いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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第二章
機神兵襲来


 深い黄赤に染まった空に黒やクロムグリーンの装甲は目立つ。虫の大群かのように細々(こまごま)した物体が大量に空から降ってくる光景に生理的な嫌悪感を感じるが、それを表に出したとて仲間が揶揄ってくれるような状況でもない。

「機神兵団は一年前にお兄ちゃんが全滅させたんじゃ……!」

 フィオルンの発言はそのままコロニー9住民の大多数の認識と等しい。防衛隊所属の者でさえも心のどこかに「どうせもう攻めてこない」という油断はあった。大剣の渓谷での決戦から一年が経過した今でも警戒を解いていないのはダンバンのように決戦に参加して生き延びた者達や、自他共に厳しいヴァンダム防衛隊長くらいのものだ。

 若い隊員は特に油断の程度が大きい。それこそ今回の自走砲の始末に至った流れが典型的だ。備品の補充が間に合っていなくともどうせ攻め込まれることなどない、多少力不足でも相手が機神兵ではなく周辺のモンスターならば事足りる。今の状況が永遠に続くと根拠もなく思い込んでいる。

 若手の中で自分のやれることを継続し続けているのは俺の知る限りではシュルクやラインくらいしかいない。何なら二人だって、機神兵がコロニー9という巨神界の端まで侵攻の手を伸ばしてくるのはもっと先だと思っていただろう。一応胸の内に襲来の不安を抱えていたという前提ではあるが。

「急いで戻るぞ!」

 ラインの言葉に迷いなく頷く。しかしこのまま来た道を戻っては時間がかかりすぎる。加勢しようにも、コロニーの中に戻る頃にはもう取り返しのつかない被害にまで拡大している可能性の方が高い。

 だがシリンダー格納庫の真下には十分な深さの池がある。一度でもシリンダー格納庫まで来た者ならば皆が口を揃えて言うだろう。

 この緊急時に同じ道をただ引き返すなんて手段を選んだりしない。もっと楽な選択肢がすぐ目の前にある。

「……二人とも、覚悟はいいよね?」

「ええ、勿論」

「当ったり前だ!」

「うん……! 行くよっ!!」

 軽く助走をつけて崖から身を投げる。落下の風圧に目を瞑りたくなるが今は我慢だ。耳にはコロニーから鳴り響く2号警報、視界には一切の容赦を感じさせない量の機神兵が次々に投下されていく光景。着水までの約七秒間が酷く長かった。

 着水の衝撃で一瞬息が詰まる。ひんやりとした水に包まれながら重力に従って一度深くまで身が沈んだ後、今度は浮力に手助けされて浮かび上がる。顔が水面に出たと同時に岸を目指して泳ぎ、足が地面を掴めば今度は走り出した。濡れた髪も水を吸って重たくなった衣服の不快感にも文句など言ってはいられない。急がなければ自分達の故郷が焼き尽くされてしまう。

 

 対空砲1号基を左手に捉えつつ正面口へと必死に走る。コロニーに近づくにつれて聞こえてくる人々の悲鳴や機神兵の駆動音、血飛沫かのように宙を舞う火の粉が否が応でも目の前の光景が幻覚でないと突き付けてくる。陽も地平線の下へと沈んでしまい濃紺に染まった空はこの襲撃の結末の暗示なのだろうか。

 そうしてやっと辿り着いて目にしたのは単なる殺戮よりも遥かに悍ましい光景だった。

「人を喰ってる……!?」

 逃げ惑う無防備で無力な民間人に向けて伸ばされた腕部の先端がまるで花のように開く。しかしながらそれは花弁とは呼べないくらいに残酷な姿をしていた。花弁と喩えるよりも生き物の口の方が近く、内側にはびっしりと細かく鋭い金属の()が生えている。それが人の頭や足を鷲掴んだかと思えば、鳥が魚を飲み込むが如く体内へと取り込んでいく。ただ飲み込まれるだけでも恐ろしいのに、あの歯の間を滑り落ちていくのだから腹の中に収まりきる頃にはもう身体はずたずたになっているだろう。

「フィオルン! ダンバンのこと見に行け!」

 まずは家族の安否を確認せねばならない。彼女を一人家へと向かわせ、シュルクとラインは武器を抜き目の前に迫り来る一体の六三式機神兵を睨みつけた。他の機神兵同様にホムスである自分達を喰らうつもりだろうが思い通りになどなってたまるものか。

 普段通りにまずはラインが敵の注意を引きつける。ドリルスクリューをバンカーで確実に受け止めたことで機神兵に攻撃後の僅かな硬直が生まれる。その隙にシュルクは機神兵の左側へと回り、足の関節を狙ってジャンクソードを突き出した。

