ミゴールの頼み
リナーダに連れられ、ジャンクス内にいるミゴールとついさっきぶりの再会を果たす。ミゴールは自身の体躯に多かれ少なかれ驚きの反応を見せていたダンバン達を見て、また満足そうに独特の笑い声を上げた。
「無事に会えたようだな」
「はい。フィオルンも元気になってやっと全員が揃いました」
「ところで我々を待っていたと聞いたが?」
まだ若干の警戒を残したままのダンバンが問うた。敵地に攻め込む時のように殺気は飛ばしていないものの、普段より声の調子がほんの少しだけ強い。だがミゴールはそれに動じなかった。怒りや困惑、不愉快そうな様子なども全く見せず、他者に頼みごとをする者としての丁寧な姿勢で口を開いた。
「その通り。お待ち申していた。ある願いを叶えてもらう為に、とその前に一つ。少年——シュルクの持っている剣はモナドかな?」
シュルクが肯定する。
「ならば大剣の要塞が崩落したのもお主達が?」
今度はダンバンが肯定した。エギルに
エギルの名を聞いたミゴールはどこか物寂し気にその名を復唱する。機神界盟主を名乗るエギルはミゴール達にとっての同胞、つまり当然ながらエギルも機神界人である。そしてミゴールの息子だ。悲し気に吐かれた溜め息の理由がそこに詰まっていた。
直前まで纏っていた明るく愉快そうな雰囲気が一変する。それもそのはず、ミゴールの頼みとは他でもない息子に関することであったからだ。
「エギルを——葬ってほしいのだ」
瞼に隠された瞳の奥が悲哀に揺れたのが見えた気がした。
現在の機神界にはほとんど機神界人は残っていない。かつて巨神と機神が争った時代に巨神によって滅ぼされてしまったからだ。ミゴール曰く、巨神は機神界人の存在が余程許せなかったのだろう。
その巨神と戦ってくれた存在がいた。巨神に対抗できる唯一の存在、この世界に存在するもう一柱の神、機神界を創ったもの、即ち機神。機神は我が子たる機神界人を守る為に真っ向から巨神に立ち向かった。その戦いの果てに二柱の神は互いに深く傷つき、長き眠りに就いた。
「まるで見てきたみたいに言うんだな。それ大昔の神話だろ」
「いやあ若く見られるけど、
「調子いいなぁ。老けてるとか若いとか、俺まだ機神界人の見た目はよく分かんねえし……」
「ひょひょひょ。大昔のこともちゃ〜んと見たよこの目で、うん」
「おいおい! ……マジで?」
「マジ。大マジよ」
大雑把に見積もっても神話の時代は今から数千年以上前だ。下手すれば千では足りず万の域に入るかもしれない。巨神界の者では想像さえつかないほどに昔の話である。
その長い年月を生き続けているのはにわかには信じ難いがあり得ない話でもない。ハイエンターがホムスのおよそ五倍は生きるように、機神界人は巨神界の生命より遥かに長命なのだろう。身体の造りも機械であるから不具合が生じた箇所の修理や交換、新たな部品の取り付けなどが可能な点も大きい。有機生命体である我々では持てない利点だ。代わりに後付けの繰り返しで身体が肥大化してしまうのが不利な点かもしれない。ある意味では身体の大きさがそのまま重ねた年齢と言える。勿論修復をあまりせずに生きてきた者も沢山いる。
「今でもよおく覚えているよ。一人の少女を依り代として地に足をつけ同じ目線で未来を見てくれて、最後には機神界そのものを動かしてまで巨神と戦ってくださった。元来争いごとを好まないのに——メイナス様は儂らの為に戦ってくださった」
「メイナス!?」
七人の悲鳴にも近い驚愕の声がジャンクスに響き渡った。これにはミゴールも、今まで優しさを見せつつ涼し気な表情ばかりだったリナーダも、更にはミゴールの後ろ側で作業をしていた機神界人二名も此方を振り向いて目を丸くしている。
「メイナス様の名を知っているのかな?」
最初に我に返ったのはミゴールである。そこは流石里長か。
「知ってるもなにも、その……」
打ち明けるかどうか迷う視線をフィオルンへと向けた。フィオルンもまた数瞬迷ったが頷いた。彼らなら信じてもいい。もし本当に彼女が"それ"であるならば機神界の者である彼らにとって何より大切なことであるはずだと表情が物語っていた。
