いつしか異物は喀血となる   作:坂野

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敵との対峙の果て

 遅れてやってきた英雄を見てラインは希望が見えてきたと笑ったのに対してシュルクは厳しい色を崩さない表情のままだ。

 やはり全く動いてない右腕に少なからず荒い息、体に纏わりついている青いスパークは適性を持たない者としての現実を残酷なまでに突きつけてくる。気丈に振る舞ってはいても、今のダンバンの身体には相応の痛みや苦しみが発生しているに違いない。モナドを手放しさえすれば解放されるのに彼は決して離さない。それこそ自身の命が尽きようとも。

 まずは周囲の機神兵をどうにかしようと三人で飛びかかる。モナドを持つ者が現れたことで"(エンチャント)"が武器に付与され、先程までとは比べ物にならぬ軽さで機神兵に刃が通っていく。一々関節を狙ったり転倒に持ち込むことなどせず、あっという間に取り囲んでいた機神兵の全てを沈黙させてしまった。

 しかしこれで一安心ではない。

「シュルク、ライン。フィオルンはどうした?」

「避難シェルターに行ってもらいました。彼女の装備では流石に危険すぎるので」

 大切な妹の無事を確認したダンバンは安心した表情で頷いた。

 現在居住区側では数名の防衛隊員が機神兵を相手に戦っている。逃げ遅れた住民の避難もまだ全ては完了しておらず誘導と戦闘の人手が共に足りていない為、彼らと合流し残った機神兵を殲滅することになった。中央区広場から居住区へ直行する道は塞がれてしまったので、商業区から迂回して居住区へと向かう。

 (エンチャント)を持続させたまま商業区を一気に突き抜ける。数体ばかり残っていた機神兵もすれ違いざまに斬りつけて処理をしていく。恐らく商業区から軍事区までの機神兵は全て排除されているはずだ。この勢いならば居住区に残った奴らもあっという間だなとラインが言うも現実はそう易々とは進まない。

 正面口に差し掛かったところでダンバンが苦し気に呻き出し、膝を突いた反動でモナドを手放した。左手から離れてしまったモナドは数メートルを滑るようにして転がった後に機能を停止し、基底状態のまま放り出されている。

「やっぱり無茶だ! これ以上モナドを使ったらダンバンの身体が持たねえよ!」

「無茶でもやらねばならん時はある! 今やらねばコロニー9は壊滅するだけだ!」

 その高貴な姿勢こそが英雄たる所以(ゆえん)なのだろう。しかし英雄であると同時に彼もまた一人の人間に過ぎない。人は人でしかなく神でも精霊でもない。彼を大切に想う唯一無二の家族がいるし慕う仲間も大勢いるのだ。彼が笑顔になれば喜びを感じ、彼が苦しめば我が事のように悲しむ者がいる。

 吐血までした彼を戦いに送り出すなんて真似はラインにもシュルクにも出来やしない。

 

『エイル、いいかな』

 何が、と問うまでもない。言葉にせずともシュルクがやりたいことは伝わってきている。

『やれるのか』

 だからこれは一歩を踏み出すだけの覚悟があるのかの最終確認だ。

『研究が進むにつれて覚悟はしてたんだ。自惚れなんかじゃない、客観的事実として僕はモナドに振り回されにくい』

 一年前に誰にも使わせないと決意はしたが、研究を進める以上誰かに起動したり振るってもらう実験は避けられない。無論身体に影響がない範囲ではある。だがそもそもほとんどの者は起動に成功しても、モナドにただ振り回されてすぐに手を放してしまう。ちょっとでも扱うなんて挙動を成せた者はダンバン以外誰もいなかった。

 たった一人、シュルクを除いて。

 シュルクも決して自由自在に操れたとは言えないが、何故かモナドが大暴れすることは今まで一度としてなかった。その事実が示すのは完璧ではなくともシュルクが他の人間よりもモナド適性が高いことに他ならない。

『モナドの起動は人の意思に応じる。なら、僕がモナドを使いたいと強く想えばもしかしたら……』

『扱えるかもしれない?』

『うん。でもこの体に起きることはエイルにも影響がいく。もしダンバンさんのような反動が来たら僕だけじゃなくてエイルも苦しむことになる。……それでも』

 ——僕に、付き合ってくれる?