「スリットエッジ!」

 ダンバンから受けていた指導が役立っている。機神兵は装甲が非常に硬く、並みの武器では引っかき傷さえも残らない。しかし関節部、特に下半身は機動性を重視している作りになっている関係で防御が薄い。上部と比べて弱く見えるがそこはやはり機神兵である。力で強引に断ち切ることは易々と出来ない。故に関節を重点的に狙い、そこを破壊することで動きを封じたり転倒まで持ち込むのだ。

 シュルクの的確な攻撃で機神兵の関節から火花が散りその動きが鈍る。並みの武器では攻撃は通らないが、今のジャンクソードとジャンクバンカーは機神兵から回収したパーツで改良されている。この程度の相手ならモナドに頼らずとも二、三度強い攻撃を叩き込めば破壊できる。

「ターンストライクッ!!」

 シュルクが身を捻り、回転の勢いを利用して重たい一撃を喰らわせる。その一撃で機神兵は体勢を崩して膝を折り完全に無防備な状態となった。

「吹っ飛べ!」

 そこへラインが渾身のソードパイルを放った。機神兵の胴体には見事な風穴が開いたと同時に大きく後ろへと吹き飛ばされ、躯体そのものの活動も停止した。

 機神兵を沈めたタイミングでフィオルンがダンバン邸から飛び出してくる。家の中にある部屋の全てを見て回ったがダンバンの姿はどこにも見当たらなかった。あの人のことだ、どこかに隠れたりシェルターへ避難などするはずがない。右腕の自由を失っていても、きっとこのコロニー9のどこかで戦っているに違いないのだ。

「研究棟に行く! 緊急事態だ、モナドを使うしかない!」

 誰が持つのかなんてモナドを手に取ってからでいい。この場にある物で最も有効な武器はモナドしかないのだから。

 商業区から軍事区方面へ向けて走り出す。機神兵も生きているホムスを確認するなり襲い掛かってくるが相手をしているだけの余裕はこちらにない。シュルクとラインでフィオルンを守りつつ、武器で機神兵を跳ねのけた一瞬を利用して間を抜けて必死に進む。

 

 中央区広場に差し掛かり軍事区の様子が見えてくる。軍事区正門には既に機神兵の大群が押し寄せており、その先にある避難シェルターを守ろうと戦っている。

 しかし少し攻撃を加えたところで奴らには敵わない。そう判断した隊員達は機神兵に背を向け続々と逃げ出していく。逃げるなと怒号を飛ばす防衛隊長のみが残されてしまい、彼の背後に大型の機神兵が降り立った。

 ——"黒"!!

 その姿はエイルの記憶にある機体と同じ物だった。

 顔付きは量産化される"赤"を除き基本的に搭乗者に合わせて作られる一点ものだ。戦いを有利にする為に生前の戦闘スタイルに近い動きが出来る機体を用意され、それ専用の武器を与えられる。黒ならばクロー、白ならば双剣、緑ならばライフルといったようにだ。その為コロニー9にやってきた顔付きが"黒"だった時点で搭乗者は一人しかいない。

 黒が飛行ポッドを投げ飛ばした攻撃で防衛隊長が大怪我を負わされたことにラインが憤る。シュルクやフィオルンもあまりの惨さに小さく悲鳴を漏らす中、(エイル)は黒について思考を巡らせていた。

 顔付きの機神兵はある一定の時期を境に生前の記憶の有無に違いが出る。兵器としての完成度を上げるのならば記憶や感情は妨げとなるからだ。しかし初期に製造された物は実験的な意味合いもあり生前の記憶を残したままのものが多い。確かに記憶や感情は時として強力な武器にもなり得るが、それに影響され主の命令を無視し任務遂行に支障を来たすことがある。だから後期に製造された顔付きは記憶を消去された上でユニットとして組み込まれる。

 逆に言えば今の段階の顔付きはまだそれを消去される前の段階だ。つまり"黒"には記憶がかなり完全に近い状態で残されている。それならば一年前に俺が言ったことや、渓谷での最期も覚えているはずだ。

 それでもこうして奴がここにいるのはどういうことだ?

 あの程度の干渉では大した揺らぎにはならなかった? 記憶を残されているのではなく改竄された可能性は? 憎しみの感情だけを都合よく増幅されたなんてのも考えられないか?

