紫の叫びを合図として大量の機神兵が大波の如く一斉に飛び掛かった。今もまだ"
だがこのままでは攻撃に転じることも不可能だ。中にいる仲間を守ることは出来ても障壁は障壁でしかない。外と中を隔てるものは外部からの侵入を防ぐと同時に内部からの脱出を阻害するのだ。
此方の焦りなど露知らず、機神兵は次から次へと障壁に張り付いて視界を埋め尽くし奪っていく。生理的嫌悪、物量による恐怖、閉塞した場になっていく急激な変化の全てが混ざり合い皆から正常な思考と判断を奪っていく。
「壁を大きくして吹き飛ばせないの!?」
「それだとフィオルンまで吹っ飛んじまうって!」
「私が土と氷のエレメントで一時的に代用のバリアを構築する! その間にモナドの障壁を解除して刃で薙ぎ払うしか……!」
「駄目だっ……! フィオルンの位置が分からん……。闇雲な攻撃では——!」
「みんな見るも! 壁にヒビが入ってるも!! リキたち潰されちゃうもー!!」
——どうする、どうするどうするどうする!!
アーツの同時使用は可能かもしれないが"
いや、全て無理だ。そもそもシュルクの意識を"鎧"以外のアーツに割いた瞬間に障壁は砕け散り、一瞬にして機神兵に押し潰されてしまう。今のシュルクの精神力は壁の維持で精一杯だ。
「——逃げ、て……ください……!」
不意に正面の視界が開ける。現れたのは白い顔付きだった。障壁に攻撃を加えながらも、その部分に張り付いていた他の機神兵を弾いてきたのだ。
胸部がゆっくりと開く。顔付きに組み込まれたままの
「言った通りに、この機体は……っ、操られているのです! 私のことは捨て置き、く、ぅっ……、
「出来るわけないじゃないか!! そんなことしたらッ……貴方が……貴方も、フィオルンも殺されるんだ!!」
「承知の、上、です! それに……機神界の者に、"私"は殺せません……!!」
「だからって!!」
「哀れなものだ」
ヴァラクで聞いた声が
「なまじその力さえなくば、この機神界まで乗り込んでこようとは思わなかったであろうに。力がある故に身の丈に合わぬ蛮勇を冒し、最後には親しき者の手で刈られるとは」
声に応じるように白以外の機神兵が引き、散っていく。白の刃だけは障壁に食い込んだままではあったが、どうしてか窮地を脱したことに疑問が湧き上がる。
それは紫も同じであったようで、金切り声を上げながら声の主に文句を投げつけていた。
「ちょっとエギル! 何すんの! あのまま圧死させられたのにさ!!」
「お前に要塞にある全機の操作を許可した覚えはないぞ、サリゴ」
サリゴ。やはりその名に聞き覚えはなかった。これまでの発言からして巨神界にいる種族ではなくエギル同様に機神界側の人間だと思われるが、実際に搭乗している人物を見なければ正確な判断は難しい。
仮に機神界の人間だとしても、考えてみれば紫の存在そのものは全く不自然ではない。心優しき機神界人はエギルの壮大な巨神への復讐を止めようとするものがほとんどであったが、全ての者がそうである保証などどこにもない。少数、下手をすれば一つの大きな勢力としてエギルの行いに賛同や加担をする者がいる方が寧ろ自然ではないのか。
「ちぇ、操作権限を制限しないのが悪いんじゃん。アタシだっていじれるんだもん。おもちゃあるんだから遊びたい~!」
「お前は帝都に帰還せよ。遠距離特化の
「ええー! このカスどもはどうすんのさ!」
「手段があるから私がいる」
「あー……アレかぁ。じゃあいいや。かーえろっと」
あんなに巨神界の生命体に憎悪を向けていたにもかかわらず紫——サリゴはあまりにあっさりと去っていった。接触はたったの二度しかないが、彼女は己の欲望に忠実すぎる人物に見えた。しかもあの憎悪からして、この場の巨神界の者達の結末を見ないまま帰るなどとんでもないと駄々を捏ねるような人物に思えてならない。それこそ百パーセント我々が死ぬと確信でもしない限り。
つまり今のやり取りでその百パーセントを——。
「
言葉は二つの箱を開いた。一つはシュルクの
駆け出していた。二人が別々の箱の中身を見ながら全く同じ目的を持って。
視界の端でモナドの光が消える。背には頭上に出現した黄金の機神兵より放たれた青い波動を受けて。モナドから生まれし障壁も消えて、食い込んでいた白の刃が進み出す。
真っすぐ、この上なく美しい直線を描いて、その先にあったのは、親友の、頭。
絞り出された音は自分自身さえ聞いたことのない
絶望の未来を拒む勇ましき咆哮だったのか、死神の手が親友の首を掴みかけていた光景への悲鳴だったのか、それとも。
——白の刃が、背を斬り裂いた痛みに耐えかねての絶叫だったのか。
「カルナッ!! 頼む、早く!!」
ごめん。乱暴に押し倒すみたいになって。背中、痛かったろ。
「あ、あぁ……! シュルク……! そんな……っ!!」
そんな顔、しないで。貴方は何も悪くないから。自分の身なんて二の次で、逃げてと言ってくれた貴方を、誰が、責められようか。
「驚いたな。フェイスとされたホムスにこのような力があるとは。しかし我が支配から逃れることは不可能だ」
背中、熱い、それとも痛いのだろうか。いや、やっぱり熱いかも。熱い、あつ……つめたい、きもちいい、あ、カルナ、うん、ありがと。
「どうして……! どうしてッ!! ここまでの非道をっ!!