 そんなの決まっているではないか。そもそもモナドを持つべきホムスはこの世界にただ一人しかいないのだから。

『愚問だな。この身体は最初からシュルクのものだ、俺の身体じゃないんだ。どこまでも付き合うさ、シュルク』

『ありがとう。……やろう』

 

 意識を内から外へと向け直し吐かれた血を見つめた。ただ右腕を不随にするだけでは飽き足らず、体の内側から使用者を蝕むモナドをこれ以上ダンバンに使わせ続けるわけにはいかない。モナドを扱うからダンバンは英雄なのではない。彼自身が持つ剣技と内に秘めた熱い心がホムスの希望として光り輝いているのだ。たとえモナドを扱わなくとも、彼が生き続けることこそがホムスにとっての(しるべ)になる。彼にここで死なれるわけにはいかない。

 だから。

「僕がやります!」

 転がったモナドを手に取り振ると同時に起動させて正面から迫り来る機神兵を睨みつける。背中にぶつけられるダンバンの無理だという言葉もラインの心配する声にも振り返らない。今考えるのはモナドを己の意思に従わせること、モナドを何としても使いこなしコロニー9へ侵攻してきたすべての機神兵を叩き斬ることだけ。

 エーテルの弾ける音が耳に届く。柄を握りしめた両手は力を入れ過ぎているのかモナドからの抵抗なのか、微かに痺れが伝わってくる。ダンバンに代わる新たな使用者だと認識したモナドは試すかのようにがたがたと震え出し、少しでも気を抜けばこの手から抜け出し逃げてしまいそうだ。

 でも負けない、負けてはならない。この場でモナドを扱える可能性があるのは自分しかいない。異物であってもシュルクの中にいる以上同じ想いでなければ、モナドも応じてくれないだろうという直感があった。

 (シュルク)(エイル)も想いは同じ。

 

 ——モナドよ、導きを!

 

「うおおおああああぁぁぁぁッ!!」

 覚悟を背負って吠え、地を蹴る。目標は目の前の機神兵団。何機いようが関係ない。全て斃してコロニー9を守り切る。神与の剣だろうと有無は言わせない、シュルク(ぼくたち)に従え!!

 

 突如として視界から色が抜けていく。眼前の景色が固まり自分の身体も動かなくなる。時が止まってしまったのかと錯覚してしまうが意識だけは確かに動いている。

『え……』

 ふ、と体が軽くなる感覚。次に知覚したのは柔らかな金糸——シュルクの後頭部。そのまま魂が抜けていくかのようにこの場の状況を俯瞰で見下ろしていく。

 色の無い世界の中で最初に動いたのは機神兵だった。腕の小型砲台にエネルギーが充填され、エーテルレーザーが真っ直ぐシュルクの右肩を撃ち抜いた。しかし今のシュルク(おれたち)はただその光景を見ているだけで身体には痛みの一つも無い。

 その瞬間白黒の景色が急速に色を取り戻す。驚く暇もなく機神兵が青白い光を集約するのを認識し、今起こった現象にあれこれと考える前に身体を動かした。

 右肩を撃ち抜かれるのだから——。

「左っ!」

 その場から素早く左へ一歩だけずれたのと同時、レーザーはシュルクに掠りもせず後方の民家へと当たり爆発を巻き起こした。

 すぐ後ろにいるラインとダンバンも、シュルク本人さえも来る攻撃が分かっているかのようなあまりに無駄のない回避に困惑していたが機神兵は当然待ってはくれない。今度は別の機体がこちらへと突進してくる。防御姿勢を取ろうと構えかけたところでまた視界が白黒へ移り変わった。

 機神兵は左の武器腕を振りかぶりそのまま振り下ろす。それはシュルクも辛うじて回避したが大きく体勢を崩してしまう。そこへ右の武器腕を大きく横に薙がれ、シュルクの腹を強打して吹き飛ばしてしまう。

 また世界が元に戻る。シュルクは防御姿勢を急ぎ取りやめる。まずは左の武器腕の攻撃を最低限の動きで横に避け、次いで右腕が振られるタイミングに合わせて素早く頭を下げた。そのまま目の前の機神兵の腹部をモナドで突き刺した。それを抜き去ることはせず、そこからモナドの刃を更に伸ばして周囲の数体も巻き込んで左から右へと大きく振り抜いた。

 前方の機神兵は一掃したが、シュルクの背後にはポーターから投下されたまた別の機神兵が這い寄ってきていた。そこでダンバンとラインもただ呆然としていただけの状態から脱し武器を手に取った。

「シュルク、身体は何ともないのか?」

「身体は平気です。でも、さっきから変なんです。先のことが、少し先の未来が目の前に見えるような……」

 ダンバンもこの現象に遭遇していたのだろうかとシュルクは一人疑問に思った。モナドの力であると仮定するならば、適性は無かったとしても扱い続けていた彼が同様の経験をしていてもおかしな話ではない。

