***
ガラハド要塞の裏口に到着するまでに改めて緊張の糸を張り直す。会話を聞かれないようダンバンに誘導された結果離れてしまっていた仲間達の背にも無事追いついた。
真ん中にいた三人からはシュルクとダンバンが揃って遅れたことを珍しがられた。ラインは何も言わなかったが首だけで振り返り、俺達の目をはっきりと見てにやりと口角を上げた。「バレたんだろ?」とでも言いたそうだ。
雑魚機神兵とは最低限の戦闘しかしていない。黒以降は顔付きとも遭遇せずに済んでいるのも運が良いと言える。
全員が十分な体力を残して突入しようかと言った瞬間にそれは訪れた。
歩み寄ってくる白い顔付き。次の瞬間に彼女は今まで一度たりとも手にしなかった双剣を把持し、切先を此方へと向けている。しかし強く持った手とは裏腹に、
事態を把握することさえままならず、ぶつりと映像が乱暴に切り替えられてしまう。崩落する要塞の一部と、抗う素ぶりの一つさえせずに力無く頭から落下していく——彼女の機体が。
「フィオルン……っ!」
思わず声が出てしまったのも無理はない。何度見たって慣れるものではないだろう。
悲鳴は仲間達の耳に引っかかり身体を振り向かせた。ラインとダンバンはシュルクが何か見たことをほぼ確信している。
シュルクにとって大切な人、ラインにとっても幼馴染、ダンバンの最愛の妹。だからこそシュルクは告げるか迷っていた。見た光景をありのまま伝えるのは彼らを不安がらせるだけではないかと。
しかし俺がいる。伝えぬより伝える方が圧倒的に良いと俺は判断した。
「要塞の中に白い顔付きが確かにいました。フィオルンはあの中にいます」
頷いたダンバンに促され、シュルクに割り込ませないよう続けて一気に話していく。
「でも様子がおかしかったんです。双剣を僕達に向けていたことと……何より要塞が崩れて——機体ごと落ちていくんです」
一同が息を呑んだ。頑強な顔付きの機体と言えど要塞からただ身を任せて落下していけば、遙か下に広がるエーテルの海に叩きつけられて機体も中の身体も弾け飛んでしまう。
確かに不安だろう、恐ろしいだろう。しかしその最悪の未来を回避出来る可能性が秘められた唯一の手段こそが未来視ではないのか。
「どういった流れでそうなるかはまだ見えません。でも
もとより彼女を取り戻す為に乗り込んだのだ。変な遠慮や配慮などもう仲間達には必要ない。望まない未来なら変えるまでだと皆が強く頷いてくれた。
「要塞の崩落に巻き込まれるのは簡単に言ってしまえば阻止してしまえばいいが……」
「武器を向けてたってのが気になるわね。今まで彼女は攻撃どころか武器さえ持たなかったもの」
ダンバンの呟きをカルナが繋いだ。誰かが傷ついたり死んでしまう未来は何度も阻止しようと繰り返してきたのだから、そちらは我々がありとあらゆる手段を用いて防げば問題ない。言葉にするのは容易で実行するのは困難だがそれしかないので仕方ない。
となると今見た未来視の中で最も不自然なのはカルナの言う通り、武器を向けている白い顔付きの姿だ。
「あのメイナスって奴、やっぱり敵だったんじゃ……」
ラインの懸念も理解できる。互いを信じたいとゆっくり歩み寄ろうとしてはいるものの、フィオルン本人ではないのだから完全に心を許すまでに至らないのは当然だろう。
「その可能性も否定できんが——。
「ヴァラク雪山でいきなり現れた紫の顔付きが妙なことを言ってたんです。直接命令用のパーツがどうとか……」
黒にせよ白にせよある程度の自由行動を許されている機体はいる。しかしメイナスはエギルと正反対の目的で動いている。命令役と実行役の目的と手段が偶然一致したムムカとは前提からして違う。全機神兵のトップに君臨する黄金の機神兵の命令や監視を彼女は受けたくないはずだ。
記憶が間違っていなければメイナスの魂の転送も秘密裏に行われていた。メイナスの協力者であるヴァネアはそれが実行できるだけの自由と権限があるということだ。恐らくはエギルの制御下に入らないように画策してくれていたのだろう。
「それに紫は強引に白を連れ帰ってました。あれが紫と白の口裏合わせで要塞に誘い込む為の演技だと疑うことも出来ますけど……。でもメイナスが
『僕もエイルに同意する。メイナスの声はずっと優しかったよ。フィオルンの魂も大切にしてくれてるって伝わってきた。僕は彼女を信じたい』
「危険を冒してまで会いに来た彼女を信じたい。そう思っています」
答えを聞いたダンバンは満足そうな笑みを力強い表情のまま浮かべた。そこに裏切ったのではないならばとメリアがもう一つの可能性を呟く。
「つまり……何者かに操られているかもしれない、ということだな?」
「うん。機体が外部から操作されているのか搭乗者のメイナスが直接操られているかまでは分からないけど」
「ならば二重の意味で助けねばならぬな」
