ポケモンバトルというのは、必ずしも強い方が勝つとは限らない。
ポケモンのタイプや特性、技構成、持ち物。
果ては経験値や性格に至るまで、それらの組み合わせ次第では、実力差など簡単にひっくり返る。
一見すれば圧倒的な差があるように見えても、噛み合いひとつで勝敗は反転する。
それが、この競技の怖さであり、面白さでもある。
とはいえ、強いトレーナーというのはやはり強い。
特にフルバトル。 互いに六体をぶつけ合う長期戦では、偶然や運に頼った勝利などほとんど起こらない。
苦手な相手への回答。想定外の展開へのリカバリー。交代戦を前提としたリソース管理。
それらすべてを、事前にパーティ単位で設計してくる。
さらに、指示を正確に理解し、信頼関係を築いたポケモンを六体揃えること自体が、すでに一流の証だ。
だからこそ、普通にやればダンデが負けるはずがなかった。
ナンジャモはそう断言できた。
ガラルの元チャンピオン、ダンデ。
技の選択精度、展開速度、勝負所の嗅覚。そして観客を意識した立ち回り。
どれを取っても、一級品。
ジムリーダーであり、配信者でもあるナンジャモにとって、ダンデは研究対象としてこれ以上ない存在だった。
だからこそレジェーナに押し切られた、あの敗北は異常だった。
不意打ちがあったとはいえ、あそこまで主導権を奪われ続ける試合は、ほとんど見たことがない。
「……あれは、たまたまじゃない」
ナンジャモは何度もリプレイを見返しながら、そう結論づけた。
高速展開を軸にしつつ、そこから柔軟に対応を広げる構成。それに対する、最適解に近い回答。
ダンデの攻め続ける型に対して、レジェーナは受けながら制圧する型で噛み合わせてきた。
結果として、主導権は最後まで戻らなかった。
「……ならさ」
画面を睨みながら、ナンジャモは小さく呟く。
「防御型に強いのは、何かって話だよね?」
受ける。耐える。削る。
そういう戦術は、安定するのかもしれない。
けれど、それは単調な攻撃相手の場合だけ、相手に与えるプレッシャーが少ない分だけ短期的には手番を渡す戦い方だ。
「つまり……」
頭の中で、いくつもの構築が組み上がっていく。
積み技。能力強化。エース集中。
一度通れば、止まらない型。
相手が何をしてくるか分かっているなら、答えはシンプルだ。
相手からの圧が少ないタイミングを作り出してから、誰にも止められないほどに強化してあげればいい。
「全抜き構成……アリじゃん」
しかも、それは配信的にも最高だった。
逆転。爆発力。視聴者の歓声。
どれも、ナンジャモの得意分野だ。
理論的にも演出的にも、美しい。
「よし……組むかぁ」
そうしてナンジャモは、新しいパーティ構想を考え始めた。
まさか、その戦術を本人相手に試すことになるとは、その時はまだ思っていなかったが。
しかし、そんなナンジャモの思惑は、あまりにもあっさりと打ち砕かれた。
いや。客観的に見れば、決して惨敗ではなかったのかもしれない。
でんきタイプ主体のナンジャモにとって、じめんタイプを多く抱えるレジェーナのパーティは、不利だった。タイプ相性の時点で、すでにハンデを背負っている。
その状況で、グライオンとヌオーを倒し切った。
それだけでも、本来なら十分に誇れる戦果だったはずだ。
「……普通なら、ここで流れは来るんだけどさ」
モニターを睨みながら、ナンジャモは歯噛みする。
コメントが盛り上がっているのを斜め読みして、バトルの経過に集中する。
問題はその倒し方だった。二体を沈めたのは、根性が発動したレントラー。状態異常込みで火力を最大化したという点では狙い通りかもしれないが、想定通りとは言い難かった。
「……やっぱ、そこ置いてたかぁ……」
最大の誤算は、特性てんねん。能力上昇を無効化する、積み戦術の天敵。
それが、思ったより判断を鈍らせることになった。当然ながらバトル前から想定はしていたが、強化を重ねても意味がない可能性があるというだけで想定以上に行動を縛られる。
しかも、対策はてんねんだけじゃない。
ポリゴン2のトリック。
こだわり眼鏡を押し付けられれば、自己強化に意味はない。
アーマーガアの挑発。
回復も強化も封じられる。
逃げ道を、順番に塞がれていく感覚。それによって、勝ち筋を一つ一つ潰されていく。
どれも、偶然ではない。
「……最初から、全部見えてたってわけ?」
まるで、こちらの構築を丸ごと把握しているかのような対応。いや、対策されることを前提にしたうえで組まれた、防御特化戦術。まるで、無数のバトルを繰り返した先に完成したかのような緻密さをナンジャモは感じていた。
つまり、最初から読まれる側になるよう設計されていたのだ。ナンジャモが次に考える手は、常にその一歩先で封じられる。
気づいた時には、すでにテンポは奪われていた。
「判断、半拍遅れた……」
一瞬の迷い。引くか、突っ張るか。
そこでズレた歯車は、もう戻らなかった。
結果として始まったのは、消耗戦。
交代、回復、受け回し。
ナンジャモが最も嫌う展開だ。盛り上がらない。そう思った。
だが、配信コメントは意外なほど流れていた。
「読み合いアツい」
「この展開好き」
「プロ同士って感じ」
視聴者は、この静かな攻防を楽しんでいたようだった。なぜかそれが、少しだけ悔しかった。
ナンジャモは、静かに息を吐く。
……それにしても。
まさか、ゴーストテラスからの“のろい”とは。
テラスタルを攻撃強化や耐性変更だけでなく、状態異常戦術にまで落とし込んでくる発想。
しかも、それをハピナスでやる。ただでさえ厄介な耐久ポケモンが、あそこまで凶悪な削り装置になるとは、正直想定外だった。
回復。耐久。定数ダメージ。
すべてが噛み合った、完成された形かもしれない。
倒す手段が限られているハピナスに対して、それをずらされることがいかに厄介か。分からないナンジャモではない。
「……そこまで使いこなすか」
思わず、小さく呟く。
テラスタルを切り札としてではなく、自分の戦術の一部として組み込んで扱っている。
それができるトレーナーは、そう多くない。ナンジャモは、画面の向こうのレジェーナを、改めて見つめた。
「……やっぱ、只者じゃないわ」
その言葉には、悔しさと同時に、確かな敬意が滲んでいた。
感想、お気に入りよろしくお願いいたします。
そろそろガラルに戻る予定です。