シュルクも無言で一つ頷き再びミゴールに向き直る。
「今、フィオルンの中には彼女とは別の存在が宿っているんです」
「もしや——」
「はい。少し前まで私の身体を使っていた存在——その人は確かにメイナスと名乗っていました」
今度は機神界人の面々が驚く番だった。神話に語られる戦いの後、機神メイナスは深い眠りに就いたところまでは判明している。帝都の神殿にて眠りに就く前に言葉こそ受け取りはしたもののそこが魂の安置される場ではない。今どこでどのような状態であるかまでを知る者は非常に限られる。少なくとも隠れ里の者やミゴールは知らぬことであった。
「そうかそうか。運命かなぁ。要塞が崩落してもお主達が無事であったのはきっとメイナス様のお力だろう」
「でも彼女、今は眠ってるのか私の声に応えてくれないんです。私達を守る為に力を使いすぎたんじゃ……」
「メイナス様も完全にお目覚めにはなっていないのかもしれん。仮の復活で急激に力を放出した反動による一時的な休息のはずだ。心配なさるな、お嬢さん」
念の為メイナスの存在と居場所はこの場に居合わせた者のみの秘密になった。他に信頼出来る者も勿論多くいるが下手に情報を広めて予期せぬところから漏れ出し、知られたくない存在にまで流出してしまっては困る。
——但し一番知られたくない巨神にはもう筒抜けである。そもそも監獄島での接触の時点で感づかれていた気もする。
話を戻そう。ミゴールの話を聞く限りではエギルを葬りたい願いに直接結びつかない。立場と話の流れならば葬ってほしいのはエギルなどではなく巨神ではないだろうか。もっともなシュルクの疑問を聞き、ミゴールは深く腰掛けるような体勢で目線を床へ向けた。
「手前味噌だが、エギルは誰よりも優れていた。明晰で逞しく弱いものへのいたわりの心もあった。自慢の息子だったよ。
でもなあ、きっと優しいが故に巨神の行いが誰よりも許せなかったんだな。……だからあやつは巨神への復讐を誓った」
機神界人が巨神にされたように、今度は同じことを巨神や巨神界に生きる者達へ。
「エギルは何の罪もない巨神界に生きる者達をも根絶やしにしようとしている。どれだけ巨神が憎かろうとそれは絶対に止めねばならん」
当然ながら機神界人達もエギルを止めようとした。言葉で、時には多少の実力行使さえ用いて。負わされた傷は癒えぬし易々と巨神を許せもしない。しかし許せないのは巨神とその息のかかった使徒や悪意のある者だけであり、ただ巨神界に生きるだけの大勢まで殺すのは絶対に間違っていると訴えた。
そして止めようとした多くの機神界人がエギルの手で殺された。
「あれにはもう何も見えておらん。メイナス様の教えさえも、な」
現在エギルは機神界帝都にてかつての栄光をたった独りで取り戻そうと、守りたいはずの同胞さえ切り捨てて孤独に戦っている。
「何だか悲しい話だ……」
「何言ってんだよ! そいつが俺達に何をしたか忘れたってのか!?」
「忘れてないよ! 許せるわけもない! でもエギルの生き方は悲しいよ。ラインはそう思わないの……?」
「……分かんねえよ。俺はただ腹が立つだけで、そんな奴の気持ちなんてさ……」
悲しい話。それがシュルクがまず感じた率直な感想だった。怒りや憎しみより先に浮かぶ感情が悲しいであるのがシュルクの強い博愛精神の表れだと思う。大多数の者はまず怒る。シュルクの呟きを拾ったラインが
「だって僕らも初めはそうだったじゃないか。少しだけ、エギルの気持ちも分かる気がするんだ」
今こそ多くの仲間に囲まれているがコロニー9を発った瞬間はシュルクとラインの二人だけだったのだ。復讐は周囲に頼まれたわけでもない。制止されたとしてもそれを振り切って、手を血で汚しきってでも復讐を完遂する覚悟だったではないか。
「僕だってテフラ洞窟で君まで喪ってたら、ダンバンさんが追いかけてきてくれなかったら、カルナやメリアやリキと出会えなかったら、フィオルンを取り戻せていなかったら——。僕だけ残されて独りになってたら、きっとエギルみたいな道を選んでいたと思うんだ」
「シュルクはそんなこと……」
「しないとは言い切れないでしょ。みんなに話したことはないけど、"僕"は怒りに何もかもを委ねかけたことが二回あるんだよ。