「そうだも! リキの鼻もウソツキさんのニオイは感じてないも!」
「おっさんの鼻が優秀なのかは知らねえけどよ……。それなら俺も信じるぜ。分かんないなら直接聞けばいいんだしな」
余計な迷いやメイナスの認識への食い違いはもうない。他の機神兵に見つからぬ前に急ぎ裏口からいよいよガラハド要塞へと乗り込んだ。
裏口はエーテル流入口に繋がっていた。そこを抜ければいかにもといった機械群の要塞が我々を出迎える。地図など当然持ち合わせていないからここからはしらみ潰しに探していくしかない。
一つ一つの空間はそこまで天井が高くない。おかげで配備されているのは自ずと顔付き以外の小型から中型の機神兵に限られ、見つかってもその都度即座に破壊するだけで済んだ。余裕があれば反応を示さなかった機神兵も全て破壊し機神界側の戦力を削いでおきたいところだが、それではフィオルンの救出と脱出にかけるだけの体力が持たない。連合軍の戦力を信じてそちらに期待することにした。
整備室や補給室の探索後下層に向かう。そこはエーテル溶鉱炉の管制室だった。見たところ機神兵へのエネルギー供給が行われる場のようだ。ガラス越しに見える巨大なピストンの稼働を見てシュルクがある点に気がついた。
「あれを止められれば溶鉱炉の機能を停止できるかも……」
態々溶鉱炉を破壊せずともエーテルエネルギーの供給が断てる。しかもこの場は機械による完全な自動制御だ。顔付きなどの人の手が入らなければまず再稼働は出来ない。
「ならばやるべきだろう。機能停止さえ出来ればしばらくは大部隊を動かせなくなるはずだ。俺達にとっても連合軍にとっても利点の方が大きい」
ダンバンの言葉に一同が頷き、数名程度の塊になり散開する。タービン室を見つけたり、溶鉱炉管理通路に入り込んだラインとリキが巡回中の機神兵に遭遇して驚きの悲鳴を上げたり、うっかりこの場をまとめるリーダー格の機神兵である氷河のエイコーンに見つかったり——結構大騒ぎしたのだが結果として無事にピストンは停止できた。
またピストンの停止が溶鉱炉の奥にある扉のロック解除も兼ねていたらしく運良く先に進む道が開けた。変な仕組みだ。
『事故防止なんだよ。溶鉱炉の稼働中に向こう側から人が入ってこられないようにしてあるんだと思う』
『成る程な。俺達に都合が良いわけではないのか』
『そりゃそうだよ……』
溶鉱炉の先には一つのエレベーターがあった。素直にこれを利用して更に下層へと向かう。
エレベーターの停止した先は薄暗い部屋だった。左右の壁に三機ずつ、吊り下げられるようにして沈黙したままのゾード機が異様な迫力を放っている。動いたりする気配が全くないことからハード部分のみで、中に人が宿されていない機体と思われる。
しかしその手にはあの腐敗エーテルを充填した槍がしっかりと握られている。この機体に人間が組み込まれたらすぐにでも出撃させられるようにしてあるのだろう。
そこへ突如高い警報音が響き渡ると同時に左右の扉が開かれた。扉からは小型の機神兵が虫の大群を思わせる勢いで迫る。反射的に正面へ走り出した。壁を背にすれば戦いやすいだろうとの判断ではあったが、悔しいことにそれは壁ではなかった。
鈍い黄金の扉が上へと持ち上がる。視界に飛び込んできたのは白銀の機体——探していた
彼女は何も言わなかった。黙って双剣を引き抜き優雅な足取りで、そして迷いなく真っすぐシュルク達にその剣を振りかざした。
「俺達は護衛する他の機神兵を排除する! シュルクはフィオルンを頼む!!」
ダンバンの指示で一斉に抜刀し戦う覚悟を決める。シュルクも微かに涙を目尻に滲ませつつ"
こちらから白い顔付きに攻撃は一切しない、出来ない。彼女が振るう双剣をとにかく防ぎ続けるしかシュルクには選択肢がないのだ。
シュルクの心を余計に抉ってくるのは双剣の動きがかつてのフィオルンが得意とした戦い方と同じことだった。顔付きに搭乗している以上大きさこそ数倍ではあるが、動きの一つ一つのせいで彼女本人と刃を交えている錯覚が襲ってくる。
信じている、フィオルンもメイナスも絶対に望んでシュルクを傷つけたりしない。でもこんなに躊躇なく刃を向けられ、明確に心臓を、頭を、首を狙ってくるのではまるで彼女が己の意志で機神界側につきモナドの後継者たるシュルクを忌み嫌っているようではないか。
「フィオルン!! メイナスも、何か答えて!! お願いだ!!」
左の首筋に冷たい殺気を感じた。最早無意識で"
状況は非常に宜しくない。シュルクは防戦一方であり何より白い顔付きを傷つけることを恐れている。にもかかわらず白い顔付きは敵と対峙しているものとして攻めてくる。このままでは迷いから生まれた隙を突かれるのは遠くない。
まずはどうにかして相手の動きを止めねばならない。
『"
『だけど……っ! そんな思い切り縛り上げるのなんて!』
『可哀想だとでも言うか?
