パルデア行きは、思った以上にあっさりと決まった。
「パルデアにはテラスタルという、ダイマックスとは異なるエネルギーとポケモンの相互作用が確認されている。是非とも詳しく調べてみてほしい」
やはり、ポケモンとエネルギーの新たな結びつき、しかもまだ未知数の多いテラスタル現象という題材は、ローズ委員長の知的好奇心を強くくすぐったようだった。
許可してもらえるどころか、ローズ委員長の尽力によってオレンジアカデミーへの訪問兼留学という形で受け入れが決まったのだ。
ローズ委員長としてはもっと大がかりに、ガラル代表としての派遣やメディアを巻き込んだ交流イベントに仕立ててもよいと考えていたらしい。だが私の目的からすれば、そうしたお祭り騒ぎはむしろ邪魔になりかねない。戦力強化に集中できる環境の方がありがたいと伝えると、幸いにも理解してもらえた。
アカデミーではテラスタルの理論を含め、パルデア地方固有のポケモンについても学べるという。短期留学のような扱いは、私の目的にとってまさに理想的だった。
ひっそりとガラルを出発した私はラニュイ姉さんと一緒にカロスに向かい、バトルハウスのあるキナンシティまで移動。そこで一泊した後、姉さんたちと別れて高速鉄道を乗り継ぐ。
偉大なるかな鉄道網、パルデア地方の地図を片手にうとうとしているうちに電車は遥かな距離を駆け抜ける。天高く聳える山々をトンネルで貫けば、そこはまさしく別天地。あっという間のパルデア地方だ。
砂漠と草原を超えて平原を突き進んだ先に見えてきたのがテーブルシティ。パルデア地方の中心で、オレンジアカデミーもここに存在する。太陽に照らされた街はまさしくパルデア地方の活気と陽気を体現したような装いだ。
「……思ったより、暑い」
降り立った瞬間、まず口から漏れたのはそんな感想だった。
ガラルの湿った寒冷な気候に慣れた身には、パルデアの太陽は肌を突き刺すほど強烈に感じる。照り返しで揺らめく空気を見ながら、これは鍛錬にすらなる気候だと思わされる。
折角だからと到着前にオレンジアカデミーの制服に着替えていたのは正解だったのかもしれない。
そんな私の視線の先に現れたのは、塔のように天へ伸びるオレンジアカデミーの本校舎……ではなく、その手前にそびえる長大な石の階段だった。出発時に決めた待ち合わせの場所はこれを登り切った先、校舎前の広場だ。
「えっ……これを登れと!?」
ゲームで描写されていた地獄の階段、それが目の前にあると本当に地獄であることがよく分かる。
確かに防御拠点としては完璧かもしれない。だが、学校に通う生徒に敵軍を迎え撃つ心構えを求める必要が本当にあるのだろうか。何を考えて作ったのか設計者を問い詰めたい。
ポケモン世界の建築、ゲームの中でしかないそれを実際に見れば私だって感動する。
だがその感動は、階段の一段目を踏んだ瞬間に三分の二に減り、もう一段登れば半分に減る。六段目に差し掛かった頃には、私の指先はすでにボールに伸びていた。
「……お願い、アーマーガア!」
「ガァッ?」
ボールから現れたアーマーガアは、首をかしげながらも絶妙に呆れたような声をあげた。
仕方がないだろう。グライオンは揺れが不安定、ポリゴン2は形状的に搭乗を想定できない、そしてハピナスは……脚の長さ的に論外だ。
少しの浮遊感と爽快感の後に校舎の前に降り立つと、目の前に白い眼鏡を掛けた白髪の男性、クラベル校長がそこにいた。できるだけひっそりと迎えてほしいという私の希望通り、出迎えは校長一人のようだ。オレンジアカデミーの制服を着ているので、私がガラル地方のチャンピオンだと分る学生はいないだろう。
「ようこそ、お越しくださいました。レジェーナさん。ガラル地方のチャンピオンをお迎え出来て光栄です」
クラベル校長は穏やかに微笑み、私の制服姿を眺めて頷いた。
「制服もよくお似合いです。どこからどう見ても、もう我が校の生徒にしか見えませんよ」
「……ありがとうございます」
「この後はお部屋にご案内いたします。長旅でお疲れでしょうから、今日はゆっくりお休みください。希望されていたテラスタルについての授業は明日からということになっています。ダイマックスについての特別授業も引き受けていただきありがとうございます。きっと、互いの知見を交換できる貴重な機会となるでしょう」
校長は微笑みながらも、その瞳には強い期待の色が宿っていた。パルデアにとってもガラルにとっても、新しい知識を結び合わせることに大きな意味があるのだろう。
「ガラルやカロスにはいないポケモンについても興味があります。そう言えば、この子はパルデア地方出身なんです」
私は腰のボールを取り出し、解放する。
そこに現れたのは、のんびりした顔をしたドオーだった。捕まえたときに聞いた話では、パルデアの南側に広がる湿地で出会った個体らしい。
「本人あまり分かってなさそうですけど」
私はドオーの頭を軽く撫でる。ドオーは相変わらずポカンとした顔でぼんやり突っ立っており、その姿に思わず校長と顔を見合わせて笑ってしまった。
校舎の前でクラベル校長と話していると、不意に元気いっぱいの声が飛んできた。
「このポケモン、アーマーガア? それに、こっちのドオーも強そう! 君がこの子たちのトレーナー?」
声の主は、一人の少女だった。
日差しのように明るい笑顔と、キラキラした瞳。彼女は迷いなく私に歩み寄ってくる。
「は、はい……そうです」
答えるや否や、少女は勢いよく身を乗り出した。
「ねえ! だったら私とバトルしない? これでも私、ポケモンバトルにはちょっと自信あるんだ!」
突然の提案に戸惑う間もなく、横でクラベル校長が小さく咳払いをした。
「こら、ネモさん。お客様をいきなり困らせてはいけませんよ」
「バトルって一期一会なんだから! ここでやらなきゃ損でしょ!」
ネモと呼ばれた少女は全く悪びれる様子もなく、むしろさらに瞳を輝かせてこちらを見つめてくる。
って、ちょっと幼かったから分からなかったけど、この子 ネモか。バトルジャンキーなのは本編通りのようでその熱意は本物だ。
一瞬戸惑ったが、旅をするなら野生のポケモンとのバトルは当たり前。否と言っても待ってはくれない。そして、パルデア地方には野生のポケモントレーナーもいるというだけだ。
私は一瞬クラベル校長を見やり、そして深く息を吸った。
「分かりました。お願いします!」
その言葉を聞いた瞬間、ネモはぱあっと顔を輝かせ、両手を叩いて喜んだ。
クラベル校長は苦笑しつつも、どこか楽しげにその様子を眺めていた。
さあ、バトル開始だ。
次回からバトルします。
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