記録と言えど機神界の歴史と神話に語られる神々の戦争は
「
だからこそヴァネアは再度問う。戦いの前提さえ覆りかけた事実を知っても尚武器を握るのか。始祖の行為は子孫である自分もまた負うべき罪だと考えられる心を持つ者は、一度振り上げてしまった刃をどう処理しようとするのか。
機神界人と機神メイナスが現代を生きる巨神界の者に罪はないと言っても、知ってしまった以上は一方的に被害者面など出来ない。しかし、だからこそ取れる選択肢がある。隠れ里を発った時の想いは歴史を知ってより強まった。
「話し合う余地は残っていると思います。僕一人がザンザの行いを謝ってもエギルは納得なんてしないだろうけど……。でも、お互いの全てを許し合えなくても……僕らも機神界人も傷を沢山負って、大切な人や物を失って涙を流したのは同じだから、突き付け合った矛を引くことはきっと出来る。引かなかったらまた誰かが涙を流して命を奪うことの繰り返しだから、最後の最後まで僕は諦めたくない。
けれど、もし——」
俯き、言葉が途切れる。紡がれずとも空気に溶けていったその先のシュルクの言葉を全員が知っていて、声に出来なかった理由もまた分かっていた。故にヴァネアは悲し気な表情を隠したまま微笑む。
「お気遣い感謝します。その優しさも含めて決意として受け取りましょう」
彼女は先にエギルがいるメイナス神殿へ向かった。シュルク達とエギルが顔を合わせる前に今一度彼を説得する為だ。
同胞として、家族として訴えたとしても彼が変わらぬ時は兄の運命を受け入れる。ヴァネアもまたシュルクと同じか、それ以上の決意を固めたのだ。
神殿への道のりはメイナスが知っている。ヴァネアは個人で持つ転移システムで直接神殿へと移動していたようだが、我々は本来の方法通りに神殿への転送装置を使用せねばならない。人の気配がない帝都を巡り、しばらくすれば黄の光が立ち昇る転送装置に難なく辿り着いた。
急ぎ、足を踏み入れようとした瞬間、突然シュルクが背面からモナドを引き抜く。何事かと問う間もなく、モナドの刃が前方より突如出現した光弾を跳ね返した。弾き返された光弾を避けた何かが頭上を高速で通過して風を巻き起こす。何かはすぐに脚部を地につけ、激しく地面を削る音を立てて静止する。その何かこそが緑のフェイス——ガドだった。
推測だが先ほどの光弾は転送装置の光を視界の壁にして発射されたと考えられる。着弾の寸前まで存在を隠し、相手が気付いた時には既に文字通り目と鼻の先に迫っている為に回避も防御も出来ない。全員とはいかずとも何人かを確実に仕留める為に放たれたものだろう。
だが失敗した。第1セブライ隔壁でガドの砲撃を受けた時と同じ現象がシュルクに起こったのだ。
手はあの日から繋いだままなのに、何かが少しずつ嚙み合わなくなっている。
「ガド! もうやめて!」
「アポクリファ下でそこまで強くモナドの光を発生させられるとはな。やはり貴様は危険な存在だ」
「私達が争う必要なんてないわ! 目を覚まして!」
「その光、明らかに要塞でアポクリファの影響を受けた時よりも増している。危険因子の芽をこれ以上育てさせるわけにはいかない」
「お願いガド! 私の声に応えて!!」
最早ガドはカルナと会話さえしていなかった。エギルの支配下に置かれてしまった精神は恋人であった存在に見向きもせず、モナドとその後継者の排除しか考えられない。
今やその程度でカルナの心は折れない。メイナスの言葉が彼女を強く支えている。深奥にある本物のガドの心は消えてなどいない。再び対峙できた今こそが彼を連れ戻す最大の機会だと知っていたから。
「カルナ、私がメイナスと一緒にエギルの呪縛を解く。エネルギーを溜める時間が要るから、それまでガドさんに呼びかけ続けて。絶対に、諦めないで」
「ええ。お願いね、二人とも」
「うん、任せて。みんなも時間を稼いでくれる——」
「だらだらくっちゃべってんじゃねえよ緑イイィィッ!!」
甲高い声が空気を引き裂く。振り向けば転送装置を塞ぐようにして、あの紫のフェイスが荒っぽく空から降りてくるところだった。
