ちなみに感想には全てもちろん目を通しています
気の利いた返事をお返しできないのでお返しはできてませんが……それでも投稿してから30分くらいは感想やお気に入り、評価きてないかな……とマイページをちょくちょく押す程度には楽しみにしてます
ですので感想は気軽に送ってくださるととても嬉しいです
私が目を覚まして、鬼灯家にお世話になり始めて数日が過ぎた
ひんやりした畳とぽかぽかの布団に包まれ、ようやく身体も心もほどけていく。まだ身体のあちこちがちくちく痛むけれど、冬夜の細やかな身の回りのお世話や春奈さんの栄養たっぷりのご飯のおかげで、小さな身体に少しずつ元気が戻ってきた。
だけど、見ず知らずの私をここまで大切にしてくれる人たちに、甘えてばかりでいいのかなと胸がちくりと痛む。今の私にはお茶碗を運ぶくらいしかできないけど、にこにことお手伝いして「ありがとう」を伝えられたら、このあたたかい気持ちを少しは返せるだろうか。
そんな思いに沈んでいると、障子の桟を撫でるような音に、胸が跳ねた。開いた障子の向こうには、藍色混じりの髪と瞳を持つ冬夜が影を落としている。大きな背をそっと揺らしながら、優しい声が差し込んできた。
「よう、真菰。今は大丈夫そうか?」
ひんやりとした真顔の奥に、いつも変わらない優しさがある。私はゆっくり視線を上げた。
「うん、大丈夫だよ。どうかしたの?」
冬夜は一歩踏み出し、畳に膝をつく。その声には安心したひと息と、少し気を引き締めたような緩急があった。
「実はだな……真菰ももうだいぶ元気になってきたし、ぼちぼちあの日、なんであの山中で倒れていたのかを聞きたいって父さんが言ってたんだ」
胸に古い痛みが蘇り、視線は自然と畳の目地に沈んだ。叔母の怒声と頬を打たれた記憶が、まるで昨日のことのように蘇る。けれど、この家の人たちは違う。きっと私の話を最後まで受け止めてくれる──そう信じて、そっと手を握りしめた。
「うん、わかった。全部話すね」
震える声を絞り出し、ぎこちなく視線を上げかけている私に、冬夜は頬をかきながらそっと声をかけた。
「まあ、なんだ。父さんも真菰のことを心配だからこそ、どうしてあの山で倒れていたのかを知りたいんだと思う。だから無理に話せとは言わん──話しにくい事情があるなら、そのあたりは父さんもきっとわかってくれるはずだ」
冬夜の言葉が胸の奥まで染み渡り、固く結ばれていた緊張がすっとほどけた。私は思わず息を吐き出し、そのぬくもりに身を委ねた。
「冬夜、ありがとう。でも……たくさんお世話になったから、そろそろ私も話さなくちゃって思うんだ」
彼はゆっくり頷き、そっと肩に手を添えた。その温もりが背中を伝わり、さらに私を安心させる。
「そうか……真菰は本当に強い子だな」
その言葉に、胸の奥で小さな勇気が芽吹いた。もう大丈夫──そう自分に言い聞かせながらも、まだ少しだけ不安が残っていた私は冬夜のぬくもりに甘えたくなった。恥ずかしさで頬を赤らめ、そっと視線を落として、小さな手をそろりと差し出す。
「ねえ、冬夜……手、繋いでもいい?」
私の言葉に冬夜はぽかんと口を開けたまま呆気に取られていた。しばらくの間、沈黙が流れた後、彼はそっと頬をかき、照れくさそうに頷いてくれた。
「手? 別にいいが……お前さんも物好きだな。はい」
差し出された大きな手が私の小さな手を包み込むと、その温もりが胸の奥にかすかな灯をともした。
── 冬夜と一緒に縁側にやってくると、午後の柔らかな日差しが庭の若葉を照らし、小鳥のさえずりが風に乗って耳をくすぐった。
春奈さんがお茶を淹れている間、夏彦さんは優しい笑みで私の前の座布団をそっと指さした。
緑茶の湯のみが四つ揃うと、夏彦さんは静かに口を開いた。
「真菰さん、元気そうで本当によかったよ。ただ……これから話すことは君に辛いことを思い出させてしまうかもしれない。苦しくなったら、遠慮せずに言ってくれ」
その言葉に胸がじんわり温かくなり、私は湯のみを両手で包み込むようにして小さく頷いた。
「はい……ありがとうございます」
夏彦さんはそっと息をつき、改めて尋ねる。
「冬夜から君は山で血と泥まみれで倒れていたと聞いたが、体はもう痛くないかい?」
私は喉を鳴らし、胸に蘇る痛みをおさえるようにして答えた。