一回目は顔付きを斬れるならなんだってする。人を人だと思う心を捨ててでも枷を外したい。二回目は大切な存在以外は死んでしまってもいいから、全てを捩じ伏せられるだけの力が欲しいって願って……人であることをやめかけた」
ラインに限らない。仲間も機神界人も、皆が息を呑んだ。穏やかな少年が、黒い顔付きさえも望んで殺そうとはしなかったシュルクが、人としての道を踏み外しかけた瞬間があったこと自体想像だにしなかったようだ。
「"僕"は何とか踏みとどまれた。二回とも本当にぎりぎりのところで"僕"を"僕"が何とか止めた。だからエギルの話を聞いて、もしもの自分を見てるみたいで……悲しいなって。自分で大切な人さえも捨てて、独りぼっちになって……。すっごく嫌だなって、思ったんだ」
そこで言葉は途切れた。ジャンクスの設備の静かな音だけが空間に充満する。
沈黙を破ったのはダンバンだった。このまま黙っていても話は進まない。ミゴールに対して一つの疑問を投げかけて強引に場の流れを変えた。
エギルを葬りたい理由はおおよそ把握できた。しかし頼む相手が巨神界の者である理由が気になる。モナドは機神界の兵器を容易く破壊できる力を有している。巨神界の感覚で見るならば機神界人も機械と見なされてしまい、その気は無くともここに住む者達まで傷つけてしまうのではないだろうか。
更にモナドはかつて巨神の剣であったと言い伝えられている武具である。エギルもミゴールも、機神界人としての立場からすればモナドとは巨神共々忌むべき対象であるはずだ。直接神話の戦いを見ていたのであれば尚更。
「ザンザ、か——」
ミゴールの呟きに一同から疑問と困惑の短い声が上がる。確かに監獄島で出会った巨人ザンザはモナドを創り出したとかどうとか言っていたが、この流れで出てくる名としてはいささか場違いで唐突に感じられるといったあたりの声音だろうか。
——この人も知っているんだ。あの巨人も被害者だって。
ただ一人、
「まあエギルを葬るにはその力をも借りねばならぬと。それほどまでにあやつの力は強大となっている。そういうことだ」
それ以上はミゴールもザンザについて深くは触れなかった。
『シュルク、ミゴールさんに紫の顔付きについて聞いてくれないか。確かサリゴとかいっていた奴だ』
『分かった。確かに話を聞くとあの人も機神界人っぽいもんね』
ジャンクスを後にしようという空気ではあったが折角の機会だ。俺も知らぬ何者かについて少しでも情報を入れておきたい。
「ミゴールさん。エギルとは全く別のことなんですけど、一つ聞きたいことがあるんです」
既にこの場を去ろうとしていたラインやリキも足を止めた。シュルク以外は皆きょとんとした顔で此方を見つめている。
「何かな?」
「紫の顔付き——サリゴという名に何か聞き覚えはありませんか」
場が凍り付いた。我々は物凄く残虐な奴くらいの認識であるが機神界人にとってはまるで違った。生き別れの親と再会したか、その真逆の親の仇であるかとでも表現したいほどに大きく鋭利な衝撃が彼らに走っていた。
「どこで……その名を?」
「要塞の中でエギルが紫の顔付きをそう呼んでいました。エギルの仲間だと思っていたんですが……」
「そうか……そうかぁ。そこに行ったんだな、あの子は……」
推測通り、サリゴは機神界人である。ミゴール達と同様に神話の時代から生き続けている者の一人だ。巨神と機神の戦いが終わった後は今の今まで行方知れずであったらしい。死亡したのか生存しているのかも分からぬまま。だが存在も名も、絶対に忘れ去られることはない少々特殊な理由が彼女にはあった。
「依り代だったんだよ、メイナス様の」
機神の魂であるメイナスと言えど活動する為には器となる肉体が必要になる。眠ってこそいるものの現に今のメイナスはフィオルンの身体を依代としてこの地に降り立っている。過去に表立って活動していたならば同じでなければならない。
考えてみればそうだ。巨神ザンザはその時代にアガレスの肉体と自我を乗っ取って機神界に攻め込んだのだ。機神メイナスも同条件であったと考えるべきだろう。彼女の場合は協力や共存という言葉の方が相応しいが。