 しかしダンバンは一言も自分も同じだとは言わなかった。以前にディクソンが言っていたモナドの隠された力なのかもしれないと彼なりに答え合わせを済ませただけだ。自分は少し先の未来の映像を見たことはないが今は何も考えるな、モナドを信じて戦えとシュルクの背中を強く押した。

 

 正面口にいた機神兵を全て片付けそのまま居住区方面へとひた走る。その最中にも剣の届く範囲であれば機神兵を斬り刻み、少しでも数を減らすことは怠らない。

 ダンバンはモナドを手放した為に今はその辺に放置されていたごく一般的なホムスの軍刀を持って戦っている。それなのに彼の強さは全く弱体化したようには見えない。機の付与を差し引いてもだ。寧ろずっと身軽になったおかげで得物を自由自在に振るえている。力のほとんどをモナドの制御に充てていた分が無くなったのだから逆に自然とも言える。これがダンバン本来の戦い方なのだ。

 居住区に繋がる橋を渡るといくつか炎の赤い光が見える。情報通りまだ数名の防衛隊員が戦い続けているようだ。まずは彼らの援護、その後は残された住民の避難といきたかったが空から巨大な何かが俺達の目の前に降り立った。

 黒い顔付き(フェイス)のお出ましである。他の機神兵とは異なり顔があることにやはりダンバンも驚いてはいるが、それを理由に撤退など出来ない。ラインは顔があろうとこけおどしに過ぎないと勇ましく言い放ち、シュルクもまたモナドがあれば大丈夫だと自分を奮い立たせた。

 ——さて、どう耐えきろうか。

 戦闘への思考と行動はシュルクに一任する。通常の武器はおろかモナドの刃も何故か弾かれる状況に一瞬困惑するが、何度か叩けば断ち切れると微かな希望を信じてシュルクはまだ諦めずにモナドを振るい続けている。その中で黒い顔付きは爪を横に振り「効かねえよ」と煽っているのが何とも"黒"らしいのが憎たらしい。

 (エイル)はこれ以上の命の犠牲を出さないよう不測の事態が起きても対処できるように気を配る。フィオルンは避難シェルターに向かわせたからここにはやってこない。居住区に人が残っていたのは多少想定外ではあるが、モナドを持つ者とダンバンが顔付きに対処しているのだからまず彼らはここに向かってはこないだろう。そうなると残るはこの場にいるシュルク、ライン、ダンバンの生存を果たすだけだ。彼らの生存が確定すればこの後の因果の流れはどうやったってプラスの方向に変化する。持っている物語の知識は頼れなくなるが、より良い結末を目指す方向にシフトできるのでそれはそれで問題ない。

 顔付きは現段階では長時間の活動は不可能だ。その稼働の限界まで戦い抜くか、他の機神兵がある程度ホムスの肉体を回収した時点で恐らくエギルの指示により奴らは撤退する。あと十分もないはずだ。あと少し乗り切れば——。

「うああぁっ!」

()っ……ぅ……!』

 いつの間にか黒の爪はラインとダンバンを致命傷には至っていないものの斬り伏せ、それに気を取られたシュルクまでも大きく吹き飛ばしていた。五感は俺にも共有されているから不意打ちの大きな痛みは流石に応える。そういう攻撃なのかまでは不明だが、全身に電流が流されているかのように痺れており立ち上がるのも難しい。辛うじて顔を上げて状況を窺うと、その絶好の機会を逃すまいと黒が爪を構えて一切の躊躇いなく振り下ろそうとする正にその瞬間だった。

 ——まずい!

 シュルクはまだ防御に関するモナドアーツを何一つ開花させていない。(アーマー)での軽減も(スピード)での回避も不可能だ。このままでは未来を変えるどころか最悪の流れになる。どんなに因果の流れが変化しようと全ての道においてシュルクの生存だけは絶対条件だ。

 だがこのあまりにも少なすぎる時間で何ができる? シュルクがこの一瞬でモナドの扱いを完全にものにする可能性に賭けろとでもいうのか。それはいくらなんでも諦めと変わらないではないか。ならば俺が”知っている”ただ一点に賭けて鎧や盾、疾の発動を試みる方がまだマシだ! 信念に反していてもこれだけは譲ってはいけない! 覚悟を決めろ! やるしかない!!

 シュルクの首根っこを引っ掴もうとしたその瞬間、黒が真っ赤な光を浴びたかと思えば爆発により黒が仰け反った。

 ——嘘だろ!?

