ダブルバトル。
通常のバトル、いわゆるシングルバトルが、ポケモンを一体ずつ繰り出して戦う形式であるのに対し、ダブルは二対二での戦いだ。
だが、それは単なる延長線ではない。同時に二体へ指示を出し、複雑化した状況を把握する必要があるのは当然として、盤面そのものの性質が違う。
味方が二体いるということは、攻撃だけでなく、サポートや仕掛けが飛躍的にやりやすくなるということだ。
守る、引く、積む、縛る。それらを並行して行える。
そして何より、攻撃先の選択が重要になる。
片方を集中攻撃すれば、防御が高くとも押し切れる。逆に、守られれば一気に不利になる。一瞬の選択が、そのまま数的有利へ直結する。
そう。ダブルバトルというのは、圧倒的に攻撃優位なルールといえる。
あるいは、防御型戦略が破綻しやすい、と言った方が正確かもしれない。
集中攻撃を受ければ、実質的に攻撃力が倍になる。単体で受けることを前提にした耐久は、理論値ほど機能しない。
特防の高いハピナスと、防御の高いアーマーガアで回すような構造も成立しにくい。どちらを攻撃するかは、常に相手に委ねられている。
選択肢の多さが、そのまま攻勢の優位性として現れる。
攻めは、考える余地が多い。守りは、そのすべてに対応しなければならない。
それでも、防御の方法がないわけではない。空間配置と連携による守り方はある。
リフレクターや光の壁による耐久強化。フィールドや天候による威力軽減。持ち物の受け渡しによる役割再編。
そして、何とか間に合った攻め駒。
受けを成立させるには、攻めを内包する必要がある。
戦略の全体像を理解しなくても、目の前の敵を叩くという役割なら、きっとこなしてくれる。
バウタウンスタジアムは、隙間なく埋まっていた。
観客席は青と白の波に染まり、旗が揺れ、歓声が反響している。
水辺の街らしく、どこか湿り気を帯びた熱気が場内にこもっていた。
アナウンスが響く。
『エキシビションマッチ!チャンピオン・レジェーナに挑むのはバウタウンのジムリーダー、水タイプの使い手! ルリナ!!』
歓声が一段、跳ね上がる。
スタジアムの天井近くに立ちのぼる空気が、まるで水蒸気を含んでいるかのように揺らめく。熱と湿気が混ざり合い、視界の端がわずかに霞む。
対面の入場口から、ルリナさんが姿を現す。ここで向かい合うのはジムチャレンジ以来だろうか。
歩みは静かで、無駄がない。歓声に手を振ることもなく、ただまっすぐこちらへ視線を向ける。
「どんな作戦を繰りだそうとも私と 自慢のパートナーがすべて流しさって あげるから!」
ルリナさんの挑発的な宣言と同時に、ボールが二つ、ほとんど間を置かずに弾けた。
ぬめりを帯びた青い影が地面に落ち、のんびりとした声を上げるヌオー。その隣には、水しぶきをまといながら鋭く身をくねらせるカマスジョー。視線は真っ直ぐこちらを射抜き、今にも飛び出してきそうな気配を隠そうともしない。
「よろしく!!ヌオー、カマスジョー!!」
ヌオーで盤面を組み立て、カマスジョーで削り、隙ができたところでエースのカジリガメを通す。そういうことだろう。
私は一瞬だけ盤面を見渡し、すぐにボールを放った。
「グライオン!!アーマーガア!!」
低く羽音を立ててグライオンが舞い降り、黒鉄の装甲をきしませながらアーマーガアが着地する。
ルリナさんの視線が、わずかにアーマーガアへと引き寄せられたのが分かった。積み技を警戒しているのかもしれない。
あわよくば、このままアーマーガアで盤面を固めていきたい。けれど、欲張れるほど甘い相手ではない。
それでも、初手に誰が出てこようが、やることは決まっている。
「グライオン、守る!!アーマーガア、リフレクター!!」
号令と同時に、グライオンの前に淡い光の壁が展開される。地面すれすれに身を低く構え、完全に迎撃の姿勢だ。
一方、アーマーガアは翼を大きく広げ、金属音を伴う羽ばたきでフィールド全体を覆うような光の障壁を生み出していく。
「カマスジョー、クイックターン!!ヌオーは、濁流で妨害!!」
ルリナさんの指示と同時に、カマスジョーが水を纏って突進する。鋭い軌道、迷いのない一撃。狙いは明確だ。だが、その水刃は……
「……止めた」
グライオンの張ったバリアに弾かれ、霧散する。
その隙に、アーマーガアのリフレクターが完全に展開される。半透明の壁が味方全体を包み込み、空気の質感そのものが変わったのが分かる。
そう……。
強化を味方全体に及ぼせる。それがダブルバトルの面白さだ。
一拍遅れて、ヌオーの濁流が押し寄せる。
大地を削るような水の奔流がフィールドを覆い、グライオンの足元をかすめて流れていく。守るの効果で、グライオンは無傷だ。
そして水流は正面から、アーマーガアを捉えた。
重い装甲に水が叩きつけられ、鈍い音が響く。致命傷には程遠い。牽制、妨害、その程度の威力だ。
けれども、その瞬間。
アーマーガアの体が、不自然なほど軽く弾かれた。
「……!?」
ルリナさんの言葉にならない驚きの間に、光に包まれたアーマーガアが私の手元へと引き戻される。
脱出ボタン。
ダメージを受けた瞬間、強制的に交代する道具。
……この状況のために持たせていた!!