「優しい子だったよ。エギルと同じくらいか……いいや、それ以上にな。何せメイナス様が依代に選び、共に武器を取って巨神と戦った子だった」
どうもミゴールの話と実際に相対したサリゴとの印象が噛み合わない。優しいともあのメイナスが選ぶとも到底思えない性格だった。メイナスのように争いを止めたいどころか巨神界そのものを心底忌み嫌い、完膚なきまでに滅さんとする勢いと憎悪が機体の全身から滲み出ていた。
「ミゴールさん、それ本当に同じ奴なのか? 俺達が会ったのはすげー酷い奴だったぜ。笑いながら俺達を殺そうとしてたし、フィオルンだってスクラップとか顔だけ滅茶苦茶に殴ってやるとか酷いこと言われたの覚えてるだろ?」
「……うん。どうしてあそこまで私達巨神界の人間を憎むんだろうって思ってた。理由はさっきの話でやっと分かったけど……。それに私はたまたま何も酷いことはされなかったけど、彼女の言葉は脅しなんかじゃなかった。本気だったよ、全部」
「というかあの時のフィオルンはまだメイナスだったでしょ? なのにあの扱いはおかしいわよね?」
「いや、メイナスは他の機神界の者の前では名を呼ばないでほしいと俺達に言っていた。サリゴという奴はフィオルンという人間……白い顔付きに乗ったホムスであるとしか認識してなかったんだろう」
「ならばメイナスはどう感じていたのだろうか。かつて依代として選んだ者があのような非道で残虐な行いを、嬉々として口にし実行する姿を間近で見て……」
「リキも怖かったも。すんごく楽しそうな声ですんごく怖いこと言ってるのに……なんか変だったも」
仲間達の会話を聞いていたミゴールは腕を組んで低く唸った。
「争いは人を変えるものよ。——多くは負の方向へ」
ミゴールに代わりリナーダがサリゴについて持っている情報を教えてくれた。
本来の性格は典型的な天真爛漫、純粋といった表現がよく似合う少女であった。依代として選ばれたことに誇りと責任を持ち、機神界だけでなく巨神界のことも気に掛ける我々の知るメイナスに近い思考であったそうだ。
それは二柱の神々の争いが始まっても同じだった。己の世界を護り、巨神を止めようとメイナスと共に戦い続けた。
「それがいけなかったのね。彼女は人よ。神とは根本的に違う」
戦った相手は巨神、世界神の片割れ。人とは文字通り次元が異なる存在と真っ向から相対してどこまで正気を保っていられただろうか。
人々を護りたい。護るべき人々は自分の後ろで傷つき、羽虫が潰されるかの如く次から次へと軽々しく散っていく。砕かれた身体が、流れ出た体液が、弾けた断末魔が豪雨のように降り注いだ。
メイナスの想いに応えたい。神であるメイナスは慈愛に満ちていたけれど彼女もまた神だった。人の限界を超えて終わりも見えぬ戦いに迷いもせずに飛び込みそれをやってのける。自分自身の身体は二の次で、崩壊する寸前を何とか耐えていただけで、痛くて、苦しくて、でも弱音の一つも吐けなくて。
真っ赤なモナドを持つ巨大な男が全てを見下す空虚な瞳を携えて矮小な存在だと言わんばかりに、まるで初めて会ったかのように自分を見てくるのが、いつも見せてくれた穏やかな笑みが全て消え失せた虚無の表情で見下してくるのが——どうやったって我慢できなかった。
「戦いの後にメイナス様の魂は人ではない別の器に移り、そして眠りに就いた。私達がそれを見届ける時には……あの子はもうどこにもいなかった」
恐らく本来人の身では受けてはならない負荷が彼女をああさせた。壊れてしまった方がいっそのこと楽だったのかもしれない。けれど彼女は不幸にも降りかかったそれを耐えきってしまった。耐えきって、壊れずに大きく歪んだ。これも推測には過ぎないが。
「話が随分と長くなってしまったな。返事は急がんよ。まだ疲れも溜まってるだろうし、数日くらいはゆっくりしていくといい」
仲間の再集結と機神界人の存在、メイナスの正体、ミゴールの願い、エギル、サリゴ。随分と多くの情報と感情に振り回された。身体よりも頭の方が疲れている。
答えを出す為に情報を整理する時間も必要である。お言葉に甘えて焦らずにまずは休息を取ることにした。