メリア、ありがと、う。怒ってくれて、フィオルンも、メイナスも、君の言葉で、少しは、心が軽くなってくれると、いいな。
「知りたくばお前も我が配下となるがいい。この者と同様に機神界の身体で巨神界へ攻め込む時、その行為の意味するところを教えてやろう」
だい、じょうぶ。まだ、立てる。カルナの治療は誰よりも効くって、よおく、知ってるから。
「馬鹿ッ! 無理すんじゃねえ!!」
立つんだ、立たなきゃいけないんだ。彼女を取り戻す為に、ここまで来たんだ。
「モナドが使えぬお前に何が出来る」
モナドは世界を構成するエーテルの波動を制御する器物である。それと相反するものをぶつけられると波動が相殺されて起動状態を維持できなくなる。その相反するものこそがアポクリファだ。
「モナドを渡してもらおう。碌に動けぬ貴様に効力を失った武器があっても無用の長物に過ぎぬ」
「断、る——! 本当にモナドが無力なら、ッ、お前が欲しがることもないはずだ!!」
「やはり哀れだな。モナドが在る意味さえ知らぬままここまで来て、ここで散る。
情けだ、選ぶといい。我が拳に貫かれるか、旧知の者の手にかかるか。貴様の意思を尊重してやろう」
モナドの加護を失った人間は酷く弱く、小さく、脆かった。
ラインとダンバンの武器は機神兵の装甲にも攻撃が通る。いつの話をしているのだ。それはもう顔付きが現れる前までの話に過ぎない。相手は黄金と白の、顔の付いた二機の機神兵だ。雑魚とは比べ物にならない頑丈な装甲の前に、モナドの後ろ盾を持たぬホムスの武器が歯など立つわけがない。
エーテルで攻めたら良いだろうか。エーテルの攻撃であれば装甲を無視して内部まで直接波動が到達する。雷のエレメントなど特に効果的であろう。人がいるのに? 愛しい君がいるのに?
霞んだ視界で見えたのは黄金の機神兵の右手に集約される青い光だった。
自分を中心として戦っていた仲間達は例外なく倒れてしまっていた。息はあるけれどもう立ち上がることも武器を握ることも出来ない。雑魚に身を引き裂かれるか、光で肉の一片さえなく吹き飛ばされるか。どちらが早いのかを黙って待つしか出来ない。
自分だってモナドを支えにして辛うじて立っているに過ぎない。背中の痛みはまだ消えない。焦点は合わないし思考も上手く回らない。こんなに激しく呼吸をして肺に空気を送り込んでいるのに身体が動かない。指先が酷く冷たくて、力を入れ過ぎたのか痺れてきた。
終わりたくない。こんなところで終わっていいはずがない。踏ん張らないと、もう一度モナドを起動させて、メイナスに頼らないで白にかけられた呪縛を解いて、君と一緒に帰らなきゃ、君をこの子のそばにかえらせなきゃ。
いたい、背中、いたい。傷は塞がったのに、血はもう流れていないのに。いたい、いたいよ。また、あの公園で、君と。踏ん張らなきゃ、力をいれなきゃ、いたい、はいんない、いたい、いたい。
せなか、
きみといっしょに、
——いたい、なあ。
***
白を縛る支配の呪縛は強固だった。メイナスの抗う意志を持ってしても振り払うことの出来ぬ、あまりに固い意志だった。
メイナスは知っていた。エギルの想いの強さが支配の強さと直結していることを。己であっても容易に押し返せぬほどに強い想いを抱えていることを彼女は誰よりも知っていた。愛する機神界の民だから、自分より生まれ出た大切な子の一人だったから。
しかしメイナスの愛は機神界に限らなかった。彼女は今も昔も変わらず巨神界の命も機神界の命と同様に、等しく愛していた。立つ大地は異なれど肉体を持ち、心を持った存在として守り慈しみ、育てていくべきだと心の底から今を生きる尊き生命達全てを想っていた。
だのに私の目の前で起こる事象は一体何なのだろう。
機神兵が巨神界へ攻め入り、蹂躙して巨神界の人を喰っている。私の愛する子がもう一つの愛する世界の子を殴りつけている。
——……、……や……!