「セブライで始末に失敗してるくせに随分余裕ぶっこいてんなァ!! まだやり直せるとでも思って——るわけないか。そういうの考えられないようになってんだった。エギルのやることよく分かんないんだよな~。失敗したら即処分でいいのに」
「……サリゴ……っ」
「——誰、アタシの名前呼んだの。ねえ、誰。誰、誰、誰誰誰だれ誰ダレダレ誰誰ッ!! 質問に答えられる知能も無いってか汚物共がァアァァアァアァァッ!!」
飛んできた右の拳を"
紫の躯体はフェイスの中で最も細身である。ところが"鎧"から伝わってきた手応えは相当に重たいものだった。物理的な力だけならばエギルの操る黄金の機神兵に匹敵すると言っても過言ではない。明らかに白や赤だけでなく、あの黒いフェイスをも上回っている。生半可な障壁では易々と砕かれてしまうだろう。
正直紫と緑のフェイスを同時に相手するのは難しい。此方側はガドの解放の為にフィオルンとカルナを後方へ下げねばならず必然的に戦力が二人分減る。カルナは呼びかけの合間に支援程度は可能だろうが基本的にはガドにしか意識を割けない。加えて二人を護る役割の者が最低でも一人必要だ。またメリアは前方に出る戦い方ではないことと、あの紫の凶暴さに対処する為の人員は二人欲しいことを踏まえるとガドと直接向き合えるのは一人だけだ。
『ううん。緑のフェイスには二人向けられる』
『だろうと思った。お前のことだ。モナドの後継者として自分がサリゴの相手をするってことだろう』
『そうだね。それに僕と君で二人なんだから二対一だ』
『いいな、その考え』
『でしょ、相棒』
『よし。それならいつもと変わらない。まずはガドが解放されるまで俺達が倒れないで紫の相手をし続ける。ガドが解放され次第、動ける他のみんなと協力して紫の無力化に切り替える。大雑把だがこの流れでいきたい。頼まれてくれるか』
『勿論! "鎧"に"
"撃"の付与により拳が弾かれたのを確認し障壁を解除する。続けて"
「紫の相手は僕が引き受ける! みんなはガドさんの解放を最優先に!!」
空中で身を捻りつつ"
「き……ったねえモンぶち込みやがって!! 殺す、殺す殺す殺す殺す殺すぅううああァアアアッ!!」
最初に遭遇したのはヴァラク雪山だったがこうして直接戦うのは初めてだ。
まずすべきは相手の戦い方の把握から。槌や槍と状況に応じて武器を持ち変える赤、巨大な爪と可変式の砲台を有していた黒、双剣を持っていた白、射撃や狙撃専門の緑と様々なフェイスと戦ってきた。そして今目の前にいる紫は手に武器を持っていない。飛んでくるのは機体自身の拳や脚による高速連撃だ。完全近距離特化型、
次いで相手の攻撃の規則性や癖を観察する為に"
更に相手の動きを読み切る以外にもう一つ目的がある。モナドやホムスを前にしたサリゴは非常に短気だ。怒りと憎悪を爆発させて感情と力任せに機体を振り回してくるような性格ならば、自身の攻撃が当たらない状況が続いた時に苛立ちはあっという間に限界を迎えるはずだ。そうなれば動きは更に単調になり防御も反撃も容易になっていく。寧ろ此方が本命まである。
振り下ろされた拳を寸前で回避。拳の激突で揺れる地面の影響で僅かにシュルクの重心がぶれたところへ左脚の蹴りが飛んでくる。咄嗟に"鎧"を部分的に展開して衝撃を受け止め、そのまま障壁の上を滑らせて蹴りを一旦振り抜かせる。
『死角! 右側面に回り込んで膝の関節を叩け!』
「"
攻撃力の強化ではなく刃を伸ばす為に"斬"の能力を一部使用しての斬撃が膝関節に走った。感触と散る火花からそれなりの手応えは返ってきたが機体そのものは依然滑らかに動いている。あの身軽さから考えて頑強な金属で造られたのではなさそうだ。恐らく攻撃を喰らう寸前でほんの少しだけ躯体を動かして芯に刃が触れるのを回避したのだろう。
舌打ちしている暇はない。すぐに"疾"をかけなおし走り出す。
今までの戦闘ではモナドアーツを激しく切り替える場合カルナの回復支援が欠かせなかった。モナドを振り回して大気中のエーテルを吸収させ続けるのは想像以上に難しい。その為のバトルソウルだが、何度も経験したようにこれはこれで対策も無しに連発しては体力の消耗が激しすぎる。