——見誤るな!! シュルクの目的は何だ!! フィオルンを連れ帰ることだろう!!』
『縛り上げて機体を砕いて、フィオルンまで傷つけたら意味ないだろ!! 機体のダメージは中の人間にまで伝わるんだ!!』
『だからそれが見誤ってるって言ってるんだ!! お前はこのまま鈍った頭で迷ったまま戦い続けて身体の動きまで鈍らせてダメージを喰らった挙句——"フィオルンの手"で"シュルク"を傷つけさせる——いいや、殺させる気か!!』
『……っ、そんなの……!』
シュルクの精神が揺らいでいなければ"封"に頼る必要はない。回避と防御だけで対処しながら呼びかけ続ければ良いだけだ。
『確かに心身無傷で取り戻せるなら理想だろうさ! それが不可能だった場合は!? より守るべきはどっちだ!! お前はフィオルンを泣かせたいとでも言うのか!!』
『そんなわけないッ!! フィオルンにはずっと笑っていてほしいッ!!』
『なら歯を食い縛れ!! 人を斬る覚悟を都合良く彼女にだけ適用しないなんて甘ったれるんじゃない!! 目先のことに気を取られて一番大切なものを見失うな!!』
「——う、ううっ……うああぁああああああァァアアッ!!」
絶叫と共にモナドが振り抜かれる。アーツの詠唱こそ無かったが刀身には明確に"封"の文字が浮かび上がっていた。
白の足元から飛び出した紫紺の鎖は一本一本に意志がある触手のように両脚、胴体、両腕に巻きつきその身を拘束する。硬く編み込まれたエーテルの鎖はみちみちと音を立てて白銀の機体に食い込む。これ以上ほんの僅かでも出力を上げれば途端に機体は弾け飛んでしまうくらいに強力であるが、その寸前の力加減をシュルクは必死に保っていた。
「ごめんっ……ごめんねっ……! お願いだ、君が今どうなっているのかだけでも答えて! 貴方が敵じゃないって信じてるから!! どうか!!」
いつの間にかシュルクの周囲に仲間達も集まっていた。白の護衛役だった機体は全機沈んでいる。第二波が強襲してくる様子もない。残ったのは白い顔付きだけだ。
白と真正面から向き合ったままラインとダンバンは必死にフィオルンの名を呼び続け、カルナやメリア、リキは祈るような眼差しで白い顔付きを見つめている。それでも白は答えない。鎖から逃れようと金属が軋み、表面が削れる音を立てながら微かに
「——カス種族のゲロ茶番っ! 目も耳も腐っちゃいそう!!」
空間に一等高い声が響く。初めて聞くものではない、忘れるわけもない。ヴァラク雪山でメイナスを連れ去った——。
「紫の顔付き……!」
白の背後に降り立った紫は機体の周りを舐めるようにして頭部を動かす。機械の動きであるのに妙に
展示された商品を眺める少女のような軽い足取りなのに紫の振る舞いには微塵の隙もない。此方に背を向ける瞬間こそあれど、まるで背面にまで目玉がびっしりと埋まっているように見えない視線が俺達の指先の動きまで監視している。
「う~わ、モナドの鎖ついてるよ。キッショ。こんなのついたら折角の一点ものの機体が腐っちゃう。触りたくないな〜、でも取れないしな〜。あとで洗えばいっか」
紫が人差し指を鎖の一本にかける。
「ねぇ白いのぉ? 監獄島で成果ゼロで帰ってきた挙句独断行動って無能もいいとこだよねぇ? せ~っかく同族殺しをさせて花を持たせてやろうってご丁寧にアタシ達が機体を操作してやってんのに、この体たらくはなぁにぃ?」
ゆっくりと、鎖にかけた指に力が込められていく。
「もうさぁ、スクラップだよね! あ〜……プレス機で一発じゃ面白くないね。あれは味気ないよ、悲鳴の一つもないのは本当につまんない。
