変われど結末が変わらない。

 

 考えるのももう、嫌になってきた。

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