但し今回はカルナの意識はガドにしか向けられないし、ガドのみに向けるべきだ。何よりサリゴの相手をすると決めた時点で俺達のどちらも彼女の支援は初めから作戦に組み込んでいない。
ではどうするのか。バトルソウルを常時発動し体力の急激な消耗を受け入れて気合いだけで戦い抜くしかない? まさか。
『地上戦は相手の方が得意と見た。"疾"と"翔"を併用して疑似空中戦に切り替える!』
『了解! "鎧"の出力は!?』
『一割でいい! 完全な不意打ち用の保険だ。避けきれない時だけ他を切って防御に振る!』
初めからバトルソウルに頼る必要さえなかったのだ。モナドの力の根源は意思の力だ。大気中や身体のエーテルを汲み上げてエネルギーに変換するのはモナド本来の使い方ではない。たった一つ、絶対に成し遂げてみせるという強靭な想いが絶えさえしなければモナドは半永久的にその能力を最大限発揮できる。
擬似空中戦に切り替えたことにより地に足がついている時間が極限まで短くなる。跳躍で紫の頭上を取り続け、反撃が難しい角度から一撃の威力は小さくとも回数を増やした斬撃で攻める。威力より手数で着実に機体に傷を蓄積させていく。
また一撃の威力を小さくしたことで攻撃の挙動による隙も非常に少ない。紫の四肢が反撃を試みようとも、強烈な一撃を喰らわそうとする動きでは一瞬の溜めが生じる。その溜めの一瞬の間にシュルクは紫の攻撃範囲外に逃げられる。
「地面でアタシに勝てないから空中でやろうってか!! テメェらゲロカスに出来てアタシに出来ないことがあると思ってんのかよォ!! 思ってるかァ!! ヘドロしか詰まってない脳みそだもんなあッ!! 忘れた忘れてたァッ!!」
紫の膝が深く曲げられる。
脱出艇キャンプでゾードと戦ったあの時、"翔"を初めて発動させた瞬間が思い出される。モナドの後押しが大きかったとはいえ、自分自身の脚力を少しでも上乗せして頭上を取ろうと必死になっていた。足をつけた地面さえぶち抜いてやるくらいの気概で蹴り抜いたのをよく覚えている。実際は盤石な大地には穴どころかひびの一つも入らなかった。それは勿論蹴り抜いた俺が、シュルクが非力な生身の人間であったからだ。
『なんて脚力だよ……!』
それを機神兵で実行したらどうなるのか。答えが目の前の光景だ。
巨神と機神という違いはあれど同じ大地だ。何が起ころうとも抜けることのない、上に存在する生命を支える為に最も頑丈であるべき地面なのだ。それが隕石でも落下したかのように直径数十メートルに及ぶ窪みを作るに留まらず、鋼の大地に大量の細かな裂け目が走っている。
『だがいくらフェイスといっても明らかに機神兵一体が生み出せる力の域を超えている! 何者なんだあいつは!!』
『かつてのメイナスの依代……とか言ってる場合じゃない! 完全に上を取られた!!』
跳躍して宙にいる状態のまま見上げれば、遥か上空に跳び上がった紫が臀部に取り付けられた飛行用の小型ブースターの出力を最大にして迫ってきていた。
『"鎧"に全エネルギーを回せ!! 高密度の——』
視界から色が抜け落ちた。現実の時間が止まり、
盾形の"鎧"で防いだが最後、弾丸の如き速度で突っ込んできた紫を俺達は絶対に受け止めきれない。接触した瞬間に羽虫一匹を叩き落とすのと同じ軽さで身体は地面に落ちる。落ちるだけならまだしも、前進を決して止めない紫は機体に大きなダメージが入ろうとも、自身の手でシュルクの身を今さっき生み出したばかりのクレーターに叩きつける。そうなったらシュルクの身体は肉塊どころの話ではない。肉も骨も血も弾け飛び何一つ残らない。
『——盾には出来ない……! 受け止めるのは不可能だ!!』
『どうする……どうする……っ! ……ううぅぅぅっ……! ——っ、いや単純だ!! 受け止められないなら回避!!』
『空中だぞ!! 奴と違って俺達には推進器なんてついてないんだ!! 瞬時に十メートル以上も動けない!!』
『僕が何とかする!! 任せて!!』
内の一瞬のやり取りの時間さえ惜しいとシュルクが行動に出た。