そうだ! 解体ショーとかどお? このゲロカス達全員捕まえてダルマ状態にでもして目の前で見せてあげちゃおうよ! 機体に乗せたまま関節一個ずつ壊して、機体が駄目になったら引きずりおろして本体殴ってぇ~。安心しなよ、体には手出さないでおいてあげる。顔面だけぼっこぼこにしてあげるから!! んで、最後に眼球ぶっ潰すついでに脳みそぶちまけちゃうの!!」
残虐なことを恍惚とも言える声色が紡ぐ。同じ知的生命体としてではない、娯楽の道具や手段として一人の命を扱う愉楽に満ちた声が脳の奥を不快に揺さぶる。
「ああでも盟主サマは慈悲深いらしいよ。ここでこいつら全員アンタの手でぶち殺せば帳消しにしてやるって!! エギルも甘いなぁ。無能って判断した時点で首引きちぎればいいのに……」
鎖が伸びる。これ以上出力は上げられない。先に白の機体が砕ける方が先だからだ。
「——だからよォ!! テメェの手でこいつら全員ぶち殺せっつってんだよ!! アタシにゲロカスホムスなんて触らせるんじゃねぇよ!!」
ぶちんと、鎖が弾ける。
「おら、行きやがれ能無しがァアァアアッ!!」
紫が白の背を蹴り飛ばした。乱暴で急激な加速のまま突っ込んできた捨て身の体当たりを咄嗟に展開した"
白は止まらない。体勢を起こして再び攻撃を開始する。その動きはもう滅茶苦茶だった。目に入る動くもの全てを無差別に、そして完膚なきまでに潰そうと高速かつ不規則に刃を振り回している。
「お前がフィオルンを操ってっ……!」
防御壁の強度を落とさぬままシュルクが紫を睨みつける。瞳にもう迷いはない。今の白の行動は全て紫によって強引に仕向けられているだけで、彼女の意志によるものではないとはっきりしたからだ。
どうにかして白にかけられた呪縛を解きたいが、"封"で拘束されていた反動かと言わんばかりの猛攻では必死に耐えるしかできない。"鎧"さえ維持できれば理論上拮抗したままにはできる。しかし遅かれ早かれどちらかが限界を迎えるのは想像に容易い。
故にダンバンは苦渋の表情で声を張り上げた。
「やむを得ん……。お前達、ここは一度引き揚げ——」
「いいんだぁ? 逃げるんだぁ? やっぱりホムスって最低最悪の生物! 同族意識もないんだぁ!!」
「何を——!」
「ハイエンターだからとかノポンだから違うとでも言いたいィ!? ぶぁあああああっかじゃねぇええのぉおおお!? 巨神界にいる時点で同族同罪!! 吐瀉物汚物ゲロカス巨神ごと滅ぶしか未来は無いに決まってんじゃあああん!!」
「貴様……ァッ!! 我らを……巨神界の生命を愚弄するな!!」
「あーはいはい。カス巨神界の人間の発言に重みはないの。価値もないから。今すぐ永遠に黙ってろ。
あ、そうだった。聞いてたでしょ? テメェらをぶち殺せばスクラップはしないであげるって言われてるんだよぉ、この白いの。……これでも分かんないなら馬鹿って表現さえ馬鹿に可哀そうだよねぇ! キャハハ!!」
全員の息が止まる。
ここで自分達が逃げてしまえば白は同族殺しを果たせなかったことになる。つまり白は無能の烙印を拭えなかったものと見なされ廃棄処分される。本当に、今度こそ本当に、殺される。
白を殺したくないなら潔くこの場で死ね、生き残りたいなら白を自分達の手で殺せ。
「……ま、逃がす気も無いけど」
紫が細い指を鳴らした。
「テメェらは本当にここに来るまで監視の目を搔い潜ってこられたとでも思ってる? 思ってるからのこのこ来たんだよねぇ!」
開いたままの左右の扉から機神兵の軍勢が押し寄せる。十、二十……否、優に三桁はいるだろう機械群が雪崩れ込んできた。雑魚に負けるつもりもないし今更負けるわけもない。だがこの物量はいくらなんでも——!
「見逃してやってたに決まってんじゃん!! ばーかばーか!! ゲロしか詰まってない脳みそは考えることも出来ないもんねぇ!!
——さ~あ、汚物処理ショーの始まり始まりぃ!!