「大丈夫……でも、思い出すと怖くなります」
夏彦さんは少し前かがみになり、柔らかな声で続けた。
「なら、焦らなくていい。真菰さんの話しやすい歩調で、あのときどうして山中で倒れていたのかをゆっくり聞かせてほしい」
手のひらにじんわり汗を感じながら、私は顔を上げて静かに答えた。
「……故郷で怖い病気が流行って、お父さんもお母さんも妹たちもみんな死んじゃったんです。それから叔母の家に引き取られたのですが、そこは本当に痛くて苦しくて辛くて……どうしても逃げるしかなかったんです」
言い終えると、縁側はしんと静まり返った。冷たい板の感触が肌に残る中、冬夜がそっと私の手を包むように重ねてくれる。その掌からほんのり伝わるぬくもりは「大丈夫だ」と言われているようで、胸の奥がじんわり緩んだ。
夏彦さんがふうっと息をつき、問い直す。
「その病気って、どんなものだったんだ?」
私は喉を鳴らし、小さく俯いて答えた。
「よく分からないのですが、高熱が下がらず呼吸が苦しくなって……次々と人が倒れていったんです。夜のうちに家族はみんな目を閉じてしまい──」
夏彦さんは黙って頷いた。さらに静かな声で訊ねる。
「その後、叔母さんの家で何があった?」
胸がキュッと痛み、か細い声で返す。
「一日に一杯のご飯だけで、失敗すると殴られて……ついには遊郭に売ると言われました。あのときほど怖い思いはありませんでした」
次の瞬間、春奈さんがこらえきれず涙をこぼしながら、冬夜の手の上からそっと自分の手を重ねてくれる。二人の手の重なりが織りなす温かさに、私は安心で目が潤み、小さく息をもらした。
少しの間をおいて、夏彦さんが穏やかに尋ねた。
「逃げ出そうと決めたのは、いつのことだったんだい?」
小さく息を呑み、私は視線を静かに上げた。
「叔母に『お前を遊郭に売る』と言われた、あの雨に濡れた縁側の瞬間です。胸の奥で何かが砕け散り、その一瞬に全身全霊で逃げようと心に決めました」
私がそう言い終えると縁側には再び息をひそめたような静けさが広がった。夏彦さんは深く息をついて眉間に皺を寄せ、春奈さんは小さく目を閉じて嗚咽を漏らしていた。冬夜は真顔で「チッ……よくもそんな胸糞悪いことが出来たな」と吐き捨てた
数秒の静寂を経て、夏彦さんはふうっと肩の力を抜きながら息を吐いた。ゆっくりと顔を上げ、その温かな声が縁側にぽつりと響いた。
「真菰さん、私なりに考えてみたのだが、君には三つの選択肢を提案したい。どれを選んでも、私たち家族は君の選択を尊重しよう
一つ目は、他の親戚をたずねて帰ること。
二つ目は、寺や里親に引き取ってもらうこと。
そして三つ目は、うちに住み込みで働きながら暮らすことだ」
夏彦さんの言葉を耳にした瞬間、頭の中で三つの道がぐるぐると重なった。
ひとつ目は、遠くの親戚の家へ帰る道。
ふたつ目は、お寺や里親のもとで新しい生活を始める道。
そしてみっつ目は、この温かな鬼灯家で住み込みのお手伝いをしながら暮らす道──。
どの道を選んでも夏彦さんや春奈さん、そして冬夜が手を差し伸べてくれるだろう。
それでも私の胸を最も強く引き寄せたのは、朝日が差し込む縁側のぬくもりと、三人の笑顔が作り出す安心感だった。
ここなら、きっと私はもう一人にならない。そう思うだけで、胸の奥に小さな光がぽっと灯った
しかし、次の瞬間には新たな不安が押し寄せる。
(ただでさえ甘えてばかりなのに、そこからさらに住み込みで働きたいなんて、厚かましくないかな……。もしうまく仕事ができなかったら、かえってこの人たちに迷惑をかけるんじゃ……)
葛藤にとらわれ、俯いたままでいると、ふと誰かの視線を感じた。はっと顔を上げると、冬夜が藍色に澄んだ瞳がじっと私を見つめていた。彼は一度視線をそらし、小さく息をついてから、静かな声で夏彦さんに問いかけた。
「なあ、父さん。最近ほんの少しだけ人手が足りないから余裕を持たせたいって言ってなかった?」
夏彦さんは一瞬、驚いたように冬夜を見やり、すぐに小さく頷く。
「ああ、そうだな。今でも回せはしているけどほんの少ししんどいみたいだからあと1人くらい居てもいいと思ってるよ」
その言葉に、胸の奥で期待がともったのを感じた
(それならここで働けば、みんなの優しさに少しは報いることができるかもしれない……!
