コロニー9正面口から伸びる道の内、左から二つ目の坂道がテフラ坂と呼ばれている。その名の通りにテフラ洞窟の入り口まで繋がっている緩やかな上り坂だ。
この付近に生息しているモンスターは温厚な種が多く、基本的に此方から手を出しさえしなければ襲いかかってこない。基本的には武器を抜かずともすぐ近くを通過できるだろう。ただ好奇心旺盛な一部の子ども達はバニットくらいなら大丈夫だろうと、不用心に縄張りに侵入して追いかけ回される事件が年に何度かある。横道のラングロットや早業のラムシャイドあたりがそれだ。コロニー9の子ども達は大体この二体でユニークモンスターの恐ろしさを知ることとなる。
ラインもその一人だったりする。シュルクからその過去を聞かされた時はそんな気がしたと納得した。彼なら「あいつなら自分でも勝てる」と安易に手を出して追いかけられ、ダンバンあたりに助けられた後に説教されたのだろう。ありありとその光景を思い浮かべられる……というか実際シュルクの記憶の中にあった。話を聞いた後に記憶を覗いたところ、俺の想像した通りのものが残っていて流石に腹を抱えて笑ってしまった。
テフラ洞窟入り口には数名の防衛隊員が常駐している。コロニー9に誰が出入りしたのかの確認は正面口と居住区側の出入口、更にテフラ洞窟入り口を加えた計三箇所で目視にて行われている。
コロニー内の顔ぶれは早々変化しない上に、外部からやってくる人物のほとんどはコロニー6からの行商隊に限られている。その為よっぽどの遠出でもしない限り行き先は伝えずとも行き来は簡単に出来る。一目でわかる不審者の摘発以外には、精々子ども達が保護者も無しに洞窟内に入らないようにする役割しかない。それでもいないよりは遥かに助かっている。
防衛隊員に挨拶だけして洞窟内部へ入る。その際に「隊長大荒れだったんだろ?」と揶揄われたが隊員同士のコミュニケーションの一つだ。
目的地であるシリンダー格納庫までの道のりは特に複雑ではない。変に途中の脇道などに入ったりしなければ誰でも迷うことなく遺跡に到着できる。入り口から少し進んだ所にあるキャピルの巣を通る時のみ穴蔵のバグワムに気付かれないように神経を尖らせたくらいで、少し歩けばあっという間にマグ・メルドの遺跡だ。
今まで岩壁続きだった洞窟から一転し、見るからに人工物で構成された薄暗い空間が広がる。フィオルンは初めて来たと周囲を不思議そうに眺めている。過去に巨神脚までダンバンと共に避難しているから厳密には初めてではないのだが、幼すぎて当時のことは覚えていないのだろう。そもそもここまで来るのはラインのように訓練の通り道になっている防衛隊員や、遺跡自体に興味があるシュルクのような物好きな研究者くらいだ。
ホムスの文明とは違う意匠があちこちに確認できることからホムス以外の何者か、即ち機神兵が過去に遺した物なのかとフィオルンが疑問を口にした。
「ううん、違うよ。ここはハイエンターの巨大な乗り物だったんだ」
積まれたコンテナと思わしき物体の一つに触れつつシュルクが答えた。モナドに関連してハイエンターの歴史にもそれなりに詳しくなり、こうして何度も現地に調査に訪れたことで俺達の中で遺跡の正体への答えは出ていた。
「状態からして数千年前に墜落してるけど朽ちずにこうして残っている。ハイエンターの技術は僕達ホムスの物より遥かに優れているんだよ。寿命の長さがホムスの五倍なのもあって、物質の保管技術も発展してきたんだ。これから行くエーテルシリンダーの格納庫も同じだね」
軽く確認できる範囲でもこうした倉庫や脱出ポッドがある。人が出入りする扉や通路もあるのだから、人や物を輸送する乗り物だったのではないかと推測している。
「へぇ……。それにしてもこんなに大きいのに乗り物って不思議な感じね」
「うん、凄い技術だよ。僕らにはまだ表面的な事しか分からない。悔しいけど全部を解き明かすのはまだ難しい」
しかしこうして現実に存在しているのは確かだ。過去に生み出された技術なら幻ではないのだ。時間はかかるかもしれないが、いずれ解き明かせる時は必ず来るし解き明かしてみせるとシュルクは意気込んでいる。
「モナドの研究が終わったらそれについて調べてもいいかもね。ハイエンターは今も巨神上層にいるから、実際に会いに行って交流するなんてのも夢があるよ」
「ハイエンターって伝説上の存在じゃなかったの?」