「"斬"、"撃"、"疾"付与!! 吹き荒れろ!! エアスラッシュ!!」
——暗転。反射で閉じられた瞼なのか意識そのものが一瞬だけ飛んでしまったのか。それもすぐに思考の外へ放り出し、目の前に広がる光景から何が起こったのかを必死に理解しようと頭を回転させた。
たった一秒にも満たない直前の出来事を一つずつ思い出していく。まず頬に何かを感じ、それが風だと認識するよりも先に身体の芯に凄まじい衝撃が襲いかかったのまでは覚えている。
「う、ぐ……えっ……う……」
内臓が口から飛び出そうなほどの吐き気を強引に押し戻したところで足が地面についていたことを把握した。荒い呼吸のまま膝を突きつつも眼前の粉塵からは目を離さない。煙に紛れて姿は見えないがそこには落下した紫のフェイスがいるのだ。
『……推進器がないなら自分で風を生む、か。見事だな』
『風そのものを吹かせたっていうより、うえっ……組み合わせた結果、強い風が出来るようにしたんだ。……うう、きもちわる……』
『"鎧"の出力を完全に切らなかったから一瞬の動きに耐えられて……う……なんとか肉体が存在してるわけか……』
『"鎧"がなかったら自滅してたね……』
"斬"を乗せたエアスラッシュで空気を切り開き、周囲の空気がその空間へ流れるように仕向ける。"撃"の対象を回避前の身体のごく周辺の空気に絞ることで身体と空気を反発させやすくする。弾かれた身体は"斬"で生み出した空間へ流れ出し、その速度を"疾"で何倍にも強化。更に強烈な負荷で身体が崩壊しないように"鎧"で保護して着地した。
結果、紫の弾丸体当たりをすんでのところで回避に成功した。紫はシュルクが射線から外れたのを認識したのかまでは不明だが、仮に認識していても行動の変更は不可能だった。ブレーキをかけることも方向を空中へと向けることも敵わず、結果的に自分の生み出したクレーターを更に大きくしただけに終わったのだ。
『——メイナス?』
『どうした? 何か……』
『うん。……うん、分かった』
『シュルク? 何をしてる』
『エイルには聞こえてなかったんだ。今メイナスが直接頭の中に話しかけてきた。共有しておくね』
メイナスは思念波を飛ばしてシュルクに語りかけていた。シュルクにのみ届きエイルには全く聞こえなかったのはメイナスが"シュルク"という魂のみを対象にしていたからだろう。彼女は俺の存在を一切感知していない。まさかシュルクの内に全く別の魂が存在するなどと思いもしないから、意図せずシュルクという個に限った送信範囲の指定をしたと考えられる。
思念波の内容はあと少しでエネルギーの充填が完了するという報告とそれに伴うある作戦だった。充填されたエネルギーがファイナルクロスというアーツの形で発射される際に、紫をその射線上に誘導してほしいとの頼みであった。これから放たれるエネルギーは人の身は傷つけず機体などに少しの衝撃を与える程度の威力でしかない。本来はメイナスの力を解き放ち高密度のエネルギーで対象を吹き飛ばして崩壊させる攻撃手段だが、今回は威力に割かれる分を呪縛を断ち切る能力に費やした。
そこにサリゴをも巻き込む理由はかつての依代であった彼女にメイナス自身が想いを届けたいからだ。巨神界の命を何とも思わず、存在そのものを否定し尽くそうとする姿は彼女の本当の姿ではないとメイナスが誰よりも知っている。彼女の心にメイナスの変わらぬ愛が届けば止まってくれるかもしれない。
『了解した。もう一度"攻"で強引に動かすしかなさそうだ』
『メイナス側に僕らが合わせるのは難しいからメイナスが合わせてくれる。だから今からはとにかくガドさんの後ろに持っていかなきゃ——来るっ!』
何が、と聞く前に"鎧"と"
紫の背後から硬く重たい音が響く。視界の端に映ったのはあのクレーターが完全に崩壊し、数十メートルには及ぶぽっかりと開いた穴へ変貌した光景だった。
不意の攻撃と衝撃にも驚かされたが、それよりも朽ちる寸前と表しても差し支えないほどにダメージを負った紫の形相が何よりも恐ろしかった。人の目を模したカメラアイは左目が完全に砕け散り光を失っている。右目は辛うじて機能しているものの、赤黒く濁った光が点滅を繰り返すばかりで明らかに風前の灯火だ。