私では抗えないのか。私ひとりでは愛する子を再び笑顔にすることさえ出来ないのか、誰かの愛するあの少年が涙を流すのを見つめるしか出来ないのか。
——シュ……、……な……で!
神とはこんなに力のないものだったのか。ヴァネアの手を借りることでようやく復活を果たし、名も知らなかったホムスの少女の肉体を依代とせねば活動さえ碌に出来ない。強大と言えど無限ではない力では、届かない。
思うように動かせない身体が腹立たしくて、耳に流れ込む人々の悲鳴も聞きたくなくて、巨神界の生命を奪っていく機械の手を見せつけられて。
かつての戦いと何ら変わらない。立場が反転しただけで、ささやかに生を全うしたい何よりも優先されるべきものがまた踏みにじられている。
——シュ……ク! 死ん……嫌!!
耳鳴りも、酷くて。知らぬ声が、どこかから——。
『お願い!! シュルクを、みんなを助けて!!』
目を見開いた。
耳鳴りなどではない。己の内から溢れ出した誰かの声がメイナスの胸に直接響いた。
「貴方は……!? いえ——
ずっと胸の内にあった微かな温もりが急激に熱を帯びていく。否、もう温もりなんてか細いものなどではない。確かな鼓動が、巨大な火柱が、意思の光が目を潰さんばかりに輝いている。
「どうか私に力を貸して……! お願いします!!」
『ええ! 誰も……誰も死なせない!!』
機械の身体さえ溶かしそうな熱いものがメイナスの両手を強く、強く握り込んだ
***
轟音が脳を揺らした。
霞む視界の中でそれだけがはっきりとした輪郭で映し出されていた。
白銀の機体が黄金の機神兵に両の刃を力任せに押し付けて地面を滑らせた。開いた胸部から見えた君が、僕を見て——。
「みんな! 今のうちに逃げて!!」
ずっと、聞きたかった声が。
「『フィオルン!!』」
背中、すっごくいたかったのに。
「我が支配から脱しただと!?」
立て、る。まだ、僕は戦える。
変だな、ほんの数秒前まであんなに震えていたのに。
「たとえ貴方の"想い"が強大でも、思うがままにさせておくことは出来ません!!」
怖くなかった。モナドはまだ沈黙しているのに、僕の手を握る君の手の中に答えがあると分かっていた。
『相反する波動がぶつけられ尚且つモナド側の波動と釣り合っているからモナドは起動しない。それを超えるだけの出力があればアポクリファなんて強引に踏みつぶせる』
『もっと分かりやすく。もっと、簡単に』
モナドの青いエーテルラインが流れ出す。柄から切っ先へ淀みなく、迷いなく。溢れ出る僕らの想いがエネルギー流路を破裂させん勢いで加速度的に駆け巡る。
『念じろ。モナドを使いたい……いや、ぬるい。シュルクが今どうしたいか、この場で今最も何をすべきでどうなってほしいか考えて——叫べ!!』
——うん!!