ホムスの歴史にはハイエンターはほとんど登場しない。一般的なホムスの間でのハイエンターへの認識は巨人族のように大昔に存在し絶滅した、もしくは空想上の生き物くらいになっている。
一応文献を探したり人脈を辿ると現存する種族だとは知れる。百年単位ではあるが定期的にホムスが上層に行って帰ってこないという記録まである。巨神への供物か未知の生物への生贄かなどと適当な事が記されていたが、恐らく皇主の影妃に選ばれた女性を指しているのだろう。ハイエンターの文化まで詳しく知るのは巨神下層ではなかなか厳しい部分がある。しかし機神兵との戦争が長く続く中では、歴史をわざわざ調べようとする者の方が少数だから仕方ないと言えば仕方ない。
「争いを好まないとか色々理由があって中層より下にはまず降りてこないんだって。上層では今でも普通に生活してるってディクソンさんからも聞いたことあるよ」
「やっぱりシュルクはすげぇな、俺にはさっぱりだよ。んじゃさっさと行こうぜ」
ここで長々と講釈を垂れていても仕方がない。本来の目的をさっさと果たそうと再び歩き出した。
第2左舷倉庫から伸びる通路の奥にある扉を開く。そこにはメルド・リザドの群れがおり、思わず悲鳴を上げかけたが何とか堪えた。分かれた道の右奥には奴等を束ねる壁際のグエンリーがいる。奴に気付かれたら負けはしなくとも対処に手こずるのは間違いない。息を殺してそそくさと離れ、急ぎ洞窟裏口から外へと出た。
外の日差しが目を焼く。反射的に目を細めて明るさに慣れたところでゆっくりと開けば、遺跡の一部が外にはみ出しているのが確認できる。そこが目的のエーテルシリンダー格納庫だ。
格納庫には規則正しく壁の全面にシリンダーが埋め込まれている。数十本程抜き取られてはいるがそれも一割に及ぶかどうかだ。
防衛隊がここのエーテルシリンダーを頼りにしている理由は主に二つある。一つは辿り着くまでの道のり自体を訓練の一つとして取り扱っている為だ。モンスターとの直接的な戦闘もそうだが、シュルク達がここまでやって来たように余計な戦いを避ける判断も養うことが出来る。
もう一つは単純に確実だからである。コロニー9でもエーテルの充填とシリンダーの精錬は可能だ。しかしどうしても時間がかかる作業であるし、調整がシビアで技術も求められる。確実にシリンダー化に成功するとはなかなか言い切れない。コロニー9にある自走砲や対空砲はシリンダーの規格を格納庫に残された物に合わせて作られているから、安定した手段を取る方が合理的だろう。
「でもいつかはコロニー9でもこれくらい高い質のシリンダーを精錬出来るようにしたいんだ」
研究用としてシュルクの部屋にも何本かここのシリンダーがある。ハイエンターの高度な技術を分析し、ホムスの手でも再現出来るようにしたいと思うのは研究者としてごく自然なことだ。
いくらまだ数があるとは言え格納庫内のシリンダーも有限だ。増やさなければいつか必ず無くなる。それまでに精錬技術を確立出来れば困らなくなるし、防衛隊に優先的に回されているシリンダーが一般の人にも行き渡るようになる。そうなれば今よりも生活の質は向上するし新たな技術にだって利用できる。
「僕の研究でみんなが幸せになってくれたらいいなあって。きっとそれが僕を受け入れてくれたコロニー9の人達への恩返しになる」
両腕を広げて語るシュルクを見てラインとフィオルンは顔を見合わせて笑った。俺も思わず笑いを漏らした。
「え、なに、変なこと言った?」
理解していないのはシュルクだけで、きょとんとしたまま広げたままの腕を所在なげに宙に放り出している。
「馬っ鹿だなぁ!」
「そうそう。そんなに背負わなくていいの」
「え、え……? ……わっ」
左右から二人がぎゅっと抱きしめてくる。伝わってくる二人の体温が彼らの気持ちを表しているようで本当に温かい。
「俺はいっつもシュルクの知識とかいろんなところで助けられてんだよ。周りだって同じだろ、お前のモナドの研究だって結果的に巨神界の為じゃねえか」
「それにね、そんなに肩を張って恩返しなんて考えなくていいのよ。私達にとってはシュルクが一緒にいてくれるだけでもう幸せなんだから!」
コロニー9にやってきて十年以上が経とうとも、シュルクの意識の中には未だに余所者であるという考えが無くならない。モナド探索の旅の中で世界に生まれ落ちたという環境も影響しているのかもしれない。帰るべき場所という固定された何かが彼の中には存在していない。