「……んで、なんでっ……! なんで防ぐんだよぉぉぉっ……!! なんで死なないんだよぉおおぉぉっ!!」
ひしゃげ、砕けた顎部はありとあらゆる命を喰らった悪鬼そのもの。ぼろぼろになった鋭い歯からは血のように油脂が滴り落ち、奥のコード類はまるで吐き出せずに喉に引っかかった吐瀉物だった。
「テメェが死なないと……モナドがぶち壊れないと……ッ……!!」
機体の両腕はひん曲がっていた。にもかかわらず爪を立て障壁をガリガリと削ろうとする。指の関節が逆に曲がろうとも、火花と共に小さな爆発を起こし指そのものが使えなくなろうとも、あんなに触れるのさえ嫌がっていたモナドの壁にしがみつくようにして。
「巨神界の奴らが死ななきゃ、アタシが……アタシがテメェらを滅ぼさなきゃ……誰からも赦されないくらい……いっぱい、いっぱい殺さなきゃ……死ねないんだよ……ぉ……!!」
ぱきりぱきりと
「嘘だ……! "鎧"も"盾"も使ってるのに……!!」
跳躍の際のクレーターもそうだ。どうして彼女は機神兵の力を利用してると言えど人の身で出せる力の限界を超えられるのだ。
——違う。人の身だからこそだ。
想いはこの世界で何よりも強靭な剣だ。メイナスは生き抜こうとする意思や意志の光と呼んだが、人のそれはただ生きたいだけに限定されるものではない。彼女には彼女の意志が存在し、それは並みの人間より遥かに強いだけの話だったのだ。
依代であった過去など関係なく、彼女は自身のモナドで底無しの執念と力を捻出し続けていた。
「早く死ね。死ね、死ね、死んで、死んでェッ……! アタシを、死なせろよおおぉおおおおぉおぉおおお!!」
右の拳で障壁が砕かれる直前に"翔"で空中へ退避する。もう少し迷っていれば拳で全身を粉砕されていた。知らず、背筋に冷や汗が伝う。
もう崩壊してもおかしくない機体はまだ止まらない。跳んだシュルクを追うようにして紫も亡者が地の底に生者を引きずり込もうとするかの如く、両腕を伸ばして飛び出した。
四肢が振り回される度に紫の身体は散っていく。金属片が飛び油が漏れる。フェイスの命が消えていく。生きた亡者は死にたがっていた。今すぐにでも命の火を燃やし尽くしてあの世へ旅立ちたいと、現世に己を縛り付ける何もかもを消さなければ死ぬことさえ許されないと泣いていた。
「巨神がいたからッ!! 機神界人もハイエンターも巨人もみんなみんなみんな死んだ!! テメェがいただけで全部全部奪われた!! モナドなんてあったからいなくなった!! 触ったのが悪いィィぃい!?
『何言って……』
『気になるが気にしてる場合じゃない! 回避に集中! 隙があればお前の判断で"攻"を打ち込んでメイナスに合図!!』
紫の動きは時間を追うごとに鋭く素早くなっていく。動きは単調になるどころかどんどん読めなくなる。シュルクが未だに無事なのは、合間合間に発動する未来視で辛うじて避けられているだけに過ぎない。
喚く言葉の意味の全ては理解できない。ただ言葉はシュルクになど向けられていないことだけは明白だった。
「返せ!! 返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返してかえしてかえしてかえしてがえぢでよぉおぉおぉお!! 今!! 今すぐ!! ここに呼んでよおおおおおおおおお!! テメェなら出来るでしょ!! やってよ!! やってよおぉおお!! テメェらがみんな死んでよおおおうおわああああああ!!」
アッパーカットが鼻の先を掠める。紫は振り抜くだけ振り抜き、次の動作をしなかった。
「モナド"攻"ッ!!」
碇が腹部目掛けて射出される。深く打ち込まれた感覚が返ってきたのを確認して"
「フィオルン、メイナス!! お願い!!」
不可視の鎖を握りしめ力任せに地面へ叩きつける。場所は狙い通りに緑の機体のすぐ後ろだ。
紫の背面が地面を大きく揺らしたのが白銀の彼女への合図。フィオルンの胸部の金色のパーツから、機神の魂の叫びとも変わらぬ