 目の前の状況が示すのはただ一つ。何者かが自走砲を使って攻撃を加えた。

 今自走砲を利用できる者はほとんどいない。シュルク達は勿論、他の隊員はやってくるわけもない。顔付きに突っ込んでくるだけの度胸があるヴァンダムは既に負傷して動けない。どれだけ考えてもたった一人しか思いつかない。俺の知識でもシュルクの記憶でもこんなことをやれる勇敢な者は彼女しかいない!

「みんな! 今のうちに逃げて!!」

「『フィオルン!!』」

 どうして彼女がここに。

 

 自走砲は急発進し、今度は至近距離から砲撃を放とうと黒に迫っていく。

 同時にまたあの少し先の未来の映像が目の前に流れ出す。自走砲はあまりにも呆気なく宙を舞い、最後には搭乗者を的確に爪が貫いてしまう。ほんの数秒の映像は俺の知るままで、シュルクもこれから何が起こるかを嫌でも理解してしまった。

「フィオルン! 来るな!!」

『シュルク!! ライトヒールでも何でもいい!! 自分に回復アーツをかけろ!!』

 もうどちらが身体の主導権を握っているのか分からなかった。上手く動かない身体を無理やり動かそうと暴れるくらいの勢いで四肢に力を入れているのに、どうやっても引きずるようにしか動かない。

「逃げて!」

『そいつに自走砲なんか効かない!』

「来ちゃ駄目だ!」

『ああアァぁあアッ!! 動けェェッ!!』

 現実の時間は無慈悲に流れていく。

 黒から一発喰らおうとも諦めずにフィオルンは突っ込んでいく。顔があるならそこにダメージを与えれば行動不能に追い込めるはずだと、黒の顔面に砲口を密着させゼロ距離の最大火力で砲撃を放った。その反動で自走砲は後ろへと飛ばされ体勢を崩す。フィオルンもすぐに立て直すことは不可能であり、抱えるように頭を守った姿勢のまま操縦席の中で軽く打ち付けた身体の痛みに呻くだけだった。

 しかし決死の攻撃も時間稼ぎにさえならず、黒の顔の左半分は確かに焼け焦げているのにまるで無傷かのような動きで奴は自走砲に歩み寄る。笑っているのか憤慨しているのか、機体を掴み上げたまま搭乗者の顔を覗き込んだかと思えばそのまま民家へと容赦なく叩きつけた。

「逃げて!! お願いだから!!」

『お前の相手はシュルク(おれたち)だろう! モナドの破壊だろうが!! 彼女なんかじゃない!! 彼女に近寄るなあァッ!!』

 どんな叫びもどんな行動も、何もかもがもう間に合わない。

 鈍く光る爪が一瞬俺達を嘲笑ったような気がして、人間一人の無力さを胸元に突きつけられるどころか胸から背まで貫通させられた錯覚さえして。

『実に愉快な悲劇であった』

 誰かの声が聞こえた気もしたが、声を荒げる俺達には雑音としてしか処理されなかった。

「『やめろぉおぉおおぉォォォッ!!』」

 

 ぴたり。

 

 そこで黒の爪が停止した。彼女のいる操縦席の目の前で。

 あまりにもわざとらしく、不調で軋んでいるかのようにゆっくりと首をもたげて黒はシュルクを見た。

 狙いを変えた? 先に喧しいこっちを始末し彼女を最後にすることで存分に絶望させた後に殺す? 寧ろ好都合だ! その僅かな時間でもあればフィオルンを逃す可能性は生まれる!

 もう一度四肢に力を入れ、黒から目を逸らすことなく身体を起こそうとして。

 

 ——馬アアアあァァあアァああァ鹿!!

 

 黒は何も言わなかった。言わなかったのに、それは確かに聞こえた。

 今度は止まる素振りも躊躇も良心のカケラの一片すらなく、止めた爪を目に追えぬ程の速度で"彼女"に突き刺した。

 目の前で起こったことの理解を脳が拒んだ。

 フォークで果実を潰したように、穴の生まれた果実から中身が飛び散るように。今の今まで彼女を構成していた液体が、彼女の命であった何かが、弾けて、吹き出して、爪を染めて。

 理解を拒んだ脳が認識したのは、無慈悲に突き付けられた現実は、彼女の断末魔の悲鳴だけだった。

 視界が真っ赤に思えたのは愛しい彼女の命の中身を見てしまったからだろうか。それとも何としても現実を理解させようとした神が、たとえそれが破裂しようとも眼球に血液を集めて情報を得させようとしたからだろうか。

 

 それから先はどう動いたのか、何を叫んだのか。

 俺もシュルクもよく覚えていない。

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