***
「つけ上がるなッ!」
黄金の機神兵の尾が白を吹き飛ばし壁に叩きつける。エギルは支配を脱した顔付きに対してもう一度制御という力で従わせるのではなく、僅かなイレギュラーをこの場で消去する判断を下した。地に倒れ伏す巨神界の者は放置しても問題ない。先にこの白い顔付きの独断行動と暴挙を己が機体の拳で捻り潰し、存在そのものを抹消する方が先だと再び拳に光を集約させる。
「『させるかあああァアアぁあァッ!!』」
その腕を正面から殴りつけた。モナドが、
「な……馬鹿なッ!! アポクリファの影響下でモナドが起動できるなど……!!」
「シュルク……! 貴方の意志は……!!」
エギルとメイナスの驚愕の声が出し切られる前に
「もう二度と失うもんか!! お前にフィオルンは殺させないッ!!」
全体重をかけながらアーツを"撃"へ切り替える。モナドの刃が真っ赤に染まった瞬間にシュルクの身と黄金の顔付きは互いを弾き合う形となりそれぞれ後方へ飛ぶ。反射的に閉じた瞼を即座に開き黄金の顔付きを捉えたまま着地、次いで"
「ぬう、ぅウゥッ……!! 何故アポクリファの
黄金の機体が大きく揺らぐ。機体を揺らがせた外部からの衝撃は当然モナドを挟んで接触しているシュルクの腕にも伝わってくる。何事かと衝撃の方向を見れば、すぐ隣には白い顔付きが俺達と同じようにして双剣を黄金の胸部へと食い込ませていた。
「私だって
叫びと共に赤い光が白から吹きだす。神剣モナドの持つエーテルと同等のエネルギーがフィオルンを中心として全方位に拡散する。膨大なエネルギーはこの場にいる"人間"の誰をも傷つけなかった。代わりに光を浴びた要塞の各所が次々に爆発を起こし空間を大きく震わせる。
シュルクもエギルも分からない。到底何の力も持たぬはずの少女一人が放てるエネルギーではなかったからだ。
「シュルク下がって!! 私
「っ、駄目……嫌だ!! そんなの僕は望んでないッ!!」
このまま密集していては体躯の差からシュルクが真っ先に弾き出される。それでは彼女の狙い通りになってしまう。コロニー9同様に彼女一人に自己犠牲をさせてシュルクだけが生き残ってしまう! 二度とあってはならぬことを繰り返そうというのか!!
『エギルの注意を俺達だけに!! 短時間でもいい!! フィオルンとメイナスに向ける分の意識を完全に断ち切らせるぞ!!』
『方向は!?』
『背後を取る!! 強引に振り向かせる力をここで生み出す!!』
刃を機体から離した後に"翔"で跳躍、エギルの頭上を通り越して落下する中でモナドに新たなる文字を発現させ、吠えた。
「モナド"
例えるならば不可視のエーテルの鎖とその先の碇。手本はずっと傍にあった。敵の注意を引くのが何よりも得意な一番の親友がずっと俺達を守り続けてくれていたから。
モナドの先から伸びる不可視の鎖を思い切り引き寄せれば、人の身の十倍以上ある機体がいとも簡単に振り向いた。
「捉えた!! 僕が相手だ!!」
「ならば望み通り相手をしてやろうではないか。我が拳でモナド諸共貴様の身を粉砕してくれよう!!」
左右同時に突き出された黄金の両腕を正面から"鎧"で受け止める。普段の発動とは異なり球体状や半球体状にしての展開ではなく、自身の正面にのみ範囲を絞り実物の盾のようにして障壁を生み出した。防御範囲が狭まるのを代償として障壁の強度は何倍にも引き上げられている。おかげで巨体の全体重が乗せられた二つの拳を受けても一つの亀裂さえ走らない。
「甘いッ!!
黄金の機神兵が右脚を持ち上げたかと思えばそのまま力任せに地を踏みつけた。メイナスとフィオルンから放たれ続けているエネルギーで既にこの場は長くないにもかかわらず、要塞の崩壊を更に早めることになろうともエギルはモナドの後継者とモナドそのものを仕留めるつもりだった。
突き上げられる衝撃で身体は軽々と宙へ飛ばされる。必死に空中で体勢を制御しようとする隙にエギルは黄金の右腕を大きく引き、もう一度此方へと空気を裂いて振り抜く。
空中だろうと人間一人の大きさであれば再構築も容易い。もう一度"鎧"で受け止めようと障壁を展開した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
視界の隅、右斜め下より黄金の機体の尾が映った。拳は囮、本命はこっち——!
「ぐう、っあぁあアアあぁアああぁッ——!!」
全身が粉々にされるかのような痛みが駆け巡る。しかしそれも一瞬だった。何とかモナドを尾と身体の間に滑り込ませて直撃だけは阻止したものの、大きすぎるダメージは神経が認識できる許容値を遥かに、そしてあっさりと超えてしまっていた。身体の防衛本能なのか、はたまた神経そのものまでもが粉砕されてしまったのか。単なる物体として宙を舞うシュルクの身は最早ほとんどの感覚を失っていた。
「シュルクーッ!!」
聞こえたのは彼女の声。
感じたのは何かに叩きつけられた衝撃。
でもどうしてだろうか。何かが