私は間髪入れず、次のボールを投げる。
「ポリゴン2!!目の前のポケモンを、トレース!!」
幾何学的な光とともに現れたポリゴン2が、即座に解析を開始する。視線の先にいるのは……グライオン。
トレース。
相手、いや目の前のポケモンの特性を模倣する能力。
そして意図的に後ろから繰り出した以上、グライオンがコピーされるのは必然だった。
ポイズンヒール。
次の瞬間、ポリゴン2のどくどく玉が砕けて猛毒がポリゴン2に回る。だが、それは同時に回復の始まりでもある。
初手としては、上出来だ。
盤面は、静かに、しかし確実にこちらへ傾き始めていた。
「カマスジョー、もう一度!!」
合図は短い。グライオンが"守る"の構えを解いた、その一瞬を逃さず、ルリナさんは再びカマスジョーを前に押し出す。
水を纏った突進。今度は直撃だ。
だが、リフレクター越しの一撃は致命には届かない。グライオンに確かにダメージは残るものの、その勢いのままカマスジョーは身を翻し、再び控えへと戻っていく。
入れ替わるように、翼を大きく広げたポケモンが舞い降りた。
ペリッパー。
『おおっと! ペリッパーの周囲で、雨が降り始める!!』
フィールドの空気が一変する。さっきまで澄んでいた視界が、にわかに湿り気を帯び、冷たい雨粒が地面を叩き始めた。
"あめふらし"。
水タイプ使いにとって、これ以上ない布石だ。カジリガメ、カマスジョー……特性"すいすい"持ちのポケモンたちは、雨とともに牙を研ぐ。みずタイプ技の威力上昇も含め、こちらにとっては明確な不利。
だが……だからこそ。
この展開は、想定の内だ。
「グライオン、にほんばれ!!」
グライオンが翼を広げ、空へと力を解き放つ。
重く垂れ込めていた雲が、まるで見えない力で押し分けられるように裂けていく。降り注いでいた雨粒は途中で勢いを失い、霧となって空中に溶けた。
次の瞬間、白く眩しい陽光がフィールドへと突き刺さる。
天候は、奪われるものじゃない。奪い返すものだ。
「なっ……ヌオー、濁流!!」
ヌオーが慌てたように水を放つ。水が弾け、飛沫が上がる。
だが、フィールドの空気はもう、こちら側にある。
そして……その一瞬の隙を、私は見逃さない。
特定の天候でこそ、真価を発揮する技はみずタイプだけの特権じゃない。
「ポリゴン2。」
名を呼ばれたポリゴン2が、即座に反応する。
無機質な体表に、淡い緑色の光が走り始めた。
「ソーラービーム!!ヌオーを、貫いて!!」
通常なら、溜めが必要な大技。その間に妨害され、止められる危険すらある一手。
だが……今は、晴れ。
ポリゴン2の演算が一瞬で完了する。くさタイプのエネルギーを溜め込んだ光は圧縮され、無駄なく束ねられ、解放の準備を終える。
次の瞬間。
一直線に伸びた緑の光線が、フィールドを切り裂いた。くさタイプのエネルギーを孕んだ一撃が、ヌオーを正面から捉える。
逃げ場はない。耐える暇もない。
緑の閃光が収束したとき、ヌオーはその場に崩れ落ちていた。
『――ヌオー、戦闘不能!!』
弱点。それも、完全な不意打ち。
さしものヌオーでも、耐えきれるはずがなかった。
力なく倒れたヌオーがボールに戻されると、それまで息を潜めていた観客席が、一拍遅れて沸き上がる。
歓声。どよめき。名前を呼ぶ声。
やっぱり…声が、熱が、直接届く距離でのバトルはいい。
感想・評価よろしくお願いいたします。
ルリナ戦……また長くなりそうですが、お付き合い願います。