でも、本当に私を必要だと思ってくれているのかな?
今はみんな優しい分、もし拒絶されたら心が折れてしまいそうで怖い……)
視線を落としたまま、胸の鼓動が高鳴るのを感じる。浅くなった呼吸を整えようとするけれど、不安は胸の奥にしぶとく残った。
すると冬夜はそっと私の隣に寄り添ってくれた。それから小さく息をつくと、春奈さんへ問いかけるように声をひそめる。
「母さんは、真菰のことをどう思う?」
すると春奈さんは微笑みながらそっと私の手を握り、柔らかな声で答える。
「真菰ちゃん……この数日、それと今回の話を聞いてあなたを本当に放ってはおけないって思ったの。それに冬夜が同年代の子の中で初めて心を許したのはあなたなのよ。住み込みという形でも一緒に暮らせるなら、私は賛成だわ」
そっと握られた手に、じんわり温かい力が伝わる。ただ、冬夜は少しバツの悪そうな顔で呟いた。
「うっ、とはいえ仕方ないだろ……ただ避けられてる原因がわからん以上、現状どうにもならないんだからさ」
春奈さんは肩をすくめ、優しい声で続ける。
「それに私たちが今のあなたに求めているのは技術ではなくその優しい気持ちと一生懸命な姿勢だけ……それで十分すぎるくらい助けになるわ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にじんわりと灯がともった。
最後に冬夜はそっとこちらを見つめ、照れくさそうに声をひそめた。
「聞いたとおりだが両親もこう言ってくれてるし、もし何か不安や後ろめたさを抱えてるなら全く気にしなくて大丈夫だぞ。それにその……俺自身も真菰と仲良くなりたいと思ってるんだ。だから、真菰さえ良ければここにいてほしい」
冬夜さんの言葉が胸に届いた瞬間、奥底からふわりと温かな何かが広がり、ぎゅっと心を締めつけられた。
鼓動が高鳴り、手のひらにじんわりと力が満ちる。こんなにも大切に想われるなんて──その優しさに、思わず頷かずにはいられなかった。
私はゆっくりと顔を上げ、夏彦さんを真っ直ぐに見据える。胸がきゅっと痛むほど緊張していたが、冬夜と春奈さんの温かな視線が、そっと背中を押してくれる。
「……私、三つ目を選びます。いや、選びたいです。鬼灯家の一員として、みなさんの支えのもとで頑張りたいです」
か細い声だったけれど、自分でも驚くほど素直に口をついて出た。
夏彦さんはにっこりと鷹揚に頷き、冬夜に向かって告げる。
「冬夜、お前から
「ああ、わかったよ父さん。真菰の部屋か……確か2階に部屋の一つが日当たりもよかったしそこでいいか?」
「そうだな。それじゃあ真菰も冬夜と一緒に部屋を見に行ってくれるかい? おっと、そうだ。一つ言い忘れてたね
──真菰、改めて鬼灯家へようこそ。歓迎するよ」
胸の奥でずっと渇いていた何かが、一気に満たされるのを感じた。頬を伝う一筋の涙が、言葉にならない「ありがとう」をそっと運んでくれた。
「……本当に、ありがとうございます」
縁側を吹き抜けるそよ風が、私の涙さえやさしく包み込んだ。ここが、ようやく見つけた“帰る場所”なのだと、心の小さな灯りが静かに揺れていた。
大正こそこそ噂話
・鬼灯家は家の隣になるシルク工房で加工した糸を2階で着物に仕立てて売ることで生計を立ててるぞ。ちなみに父の夏彦さんがシルク担当で、妻の春奈さんが着物担当、冬夜は2人の補助をしている
・冬夜は前の両親のことを思い出すと悲しくて泣いてしまうためなるべく思い出さないようにしてるぞ
・冬夜は真菰が来た翌日に以前幽霊から譲り受けたへそくりを全部藤の花のお香と香り袋に全ツッパしたぞ