実際はコロニー9は紛れもなくシュルクの故郷である。生まれた土地であるかどうかなんてのは関係ない。無条件で自分を受け入れてくれる場所であり、自分の帰りを待っている人がいる。それを故郷と言わずして何と言うのか。あとはシュルク本人が"故郷である"と認識するだけなのに、彼はずっとそれに怯えて躊躇している。
だからこそラインとフィオルンが言葉と行動で示してくれることは何よりも有難い。この世界に存在して良いと無条件で肯定してくれる二人の愛情に触れて、やっとシュルクは地面に自分の足で立てるようになる。あまりにも手がかかり過ぎる子どものようではあるが、二人がいなくてはずっと立つことさえ出来ないままだったのも確かだ。
二人の温もりに涙が溢れそうになった時、格納庫内に警報らしき音が鳴る。音の発生と同時に天井の一部が開き、白い装甲を持った二機の自律無人兵器らしきものが姿を現した。
「俺達の熱い友情を邪魔するとはいい度胸してるぜ」
「……これもハイエンターの遺した物?」
「多分ね。防衛機構か何かだと思う」
各々が口走りながらも武器を抜く。防衛機構——アンドスに恨みはないが、降りかかる火の粉は払わねばならない。
まずはラインが飛び出しハンマービートを二機同時にお見舞いして一時的に注意を引きつける。その隙にシュルクとフィオルンは向かって右側のアンドスの背後へと周り、バックスラッシュとパワースマッシュで大きなダメージを与える。
「ナイスだ! 二人とも離れろ!」
二人の同時攻撃でダメージを負うと同時にアンドスが姿勢をぐらつかせた。そこを見逃すことなくラインがソードパイルで中心で赤く輝くコアらしき部分をぶち抜いた。これで一機は片付いた。
「あと一機! 二人とも行くよ、ストリームエッジ!」
もう片方のアンドスに対しシュルクが大きく剣を横に振る。ストリームエッジの衝撃波でアンドスは体勢を大きく崩す。しかし剣を大きく振り抜いた直後のシュルクの隙を突こうと、アンドスは即座にエーテルレーザーを放つ準備へと入る。
「させねぇよ! ワイルドダウン!」
そこへラインがバンカーを突き出し見事にアンドスを転倒させた。シュルクが崩し、ラインが転倒させると来たらもう幼馴染三人にとっては言葉にせずとも分かりきった流れに入った証拠だ。
「任せて! ハイド、スパイクッ!」
仕上げにフィオルンが敵を気絶状態に追い込む。これが三人にとっての十八番だ。
「とどめ! せーのっ!!」
仕上げは気絶して何も出来ない敵へと三人同時に渾身の一撃を喰らわせて終了だ。
「シュルク、大丈夫? 怪我してない?」
「うん。二人のおかげだよ、ありがとう」
「……にしたって何でこいつら出てきたんだ? 俺、何度もここ来てるけどこんなの初めてだぞ」
ラインの言う通り、防衛機構はそう易々とは起動しない。少なくともただ格納庫に動く何かがいたからといって無差別に攻撃を仕掛ける程ハイエンターの組んだプログラムも馬鹿ではない。
『……シュルク、ハイエンター製だって分かってるなら敵なんて一つしかない』
俺は一人先に覚悟を決めた。
ここからだ。ザンザに勘付かれていないのかの実験、フィオルンの命の分岐点。彼女の生存が成功すれば俺はザンザに然程怯えずに行動ができる。仮にザンザからの妨害があったのならば、それ以上手出しはせずシュルクを最低限度で見守るだけで良い。
『ホムスは敵じゃないよね。僕らに反応したとは考えにくい』
『もう少し主語を大きくするか。"巨神界の敵"と言ったら何になる?』
『巨神界の……?』
遠くから何かが聞こえてくる。それなりに質量のある物が高速でこちらに迫ってくる。
「まさか!!」
慌てて格納庫を飛び出すシュルクを追って二人も外へと出る。傾き始めていた陽の光が空を橙に染め上げており、徐々に濃紺へと移りゆくグラデーションをゆっくりと眺めたいところだが、今はそんな頭お花畑なことを言っている場合ではない。
見上げた空には大型の物を先頭とし、小型を大量に貼り付けたポーターが続々と空から侵入してくる。生憎距離が遠く大型が"黒"かどうかまでは判断出来なかったが。
「——機神兵!!」
たとえ軍団を率いているのが"黒"でなかったとしても、やはり因果の流れのままにコロニー9が機神兵に襲撃されるのは変わらないのだ。