 

 色々と考えている内にシュルク達は軍事区正門を過ぎ研究棟の前までやってきていた。防衛隊長を無力化したことで軍事区一帯は用済みと判断されたのか、黒が飛び立ってしまったのと同じく他の機神兵もざっと見回した範囲では残っていない。しかし研究棟の前には先程の機神兵の攻撃で建物の一部が瓦礫と化して落下してしまっており入り口を塞いでいる。

 これではモナドを取りに行けない。モナドが使えないならば他の手段を探すしかない。

「そうだ……!」

『シュルク代われ!!』

 代替案を思いついたシュルクの()()()()を掴み、不意打ちで強引に体の主導権を奪う。悪いがその手段だけは取らせるわけにいかない。

『エイル!?』

『俺にやらせろ! 頼む!』

 ラインとフィオルンに怪しまれないようにすぐに喋りだす。

「フィオルンはシリンダーを持ってシェルターに避難して! 今の装備じゃ戦うには危険すぎる。シリンダーは近くにいる防衛隊員に預けてくれたらいいから!」

「でも! 私だって少しは……」

「短剣じゃ機神兵に相性が悪いんだ。リーチがないから今の状態で一撃喰らうだけでも大怪我する。お願い! シェルターの中で怖がってる人を大丈夫だって励ましてほしい!」

 頼む。ここで自走砲を使わせたら絶対に命を落としてしまう。

「シュルクの言う通りだ。もしフィオルンに怪我なんてさせたらダンバンに合わせる顔がなくなっちまうよ」

 ラインがシュルクの肩に手を置き同意してくれる。本当に頼もしい。

「大丈夫、(ぼく)らがダンバンさんを見つけて必ず連れ戻すよ。機神兵も絶対に追い払ってみせる」

「俺達ホムスは一年前の戦いでダンバン達に護ってもらったようなもんだ。だから今度は俺達が護る番だぜ!」

 強く懇願する二対の瞳にフィオルンも揺らいではいるがまだ首を縦には振ってくれない。兄のことは何とかなってももう一つの心配がどうしても拭えないのだ。

 だから先手を打つ。

 誰も欠いてはいけない。フィオルンも、シュルクも、ラインだって。

「絶対に帰ってくる。約束する」

「俺も約束する。シュルクに怪我させないって」

 ラインのその言葉でフィオルンはやっと決心した。シュルクには勿論のことだが、ラインにも「死なないで」と告げてフィオルンはシリンダーケースを背負って避難シェルターへと駆けていった。

 

 俺達は軍事区から一旦中央区広場方面へと戻る。走りながらシュルクと意識を交代したがその際に物凄い勢いで文句を言われたので、俺もそこそこ負けない勢いで言い返す。

『どうしてシリンダーも一緒に持っていかせたんだ! あれを使えば自走砲がまた動かせるのに!』

『その自走砲を使っても勝てない可能性を考えろ! 一年も経ってるんだ、敵が何の対策も無しに侵攻してくると思うか!?』

 自走砲は一年前の決戦においてモナドに次ぐ戦果を上げた兵器だ。要塞タイプの機神兵相手では厳しいが小型から中型であれば砲撃で強引に破壊できる。大きさだけなら顔付き程度の相手でも十分に戦える。

 しかし今回機神兵団を率いてきた顔付きにはまず効果がない。これは俺の持つ記憶に基づく情報であるからシュルクをこれでは納得させられない。

『俺が機神兵側ならこう考える。一年前はモナド一つにあんなに苦しめられた。それならモナドが効かない兵器を作ってしまえばいい。それが完成したからモナドがあるコロニー9に攻め込めるようになった』

『モナドが効かない兵器って、そんなものが作れるの!?』

『可能性の話だ! こんなに期間が空いてるのに以前と同じ手で攻め込むほど機神兵側だって馬鹿じゃないだろう!』

 そもそも自走砲が一機あったところでこの戦況をひっくり返せるとも思えない。シュルクはモナドの代替品として自走砲を使いたかったのだろうが、ここは自走砲を放棄して強引に先に進ませないと運命が分岐しない。二人はモナドは未だに研究室内に安置されていると思い込んでいるが俺はそうでないと知っている。仮に知らなかったとしてもダンバンが家にいない時点で、彼がどのような行動を起こしたのかを推測するのはあまりに容易だ。

『でもモナドが無かったらこの数の機神兵を倒し切るのは厳し——』

「シュルク!!」

 がくん、と肩を掴まれて力任せに後ろへ引き寄せられる。意識での会話に気を取られすぎて鉄塔の一部が落下してくるのに気付かなかった。ラインのおかげで怪我は免れたが居住区側へと繋がる道は塞がれてしまった。

 周囲には獲物を発見した機神兵がじりじりと寄ってくる。俺達の武器でも対処は出来るがそれは相手が少数の場合だ。この場にいる機神兵は確認できる範囲でも十機は軽く超えている。これではコロニーを守るどころかこの場を突破することも難しいだろう。

 しかし英雄は遅れてやってくるものと相場が決まっている。

 商業区から雄々しい叫びと共に青いエーテルの光が流星の如し軌跡を辿り此方へと近づいてくる。

 流星の尾をなぞるかのように次々と爆発が巻き起こり黒煙で視界が一時的に塞がれる。反射的に腕で煙から目を隠して数秒、煙が晴れた時には左手にモナドの柄を握りしめた我らがコロニー9の英雄の堂々たる背中がそこにあった。

「待たせたな、二人とも……!」

 ——但し、既にモナドの反動の証拠であるスパークをその身に帯びた状態で。

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